第6章 プロカメラマンの矜持。

第1話 夫の裏切り

「何なんだ、この写真は!?」


 俺は声を荒げていた。


 目の前には申し訳なさそうに下を向いた真理沙まりさの姿があった。


 俺が声を荒げる原因となった物は一枚の写真だった。


 そこに写っていたものは男女の写真。

 その男女は寄り添う様に建物の中に入っていく写真だった。

 建物はどこかで見覚えのあるものであり、茶色いタイルが印象的でガス灯を模した街灯が無数に見受けられた。

 男女が居る場所は自動扉の前で背景には小さな花壇が見えており、大理石を模した円柱が写りこんでいた。


 写っている男は間違いなく俺自身で女は真理沙まりさだった。

 そして、二人が入って行こうとしている建物は真理沙まりさの自宅マンションの入り口だった。




 事の発端は、真理沙まりさから連絡があり相談したい事があると告げられていた。

 電話越しの真理沙まりさはいつもの口調であったが何処か違和感があった。

 そんな違和感を感じつつも俺は自宅にて真理沙まりさを待っていた。

 最初は外で会おうと提案していたのだが、真理沙まりさがそれを頑なに拒んだ。


 何か重要な情報ネタでも仕入れたのだろうか?


 最初はその程度の事だろうとタカをくくっていた。


 いや、この写真を見せられる前の俺は、また厄介事に巻き込まれるかもしれないと内心、気が気でなかった。

 正直、売り物にはなったが公開されないの入手はやる気にならない。

 俺も一応プロ、撮影した写真は他者に見せて評価されたい。

 お蔵入りなんてまっぴらごめんだ。


 だが、俺達が写ったこの写真を真理沙まりさから見せられた瞬間、嫌な思考に頭が支配されてしまった。



 ある程度の想像は付いていたが、それは俺の憶測にすぎない。

 俺はをはっきりする為、真理沙まりさに事の経緯を問いただす事にした。



真理沙まりさ・・・この写真は一体?」


 先程まで声を荒げていた俺だが、目の前にいる真理沙まりさは下を向いたままだった。

 俺は真理沙まりさを刺激しない様にゆっくりと落ち着いた口調で真理沙まりさに質問を行っていた。


「・・・本当に・・・ごめんなさい・・・。」


 俺が聞きたい回答は、真理沙まりさからは得られなかった。

 俺の想像が正しければ、俺を巻き込んでしまった罪悪感の方が状況説明するより優先されてしまっているのだろう。


「いや・・・謝らなくていい・・・。」

「それより、俺の質問に答えてくれ。」


 今は謝罪より真相が知りたい。

 それが確定しなければ対処も出来ない。


「許してくれるの?」


 真理沙まりさはまだ罪悪感に支配されている様である。

 ここは、はっきりと言ってやった方が得策だ。


「許すも何も今の俺には状況が全く分かってない。許す許さないはその話の後だ。」

「俺も大体の予想は付いているが、それは俺の想像に過ぎない。」

真理沙まりさの口から真相を聞かなければ、俺の予想も確定できないし、対処しようも無い。」


 この時の俺は次の行動の事を考えているのだった。


「わかったわ・・・。」


 ようやく顔を上げた真理沙まりさは事の経緯を話し始めた。



「・・・昨晩の事だけど・・・珍しく旦那が帰って来たの・・・。」


 俺の予想の内容が少しだが確信に変わって行く。


「・・・何も言わずこの写真を見せつけられ、旦那はあたしがをしているのかと詰め寄ってきたの・・・。」


 俺の予想はほぼ確定だな・・・。


「・・・その後は(浮気を)している、していないの口論・・・。」

「旦那はこの事について訴えると言ってきたわ・・・。」


 真理沙まりさはため息をついて話を続けた。


「あたし達、そんな関係ではないのにね・・・。」


 俺は黙って真理沙まりさの話を聞きつつ、思考を巡らせていた。


「長い時間口論していたのだけど、急に旦那が喋らなくなってね・・・。」

「次に口を開いたら、冷静な口調になっててこう話したの・・・。」

「「私もお前とは別居状態になってしまっている責任はあるな・・・。」と・・・。」

「そして、旦那はあたしに提案をしてきた・・・。」


 細かな部分は多少違っては居るが、俺が想像していた大筋はだいたい合っていた。


「あたしが浮気を認め、あたしの浮気が原因で・・・。」


「離婚したと認めたら、訴える事は考えてやると?」


 言葉を続けるのが辛そうな真理沙まりさに替り俺がその後の言葉を続けてやった。


「ええ・・・そうすれば訴えず離婚してやるし、その後写真の男と好きにしても良いと・・・。」


 まったく・・・真理沙まりさらしくない・・・いつもの図々しさはどこに行ってしまったのか?


