第3話 彼女の結婚観。

 真里香まりかと同棲を始めて八年の月日が経っていた。

 真里香まりかは良く俺に尽くしてくれている。

 真里香まりかは大手の商社に就職をしながら、住んでいるこの部屋の家事など全て行ってくれている。

 最近では家事は夫と妻が分担して行う事も珍しくない風潮であり、それを考えると真里香まりかは実によくできた女性であった。

 そうなると付き合ってきた年月を考えると、俺も真里香まりかと身を固めるがとうに出来ていた。


 というのは少々誇張すぎたかもしれない。

 真里香まりかと一緒になる・・・いや、なりたいのは俺のでもあった。


 だが、そういったがあるのにも関わらず、人の心理は複雑な物である。

 があるにも関わらず、それを否定してしまう心境が俺の中には存在して居た。

 今になって思えば、何故そんな事に思い悩み、こだわっていたのか非常にバカバカしい。


 男の立場が傷ついたとその時の俺は思い込んでいた。

 そして、真里香まりかを越えなければ次の段階には進めないとも思い込んでいた。


 当時の俺は、何故か凝り固まった思考をしており、その思考によって人生における最大の過ちを犯す行為をしてしまっていたのだ。





 俺の思考がおかしくなった原因は、真里香まりかの給与明細を偶然見てしまった事から始まってしまった。


 入社してわずか五年足らずの真里香まりかの給与明細の額が俺の給料をわずかだが上回っていた事を知ってしまった時からである。


 正直、俺の給料は一般のサラリーマンから比べたら恵まれている給与をもらっていた。

 結婚して妻を専業主婦にして子供が生まれたとしても、扶養手当等をもらえば満足に生活できるくらい十分な額をもらっていたのだ。

 真里香まりかと一緒になる事を考えていたのも、家庭を支えるからその思考に至っていた。

 だが・・・。

 真里香まりかの給与は俺のを脆く崩れさせてしまっていたのだ。


 一緒に住んでいる部屋の家事全般を引き受けてくれている真里香まりかは、俺の給与より高い給料を持ち帰る・・・。

 家事など何もしない俺は、真里香まりか以下の給与を持ち帰って、真里香まりかと一緒になった後、真里香まりかに家庭に入ってほしいと望んでいる・・・。


 何て滑稽なんだ・・・。


 一般的なサラリーマンより恵まれた給与をもらい、家計的に家族を支えられる自信があった。

 だが俺が望んでいた家族とすべき対象は、俺以上の収入を得ており尚且つ身の回りの世話も全て引き受けそれを完璧にこなしてくれていた。

 家計的にも家庭内の事についても真里香まりかの方が、俺より上回っている。

 俺より真里香まりかの方が資格がある。


 そんな相手真里香に対して俺は身勝手に独りよがりな計画を立てていたのだ。


 俺より収入の多い相手真里香に家庭に入って会社を辞めてほしいなどといった・・・。


 当時の俺は思考が硬直していた。


 家計は男が支え、家事は女がするものと・・・。


 今に思えば本当に馬鹿馬鹿しい考え方であった。


 夫婦が共働きで、妻が夫より収入が高くとも良いではないか?

 妻が家計を支え、夫が家庭を支えても良いではないか?


 俺は一応好きな事写真を職業とすることが出来ている。

 そして収入もそれなりにある。

 好きな事を職業としていったいどれだけの人間が満足な収入を得られるのか?

 殆どの人間は生活の為に業種については妥協し我慢し不満はある物の自分や家族の為にを飲み込み様々な物を耐え抜いて生きていると思う。


 真里香まりかだってその一人だろう。


 俺とは違い好きな事を職業とはしている訳は無かった。

 生活の為、努力し頑張ってきた・・・。

 そしてその頑張りが、報酬面で評価され、俺より高い給与を持ち帰る結果となっている。

 つまり真里香まりかの方が一家の大黒柱としても家庭人としても俺なんかより多くの資格がある事になる。


 そういった真里香まりかへの劣等感から俺は真里香まりかに対して、持つべきではない不信感を抱いてしまっていた。


 そう、現状を変えようとする気概を持つことも無く何の努力もしないまま・・・。


 真里香まりかに対する抱くべきではない不信感を抱きながらも、真里香まりかは俺にとって唯一無二のパートナーであるといった想いは変わることはない。

 真里香まりか以外の人生のパートナーなど想像も出来ない。

 真里香まりかへの不信感は俺が勝手に抱いているものに過ぎない。

 真里香まりかには何の責任も無い。

 むしろ俺の勝手な思い込みに過ぎない。




 真里香まりかに対して、抱くべきではない不信感を抱いてはいたものの俺は真里香まりかに対して普段通りの対応をしているつもりであった。

 もっとも、その不信感は無意識に態度として表れていたかもしれないが・・・。


 休日の日、俺は一人で特に何もすることも無く過ごしていた。

 いつもなら一緒に過ごす真里香まりかが今日は居ない。

 真里香まりかは双子の姉である真理沙まりさの結婚式へ参加していた。

 社では仕事のパートナーとする真理沙まりさだったが、何故か俺は彼女真理沙の結婚式には呼ばれては居なかった。


 真理沙まりさ曰く、参列したければ招待状を送るけど正直式には参加してほしくないとの事だった。

 普段一緒に行動している俺に花嫁衣裳を見られるのが恥ずかしいとの事だった。

 女の人生で一番女が輝く瞬間を見られるのが恥ずかしいという訳だ。

 全く持って理解できない思考ではあったが、俺は真理沙まりさの意思を尊重し式への参加は見送る事にした。

 整った姿をしている真理沙まりさの花嫁姿には多少なりとも興味はあったのだが、何より真理沙まりさの花嫁姿から想像出来るであろう真里香まりかへの花嫁姿の方に興味があった。

