2-12 鳥喰筆頭と隻眼の守人
その夜、要はビルの上にいた。一週間ほど前に透子が立っていた場所から夜鳴市の町を見下ろす。
眼下に広がる町並みは代々猫ノ目が管理する町であり、鳥喰に奪われた場所である。要としては複雑な気持ちを抱く風景だが、各家で眠りにつく人々からすればあずかり知らぬこと。星々の瞬きの下、今日も夜鳴市の夜は静かだった。
近場にケガレの様子は見当たらず、猫ノ目はもちろん、鳥喰の気配も感じられない。猫ノ目よりも人数が多い鳥喰は二人から三人の狩人で毎夜巡回しているはずだ。その中にお目当ての人物はいるだろうかと考え、いなかったら明日もここで待機だなと頭をかく。
正直面倒ではあったが事情が事情だ。便利なスマートフォンを使うわけにも行かず、こうして相手に見つけてもらうのを待つ他ない。
今日はこの辺りで引き上げようか。そう要が考えていると、空気を切り裂く音がした。
とっさに要は飛び退く。慌てて体勢を立て直すと、先程まで要が立っていた場所に人影があった。
月明かりで輝く金髪。コンクリートに深々と突き刺さる鳥の鉤爪。人間にはありえない大きな翼。
異能を使ってまで突っ込んできた相手に要は冷や汗を流す。勝手に領土に入ったのはこちらだ。攻撃される可能性も考えてはいた。それでも、ここまで問答無用で襲われるとは思っておらず、ポケットに入れていたナックルダスターを装着しながらなんとか声を出す。
「挨拶にしては物騒すぎないか、生悟」
要の言葉に反応した生悟は鉤爪をコンクリートからひき抜く。金髪の隙間から見えたのは真っ赤な瞳。太陽の下では宝石のようにきれいなそれが、殺気を含むと血の塊に見えるから不思議なものだ。
ゴクリとつばを飲み込むと、翼をしまい足を人の形に戻した生悟がこちらに向き直った。
「挨拶ではなく敵対行動ですから当然ですよ。猫ノ目筆頭守人、猫ノ目要さん。鳥喰の領土にどういったご用ですか?」
口調は丁寧だが表情は笑っていない。目はギラギラと輝き、脱力しているように見える手足は要が一歩でも動けば反応出来るように準備を整えているのが分かる。
Tシャツに短パン。姿だけ見れば普通の高校生と変わらないのに、立ちのぼる殺意は常人とは思えない。
「ちょっと話したいことがあって……」
「お話でしたら昼間にご連絡いただければ伺いましたのに、こんな時間に鳥喰の領土へどういったご用事で?」
今度は後ろから声がする。冷ややかな声は生悟のものではなく、生悟の相棒である朝陽のものだった。姿が見えないと思っていたが、いつのまにか要の後ろに回り込んでいたらしい。
朝陽が得物とする霊具はクロスボウ。その矢先が要の後頭部に向けられていることは想像にかたくない。
「お前ら……見ない間にさらに強くなって……」
要はそういいながら両手をあげた。降参だと示すために得物であるナックルダスターをコンクリートの上に落とす。
落ちるナックルダスターを生悟は目でおった。地面に落ちる一歩手前、生悟の足元から伸びた黒い影がナックルダスターをつかむ。そのまま生悟の元に戻った影は生悟の手にナックルダスターを投げつけた。生悟は要から視線を外さないままそれを掴む。
蛇縫が得意とする霊術、
霊術や異能を自身の手足のように使いこなせる術者は五家の中でも少数だ。十代で達人の域までだどりついた生悟は天才といって過言ではない。
ナックルダスターを要から奪った生悟は、先程よりは幾分緩んだ表情で要を見つめた。
「療養中って聞いてたんですけど、久しぶりの再会がこんな形なんて、悲しみのあまり俺、泣いちゃいそうですよ」
「生悟さんを泣かすなんて正気ですか? 死にます?」
生悟がわざとらしく目元に手を持っていき泣き真似をすると、背後の殺気が大きくなった。生悟と付き合いの長い朝陽なら冗談だとわかるだろうに……。それとも冗談だと分かっていても腹が立つのだろうか。
先程の真面目な空気ならともかく、生悟を泣かしたという間抜けな理由で死にたくなかった要をは声を張り上げた。
「猫ノ目にケガレが侵入した!」
その言葉に生悟の赤目がみひらかれる。背後の朝陽の気配も揺れた気がした。鳥喰の二人からしても、ケガレが本邸に侵入することなどありえないのだ。
「結界は?」
「使用人を洗脳して結界石を動かしたらしい」
簡単にわかっていることを説明すると生悟の表情が険しくなる。話を聞く気になったのか、生悟は要の背後にいる朝陽を手招きして呼び寄せた。朝陽は要の横を通り過ぎるとき鋭い視線を向ける。それでも生悟の隣に並ぶとクロスボウを背負ったケースにしまった。クロスボウなんてなくても強いことは知っているが、物理的に頭を狙われるよりは気が楽だ。
臨戦態勢をといた鳥喰筆頭コンビを見て、要は止めていた息を吐く。
「そんな重要事項、他家、しかも筆頭の俺たちに教えていいんですか?」
「俺と道永の独断だ」
要の言葉に生悟は片眉を釣り上げ、朝陽は探るような視線を要に向けた。赤と黒、色の違う瞳の圧が突き刺さり、要は負けじと呼吸を整えて話し始めた。
「猫ノ目では他家の仕業だという意見が主流だが、俺と道永は身内を疑ってる」
「理由は?」
