アテナたんと定置網漁

 堅物息子ヘパイストスが何やら試作品を担いでいって半刻ほど。意気揚々と何やらジタバタ動いている網の塊を担いで戻って来た。脳天にアテナを貼り付けたままで。


「父上、大漁ですよ」


「たいりょうです!! いきがいいのです!!」


 イイ笑顔で上機嫌に見せてくれた、網の中でジタバタと激しくもがく「獲物」は、もちろん魚などではなく……


「むがー、むがむが、む~~!!!(テメエ何しやがんだ、さっさと離せ!!!)」


「んむぅ、むぅぅ、むぅぅ(ねぇアナタちょっとした出来心なのよ、赦してちょうだい)」


 言わずと知れた不倫カップルアレスとアフロディーテである。二人とも全裸で、あらぬところがつながったままだ。あまりに間の抜けた姿に笑いが巻き起こり……はしなかった。

 何しろ我が正妃ヘラ神々の女王がずっと苦虫を噛み潰したような顔で押し黙っているのだ。ピリピリした空気に気おされ、ごく一部を除いては恐々と彼女の顔色を窺っている。


「うっわ、兄上だっさ。さすがに退くわ~」


 その数少ない例外の一人、光明神アポロンがやたらとキラキラしたエフェクトをまき散らしながら軽薄な口調で言った。

 ワシの息子たちの中でもアレスと並んで一二を争うイケメンだが、芸術家肌のコイツは陰惨で血生臭い激戦が大好きな脳筋闘神アレスとはきわめて折り合いが悪い。

 逆に、太陽神ヘリオスと共に乗り回す戦車チャリオットの整備や改造をしてくれる技術馬鹿ヘパイストスのことは慕っている。


 当然の事ながらこの場は全面的にヘパイストスの味方だ。


「まったくもって穢らわしい......同じ十二神とは思われたくありません」


 吐き捨てるように言うのは男嫌いで有名な月光神アルテミス。ただでさえ性行為を毛嫌いしているのだ。まして夫の留守を狙っての不貞を働き、そのままの姿を晒している性愛女神アフロディーテに嫌悪を隠し切れないのも致しかたない。


「おい伝令神ヘルメス、お前あの尻軽女と仲良しだろう?アレス兄上はどうやら気分が殺がれたようだ、代わって差し上げたらどうだ?」


「いえいえ、アフロディーテ様はこの期に及んでもアレス様と離れがたいようで。私は彼ほど閨の技に自信がございませんのでご遠慮申し上げます」


 からかうアポロンにヘルメスが皮肉たっぷりに答えると、それまで笑いをこらえていた神々がたまらず噴き出した。恥をかかされた脳筋闘神アレスは怒りのあまりしゃにむに暴れ、ついに頑丈な網を引きちぎって、そのまま全速力で遁走する。


「……あ、逃げた」


 後に残されたのは、やはり全裸のままの性愛女神アフロディーテ。美貌と色香の他にはとりえのない彼女は逃げ出すわけにもいかず、愛想笑いで必死にごまかそうとしている。網の切れ端を集めて何とか身体に巻き付け、身体を隠そうとしているが……しょせんは網だからなあ……。むしろやらない方がマシかもしれない。


「とにかく、これだけ派手に不貞を働いたんだ。賠償金を払って離縁する他あるまい」


 嘆息しながら海洋神ポセイドンが言い放った。結婚の仲人を引き受けた我が正妃ヘラは十二神が揃った場でこれだけ恥をかかされて、静かに怒り狂っている。


「追って沙汰するので、今日のところはいったん帰宅するように」


 冷たく言い放たれたポセイドンの言葉に極東名物「赤べこ」のようこくこくと頷くと、アフロディーテは全身に網を巻きつけたまま、へっぴり腰でよたよたと逃げ出した。


 この時のアフロディーテの全裸よりもさらに卑猥な姿をモデルに「全身網タイツ」なる衣装が地上で作られたとかいうのはまた別の話である。

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