第5話 スクープは突然に。

 真里香まりかの双子の姉、矢戸部やとべ真理沙まりさとコンビを組まされ経験も人脈も無い俺達は、まず何を始めて良いかすら理解できていない状況だった。

 資料室の過去記事を読み漁っていたが、社に籠っていては記事なんてものは取れない。

 かといって、目的も無く闇雲に街をさまよっても当然結果は同じだ。

 偶然、記事に出来る事件や出来事が都合よく発生する事は無い。

 何度も言うが、スクープ何て物は、ほとんどが記者達の地道な努力によって得られている物だ。

 足を使って地道な努力の結果だ。

 足を使うのはその気になれば何とでもなる。

 俺達に足りないものは、状況提供者などの人脈だ。

 かといって何もしない訳にはいかない。


 俺達は過去の資料に写っていた、かつての街の風景と現在の違いを記録する事にした。

 二番煎じの内容だが何もしないよりだ。

 風景の違いを取材して行く内、何か別の物を発見もしくはアイデアが生まれるかもしれない。

 とにかく今は足を使うべき時だ。


 俺にとって風景写真は最も得意な撮影で、大嫌いな人物写真を撮影する必要が無い。

 もっとも、風景写真を撮影している際、ファインダー内に意図せず侵入してくる人物が写りこむのは避けられない事もあるが、些細な問題である。

 真理沙まりさは不満だろうが、俺にとっては願ったりかなったりの取材だった。

 言っておくが、俺はポートレイト《肖像写真》の撮影技術は劣っている訳では無い。

 証明設備が不十分でも、真里香まりかを撮影する事に関しては真里香まりかの魅力を十二分に表現した写真を撮影できる。

 俺が嫌いなのは人物を撮影する際、ファインダーを覗いた時にだけなのだ。

 だがこの時の俺は予想外の出来事に遭遇する事になるなど想像もしていなかった。

 大嫌いな人物写真を持てる技術を使って撮影するになろうとは・・・。





「はい、ここから撮って・・・。」


 旧昌平橋駅に俺達は来ていた。

 ここはある程度、昔の面影を感じることが出来る場所でもある。

 真理沙まりさは地道な作業の撮影を嫌々ながら行っている。

 だが、基本真面目なのか仕事だからなのか、淡々と昔の風景と現在の風景の違いを見極め、様々な角度からの写真を撮影する様に指示をしてくれている。


「おっと、これ撮ったらフィルム交換な。」


 俺は指示された風景を撮影し、フィルム交換を行っていた。


「まったく・・・今はデジタルカメラが主流なのに、未だフィルム使っているなんて・・・。」


 フィルム交換作業のある銀塩フィルムカメラに真理沙まりさは不満の様だ。


「俺だってデジタルカメラは持ってるけど、F5こいつの方が写真の出来がいいし慣れているんだ・・・。」


 ニコンF5

 俺の現在の愛機。

 オートフォーカスも優秀で銀塩フィルムカメラとしては最高のものだと俺は思っている。

 バッテリーパックが一体化されたボディーは少々大柄ではあるがグリップ等のバランスも良く重さも俺にとってはあまり感じない。

 正面から見て真四角に近いボディの形状は見るからにプロ仕様といった外観で、街で撮影していると取り回しはキツイが俺を満足させてくれる性能を持って居る。

 不満があるとすれば一つだけある。

 非Aiレンズがこの機種からは使えなくなってしまった。

 まあ、古いレンズが物によって使用できないといった感じだ。

 ニコンの魅力にレンズマウントが昔から変わっていない事もその一つの要因となっている。

 他のメーカーはレンズマウントを変えて来たメーカーもある。

 つまり、今まで買い揃えて来たレンズがマウントが変わる事によって使えなくなるという事である。

 つまりニコンのレンズはマウントが昔から同じ為古いレンズも最新のレンズも使用出来るといった利点がある、

 だが、一部のレンズは本体によっては使用出来ない事もある。

 ゆえに、レンズの知識が乏しいと中古レンズを購入した際、使用不可能といったになる事もある。

 まあ、俺はメーカーに非Aiレンズの改造を依頼して、既に今の愛機F5に装着出来る仕様にしている。

 こういった、細やかな配慮がこのメーカーにはある。

 だから俺はニコンを使い続けている。

 まあ、今まで集めたレンズを無駄にしたくないというのもあるが・・・。


敏也としやはプロカメラマンよね?」

「プロなら時代に合った道具を使わないと仕事無くなるんじゃない?」


 まったく、痛いとこを付いてくる・・・。

 今はニコンのライバルメーカーであるキヤノンのデジタルカメラが主流になっている。

 正直、デジタルカメラに関してはキヤノンの方が優れている。

 昔からニコン派のカメラマンもキヤノンに乗り換えた人間は多数俺も知っている。

 プロなら当然の判断だろう。

 だが、俺はニコンを信じている!

