2-10 猫ノ目筆頭と黒い御札
次の日、守が学校に、要が出かけたあと、久遠は居間にて道永と向き合っていた。昨日と同じように机を挟んで向かい合うように座った久遠の前に道永は一枚の御札をおく。
「まずは霊力量を測ろうか」
「霊力量ですか?」
これで分かるのかと久遠は御札をじっと見つめる。そこには久遠にはよくわからない文字のようにも記号のようにも見えるものが描かれている。
「この御札には霊力量におおじて色が変わる術式が組み込まれているんだ。詳しい仕組みは僕もよくわからないんだけど。こういった術に詳しいのは
「蛇縫……」
そういえば本にもそんなことが書かれていた。五家はそれぞれ得意とする分野がある。蛇縫の場合は術を埋め込んだ御札や結界を張るための結界石を作ることに長けているらしい。
「御札を持って、全体に力を行き渡らせるようなイメージで色が変われって念じてみて」
具体的なようでいて抽象的な指示に首をかしげつつ、言われるまま御札を手に取る。感触は普通の紙と変わらない。本当にこれで分かるのだろうかと怪しみつつ、久遠は道永に言われた通りのイメージで念じてみる。
とたん、久遠の手から見えないなにかが染み込むように御札の色が変わる。突然の変化に久遠は目を見開き、思わず声をあげて紙を離した。
ひらりと中を舞った御札は机の上に落ちる。御札の全面は真っ黒に染まり、元々書いてあった文字も読み取れない。
「み、道永さん! 札が真っ黒になりました!」
「黒! さすがだね!!」
慌てて報告すると道永は手を叩いて喜んだ。意味がわからずに久遠は道永を凝視する。道永はにこにこ笑いながら話を続けた。
「水色、青、紫、黒の順で霊力量が多いんだ。つまり久遠くんは猫狩にふさわしい、十分な霊力を持っているってこと」
「そうなんですか……」
いまいち実感がわかずに久遠は御札を見つめた。真っ黒に染まった御札は道永が喜ぶような縁起のよいものには見えない。どちらかといえば呪いのアイテムに見える。
「御札を渡してくれないか」
道永が差し出した手に久遠は恐る恐る御札を渡す。道永は受け取った御札を丁寧になぞった。なにかを確かめるような動作を見ていると、テストの採点を待つような落ち着かない気持ちになってくる。ソワソワしながら膝の上に乗せた両手を握りしめていると、道永が明るい声をあげた。
「初めてなのにムラが少ない。量ももちろんだけどコントロールも申し分ない。久遠くんは才能があるよ」
「そうなんですか……」
道永は嬉しそうだったが久遠には実感がわかないままだった。納得のいっていない久遠の気持ちに気づいたのか道永は言葉を続ける。
「全体に行き渡らせるイメージっていったけど、それを最初からうまくできる子は少数派でね、一部は黒いけど一部は青かったり、紫だったりと色が変わったりするんだ。久遠くんみたいに全面がきれいな黒色になるのは素晴らしいことなんだよ」
嘘ではないと分かる褒め言葉に久遠は頬が赤くなるのを感じた。両親以外に褒められた記憶はほとんどない。久遠には未だよくわからない分野ではあったが、褒められて悪い気はしなかった。
「配分を間違えて霊力を注ぎすぎると札が弾け飛ぶからね。適切な量を適切な場所に。それは猫狩にとっては重要な素質だ」
「……弾け飛ぶ……」
ききづてならない言葉に久遠は顔をしかめた。御札が突然弾けるなんて想像ができない。
「今の鳥喰筆頭、
「……そんな人もいるんですね……」
昨日から話題にあがる鳥狩筆頭はすごい人らしい。鳥喰生悟と口の中でつぶやいてみる。猫狩と名乗るのもおこがましい新米の久遠が出会うことはないだろうが、会ったら萎縮してしまいそうだ。
「比べることはないよ。鳥喰は攻撃特化の家系だから他の家と比べても霊力が多い子が生まれやすい。狩人の数も鳥狩が一番多いしね。何人か分けてほしいくらいだよ……」
そういってため息をつく道永を見て久遠は首をかしげた。
「他家の狩人に手伝ってもらうことはできないんですか? 五家の目的って夜鳴市を守ることですよね」
猫狩が特別生まれにくいだけで他家は狩人不足に悩まされていないようだ。ならば他の家から一人でも狩人を借りられたら、透子一人にかかる負担がかなり軽減されるのではないか。そう久遠は思ったのだが道永は難しい顔をした。
