第6話 結果、独占スクープだった。

 時間は20時を越えていた。

 俺は社にやっと戻っていた。


 あれから俺はずっと事件の現場で撮影をしていた。

 まあ、真理沙まりさ達が帰社して行った後、すぐに警察が銀行を取り囲み数時間粘った後、犯人は御用逮捕となった。

 まあ、警察に取り囲まれた時点であの犯行は失敗したも同然だったのだが、決定打は他にあった。


 編集部に戻ると真理沙まりさが満面の笑みで俺に飛びかかる様に抱き着いてきた。


「やったわ敏也としや!」

「あの記事、ウチの独占よ!」


 夕刊の締め切り時間をギリギリまで延ばしてもらい、他社に嗅ぎ付けられる前に記事に出来た事により一社のみのスクープとなっていた。


「もう、帰ってから大変だったよ!」

「中田キャップと記事にまとめて・・・でもいい経験になった・・・。」


 入社して数日でこの成果だ。

 真理沙まりさは今後プレッシャーが大きくならないと良いが・・・。


「でも、敏也としやの写真はないわ・・・。」


 真理沙まりさは呆れ顔になっている。


「もうすごかったのよ・・・。」

「「写真はまだかっ!!」って・・・。」


 銀塩フィルム写真は現像に時間が架かる。

 編集部の締め切りを考えるとその様子が目に浮かぶようだった・・・。


「見て見て、これがその記事!」


 真理沙まりさが俺に夕刊を手渡した。


 手に取った俺は、驚きと喜びがこみあげて来た。


「おいおい、一面トップ記事じゃないか!」


「あの時の敏也としやの判断のおかげよ!」

「やっぱは最高だわ!」


 よりによって、扱いかよ・・・。

 先輩を先輩として敬ない女だ・・・。

 おれは不意に真里香まりかとの会話を思い出していた。


真理沙まりさも私と一緒で、多分あなた敏也の事が好きなのよ・・・。』


 あり得ないな・・・。

 そんな態度、真理沙まりさの態度からは感じる事は全く無い。

 きっと真里香まりかの思い違いだろう。


「誰が最高だって!?」


 牧田まきたが俺達の会話に割って入ってきた。

 とても疲れた表情で・・・。


牧田まきたさん・・・えらく疲れてますね・・・。」


 牧田まきたはため息気を付いていたが、俺の持っている夕刊を見て表情が一変した。


「一面トップ記事だと・・・これお前達の記事だよな・・・あの時の?」


「そうですけど?」


 一瞬、怒り顔になっていたが、更に深いため息をしたかと思うと、今度は疲れ顔に戻ってしまった。


「あの後な、この新人のねーちゃんを社に届けてな・・・。」


「あっ、社会部の矢戸部やとべ真理沙まりさです。」

「昼間はありがとうございました。」


 真理沙まりさ牧田まきた挨拶をした。

 昼間まで面識が無かったのだろう。


「あっ、ども、便担当の、牧田まきた豪志ごうしです。」


牧田まきたさん・・・便って・・・。」


 とてもネガティヴな発言をする牧田まきたに思わず突っ込んでしまった。


「そうそう、あの後な先に頼まれた雑誌社へ記事渡しに行って、帰ったらまた違う子会社へ小荷物届けて・・・その後、名古屋まで行かされた・・・で今帰ってきたばかり・・・。」

「お前らの記事運んだのが、唯一のプレスの仕事だった訳よ・・・。」

「しかもさ・・・持って帰った記事が、一面トップって・・・。」

「俺、褒められても良くね?」


 全くである。

 牧田まきたが居なかったらこの記事は締め切りに間に合わなかっただろう。

 それでこの扱いとは、不幸すぎる・・・。

 それにしても、自称便とは・・・かつては、一部バイク乗りのあこがれの職業でもあったプレスライダーの牧田まきた・・・。

 今はかつての栄光もプライドも枯れ果ててしまったのか?