「外部の人間が誰にも知られず侵入したうえ、たまたまあった相手が霊力抵抗力の弱い人間だったなんて偶然起こると思うか?」
要の言葉に生悟と朝陽は同時に顔をしかめた。その反応は要と同じ考えだということだ。
「内部に犯人、もしくは協力者がいれば、人が少ない時間帯を狙うことも、霊力抵抗が弱い使用人を事前に見つけておいて行動を把握することも簡単だ」
自分でいっていて要は気分が悪くなる。身内を疑いたくはない。ただでさえ今は団結しなければいけない状況だ。それでも、冷静に結果を見るならば、身内が最も怪しい。
「身内が信用できないのはわかりました。けど、なんで俺たちなんですか? 今の猫ノ目から見たら、俺たち鳥喰が一番怪しいでしょう?」
「透子を見逃してくれた奴のいうセリフじゃないな」
要の言葉に生悟はいたずらがバレた子供のように舌を出した。朝陽は無表情で要を見つめている。その反応から朝陽も生悟の意図をわかったうえで行動していたのがわかった。
「元猫ノ目の領土に猫狩が居座ってるなんて言われたら、五家会議にまで発展したかもしれない。透子のことをかばってくれたこと、感謝する」
そういって頭を下げると生悟が「いいっすよー」と軽い言葉を発する。顔をあげれば先程までの殺意が嘘のように明るい顔で要を見つめていた。
自分を鉤爪で攻撃しようとした人物と同じなのかと要は一瞬考えた。
「俺たちとしても狩りに参加できないような奴らに文句いわれるのは面倒なので。猫ノ目とは仲良くしたいのが生悟さんの考えですし」
「そーそー! 戻ってきたっていう金目ともまだ会ってないし、猫ノ目と関係悪化したままとかやりにくいしな」
無表情の朝陽の肩に生悟は腕を回して、にこにこ笑う。その笑顔は年相応に無邪気だが、やっていることは大人の裏をかく行為である。言動のちぐはぐさに要は苦笑した。
「透子が失礼な態度をとったみたいで、申し訳ない」
「俺はもともと嫌われてたいみたいですし、いいっすよー。今は透子一人で回してるんでしょう? 息抜きぐらいは必要でしょう」
「生悟さんを嫌っているのは正直腹が立ちますが、まだ中学生ですしね。余裕がないのは事実でしょうし、多めに見ます」
軽い生悟に対して朝陽の言葉は刺々しい。多めに見ますといいながら根に持っているらしい朝陽の言動に要は顔を引き攣らせる。
「でも、それだけで俺たちを信用するのは軽率すぎませんか?」
生悟が目を細めた。明るい表情が消えうせ今度は瞳に真剣な色がにじむ。要が勝手に信用して打ち明けたというのに生悟の方が慎重な態度を見せる。そうしたところが信用に値すると要は思うのだが、本人にいっても納得はしないだろう。
「俺と道永が最も信用しているのは透子と誠だ。けど二人はいま余裕がない。追人たちも同じ。となれば、他家で信用できるのは俺たちが知っている奴ら。小さいころから面倒みている生悟や朝陽。ルリや四郎だが、犬追は立場上いろいろあるからな」
犬追は五家内の秩序を守ることも仕事だ。犬追筆頭であるルリは個人の意見よりも犬追の意志、五家のバランスを重要視するように幼い頃からしつけられている。ルリが要たちに協力したいと思ってくれたとしても、犬追筆頭という立場がそれを邪魔する。それが分かっていながらルリに協力を頼むのは大人としてあまりにも情けない。
犬追に比べて鳥喰は狩りに特化した家だ。五家の中でも一番ケガレを浄化しており、狩人の数も多い。現筆頭の生悟は歴代でも一、二を争う実力者。個人的なお願いを任せてもこなせる余裕がある。
「つまり、要さんは俺たちに犯人を見つける手伝いをしてほしいと」
「そういうことだ。俺たちも内部から探ってはみるが、外部から見たらわかることもあるかもしれない。信頼のおける人手が少しでも欲しい」
「それで記録に残らないよう、直接話にきたんですね」
やっと納得がいったという顔で朝陽が頷いた。
朝陽がいう通り、記録を残すことは極力避けたかった。猫ノ目内部に犯人がいるならば道永と要の行動は見張られているだろう。犯人がどこにいるか分からない今、下手な行動をとって警戒される事態は避けたい。
要と道永は狩りに参加している者を怪しんではいない。長年の信頼もあるが、そんな策略を巡らせるような余裕がないこともよくわかっている。となれば犯人は狩りには関係のない人物。おそらくは重鎮たちの中にいるのではないかと考えていた。
彼らは要たちよりも社会を知っている。金も人脈もある。けれど狩りに関しては素人だ。霊術を使わなければたどり着けないようなビルの上での密談を把握する手段を持っていない。
「要さんと道永さんの頼みですからね。オッケーですよー。猫ノ目がつぶれたら俺たちも困る」
了承の返事に要は安堵の息をついた。生悟と朝陽が犯人ではないという自信はあったが、協力してくれるかどうかについては賭けだった。生悟は明るく人懐っこい性格ではあるが公私はしっかり分けるタイプだ。
逆にいえば、猫ノ目がつぶれて困るというのはお世辞でもなく本音なのだとわかり要は少しだけ肩の荷が下りた。猫ノ目の現状を憂いている人間が他家にもいる。それだけで少し気持ちが楽になった。
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