第2話 スクープの扱い。

 俺の部屋には、以前勤めていた新聞社のかつての同僚たちが居る。

 今も新聞社で自称絶滅危惧種のプレスライダーを続けている先輩の牧田まきた豪志ごうしと俺の別れた恋人である矢戸部やとべ真里香まりかの双子の姉である、三島みしま真理沙まりさ

 とてつもないいスクープを物にした俺達だったが、スクープそっちのけで、身の上話に花咲いていた・・・。


 確かに真理沙まりさの身の上話は軽々しいものではないし、かつて同じ社で仕事をしていた仲間ともいえる人物が久々に集まったこの状況では仕方のない事なのかもしれない。

 だが、俺達が手に入れたスクープは久しぶりの再会を喜ぶ隙すら与えるべきものでは無かった。

 庶民派を気取った現役議員の売国行為・・・。

 民主主義のこの国では絶対あってはならない行為であるし、としても絶対にてはならないものであった。

 公になれば国民への裏切り行為となり、政治への信頼は失墜するであろう。


 俺達が以前勤めていた新聞社は、一応保守系メディアと呼ばれていた。

 古くからの習慣や文化を大切に守って行く事を前提とした政治を是とした考え方である。

 先人たちが守ってきた『和』を大事にし、皆が協力して国を繫栄させていく、普通の日本人なら当たり前の考えである。

 だが、日本を敵視する他国からすると邪魔な思想でもあった。


 かつてのと呼ばれていた日本は強すぎたのだ。

 国民の国への忠誠心、家族愛、そしてそれを守る為なら自己犠牲の精神で自らの命を犠牲にしていた精神、正直今のこの国には見る影もない。

 軍も世界最強だったと確信している。

 最強の軍隊と強い精神力を持つ国民がいる帝国が負ける事などほぼ考えられなかった。

 あの戦争は世界最強の帝国陸海軍が何故敗北しのかという疑問の残る戦争だった。


 その答えは簡単であった。


 祖国を裏切る同胞が居たからに他ならない。


 軍には当然として、政治のトップもその様な人物であった。

 そしてそれを煽るマスメディア・・・。

 裏切者達の三位一体の行動が、国民を先導し戦う必要すらなかった米国との戦争に導いたのだ。

 結果日本は敗戦、多くの犠牲を出してしまった。


 たちが悪いのは戦後の事だ。

 あの戦争を止めようとした心ある人物達はどうなったか?

