太陽神と香る花

「んふふふふふふふ。存分に思い知るがいいわ」


 何ともおぞましい笑顔で性愛女神アフロディーテがスキップする姿に、私は猛烈に嫌な予感がした。

 よく見ると、エロースの弓を背負い、射抜かれた相手を魅了して愛執の念を植え付ける黄金の矢を持っているではないか。

 ああ、何かろくでもないことをやらかしてくれたに違いない。とにかくワシに今できることは……

 見なかったことにする!! うん、ワシは何も見てないし何も悪くない。


 それから数日、太陽神ヘリオスの様子がおかしい。奴は海洋神オケアノスの娘の一人のクリュティエとイイ仲だったはず。それなのに、バビロニア王オルカノスの娘、レウコトエになぜか惚れ込んだらしい。もう冬にさしかかるというのに、いつまでも西の空に居座って見つめていたりする。


 これを誰かから伝え聞いたクリュティエの怒りやすさまじいもので。厳格なオルカノスにあることない事告げ口した。

 やれお前の娘は淫乱で相手構わず男を誘い込むだの、「自分は海洋妖精オケアニデスたちよりもはるかに美しい」と言われ恋人を寝取られただの。


 そしてしまいには「オケアニデスを侮辱した娘に海洋神オケアノスがお怒りだ。いずれチグリスとユーフラテスは氾濫し、バビロンは汚泥の底に沈むだろう」とまで言い出す始末。

 そのため、もともと厳格なオルカノスは国民を守るためにも、とレウコトエを詰問した。


 問いただす父親に、後ろ暗い事は何もしていないレウコトエは疑惑を否定する。

 しかし、怒り狂ったクリュティエが


海洋神オケアノスの娘を侮辱した上に罪を認めない娘は大罪人だ。今すぐバビロニア全土を大洪水で飲み込んでやる」


 と騒いだため、王は娘の言い分に耳を貸さず、生贄として彼女を河岸に生き埋めにすることにした。


 それをたまたま聞きつけて激怒したのがアテナである。


「じぶんがみむきもされぬからといって、こいがたきをさかうらみしておとしいれるとはごんごどうだん。そのみにくいこころねがきらわれているとなぜわからぬか!!」


 愛用の双槍サリッサをぶん回し、クリュティエを問い詰めると、どうやらあの腹黒愛欲女神アフロディーテに黄金の矢で射抜かれたらしいことがわかった。ヘリオスも同様に黄金の矢で惑わされているらしい。


「アフロディーテさま、ひとのこころをもてあそぶのもほどほどになさいませ!!」


 アテナが山羊革盾アイギスをフルスイングしてアフロディーテを吹っ飛ばすと、すぱ~~~~~~ん……っ、と実に小気味良い音とともにアフロディーテが景気よく吹っ飛んで行った。


 お~飛んだ飛んだ……


 飛んで行った先をよく見ると。


 ……ありゃぁ、アマゾネスの国じゃないか。女ばかりの戦士が集うという国であるが、実は男衆は夏の間遊牧に出ているんだよな。あそこは女も強くて賢い事を求められる国だから、美貌で男をたぶらかしてナニをいたすしか能のないアフロディーテは相手にされまい。ああ、幼女にまであっさりうち負かされて、びしびしと畑仕事を手伝わされておるわ。当分の間はあちらで預かっていただいて、根性をきっちり叩き直していただくのが良いだろう。


 さて、めでたく正気に戻ったクリュティエとヘリオスではあるが……


 ヘリオスの心がクリュティエに戻る事はなかった。致し方あるまい。いくら互いにアフロディーテの呪いに惑わされていたとはいえ、嫉妬のあまり恋敵のありもしない悪い噂を方々で吹聴した挙句、冤罪に陥れて処刑させようと迫るなど、海洋神オケアノスの娘としても、海の妖精オケアニデスとしてもあるまじき行いだ。


 ヘリオスに別れを告げられたクリュティエは、自分は何も悪くないのにと太陽を見つめながら河岸で泣き暮れて、いつの間にやら芳しい小花に姿を変えていた。神々は彼女を憐れんだが、やはり本性が本性なので元に戻そうとする者はおらず、その花を『ヘリオトープ』と名付けて愛でる事にしたそうな。

めでたしめでたし?

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