アテナたんと最恐のオネニイ様

 山に落ちた隕石からいきなり生えてきた謎の人型物体。

 皆が混乱してわけがわからなくなっているうちに、ディオニュソスにワインをしこたま飲まされて酔いつぶされたあげく、ナニを斬り飛ばされてしまった。


 すさまじい勢いですっ飛んで行ったナニはサカリヤ川の川岸に落っこちて、でっかいザクロの樹になってしまったのだが……コレ、いったいどうなるんだ??


 誰もが途方に暮れる中、股間から大量に出血しながら謎の人型物体がむくりと起き上がった。

 遠目にも鮮やかなショッキングピンクの逆さ分度器頭に全身を覆うほどの長いヴェールのついた円筒形の帽子をかぶり、ゆったりとしたドレスのウエストを太めのベルトで留めている。

 未だに股間から溢れ続ける血がドレスの下半身をぐっしょりと濡らしているのだが、大丈夫なんだろうか?


「なんだか痛いわね。いったい何事かしら?」


 ハスキーな美声でぼやいているが……

 「なんだか痛いわね」で済むのか、ソレ。


「あはは~すごいな~。(ピー音)を斬り落としたら大人しくなるかと思ったら全然フツーだもんね~」


 ヘラヘラと笑いながらディオニュソスがほざいているが大丈夫か?

 さっきまでそいつめちゃくちゃ暴れて地形が変わりかけてたよな?


「ね~ね~君だぁれ? なんか超面白いよね~」


 あはは~と笑いながらショッキングピンクの逆さ分度器頭と馴れ馴れしく肩を組もうとするディオニュソス。

 ああ、訳の分からない相手は必要以上に刺激したくないので余計な真似は頼むからやめてくれください。


「黙れ、 俗物!! 他人様に素性を訊くならまず自分から名乗るものだぞ」


 やや鼻にかかったセクシーボイスだが、返答そのものは意外にまともで、安堵していいのやら何なのやら。


「あはは~、これは失敬。ボクはディオニュソスだよ~。オリュンポスの王ゼウスの息子で~、酒と狂乱と陶酔を司るってんだ~。君は誰なの? 何の神様??」


 相変わらずヘラヘラと答えるディオニュソス。お前、心臓に毛が生えてるのか??毛だらけなのか?? けっこう毛だらけ猫ハイだらけなのか?


「ご丁寧にどうも。我が名はキュベレー。クババでありアグディスティスでありレアでありデーメテールでありイシスである。偉大なる母にして永遠の死と再生を司る者、無限に生み出し続ける母なる大地こそがこの私、キュベレーである!!」


 どーん!!!

 仁王立ちで腕を組み、胸を張ったその姿は実に堂々たるもので、全能神であるはずのこのワシですら圧倒される気迫がある。


「え~、さっきなんか暴れてたよね~。どっちかって言うと破壊の神様じゃないの~??」


 いまだにヘラヘラとした口調でディオニュソス。

 お前、ヤバイ相手にヤバイこと言ってるって自覚ある?


「失敬ね。あれはちょっと寝ぼけてて伸びをしただけよ」


「ただの伸びで山の形が変わるの~?? ちょっと無茶すぎじゃない~??」


 間延びした口調で肝心なことを指摘してしまうディオニュソス。

 頼む、これ以上刺激しないでくれ。

 ああ、胃が痛い……


「あら~、大地が伸びをするんですもの。地震で地形くらい軽く変わるでしょ?」


 悪戯っぽく笑ってぱちりとウィンク。蒼く澄んだ切れ長の瞳が美しい。


「それじゃ~くしゃみをしたら火山が噴火したりするの~~??」


 間延びした口調で面白そうに問うディオニュソス。いきなり実演されたらどうするんだ。


「あら~よくわかってるじゃない」


 コロコロと上品に笑うキュベレー。

 至高神であるワシですらつい見とれるほどの優雅で美しい仕草だが、いい加減止血しなくて良いのだろうか?


