2-6 不自由な筆頭たちと新人コンビ

「門の前で立ち話もなんだし、遠慮せずに中にはいって」


 久遠の不安をよそに道永は門をくぐって中へと入っていく。要が慌ててついていくがそれを待たずに道永は堂々とした足取りで玄関へと向かった。その姿は両目が包帯で隠れているとは思えない。


「大丈夫ですか?」


 思わず久遠は声をかけた。道永は振り返って笑う。目の不自由さを感じさせない動きだった。


「これでも家の中とか庭は慣れたんだよ」


 その言葉に久遠が安堵した、次の瞬間、道永は足元の段差につまづく。久遠が危ないと声をはるまえに、隣にいた要が道永の体を抱きとめた。

 呆れきった顔で道永を見つめる要に対して、表情は見えなくとも空気を感じ取ったのか道永はバツの悪そうな顔をする。


「どこが慣れたんだ?」

「……いやー、まだ練習が必要みたいだねー」


 抱きとめられたまま道永は苦笑いを浮かべ、要が慣れた動作で道永の姿勢を正す。


「全く、油断すんなっていっただろ」


 要はそういうと道永の手を引いて歩き出す。道永もいつもありがとうね。と言いながら手を引かれて付いていく。その姿は長年寄り添った夫婦のように見え、久遠は胸に手を当ててホッとした。要に任せておけば道永は大丈夫だろう。

 