「昔はそうした交流もあったらしいんだけど、事件が起きてね……」
「事件?」
「他家に支援にいったついでに御神体を盗もうとした者がいたんだよ」
道永が深いため息をつく。五家について知らないことが多い久遠でも事の重さは理解できる。
「御神体を全て集めれば願いが叶うなんて根拠のない噂が広まり始めた頃だったらしい。被害は未然に防げたけど、被害に合いそうになった家はもちろん、話を聞いた他の家も警戒するようになってね。それから少しずつ五家は疎遠になって、今でもお互いを警戒し合う状況が続いている。夜鳴市を守る五家同士、協力した方がいいに決まってるんだけど一度芽生えた不信感は簡単には消えてなくならない」
道永はそういうと深く息を吐き出した。
御神体をすべて集めると願いが叶う。そんな話は歴史書には書かれていなかった。あくまで噂であり五家が認めている話ではないということなのだろう。
「御神体にはそんな力があるんですか?」
「ないよ。御神体は鬼を封印するためのもの。願いを叶える力なんてあるはずがない」
「それなのに、御神体を盗み出そうとした人までいたんですか?」
一般人として生活していた久遠より五家で生まれ育った人間の方が御神体には詳しいはずだ。それなのに久遠ですら嘘くさいと思う噂を信じ込み、他家から盗もうとしたというのが久遠には理解できなかった。
「人は時として冷静さを失うからね。御神体を盗もうとした人もワラにもすがりたくなるような願いがあったのかもしれない」
信憑性の薄い噂話であってもすがりたくなるような願い。久遠の頭に浮かんだのは亡き両親のことだった。もし、両親の死を止めることができるなら。生きかえらせることができるなら。そんな考えた浮かんで、久遠は慌てて頭を振る。
「……久遠くんにも願い事があるの?」
道永がじっと久遠を見つめている。内心を探るような視線に久遠は眉を寄せた。
「……道永さんもあるんですか?」
久遠と同じように願ってはいけないけれど頭に浮かんでしまう願いがあるのではないか。道永の反応から久遠はそんなことを思った。
その考えは間違いではなかったらしく道永は困ったように笑う。
「わかっちゃうか」
「……俺もきっと同じなので……」
そんなこと出来るはずがない。そう分かっていても、もし出来るなら。そう思ってしまう願いを久遠も抱えている。だからこそ道永の想いにも気づくことができたし、道永に対して親近感を覚えた。
「道永さんはなんでも願いが叶うとしたらなにを願いますか?」
同時に興味もわいた。久遠から見て道永は穏やかで優しくて、それでいて聡い、立派な大人だ。そんな大人でも信憑性の低い噂にすがってしまうような願いがあるのだとしたらどんなものだろう。失礼だと思いつつも好奇心は抑えきれず、おそるおそる道永の顔を見上げる。
道永は苦い顔で笑っていた。話すかどうか迷った様子でしばし下を向き、やがてあきらめたように息を吐く。
「久遠くんは僕がどうして両目に包帯をしているか聞いた?」
「いえ……ケガレとの戦いでケガをしたのかなと」
「そうだったら良かったんだけどね……。その方がまだ格好もついた」
道永はそういいながら包帯越しに自分の目をなでる。
「僕は本来、猫狩を名乗れるような人間ではないんだよ。猫ノ目がずっと狩人不足だったから、才能がない僕でもいないよりはマシだって今の地位にいる。他家だったら追人か守人になるような、その程度の霊力量しかないんだ」
道永の告白に久遠は目を瞬かせた。
久遠が知っている限り狩人は特徴的な目の色や髪の色をもって生まれてくる。道永の瞳は包帯で見えないが、猫狩の地位を得ている以上、透子と同じ黄色の目をしているはずだ。
「狩人は生まれ持っての才能が大きい。霊力量がない者は狩人の特性をもっていようと、他家では狩人と名乗れない。御札を黒く染め上げる。それが最低条件なんだ。透子は黒く染められた。引退した先代猫狩様だってそうだ。けれど、僕は」
道永はそこで言葉を区切ると久遠をじっと見つめた。その顔に自虐的な笑みが浮かぶ。
「どんなに頑張っても青色にしかならなかった」
紫にすらならなかったんだよ。と道永は泣きそうな声でつぶやいた。
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