第三話 集う獣
3-1 鳥喰筆頭と書庫
要と密談を交わした次の日、生悟と朝陽は鳥喰家の書庫に訪れていた。中に入るなり換気のために窓に向かった朝陽の背を見送ってから、生悟は書庫の中を見渡した。
久しぶりに入った書庫は相変わらず殺風景で、生悟には居心地が悪い。朝陽に付き合って入り浸っていた頃、生悟用に用意してくれたクッションや毛布が片付けられてしまったこともあり余計に落ち着かない。
掃除は行き届いているようで埃っぽさは感じない。けれど掃除以外で人が出入りしている気配も感じない。それに生悟は苦笑した。
鳥喰家は五家の中で一番ケガレを浄化している。空中戦、肉弾戦が主であり、ケガレを倒すことに特化した性質を考えれば当然の結果だが、そのわりには残されている記録が少ないといわれている。
他の家は膨大な記録とそれをまとめた歴史書。外部から収集したケガレに関する本で蔵一つ埋まると聞くが、鳥喰は一室で収まっている。代々の狩人が報告書を作成するのを面倒くさがり、ケガレの系統など分類しなくとも殴ればいいと開き直った結果だと聞いた。
正しく鳥喰の血を引く生悟としては、さすがご先祖様! といったところだ。
報告書を作るより鍛錬したほうが有意義だと思う。時間があるなら寝るなり息抜きした方が心も体も休まる。真面目に分析し報告書を作成したところで未来の鳥狩は資料など読まないのだ。それは生悟も証明している。
だが、今回はその性質が手がかりとなる。猫ノ目に伝わった代々の鳥狩の情報は書庫を漁らなければわからないものだ。生悟も朝陽から話を聞いていなければ、道永の噂に違和感をもつこともなかっただろう。
つまり、猫ノ目に情報を流した人間はここにある資料を読んだに違いない。
生悟はざっと書庫の中を確認する。
出入り口付近の棚にはファイルがぎっしり詰まっていた。奥に行くほど年代物になるのか、古めかしい本や時代がかった巻物なども目につく。どれもきれいに整頓されており、数年前に訪れたときとなんの変化もないように見える。
「朝陽、誰かが入った形跡ある?」
朝陽と一緒に通っていたとき、資料に一切の興味がなかった生悟は読書する朝陽の隣で寝たり、ゲームをして過ごしていた。棚ごとひっくり返されるような大きな変化ならともかく、小さな変化など気づける自信はない。
ここは鳥喰家の人間よりも書庫に詳しい朝陽の出番だと生悟は期待のこもった眼差しを向ける。窓を開けて戻ってきた朝陽は、生悟の視線を受け止めると室内をぐるりと見渡した。
そして一点で目をとめる。入口付近にあるファイルが収められた棚。比較的新しい資料が詰まった空間を見て眉を寄せた。
「歴代鳥狩様の功績をまとめたファイルがぐちゃぐちゃになってますね」
言われてみればファイルの背表紙に書かれた年代がバラバラだ。二千年代の隣に八十年代のファイルがあったり、その隣に四十年代のものがあったりと、かなり適当に収められている。
朝陽と一緒に訪れていたときはきれいに年代別に並んでいたはずだ。几帳面な朝陽がこんな適当な並びを直さないはずがない。
「これをやった人はずいぶん雑な性格みたいですね」
朝陽はそういいながら着ていた上着を脱ぎ、その上に棚から抜いたファイルを置く。一旦棚から出した方が片付けが楽だと判断したらしい。
朝陽が上着の上に置いたファイルを一冊手にとる。中には鳥狩を務めた人間の経歴が丁寧にまとめられていた。生まれた日から引退した年まで。報告書を面倒くさがる鳥喰家の人間とは思えない細かい記載を見るに作成したのは守人だろう。
「これを雑に扱えるっていうことは、犯人は鳥狩か?」
ファイルを整理していた朝陽の手が止まる。まさかという顔で見つめてくる朝陽に生悟はファイルの表紙を見せた。
「鳥狩様の記録って書かれているもの、鳥狩以外に粗末に扱えると思うか?」
朝陽は黙り込む。ついさっき朝陽もわざわざ上着を脱いでその上にファイルを置いた。鳥狩についてまとめた資料を床に置くなどありえない。そう意識するでもなく思ったからだ。
五家の血を引かない朝陽ですら自然と狩人に敬意を示す。となれば五家の血を引くものの狩人崇拝は一層根強い。
狩人は特別だ。
猫狩の威光が失墜しているのがイレギュラーであり、他の家では狩人信仰は未だ健在。廊下を歩いているだけでも仰々しく頭を下げられるのが当たり前の環境。それは狩人が引退し、亡くなってからも変わらない。むしろ亡くなってからの方が手の届かない存在として祀られる。