 そう思ったのもつかの間、

「いだっ!?」

 今度は要が玄関扉に激突した。


 鈍い音が辺りに響き、守が大丈夫ですか!? と叫びながらかけていく。久遠は目を見開いたまま慌てる守を見送った。

 道永も要も安堵した瞬間に裏切ってくる。


「距離感見誤った……」


 鼻を押さえた要が震えている。震えが繋いだ手から伝わったのか道永が笑い声をあげた。


「いやー僕ら、どっちも練習が足りないみたいだね」

「今までどうやって生活してたんですか!?」


 要と道永、両方の手をとった守が叫んだ。最もな意見である。全く見えない道永と片目を失ったために距離感を掴みきれていない要。どちらも人の助けが必要だ。

 というのに広い一軒家に二人暮らし。余裕そうに見えたが問題があるに決まっている。


「柱とか壁とか、いろんなものにぶつかりながら」

「……目見えなくなってから、物いっぱい壊したなあ……」


 朗らかに笑えないことをいう道永と今までのことを思ったのか遠い目をする要を見て、久遠は歩きだしていた。


「道永さんと要さんは俺が誘導しますから、守さんはヨルと荷物をお願いします」


 ヨルのキャリーバックを玄関前に置かせてもらう。ヨルが心細そうに鳴いたが今は道永と要のほうが優先だ。

 ヨルはキャリーバックの中にいれば安全だが、二人は放っておいたらどこに激突するか分からない。


 守は突然割って入った久遠に目を瞬かせたが、次の瞬間には元気いっぱい返事をした。心なしかウキウキした様子で門の前に置き去りにされたダンボールを取りに行く。

 そんな守の様子を見て久遠は首をかしげた。


「久遠様、俺は一人でも」

「そういってまた頭ぶつけたらどうするんですか? 気絶されたら俺は運べませんし、守さんだって大変ですよ」


 要は守よりも背が高い。成長期の守や久遠と違って体ができあがっている。そのうえで日頃から鍛えているのもわかる。

 そんな要を運ぶとなると目が見えない道永は論外。体力も力もない久遠は無理。守は頑張ればいけるかもしれないが、引きずることになるだろう。


「要、大人しく久遠くんの好意に甘えよう。来てそうそう、大人二人で仲良く頭打って気絶したら面白おかしく語り継がれるよ」

「それは勘弁……」


 要は諦めた様子で久遠の手を握る。道永の手は失礼しますと声をかけて久遠の方から握った。


 主に道永を手伝いながら靴を脱いで玄関へ上がる。他人の家にはじめて入る緊張よりも、道永をいかに安全なところに誘導するかの使命感が勝った。


「要さん、どちらに行けばいいですか」


 一度離した要と道永の手を握り直し、要に向かって問いかける。すっかり主導権を握られた要は眉を下げながら道を教えてくれた。


「頼りになる後輩が来てくれて、嬉しいなあ」


 手を引かれながら道永が上機嫌に笑った。本当に嬉しそうな声と表情に久遠は少し恥ずかしくなる。


「久遠様、本当に申し訳ありません……」

「これからお世話になるのは俺の方ですし、このくらいだったらいくらでも頼ってください」


 両目と片目が見えない人を放置して堂々としていられるほど薄情ではない。人見知りの自覚はあるが、困っているなら別だ。


 要の誘導に従って居間まで道永を連れて行く。ここまでくれば大丈夫だと要が押入れから座布団を取り出し、部屋の中央に置かれていた長机を挟むように並べる。


「道永様と久遠様はこちらでお待ち下さい」

「俺も?」


 守と一緒に荷物を運ぶつもりだった久遠は目を瞬かせた。要は困ったように眉をさげ、頭をかきながら道永を見つめる。


「道永様、ほうっておくとまたフラフラ出てきそうなので」

「失礼だなあ。やると思うけど」

「そこは嘘でもやらないって言ってください」

「暇だから無理」


 にっこり笑う道永を見て要は額に手を当てるとため息をついた。


「こんな感じなので、フラフラ動かないか見張っておいてください。俺は壁をつたって移動しますし、守に見てもらうので心配ご無用です」

「わかりました……」


 一人だけ座っているのは居心地悪いと思ったが、そういう理由であれば断るわけにもいかない。要がいない状態で道永が転んでしまったら、久遠には抱きとめられる自信がない。

 よろしくお願いします。といって立ち去った要を見送ってから久遠は道永に向き直った。手探りで発見したのか、道永はすでに座布団に座っていた。

 家の中なら慣れたというのはあながち嘘でもなかったらしい。


「……全く見えないのによく動き回れますね……」


 要が用意してくれた座布団に座りながら久遠は思わず言ってしまった。

 家の造りは今朝まで久遠がいた本邸とそれほど変わらない。日本家屋というとそれなりに形が決まっているのかもしれない。最初の頃は違和感があった畳も今の久遠には当たり前になった。


 それでも両目が見えない状態では別だ。いくら慣れ親しんだ家といっても、目をつぶったまま生活をすることはない。

 自分だったらと想像して久遠は顔をしかめた。恐怖で一歩も動けないと思うし、道永のように優雅にはいかないだろう。手をがむしゃらに動かして、恐怖で騒いで、たいへんみっともない姿になるに違いない。


 久遠は想像ですら身がすくむのに、現実に不自由している道永は暇だという理由で動き回る。たしかに、四六時中じっとしているのは退屈なのだろうが、怖いとは思わないのだろうか。


「私は普通の人と違って霊術が使えるから、全く周囲の状況が分からないわけでもないんだ。その点、完全な盲目とは言えないかもしれない。使いこなせてないから転ぶし、ぶつかるんだけど」

「霊術って……」

「ケガレと戦うために五家に伝わるものだよ。そうだねえ……超能力とかの方がわかりやすいのかな?」


 道永はそういうと首をかしげた。

 霊術なんて聞き慣れない単語よりは馴染みがあったが、それでも現実感がない言葉であることは変わらない。


 本によれば五家にはそれぞれ得意とする霊術があるらしい。空を跳んだり、犬の形をした影を喚び出したり、遠く先にある物を見通したり。漫画やアニメみたいなことを可能にする技があるのだという。


「……その霊術を使って道永さんは生活しているんですか?」

「それがなかったら、要と二人暮らしは許してもらえなかったと思うよ。不幸中の幸いというやつかな」


 道永はそういうと肩をすくめた。


「……どういった力なんですか?」

「本来は遠くにいるケガレを見つけるための技。それを応用して周囲の障害物を確認しているんだよ」

「超音波に近い感じですか?」

「そんな感じ」


 コウモリやイルカは超音波を発して、その跳ね返りで餌となる生き物を見つけるらしい。それと同じことを目の前の道永がしていると聞いて不思議な気持ちになった。

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