 政治家はA級戦犯とされ、今だ愚かな戦争を引き起こした張本人と認識されてしまっている。

 主犯は別に居るにもかかわらず・・・。


 軍に至っては暴走した海軍を止めようとしたのは陸軍だったのだが、戦後陸軍の暴走が原因で戦火が拡大したことになっている。


 そして戦争へと煽ったマスメディアは反省する事無く今だ存在し、現在でも国を陥れようとしている。


 強い精神力を持った高潔な国民は、国に騙された被害者として扱われ、戦後の教育で自虐思想が植え付けられてしまった。


 保守系メディアにも色々あるが、捻じ曲げられた価値観を取り戻す事を是としていた新聞社であった俺達の社は良く叩かれていた。

 某国では取材拒否もされたりした。


 つまり今のこの時代にもこの国を貶める工作は確実に存在して居る。


 裏切者により某国寸前となった過去を経験済みのこの国には、今現在も裏切者の存在がある。

 それを暴いてしまったのが今回のスクープだ。

 たかだか一政治家の私欲にかられた行為だとは笑い飛ばせない。

 現に裏切者達の存在でこの国は一度滅びかけたのだから・・・。





 真理沙まりさの事を気遣ってか、牧田まきたは言葉を詰まらせていた。

 真理沙まりさに対して気の利いた言葉をかけようとして必死に思考を巡らせているのが手に取るように解る。

 まあ、何と人の良い事か・・・。

 俺はそんな牧田まきたをよそに手に入れたスクープの扱いを真理沙まりさに問いただす事にした。


「身の上話に盛り上がっているところ悪いんだが、手に入れたこのスクープはどう扱うんだ?」


 牧田まきたは眉を落とし俺に顔を向け、まるで真理沙まりさに気を遣ってやれといった表情をしていた。


 だが牧田まきたの心配をよそに真理沙まりさは身を乗り出して何事も無かったように語りだした。


「そうよ! バカ旦那の事なんて話している場合では無かったわ!」

「今はの方が重要よ!」


 真理沙まりさはスクープの事を思いだすと急にテンションが高めとなっていた。

 それを見ていた牧田まきたは開口していた。


「今、あたしはフリーなのよね・・・当然記事をしかるべき所に持ち込まなければならない。」

「だけど問題なのは持ち込み先よ・・・。」

「テレビ局か新聞社か雑誌社か・・・。」

「持ち込み先によっては、このスクープはまず握りつぶされてしまうでしょうね・・・。」

「もしかしたら、私達は口封じに襲われるかもしれないし・・・。」

「だから写真のバックアップは当然しておいて、何らかの保険が居ると思うの。」


「つまり、持ち込みをしようとして真理沙まりさがそれを出来なくなる状況にされた時の事か?」


 不穏な事だが、あり得ない話ではない。

 相手はこの国の先生だし、密会していた相手も他国の機関である。


「おいおい、いくら何でもそれは考えすぎだろ・・・。」

「・・・いや・・・ありえるか・・・。」


 スクープを手に入れ逃げ出す際協力してくれた牧田まきたはその時の状況を思い出したのだろう。


「つまり、三島みしまが帰ってこなかったら、ネットなどでこの写真を公開するとかか?」


まきさん、正解!」

「あたしにも一応生活があるから、この記事は買ってもらわなければならないけど、それを阻止されたら損をしてでもこの情報を公開してやる!」


「危ねぇ橋渡ってるな・・・。」


「当然よ! 真実を伝える為にあたしは命を張ってるのよ!」


 真理沙まりさの目には迷いはない。

 たとえ襲われたとしても、この事実を伝える意思が明確に感じられた。


真理沙まりさ、この記事はいったいどこへ持ち込むつもりだ?」


「色々考えたんだけど、雑誌が良いと思うの。」


 意外な回答だった。

 速達性ならテレビや新聞の方が適しているし購買層が多いから情報の拡散も早いだろう。

 雑誌はテレビや新聞の様な速達性は無いし、購買者も限られている。


「意外だった?」


「まあ、そうだな。」


「雑誌の記事が後付けでテレビや新聞に取り上げられることもあるし何より、雑誌の方にあたしには心当たりがあるの。」

中田なかたデスクって知ってるでしょ?」


「ああ、社会部のデスクになってすぐ早期退社した人だな。」


 真理沙まりさ牧田まきたの会話を聞いて俺は思い出していた。

 俺が社に居た時はキャップだったのだがデスクになっていたのか・・・。


「そうそう、早期退社した後グループ会社の雑誌の編集長になってるの。」


「なるほどな、かつての上長に話を持っていくという事か・・・。」


 中田なかたという男はキャップ時代に俺も世話になった。

 部下から信頼され、人格的にも好感が持てる人物だった。

 あくまでも印象であるが・・・。


中田なかたさんなら、あたしも良く知ってるし、人格的にも申し分ないし。」


「つまり、三島みしまにとって信用できると?」


「そうね、中田なかたさんがキャップの時から世話になっていたし、部下からの信頼も厚かったわ。」

「少々、部下を庇いすぎる傾向があったのだけど・・・。」


 確かにかつての上長なら、アポも取りやすいだろうし、真理沙まりさが信頼している人物なら尚更だ。


「朝になったら早速アポを取って、出来れば当日にでも面会に行きたいと思っているの。」


「朝になったらって・・・。」

「悪いけどもう朝なんだが・・・。」


 カーテンを開けると外のには光が差していた。

 久しぶりの再会と、身の上話そしてスクープの件で朝まで語り合ってしまっていたのだ。


「やべ! 俺今日会社あるぞ!」


 牧田まきたは単車の運転が仕事だ。

 寝不足でその仕事をこなすのだろうか・・・。」


「まあ、しゃーねぇな・・・今日は安全運転で乗り切るか・・・。」


 まるで普段が安全運転ではない言い方である。


「悪い、稲瀬いなせ三島みしま!」

「俺、俺先に帰るわ!」


 会社員である牧田まきたは足早に俺の部屋を出て行こうとした。

 駐輪場まで牧田まきたを案内し見送り部屋に戻ると、真理沙まりさ真里香まりかの写真を見つめていた。


「綺麗に写ってるわね、真里香まりか・・・。」


 俺は何も言い返せなかった。


「まあ、あたしの妹だから綺麗なのは当たり前だけどね・・・。」

「撮影者の気持ちが入っているから、こんないい写真になったのかしら?」


「いや、この写真は真里香まりかとは知らず偶然ファインダーに入ってきた彼女を思わず撮ってしまった、偶然の産物だよ・・・。」


 俺はあの時の状況を正直に話した。


「ふーん、それにしてはいい写真よね。」


「まあ撮影者にとって意図せず撮影したものが、偶然にも良い写真になる事は良くある事さ。」

「この時はファインダーに入ってきた彼女真里香を確認したら、シャッターを押さずにはいられなくなっていたのが事実だけど・・・。」


「なら、意図して撮影したものって事じゃない?」

敏也としやの意志で撮影したって事よね?」


 まあ、真理沙まりさの言っている事は間違いではない。


あなた敏也、この写真処分するつもりって言ってたわよね?」


「ああ・・・。」


 ひどい別れ方をした真里香の写真をいつまでも女々しく持って居る訳には行かなかった。

 俺は真里香まりかの事を忘れなければならない。


「捨てる必要なんて、無いと思う・・・。」

「だってこんな素敵な作品なんだもの・・・。」

敏也としやもこの写真気に入ってるのでしょ?」


 正直言うと、俺の撮影した写真の中でもトップクラスに気に入っている写真である。


「ああ、唯一自分から撮りたいって思ってしまった肖像写真ポートレイトだったしな。」


あなた敏也肖像写真ポートレイト撮るの嫌いだものね・・・。」


「ああ、スナップ写真に写りこむ人物も撮りたくない・・・。」


「本当、人物撮るの嫌いなのね!」


 真理沙まりさは俺の話を聞いてクスクスと笑っている。


「ああ大嫌いさ、社にいた頃も風景写真ばかり取って居たかったくらいさ。」


 真理沙まりさは真剣な顔つきとなっていた。


「そんな人物写真が嫌いなあなたとしやに、シャッターを切らせた真里香まりかはすごいね・・・。」


「ああ、確かにすごいな・・・。」


 中途半端な能力の影響で人物を撮影する事を嫌っていた俺だったが、真里香まりかだけは例外だった。

 ファインダーを通して感じられる真里香まりかからは感じられなかった、それは真里香まりかが唯一の人物だった。


 そんな真里香とひどい別れ方をした事を、俺は今だ罪の意識を感じているのだった。

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