3-5 戸惑う猫と記念撮影

 久遠を見下ろす威圧的な目に体がこわばる。敵わないとわかっていたから助けを呼ぼうとしたのに、なにをしているんだと久遠は自分自身の行動に文句を言いたくなった。

 男は久遠をじろじろと品定めしてから口角をあげる。嫌な笑い方だ。


「みろよ、コイツ金眼だ」


 その言葉にもう一人の男、急に割り込んできた乱入者に驚き固まっていた女の子たちが目を見開く。

 男の体で見えなかったが女の子は二人。どちらも銀の髪に青い瞳をしており、容姿はそっくりで背丈も同じ。違いがあるとしたら髪型。先程目があった子はロングヘアだが、もう一人は髪を結い上げお団子にしている。


 狐守の狩人は銀の髪に青い瞳をしている。

 本で読んだ情報が浮かんで、彼女たちがそうなのだと分かった。しかし、呑気に挨拶できる状況ではない。


「猫ノ目、初めて見たけど、気持ち悪いな。ほか地味なのに目だけ浮いてる」


 男が笑いながら口にした言葉が久遠の体に突き刺さる。傷口から吹き出すように、今まで言われてきた言葉が頭の中を駆け巡った。

 怖い。気持ち悪い。おかしい。化け物みたい。

 

 いろんな人がいろんな場所で代わる代わる久遠に告げる。どこにいっても久遠の味方は両親しかいなかった。守や道永や要が優しいから勘違いしていた。物心ついた頃から久遠は人の仲間になれなかった。


「先程から不敬がすぎる! 夜鳴市において狩人がどんな存在か知らないとは言わせないぞ!」


 鋭い声で飲まれそうになっていた久遠の意識が浮上した。お団子頭の女の子が憤怒の表情で男を睨みつけている。久遠よりも小さい女の子とは思えない圧に自分が怒られたわけでもないのに体が怯む。


「不敬って、鬼の怨念とかおとぎ話でしょ」


 男たちはケラケラと笑う。幽霊もケガレも見たことがない人間にとって、夜鳴市の伝承が作り話にしか思えないことは理解できる。それでも、今の状況では空気が読めないと言うほかない。

 女の子の怒気が膨れ上がる。眉と目尻がつり上がり、綺麗な青い瞳が炎のように揺らめく。人間離れした色彩を持った姿だからこそ、余計に威圧感があった。それでも男たちは危機感なく笑い続けている。


薫子かおるこ! 駄目!」


 ロングヘアの女の子がお団子頭の女の子の肩をつかもうとした。それより先に薫子と呼ばれた女の子は男たちと距離を詰める。薫子の周囲に青い光が舞う。最初は見間違いかと思ったが、瞬きしてもそれが消えることはない。やっと異常に気づいた男たちが固まった。その間にも青い光は量を増す。周囲の温度が上がったことで、それが炎だと気がついた。


「光栄に思え。狐狩筆頭守人である私の手で焼いてもらえることを」


 そういった瞬間、薫子の体を青い炎が包んだ。吹き上がる熱気に久遠は思わず距離をとる。久遠よりも間近で熱を浴びた男たちは情けない悲鳴を上げたが、薫子の怒りは収まらない。白くて細い手を男たちに伸ばす。妖精のように可憐な容姿だと思ったのに、今は命を狩る死神にしか見えない。


「化物!」


 そう叫ぶと男たちは久遠を押しのけ、我先にと逃げようとした。しかし男たちの行く手には人が立っている。廊下を塞ぐようにたつバンダナをつけた男を久遠と同じく押しのけようとした男たちは、不自然に動きをとめた。道を塞いでいる相手の身長が自分よりもはるかに高いことに気がついたのだ。


 バンダナをつけた男の横には自動販売機がならんでいる。それよりも高い位置に男の顔はあった。自動販売機の高さは百八十センチほどだと聞いたことがある。それよりも背の高いバンダナの男の身長は百九十ほどに見えた。


「狐狩様とその守人に化物はないんじゃないですかねえ」


 バンダナの男はそういって男たちを見下ろした。耳にはピアスをつけているし、目つきも鋭い。久遠であったら目が合った瞬間に悲鳴をあげただろうが、男たちは黙り込んでいる。すごい度胸だと感心したが、その体がかすかに震えているのを見て恐怖で声が出ないだけなのだと気がついた。


「お兄さんたち、どこの会社の人ですか? 言われませんでした? ここは五家の集会にも使われるが、その際、各家の狩人に不必要に接触することは禁止って。しかも大の男二人がかりで中学生の女の子を人気のない場所に連れ込むなんて、なにをするつもりだったんですかねえ?」


 バンダナの男の声は淡々としているが目が少しも笑っていない。高い位置から見下ろされ、男たちの体の震えは大きくなる。バンダナの男がゆっくりと男たち二人の肩に手を置いた。身長に見合った大きな手に男たちはビクリと肩をふるわせる。