「キュベレーはすごいな、いたくないのか? あたしはアテナだ、よろしくな」


 そこにひよひよと飛んで行ったアテナ。全く物怖じすることなくにこにこと話しかけている。


「あら可愛いわね。よろしく、アテナちゃん」


「せっかくのきれいなドレスがまっかになってる。てあてしなくてよいのか?」


「うふふ、心配してくれてるの? 優しいコね」


「だっていたそうなのだ」


「大丈夫よ、私は永遠の死と再生を司るもの。このくらいちょちょいのちょいで治せるから安心して」


 素直なアテナが気に入ったのか、差し出したてのひらにちょこんと乗ったアテナを優しく撫でながら言うキュベレー。

 安心させるように浮かべた優し気な笑みは慈母そのものだ。


「う~ん……でも普通に治しただけじゃ面白くないわね。そうだ、こうしましょう!」


 顎に人差し指を当てて思案していたキュベレーが血染めのドレスの裾を思い切りまくると、見たくもないものの代わりに謎のまばゆい光が現れた。

 そこから勢いよく噴き出していた血が瞬く間におさまったかと思うと……


「さ……サメ……っ!?」


 なぜか股間には(ピー音)の代わりにでっかいサメの頭が鎮座しているではないか。


「な……なんでサメ……??」


 さしものディオニュソスもあっけにとられたのか呆然とつぶやいている。


「うふふ。なんとなく?」


「なんとなくでさめがでてくるのか。さすがキュベレーだな」


 何故か納得して感心しているアテナ。

 そこで納得できるんだ。


「だってサメだもの。奴らはどこにでもいるのよ? トウモロコシ畑にだって出て来るくらいなんですもの」


「なるほど!!  さすがキュベレー、なんでもしってるんだな!!」


「このキュベレイ、見くびっては困る!」


 いやキュベレイじゃなくてキュベレーだろ、お前は。

 ファン〇ルでも飛ばす気か?

 そういや飛んでった(ピー音)の方はどうなったんだ?


「あ~、さっきのザクロになんか生ったみたいだねぇ~」


 相変わらずの間延びした調子でディオニュソスが指さす方を見ると、なるほど(ピー音)が化けた樹にでっかい実のようなものが生っている。

 それはどんどん大きくなり……


「あ、ぼとっておちた」


「何か鳴いてるような声がするわね」


 落ちた「何か」は猫の子のような声で鳴き続けている。

 それはもうおそろしい勢いで。


「あら、大変。ムスコが生えたからお世話しなくっちゃ」


「かわいいあかちゃんです!! アテナもだっこさせてほしいのです!!」


 アテナ、相変わらず赤ちゃん好きだな。

 生えたばかりの樹に赤ん坊が生ったという珍現象は気にならないのか?


「む……息子!?」


「あら、だって(ピー音)から生えたのよ? 息子に決まってるじゃない」


 さすがに引き気味のディオニュソスに当然のように答えるキュベレー。

 そういう問題なのか?


「それじゃ、私は育児があるからこれで失礼するわね。ごきげんよう」


「さよならなのです!  こんどあかちゃんだっこさせてほしいのです!!」


 優雅に赤ん坊を抱き上げるとどこぞに去っていくキュベレーと、ぶんぶんと手を振りながら笑顔で見送るアテナ。


「みなさん、またね」


「またなのです!!」


「お願いだからもう出て来ないでくれください……」


 優雅に立ち去るキュベレーの姿が見えなくなってから、ぼそりと呟かれたヘパイストスの台詞は我々ほぼすべての心情を現わしていた。


 その後アッティスと名付けられた赤ん坊が成長して母(?)の信者たちと太鼓や笛をかき鳴らして大騒ぎして問題になったり、夜這いをかけようとした男どもがライオンに姿を変えられた上に(ピー音)を斬り落とされたのはまた別の話である。

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頭が痛すぎるのでとりあえず斧でかち割ってみたら中からフルアーマー美少女が出てきた件 歌川ピロシキ @PiroshikiUtagawa

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