 それくらい二人は似ている姉妹だった。

 真里香まりかの花嫁姿への想像は後の楽しみに取っておくとしよう。





 真里香まりかが帰宅していたのに気付いたのはリビングでのソファーでついウトウトとし俺が寝静まっていた時、真里香まりかが俺にシーツをかけてくれた時の事だった。


「・・・真里香まりか・・・、帰ってたのか・・・?」


「ごめんなさい、起こしちゃったわね・・・。」


 真里香まりかは少し申し訳そうな表情をしていた。


「いや・・・構わないよ・・・。」

「それよりどうだった?」


 俺は真理沙まりさの結婚式へ参加した真里香まりかへの感想を求めていた。


真理沙まりさすごく素敵だった・・・。」


 真里香まりかは言葉数は少なかったが、その表情を見る事により真理沙まりさの花嫁姿がいかに優れていた事が想像できた。


「羨ましかったかい?」


「それはね・・・私も一応女だからね・・・。」


 真里香まりかの言動からも真里香まりかには結婚願望がある事を想像できる。

 そして、その相手は俺だという事も・・・。


真里香まりかもそのはきっと素敵だと思うよ。」

真理沙まりさにも負けず劣らずね。」


 俺は真里香まりかが結婚を強く望んでいたら、それを受け入れる覚悟は一応あった。

 だが、彼女は俺の期待している答えとは違う回答をしていた。


「それは嬉しい褒め言葉だけど、私にはまだ早いかな?」

「今は仕事も頑張りたいしね・・・。」


 まだ早い?

 仕事も頑張りたい?


 彼女真里香は俺との結婚を望んでいないのか?

 真里香まりかは今年27歳になるんだぞ!?

 とっくに結婚適齢期を迎えているし、結婚願望だってある様に見える。

 なのにどうしてそれを望まない?


 俺が複雑な表情をしていたのか、真里香まりかはそれに気づき言葉を続けた。


「私にだって結婚願望はあるし、子供は早い内に欲しいけど無理に順序をたどる必要は無いと思うの・・・。」


 彼女真里香の言っている言葉の意味が俺には理解できなかった。

 思わず首をかしげてしまった俺に対して、真里香まりかは静かにクスクスと笑っていた。

 理解できないといった俺の表情をみて真里香まりかは更に言葉を続けた。


「うーん・・・例えば・・・結婚が先か子供が先かって事かな・・・。」


「つまり真里香まりかにとって子供が出来たから結婚するって事でもいいのか?」


 所謂デキ婚って奴か・・・それが悪いとは思わないが、結婚から妊娠といった流れの方が一般的には好ましく思われるだろう。


「うーん・・・ちょっと違うかな・・・。」

「子供が先に出来て急いで結婚するとかではないの。」

「私にとっては結婚は特別な物だからね、そんな理由で急ぐべきものではないと思うの。」


 真里香まりかの考えは、子供が出来たからそれに対する社会的な責任と立場を否定している。

 俺には全く理解できない思考であり、真里香まりかの考えが良くわからない。


「子供出来ちゃうでしょ、そして出産、当然子育てするわよね?」


「ああ、当たり前だな・・・。」


「別にその間に結婚は無理にしなくても良いと思うの。」


 結婚はしたくないけど子供は欲しいといった理由なら理解できる思考だが、彼女真里香は結婚願望はあると言っていた。

 ますます理解できなくなる・・・。


 俺のその表情を見て、また静かに笑い始めた。


「私は子供が出来たから結婚という縛りにこだわらないって事よ。」

「子供が出来てお腹大きくなってドレス着るのは私は嫌だしね。」

「ならいっそ子供産んで子育てして、ある程度落ち付いてから結婚でもいいって事。」


 まあ理解は出来た・・・だがあまり社会的に褒められた事ではない様な気がする。


「それに素敵じゃない!?」


 真里香まりかは唐突に意味不明な同意を俺に求めた。


「何が?」


「ベールガールって知ってる?」


「ああ。」


 ベールガール、ベールボーイ、結婚式で花嫁入場の際、花嫁の長いウエディングベールを持ち上げて一緒に入場する幼い子供の事である。


「普通は親戚の子供とかにお願いするのだけど、それを自分の子供にしてもらうってのも素敵じゃない!?」


 真里香まりかの表情は俗な表現だが、目が輝いているといった表情となっていた。

 俺は思わず吹き出していた。


「確かに、我が子にベール持たせるなんてあまりないよな・・・。」

「それはそれで面白いな。」


「でしょ? だから私は無理に結婚を急ぐ必要は無いと思うのよ。」

「私にとっては結婚は特別なんだから・・・。」


「なら、真里香にとってベールを持たせる子供は俺の子でもいいのか?」


 真里香まりかは真剣な表情となっていた。


「私は貴方敏也の子供以外考えられないわ。」


 結婚してほしいと言った訳では無い。

 だが、後になって考えてみると、話の流れからこれは真里香まりかへの実質的なプロポーズだったのかもしれない。

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