「ここ、ちゃぁーんと防犯カメラあるんですよ。楽しみですね。会社にもしっかりご連絡させていただきますので、弁明はそちらでいくらでも」


 男たちがなにかを言う前にバンダナの男は背後を振り返り「じゃ、連れて行ってください」と誰かに声をかけた。後ろからスーツ姿のがたいのいい男たちが二人現れて、男たちの腕をつかむ。そこでやっと事態に気づいた男たちが暴れるが、スーツ姿の男たちは微動だにせず、抵抗する男たちをあっさりと引きずっていった。


 予想外の出来事の連続で久遠は目を瞬かせた。なんだかよく分からないが、事件は解決したらしい。


「四郎! なんでもっと早く来てくれなかったの!」


 背後から薫子の声がする。薫子に呼ばれて反応したのはバンダナの男。薫子と目があった四郎は大きく息を吐き出した。


「これでも早い方。っていうか、狐守は狙われやすいんだから不用意に人気のない場所にいくなって何度もいってるのに、なんでこんなとこにいんの。しかも異能使っただろ薫子」


 四郎の言葉に薫子は言葉を詰まらせた。異能という言葉に久遠は納得する。狐守の異能は浄化の炎。周辺にいるケガレを焼き払うというそれが人にも有効らしいと知ってゾッとする。四郎が止めなければ男たちは丸焦げになっていたのだろうか。


「あいつらが清い心根の人間ならなんの影響もない」

「女子中学生をナンパする男が清い心根のはずないでしょ。病院送りは間違いなかったよ」


 はあ。と大げさにため息をついた四郎に薫子はバツの悪そうな顔をした。怒りでとっさに行動してしまっただけで、まずいとは自覚しているようだ。


「そこの君、巻き込んでごめん。薫子と桜子を助けようとしてく……」


 久遠に顔を向けた四郎の言葉が不自然に止まる。鋭い目が見開かれ、久遠の金色の瞳を凝視しているのが分かった。久遠はとっさに後ずさり、目が見えないように顔を伏せる。先ほど男にいわれた言葉が耳に残っている。もう一度言われるのではないかと久遠は手を握りしめた。


「これは驚いた、本当に綺麗な金色だ」


 聞こえた言葉に久遠は驚いて、思わず顔をあげる。見上げた四郎の顔に嫌悪はない。むしろ好奇心と好感が見えて戸惑った。

 固まっている久遠の顔を誰かが乱暴につかんで動かした。次の瞬間、目の前にきらめく青い瞳が飛び込んでくる。薫子が自分の顔をのぞき込んでいるのだと遅れて気づく。


「たしかに黄色とは違うな。黄色だろうと金色だろうとたいした違いはないと思っていたが、侮っていた」

「薫子、乱暴すぎ……」


 あきれた四郎の声が聞こえるが久遠は動けない。至近距離に女の子の顔がある。しかも滅多にお目にかかれない美少女である。友達だってまともに作れなかった久遠に異性の耐性があるわけもなく、瞳をのぞきこむために添えられた薫子の手に意識が持って行かれる。じわじわと顔が熱くなるのを自覚すると、急に薫子と久遠の体が引き剥がされた。


「桜子?」


 薫子の不思議そうな声。その声を向けられたのは最初に目があったロングヘアの女の子。桜子という名前らしい彼女はムッとした顔で久遠と薫子の間に入り、薫子をグイグイと押しやる。桜子に押された薫子は戸惑いながら久遠との距離をとった。


 近すぎた距離が遠ざかったのは安心したが、桜子の意図がよく分からない。見るからに姉妹だ。そっくりすぎる見た目からして双子なのかもしれない。こう見えて仲が良くないのだろうかとも思ったが、薫子は戸惑った顔で桜子を見つめている。


「どうしたの、桜子」

「距離が近い」


 短く告げられた言葉に薫子が首をかしげた。意味が分からないという顔で桜子を凝視する。久遠もよくわからずに桜子を見つめた。すると、視線に気づいたように桜子が振り返り、久遠と目が合う。

 その瞬間、妙にムズムズした感覚に襲われた。もっと見ていたいような、見ているのが気恥ずかしいような。向こうもそれは一緒だったようで顔を赤くしてそらされる。久遠も一拍おかれて桜子と同じ行動をとった。


「……これが噂の……」


 四郎のつぶやきが聞こえて顔をあげると、生暖かい視線とかち合った。薫子は眉を寄せて久遠と桜子を凝視し、なにかに気づいたのか目を見開く。


「ま……まさか、一目惚れ!?」


 薫子の大声に久遠と桜子は同時に肩をふるわせ、顔を見合わせる。薫子の言った言葉が脳に届くと、一気に顔が熱くなった。


「いや、ち、ちがくて!!」

「えっと、その、違うんです!」


 あわあわと同時に二人で両手を振った。しかしお互いに言い逃れ出来ないほどに顔が赤い。向こうも同じ気持ちなのではという期待よりも、よく分からない感情に対する羞恥心の方が大きくただ頭が混乱した。


「血の濃い狩人は一目で伴侶を決めるって聞いてましたけど、この目で見る日が来ようとは」


 四郎がそういいながらいつの間にか取り出したスマートフォンをこちらに向けてきた。カシャリという音が廊下に響く。固まる久遠と桜子をカメラに収めた四郎はニヤリと笑った。


「一目惚れ記念」

「消してください!!」


 久遠と桜子の声は重なった。

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