生悟が持っている資料はそうして讃えられてきた歴代鳥狩の記録。これを雑に扱えるのは五家において同じ立場の狩人だけだ。
「狩人を信仰対象としていない、よそ者の可能性は残ってるけどな」
そう言ってはみたが、よその術者が入り込んでいる可能性はかなり低いと生悟は考えている。
夜鳴市はケガレの発生が異様に早い、禁足地と呼ばれる場所の一つだ。禁足地とその他では術者の練度がまるで違うという。下手に足を踏み入れたら死ぬような場所によそ者が気軽に入り込むとは思えない。そこまでして夜鳴市にはいりこむメリットも思いつかない。
「辿ってみるのが一番か」
生悟はそう呟いて、ファイルの表紙に手を置いた。意識を集中し、ファイルに残ったかすかな霊力を手繰り寄せる。
「追え」
そう声に出すと、ファイルから黒い影が飛び出した。それはすぐに鳥の形を作り、バサリと翼を動かす。
犬追家が得意とする霊術、
生悟の脳裏に浮かぶのは術で作り出した鳥の視界。朝陽が開けた窓から飛び出して、鳥喰家の敷地の中を飛んでいく。そのまま目的地にたどり着くかと思いきや、鳥は急に動きを止めた。困ったように同じ場所をぐるぐる旋回する鳥の視界を確認し、生悟は術を解いた。
「追跡できないように
札にあらかじめ術を仕込んでおき、用途によって使用するのが呪符。今回は影追の追跡から逃れるために術を阻害する呪符を用いたのだろう。
「用意周到ですね」
「ここまで準備してるとなると、顔がバレたらまずい奴が犯人ってことだよな」
生悟の言葉に朝陽が眉を寄せた。
夜鳴市において術を阻害する呪符はほとんど使われない。外では商売敵である術者同士のいざこざもあるらしいが、五家は表面上は協力関係。あからさまな妨害工作などすれば、他家どころか一族内での立場も悪くなる。
なぜか小さな火種が尽きないが、本来は他家と揉めている余裕などないのだ。
禁足地である夜鳴市では毎夜、百体ほどのケガレが発生する。他の土地では一夜に十体発生すればパニックになるものが百だ。一日でも手を抜けばその数はさらに膨れ上がる。
領土を別けているのは巡回をしやすくするため、ライバル意識を持つことで切磋琢磨し、他の家が弱ったときは助け合うためだ。それが今や争いの種になっている。
成長することが目的のケガレに領土の違いなど関係ない。他家が滅べばそのしわ寄せは自分たちに及び、いずれは共倒れになるのだ。
「同じ鳥狩なら、五家で争う無意味さはわかってるはずなのに……なんでだ?」
「……まだ鳥狩様とは決まったわけではありませんよ」
不安を押し殺すような朝陽の声に、生悟はとりあえず同意した。可能性は低くとも、五家以外の術者が入り込んでいる可能性は消えていない。身内を疑うよりは低い可能性を信じたい気持ちは分かる。
けれど、それが相手の策略だとしたら。
「こっちからも打って出ないとな」
後手に回っているから不安になるのだ。敵の姿が見えず、思考も読めず、次になにを仕出かすのか分からない。こんな状況が続けば精神的に疲弊する。
「打って出るとは、なにをするつもりですか?」
「定例会の日、金眼を俺が指導するって鳥喰と猫ノ目で広めてもらう。犯人が行動を起こすつもりならもってこいだろ」
「……猫狩様を囮にするような作戦、猫ノ目が飲みますかね?」
「余裕がない透子と満足に戦えない道永さんより俺と一緒の方が安全だ」
生悟はお荷物一人抱えてもどうにかできる自信があるが、透子と道永は違う。二人も戦力にならない金眼がいない方が動きやすいだろう。
「犯人が乗ってこない可能性は?」
「そうなったら金眼に稽古つけて解散! いつまでも猫と微妙な関係じゃやりにくいし、金眼には切っ掛けになってもらおうぜ」
犯人が動くなら対応すればいい。動かなくともこちらに利がある。鳥喰、猫ノ目の双方から見張られるようになれば犯人は今より動きにくくなるだろう。じわじわと捜索範囲を狭めていけば、いずれは尻尾を出すに違いない。
「長期戦は面倒だから、さっさと動いてくれると嬉しいな」
そういいながら生悟は唇を舐めた。最近は平和で、思う存分空を飛ぶ機会もない。ケガレから人を守るためと大義名分を掲げているが、霊術も異能も戦うための力。それを色濃く継いだ狩人が戦闘を好むのは本能だ。
「生悟さんが楽しめる展開になるといいですね」
生悟の気持ちを察した朝陽は穏やかに笑う。そんな朝陽を見て、生悟は無邪気に笑った。
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