「あのなあ・・・悪いが真理沙まりさ・・・お前、旦那にられているぞ?」


 真理沙まりさは黙ったまま俺の話を聞いている。

 真理沙まりさにもその事は解っていたのだろう。


「以前、真理沙まりさが離婚したいと旦那に提案しても拒否られてたよな?」

「そして、お前らの結婚式の仲人に会社の役員に頼んだとも・・・。」

「お前の亭主が離婚を拒否したのは会社役員にな事を頼んだ手前、お前の亭主が原因で離婚する事は出来なかったって事だな。」


「うん・・・。」


「つまり、真理沙まりさの浮気で離婚したという事にお前の亭主はしたいって事だな?」


「そうね・・・。」


真理沙まりさの方も帰ってこない旦那の為に籍を入れっぱなしってのも、嫌気がさしているんだよな?」


「ええ・・・そうね・・・。」


「そこを付かれてしまったんだな・・・。」


 真理沙まりさは黙ってしまっていた。


「つまり、浮気も何もしていない俺達の関係を捻じ曲げて、真理沙まりさが浮気した事にして、それを原因に離婚にするって事だな。」

「お前の亭主も離婚したかったようだな・・・。」


 真理沙まりさはまた下を向いてしまった。


 俺は真理沙まりさが持ち込んだ写真を見て写真を手から離した。

 ヒラヒラと真理沙まりさの前に落ちて行く写真。


「見ろよ、この下手糞な写真を!」

「こんな素人写真で俺達を黙らせると思っているのか!?」


 俺の一言に真理沙まりさはクスリと笑っていた。


「確かに素人写真ね。」

「でも、実証にはならないけれど本人達を動揺させることはできる写真ね・・・。」

「これって、を売りに行った帰りよね・・・どこで撮られたんだろう・・・。」


 真理沙まりさは首をかしげていた。

 確かに俺も撮られた事には気づいていなかった。


「俺達の後ろに花壇が見えるだろ?」

「俺達の位置から考えるとやけに近く見えるだろ?」


「ええ、そういえば・・・。」


「望遠レンズで撮られたって事だな。」


「でも一体誰が?・・・旦那が探偵でも雇ったのかしら?」


「そうだな、探偵か興信所だろうな・・・。」


 真理沙まりさは呆れかえった様な顔付をしていた。


「まったく、あのバカ旦那は・・・。」

「あいつは人のせいにすぐしたがるのよね・・・。」


 真理沙まりさの表情は大夫やわらいている様だ。

 そこで俺は真理沙まりさに俺がずっと考えていた提案を聞いてもらう事にした。


「おい真理沙まりさ、お前以前旦那が浮気をしているって言っていたよな?」


「ええ、言ってたわね。」


「それ確定事項か?」


「現場を押さえた訳では無いけど、旦那のシャツから女物の香水の匂いとかしていたし・・・。」

「間違いないと思う・・・。」


 どうも答えが曖昧だ・・・確定事項で無ければ俺の提案はなす術がない。


「いや、それが本当なら俺に考えがあるんだが、曖昧なら俺の提案は意味が無いからな・・・。」


 俺が思っている状況と少し違っている。

 俺はこの計画は無駄になると心配になってしまった。


「いや、確定よ?」


 真理沙まりさが自信ありげに言い直してきた。


「根拠は?」


 リスクもある計画だから俺は慎重に事を進めたい。

 俺は真理沙まりさに理由を再び問い合わせてみた。


「それは・・・。」

「女の勘よ!」


 俺は思わず声を出して笑ってしまっていた。


「女の勘か! そりゃいい! 男には理解できないってか!?」


 何の脈略も無い真理沙まりさの自信に俺は行動を起こす決心が固まった。


「わかった、真理沙まりさ。」

真理沙まりさがそこまで自信があるなら、お前の亭主を陥れてやろう!」


 まあ、俺も巻き込まれてしまっているし、真理沙まりさとは知らない仲ではない。

 しかし、真理沙まりさの亭主も運が悪い。

 真理沙まりさの近くに俺が居た事が亭主の命運が尽きる結果となったな。


 自己満足な思考をしていると真理沙まりさが心配そうな顔つきで俺に話しかけて来た。


敏也としや・・・すごい悪い顔付してる・・・。」

「旦那を陥れるって・・・ダメよ、法に触れる事をしちゃ・・・。」


「しねえよ!」


 俺はこの計画の概要を真理沙まりさに説明する事にした。

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