第7話 真実は真理。

 俺と真理沙まりさは昼から約束をしていた。

 銀行強盗の犯人を取り押さえた、屈強な男とアポイントメントを取っていた為である。

 正直、アポを取るには骨が折れた。

 事情徴収を取る為、警察署に任意同行されていたを待ち伏せ、そこから交渉を行った。

 は身元がるのを極端に嫌っており交渉は難航したが、さえしなければ良いとの事となり、そこからはスムーズに話は進んで行った。

 その条件とは、俺にとっても大変都合の良いものだった。

 名前を出さず、写真も本人だと確認できないものなら掲載は良いとのことで、経歴や現場での状況はある程度は話してくれることになっていた。

 しない写真とは、つまり顔写真を取る必要がないという事だ。

 俺自身これは非常に都合がよい。


 同行する真理沙まりさには、この条件はだと念を押しておいた。

 条件を守らなければ、この取材は無かった事になる。

 現場に出ていきなりスクープ記事を掲載したとはいえ、記者として駆け出しの真理沙まりさはこの条件を素直に飲んでくれた。




 俺達は事件現場から少し離れた、チェーン店の喫茶店に来ていた。

 待ち合わせ時間までにまだ時間はあるが、無理を言って取材許可を引き受けてくれた人物に対して、我々が待たせる訳はいかない。


「実名NG、顔写真NG・・・だけど答えてくれた内容は掲載は許可してくれたのよね?」


 真理沙まりさはいつになく、の条件を慎重に繰り返す様に俺に訊ねてくる。


「ああ、だけどそんなに気を使う必要はないと思うな。」


「だけど敏也としやが折角とってきたアポだし、失敗はしたくないのよね・・・。」


「別に、都合の悪い内容は掲載しませんって最初に言っておけば良いんじゃないのか?」


 記者としては、そう言った言動は避けるべきだろう、うまく相手を誘導して、相手が話す気がなかった事柄を引き出す事こそ求められるのかもしれない。

 だが、今回は俺の中途半端なをすべきではないことを感じていた。

 彼が犯人達を取り押さえる為の現場を望遠レンズで確認していた俺は彼のを明確に捉えていた。

 それは、平和な日本で普通に育った俺では想像すらできないほどの物だった。


 彼は金の為に人を殺害していた。


 犯人を捕らえる際、彼の心の中で確かにそう確認できた。


『金にならないから殺してはならないな・・・とりあえず痛めつけて無力化するにとどめるか・・・。』


 俺はこの考えを捉えた時、強盗より人物が、行内に居ると感じてしまっていた。


『とりあえず痛めつけて無力化』


 数人いた男達を冷静にこの一言で対処できるという自信なのかどうかは定かではないが、困難なことを実に簡単に考えていた。


 だがは結果、強盗を取り押さえ、銀行内の職員や客、そして行内の現金を守った事実がある。

 俺はに興味がわいた。

 俺にはジャーナリズムなんて物はない。

 ただ、今まで感じたことのない・・・。

 結果、そのによる行為により助かった人間もいる。

 それは本当になのだろうか?

 それに俺は興味を持ってしまっていた。



 真理沙まりさとのやり取りを行っていると、例のが入店してきた。

 約束の時間のちょうど5分前だった。


 彼は俺の姿を確認すると俺たちに近づいて来た。


「お待たせしました。」

「隋分、早めに来られていたのですね。」


 白いシャツにカーキのチノパン、ネイビーブルーのジャケットを羽織っていたが、彼の屈強な身体つきは見るからと言ったものであり、ジャケット1枚羽織ったくらいでは隠し通せない。


