アテナたんと不憫な蛇

※こちらはくろいゆきさん(@KuroiYuki666)とTwitterでお話していて出てきた出オチネタを拝借しています。

快く使用許可を下さったくろいゆきさん、ありがとうございます<(_ _)>


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 今日も今日とて脳筋女神アテナ技術オタクヘパイストスは仲が良い。

 アテナがヘパイストスの頭の周りをぶんぶん飛びながら共に散歩していると、三人の小さな女の子たちがぶんぶん飛び回りながら糸を紡いでいるところに出くわした。


「いや、こんなところで運命の三女神モイライと出会うとはな」


「もいら?」


「人や神の運命の糸を紡いでその現在・過去・未来を決める女神たちさ」


 小首をかしげて疑問符ハテナマークを浮かべるアテナに、ヘパイストスが丁寧に教えてやると、小さな女の子たちが寄ってきた。


「あたしたちどこでも糸つむげる」


「今日はいいお天気だから散歩しながら糸つむいでた」


「お友達できてうれしい」


 小鳥のような可愛らしい声の三重奏に、アテナもヘパイストスも目を細めている。


「みんなはうんめいのめがみなんですね。あたしはちえとたたかいのめがみアテナです」


  アテナと小さな女の子たちはすぐに意気投合。同じくらいのサイズの美少女たちがぶんぶん飛び回っている光景は、見ている分にはとても微笑ましい。見ているだけなら。

 ……四人とも、口々に好き勝手なことを言っているので、うっかり耳をやかましいことこの上ないのだが。


「あたしはラキシス」


「あたしはアトロポス」


「あたしはクローソー」


「「「三人合わせて運命の三女神モイライ!!!」」」


 すっかり仲良くなった四人+保護者はきゃっきゃうふふとはしゃぎまわりながら沼地まで飛んで来た(物理)。


 やたらとどす黒くて不吉な印象の沼には生物の姿はなく、ただ頭が九つあるでっかい蛇が所在なげに立っているだけだ。

 蛇のくせにどうやって立っているのかと言う説が実に有力だが、しょぼくれた蛇が立っているようにしか見えないのだから致し方がない。


「ややっ。なんだかでっかいへびさんがいます」


「なんか元気なさそう」


「しけた顔してますよ」


「顔色悪いですね。頭いっぱいあるからよけいに気持ち悪いですよ」


 蛇に顔色ってあるんだろうか……??

 女子軍団が口々に好き勝手なことを言っていると、技術馬鹿ヘパイストスがもっともらしく蛇のプロフィールを開陳する。


「あの九頭蛇ヒュドラ蛇身魔女エキドナ復讐巨神テュポーンとの間に産んだ子なんだが。おっちょこちょいのうえに傷つきやすくてな。うっかりどこかに頭をぶつけるたびに頭が増えていくんだ」


「ガラスのハートなのです」


粗忽者そこつものですね」


「うっかりで頭がこんなに増えちゃうなんてお茶目さん」


「なんだかふべんそうですよ」


 やはり口々に好き勝手言ってる女子軍団。


「しかもいつも毒吐いてるから危なくてしょうがないってことで、母のエキドナに沼地にてられたんだ」


「なんと!それはふびんなこです!!」


「「「ふびん、ふびん、ふびん~♪」」」


 アテナが哀れみを含んだ声で慨嘆がいたんすると、運命女神モイライ三姉妹が同じ言葉を合唱する。


「いかん、お前たちそう軽々しく合唱するなっ」


 焦ったヘパイストスが顔面蒼白になって三姉妹を制止するが時すでに遅し。


 ピロリン♪という気の抜けた音とともに、どこからともなくうさんくさいほどに楽し気な、それでいて平板な女性の声が響いてきた。


「運命神:モイライの祝福によりスキルが付与されました」


「パッシブスキル:不憫ふびんを取得しました」


「パッシブスキル:不憫ふびんを取得したため、既得きとくスキルが全て最大レベルに上昇します」


「スキル:毒生成レベルが最大値に達しました」


「パッシブスキル:毒噴出が最大レベルに達しました」


 最後の宣言が終わるやいなや、ヒュドラの身体からとめどもなくすさまじい量の毒々しい液体が垂れ流されはじめた。その液体が何かに触れるたびにシュウシュウと不吉な音が響いては、触れたものを何もかもドロドロと浸蝕しんしょくして溶かしていくのだ。

 そう、ヒュドラ自身の肉体も例外ではない。


「ああ、ふびんなへびちゃんがますますふびんなことに!!」


 みるみるうちにヒュドラの身体は己の毒液に浸蝕しんしょくされ、ついにはドロドロと自壊じかいして、後に残ったのはシュウシュウと不気味な音と湯気を立ち上らせ異様な臭気を漂わせる沼地と、白い大きな蛇の骨のみである。


「「「「「…………」」」」」


 五人ともしばらく言葉もなく唖然あぜんと沼地を見つめるのみである。


「……本当に不憫ふびんな奴だったな……」


 ようやくヘパイストスが重い口を開くと、ここぞとばかりに三姉妹モイライが歌い出した。


「「「ふびん、ふびん、ふびん~♪♪♪」」」


「だから合唱するなと言うとるだろうがっ!!」


「ふびん~♪」


「ふびん~♪♪♪」


「ふびん~~~♪♪♪」


 技術馬鹿ヘパイストスが怒鳴ると、今度は少しずつタイミングをずらして歌うモイライ三姉妹。ご丁寧なことに音程も少しずつ変えて綺麗にハモっていやがる。絶対に面白がってるだろう。


「バラバラに歌えば良いというものではないっ!!」


「あにうえ、あまりこうふんするとけつあつがあがりますよ」


 顔を真っ赤にして怒鳴る兄を必死になだめる脳筋娘。


「そういう問題じゃないだろう!?こいつらの紡ぐ糸と歌はこの世のあらゆるものの運命を決めるんだ」


「ややっ!みんなすごいですね!!」


「すごい~♪」「すごい~~♪♪」「すごい~~~♪♪♪」


「だから歌うな!!!」


 堅物息子ヘパイストスはしばらくぎゃぁぎゃぁと喚いていたが、そのうち諦めがついたのか、何かを悟ったような目をしておとなしくなった。

 奴が静かになると飽きたのか、三姉妹もそろそろ帰ると言ってどこへともなく飛び去って行く。


「またあそべるといいですね!!」


「……もう、勘弁してくれ……っ!!」


 アクロポリスの丘にヘパイストスの魂の底からの叫びが響いたが、そんなもの取り合うものなど誰一人としていない。

 美少女の群れに逆らってはいかん。それが永久不変の真理なのだ。


 かくして不憫ふびんな蛇の尊い犠牲はあったものの、今日という日もおおむね平和に過ぎていくのであった。

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