「でも・・・いいか・・・。」

「ご褒美はもう貰ったし・・・。」


 上に文句の一言でも言って良いとは思ったが、牧田まきたは意外な程あっさりとしていた。


「何かいいものでも貰ったんですか?」


「ああっ・・・。」

「噂になっていた、社会部の美人新人とお近づきになれたからな。」

「まさか稲瀬いなせとペアになっていたとは・・・。」


 興味ないと牧田まきたに話した俺すらも、噂の美人新人とコンビ組まされるとは思っても居なかったのだが・・・。


「美人新人って、私の事です?」


 真理沙まりさが俺達の会話に反応した。


「そうそう、噂通り本当美人だな。」


 真理沙まりさは微笑んでいた。


牧田まきたさんたら、お上手ですね、でもそう言って下さってとっても嬉しいです。」


 こいつ・・・美人って昔から散々言われてきたタイプだし、自分が美女だって自覚あるな・・・。

 しかもこの愛想笑い・・・完全にネコ被ってやがる・・・。


「その美人記者が俺の単車の後ろに座ってな、俺にしがみ付いて離れないんだ。」

「少々ぎゃーぎゃーとうるさかったが、俺の背中に感じる感触は最高だったぞ!」


 その言葉を聞いた、真理沙まりさの目付きは半目と化していた。


「・・・エロおやじ・・・。」


牧田まきたさん・・・。」


 俺は牧田に対して呆れていた。


「記事とあたしを社まで特急で連れて帰ってくれた恩もあるし、敏也としやが一番に連絡したから敏也としやが信頼している人かと思っていたのだけど・・・。」

「中身は単なる「エロおやじ」だったのね・・・。」

「普通、そう思ってても口には出さないでしょ!」


 真理沙まりさの意見はもっともだ・・・。


牧田まきたさん・・・。」


「ん?・・・何だ?」


「今のは牧田まきたさんが悪い・・・。」


 牧田まきたはバツの悪そうな表情をしている。


「すまん・・・俺、正直なんで隠し事出来ないんだわ・・・。」


 この時から真理沙まりさは俺以外に牧田まきたに対してもネコを被らなくなった。



「で・・・稲瀬いなせ、お前も道具カメラ一式抱えているって事は、今帰りか?」


「ええ、先程帰社したばっかりですよ。」

牧田まきたさんが持ってきてくれたコイツ望遠レンズのおかげで銀行内の様子はばっちりでした。」

「途中、シャッター閉められてヒヤヒヤしていましたが、1箇所だけ最後まで閉じられなくて助かりましたよ。」


 牧田まきたは少し考えてていたが、思いついたように語りだした。


「もしかしてATMの入り口付近か?」


「ええ、良くわかりましたね?」


「なんか最近はATMのシャッターは警備会社が入っていてな、タイマーがセットされているらしく、途中で開け閉めは易々とは出来ないらしいぞ?・・・まあ俺も良く知らんが・・・。」


「まあ、あれのおかげで、自動ドアのガラス越しですが、偏光フィルター使えば中は何とか撮影出来ましたよ。」

「後は犯人たちが観念してからの御用の様子もバッチリです。」

「さすがに、は他社も駆けつけてましたけど・・・。」


 牧田まきたの表情が変化していた。

 大きく口をぽっかりと開けている・・・。


「おい・・・もしかとは思ったが、うちの独占か!?」


「ええ、そうですけど・・・。」


「あ゛あ゛あ゛あ゛っ、やっぱ俺、褒められる立場じゃないか!」


 牧田まきたは両手で、頭をかきだした・・・髪をくしゃくしゃとさせている・・・。


「エロおやじの愚痴は無視しといて・・・。」


 真理沙まりさ牧田まきたに容赦なく追い打ちをかける。


「今日あの現場に出くわして、あたしも記者として自覚が足りないと反省したのよね・・・。」


 真理沙まりさは自分なりに日々の行動を分析して、を改善しようといつも前向きである。


「今日、現場に遭遇した時、あたしはスカートだったのよね・・・。」

「ああいった偶然に遭遇する確率は低いとは思うけど、あれではいざという時行動力が落ちちゃうと反省してる・・・。」

「明日からはスカートやめてパンツスーツにするわ。」


 あの時、スカートをはいてなかったら、もう少し早く現場に到着出来ていただろう。

 そして、最悪の場合は俺に追いつく事が出来ず真理沙まりさなりの記事にする事は出来なかったかもしれない。

 失敗を修正して改善する姿勢は、俺にとっても頭の下がる思いだった。


矢戸部やとべ、明日からズボンにするってのか!?」


 牧田まきた真理沙まりさの言葉に食いついてきた。

 またバカな事を言わなければいいが・・・。


「そっか・・・今日で矢戸部やとべの御御足も見納めか・・・。」


 心配した通りバカな事を言ってしまっている。

 そしてとても残念そうな表情をしている。


「ドスケベおやじ・・・。」


 真理沙まりさ牧田まきたを見つめる眼差しは軽蔑の眼差しに変化していた。


 その視線に気づいた牧田まきたは誤魔化す様に俺に話しかけて来た。


「そうそう、稲瀬いなせ、お前も今帰ったんだよな、あれから何があった?」


 牧田まきた真理沙まりさを背にして振り向こうともしない・・・。

 余程、気まずいのだろう。


牧田まきたさんの持ってきてくれたレンズのおかげで、中の様子ずっと撮影していたんですよ。」

「犯人たちの様子や、銀行員、客の写真を撮っていたんですけど、まだ他社にはバレていないと思うも仕入れました。」


「おっ、いいね! 詳しいく教えてくれよ!」


 俺は牧田まきた真理沙まりさのみに聞こえる声での内容を話した。


「実は客の中に屈強な男が居て、犯人を取り押さえていたんです。」


「マジか、それ!?」


「ええ、俺が帰社がこの時間になったのは、が警察の調書を受けているのを待っていたからなんです。」


「え・・・もしかしてそのにアポを取ったの?」


「明日の昼、会う約束をした。」

新聞ウチでは掲載できないかもしれないが、雑誌の方では使えるネタだから、新聞ウチでダメでも行く価値はあると思う。」


 真理沙まりさは興奮気味に前のめりになり俺に話しかけて来た。


「ナイス!敏也!」

「強盗事件の裏にそんな事実が隠されていたなんて!」

「あたしはそういった『真実』を世に出したくて記者になったの!」

「最高の気分だわ!」

「配属されて数日だけど、本当に記者になって良かった!」


 世の新聞社は一応真実を伝えてはいるが、購買者達の求める内容に絶妙に記事を改変して誤解を受ける様な記事を出してくる社もある。

 生き残るための手段か、社是なのかは俺には理解できないが記事としては最低の物だと思う。

 特に新聞の購買数は年々下降している。

 インターネットの普及で新聞社の悪事なども暴露され、報道機関としての信用を大きく落とした社もある。

 正直、俺も真実を見極める目さえあれば、新聞よりネット記事を読むだけでいいと思う。

 新聞社も昔程、取材力は今はない。

 新聞社が特化するものが少なくなっている。

 これでは購買数が落ちて当然だ。


 真理沙まりさは真実を世の中に広める為に新聞社に入社したのだろう。

 今の純粋な気持ちで、この先も仕事を進めてほしいものだ・・・。

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