「昨日はありがとうございました。」

「改めまして産政新聞社の稲瀬いなせ敏也としやと言います。」


「初めまして、同じく矢戸部やとべ真理沙まりさと申します。」

「本日は宜しくお願いします。」


 俺が挨拶をして続けて挨拶をする真理沙まりさ・・・相当緊張している様だ・・・。


「初めまして・・・私は・・・えっと・・・。」


「Aさんで良いですよ。」


 俺は本名を明かせないの為に仮名を付けさせてもらった


「すみません・・・なら、で・・・。」


 を聞いていた真理沙まりさが俺を軽く肘打ちして、俺に小声で話しかけてきた。


「ねぇ・・・仮名は良いんだけど、さんって何よ!?」

「もう少しネーミングセンス無いのかしら・・・。」


 俺達のやり取りを見ていた、仮名さんはにこやかに笑っていた。


「すみません・・・全部聞こえてます・・・。」


 そう言うと下を向き、クスクスと笑っている。

 意外と笑い上戸なのかもしれない・・・。





さん、まずは答えられる範囲で良いので自身のプロフィールをお願いします。」


 真理沙まりさは慎重に言葉を選んで事を運ぼうとしている。


「年齢は35歳で、都内に在住してます。職業は現在無職ですが特に就職活動もしていません。」


 職業無職は意外だった、肉体労働系の仕事をしているのかと思っていたのだが・・・。


「失礼ですが、前職は何をされていましたか?」


 さんは少し困ったような顔つきとなった。


「もし都合の悪い事を話してしまっても、掲載NGと後からおっしゃってくれたら掲載しないとお約束しますので、難しく考えなくとも結構です。


 真理沙まりさは意外な事に記者としては避けるべき発言を、意外なほど受け入れている様でさんにそれを告げた。


「傭兵です・・・。」


 俺がはっきりと感じたあの時のの正体が明らかとなった。

 人を殺害している理由も納得がいく、そしてあの銀行内での緊迫した状況にもかかわらず冷静に思考をめぐらし、実際それをやってのけた行動力、すべてに合点が行った。

 明らかに俺が今まで会ったことのない、特殊な経歴の持ち主だった。


「傭兵って、外人部隊って言われるですか?」


 何を聞いていいのか解らないのか、真理沙まりさは言葉を濁す様にさんに質問をする。


「そう、です。」


 さんも濁したように質問に答えた。


「その辺りの事情に興味はありますが、まずはの状況を教えていただけますか?」


 無論、銀行強盗があった銀行内の事を聞いているのだろう。


「あの日私は、あの銀行内のATMで貯金をおろそうと並んでいました。」

「4人の覆面を付けた男達が突然銀行内に駆け込み、後はお決まりのパターンの『金を出せ!』ですよ。」

「強盗は2人が刃物を持っており、もう2人が火器を持っていました。」

「ATMコーナーに居た客は私を含め銃を持った男に銀行内に誘導されましたね。」

「まあ、突きつけられた銃が私には偽物だったとすぐ解りましたから、刃物を持った2人を押さえれば、この茶番も終了すると思っていました。」

「だから、刃物を持った2人を先に無力化して、後は警察の突入で終了です。」


 正直、聞きたい内容ではなかったが流れとしては理解は一応できた。


 真理沙まりさは自身の記者魂に火が付いたのか、現場での明細な状況をさんに詳しく訪ねていた。

 最初の緊張感と慎重さはどこ行く風かのごとく・・・。


 真理沙まりささんへの質問攻めは次々と繰り出されていた。

 それは、同行していた俺が、飽きる・・・いや呆れる程に・・・。


 記者魂が満足したのか、最後に掲載NGの内容を確認してもらい、さんへの取材は終了となった。


 真理沙まりさは満足そうな表情だった。


 別れ際さんは俺に話しかけてきた。


「実は私、あの現場で稲瀬いなせさんの存在には気づいていたんですよ。」


 さんは俺に意外な言葉を発言した。


「え?」


 結構距離は離れていた、別に身を隠していた訳ではないがあの状況下で俺の存在に気付けるとは到底思えなかった。


あなた稲瀬のレンズが常に私たちの状況を捉えていたでしょ?」

「私はまるで戦場にいる気分になりましたね。」

あなた稲瀬のレンズはまるで戦場での狙撃手スナイパーの様だった・・・。」

「殺気すらも感じるほどの物でしたよ。」

「正直、あなた稲瀬が敵の狙撃手スナイパーでしたら私の命はなかった事でしょう。」

あなた稲瀬がカメラマンで本当に良かった。」


 難しい顔つきで話していたさんだったが、最後には愛想笑いをしていた。


「それは、誉め言葉だと受け取って良いのですか?」


 どう返していいのか、よく理解していなかったが取り合えば浮かんだ文言を何も考えずに発言しただけだった。


「ええ、最上級のですね。」


「ははっ、ありがとうございます。」


 取り合えず、誉められたと理解して礼だけ言っておいた。


あなた稲瀬とは、また縁がある気がします。」

「私のはよく当たるのです。」


 その言葉を残してさんは去って行った。




 さんと別れた後、俺と真理沙まりさは帰社し記事をまとめていた。

 ディスクに提出すると紙面では小さく取り上げられるだけの扱いとなった。

 客の1人が協力して警察の突入を先導したといった内容にとどまった。


 だが、調べた詳しい内容は週刊誌の方へ情報提供することになった。


 真理沙まりさは配属され短期間で2つもの記事を取り上げられる事になっていた。



「しかし残念だったわ。」


「ん? どうした?」


「せっかく、敏也としやが取ってくれた取材だったのに、記事の扱いがね・・・。」

「あたしにもっと実力と信用があればチャンスを生かせたかもしれないのに・・・。」


 真理沙まりさは自分の実力不足に自己反省している様だ。


「そんな事は無いさ、人脈も情報源も無く純粋な記者の先輩と同行してないのに関わらず紙面に掲載って立派だと思うが?」


「でも撮ってきた写真1枚も使われていない記事だしね・・・。」


「そんな事はよくある事だよ、別に俺は気にしちゃいない。」


「ならいいけど、せっかく撮影したのにそれが使用されないのって何かね・・・。」


 記事に写真が必ず付くとは限らない、文面だけの記事も多い。

 紙面に記事が掲載される権限は俺達には無い、デスク以上の人間がそれは決める事であり、いちいちその事を気にしても仕方がない。


「まあ、取材した記事は雑誌で取り上げられるから写真が無駄になる事は無いさ。」

「もっとも、取材対象のさんの写真は掲載しないのが条件だから、たいした写真も撮ってないがな。」


「あたしさ、今回の取材で紙面に出ない様々な事実ってのがある事に気付いたのよね。」


「そりゃそーだろ、新聞なんてもんは建前は起こった事実を淡々と記事にするものだからな。」


「そーなのよ、それよそれ!」

「実際取材をして理解したの、そういった詳しい事情を突き詰めるのってものすごく興味がわいた。」


 取材の際、最初は緊張気味だった真理沙まりさだったが、さんを取材している内に次々と質問をさんに投げかけていた姿を思い出した。


「だろうな、さん真理沙まりさの質問攻めにちょっと引き気味だったぞ。」


「なによ、それって記者としては良い事ではないの?」


「まあ、そーだけどな。」


「あたしはそーいった見えないにすごく興味がある!」

「今回の取材でに気付いたの。」


 真理沙まりさの表情はとても楽しそうに見えた。

 ありきたりな表現をすれば、目が輝いているといったところだろうか?


「ジャーナリストにでも転職するか?」


「良いわねそれ!」

「写真は敏也としやに任せればいいし。」


「おいおい、俺を巻き込むなよ?」


「冗談よ、また社会に出たばかりで、なにもやりきっていないのにいきなり転職なんて考えないわよ。」


 そして真理沙まりさは一言呟いていた。


「ジャーナリストか・・・。」


 真理沙まりさは自分の進むべき道を見出したのかもしれない。


 真理沙まりさという女は昔からこうだ。

 裏事情、真実、こういった物にめっぽう興味が湧くみたいだ。

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