 ニコンも手をこまねいては居ない筈だ。

 きっとキヤノンの性能を凌駕するデジタルカメラを出してくれるものと・・・。




 旧昌平橋駅の撮影を終え、次の撮影場所へ徒歩で向かっていた。

 次の撮影はズームレンズが適している。


 俺は今日持ち出しているレンズの中でも最長の距離が撮れるズームレンズであるAi AF Zoom Nikkor ED 80-200mm F2.8Dをマウントにセットして移動しながらファインダーを覗きこんでいた。


 明るく使い勝手の良いこのレンズはかなり気に入っているレンズである。

 ファインダーの中の風景を満足げに覗いていると・・・。


 を感じた・・・。


 大きな・・・いやとてつもないだった・・・。


 ものすごく嫌な感じである・・・。


 嫉妬や妬みといったレベルなどではない。


 思わずファインダーから目を逸らしそうになってしまったが、俺はそれをこらえレンズをズームして対象を探した。


 首都高が上に通っている下の一般道・・・いつもの事だがかなり渋滞している・・・。

 の元凶はその渋滞の中だった。

 渋滞の中に居るシルバーの車・・・古い・・・いやとても古いワンボックスである。

 窓ガラスにはスモークが乱雑に張られていた。

 運転席以外中は見えない。

 そして運転手は車の中にも関わらずフェイスマスクで顔を覆いツバ付きの帽子を深くかぶっていた。


真理沙まりさ! 走るぞ!」


 俺は思わず走り出していた。


「何、何!? 急に何なの!?」


 真理沙まりさは意味が解らず俺についてきている様だ。


敏也としやいったい何なのよ!?」


 真理沙まりさの服装では走るのは辛そうである。

 よりによってタイトスカートなんて履いてやがる・・・。


「いいから、ついてこい!」


 相手は車だ、渋滞とはいえ人の足では追いつけない程のある程度の流れはある。


「見失ったら電話するから、そこへ来い!」


 俺はそう真理沙まりさに告げると全力で走って行った。




 リュックの揺れがうっとおしい・・・。

 カメラを持つ手が怠い・・・。

 足が縺れそうだ・・・。


 撮影の為、筋トレはある程度日課にしているのだが、全力で走るのは三十路をこえた俺にはとても辛かった。


 シルバーのワンボックスとは距離は縮まらない、だが離されてはいない筈だ。

 渋滞で対象の車が見えない。

 少し不安を感じた時、歩道に数人の人物がガードレールを越える姿を見た。


 俺はすかさず、その場にしゃがみ込み、ズームを最大にしてその様子を撮影した。

 数人の人物が真っすぐにわき目も振らず入って行ったのは・・・。

 銀行だった。


「えーっ! 事件よね!? これって!?」


 遅れて駆けつけた真理沙まりさは驚きを隠せない様だった。


「いいから、良く見て状況を判断しろ!」


(保険を掛けておくか・・・。)


 俺は耳にイヤフォンマイクをセットし、プレスライダーの牧田まきたの携帯に連絡を入れた。


「どうした、稲瀬いなせ?」

「お前から電話なんて珍しいな!」


 牧田まきたは呑気に電話に出た。


牧田まきたさん、今どこです?」


「今社内に居るよ、これから子会社の雑誌編集部にお届け物を持っていく所だ、まったく俺はバイク便かっつーの・・・。」


 絶滅寸前のプレスライダーはご不満の様子である。


「すぐ断って! そして俺の言う場所に来て!」

「それと俺のロッカーの中の一番でかいレンズ持ってきて、あとテレコンテレコンバーターも!」


 いきなりこんな電話連絡をされても牧田まきたには訳が分からないであろう。

 いちいち説明するのももどかしい・・・。

 だが、牧田まきたからは意外な返事が返ってきた。


「わかった、すぐ行く!」

「15分・・・いや10分待っとけ!」


 そう言うと、携帯を即切った。


真理沙まりさ今何時だ!?」


「ん? 13時前よ。」


中田なかたキャップは社に居るか?」


「多分、この時間なら居ると思うわ。」


「すぐ、キャップに電話しろ!」

「そして今の事を話して夕刊に差し込めるように頼んでくれ!」


 真理沙まりさは目開いてすぐに携帯を取り出した。

 俺はその間も銀行内の様子を撮影していた。


「もしもし、キャップ、事件です。」

「銀行強盗です。」

「強盗が行内に入っていく様子を、とし・・・いえ、稲瀬いなせさんが撮影しました・・・。」


 真理沙まりさは中田キャップと交渉している様だ。


 くそっ・・・もっと長いレンズ持ってくればよかった・・・。

 風景写真を撮るのが目的だった為、広角レンズを中心に持ってきており、今一番大きなレンズは今装着しているこの 200mmが最大だった。

 中の様子が手持ちのレンズで撮影するには限界があった。

 かといって強盗の居る銀行内に突入する程、愚かではない。

 撮ったフィルムを確実に社に届けるのもプロの仕事だ。


「ありがとうございます!」


 真理沙まりさの明るく礼を言う声が聞こえた。


「記事、差し込めるようにデスクに話してくれるそうよ。」

「最初は無理だと言っていたけど、牧田まきたさんを現場に向かわせたって言ったら承知してくれたわ!」


 真理沙まりさは興奮気味だった。


「よし、なら今の出来事を記事にする事を考えるなり、メモするなりして頭を纏めとけ!」


「わかった!」


 真理沙まりさはバックからメモを取り出し作業を始めた。




稲瀬いなせ!」


 単車の音と共に牧田まきたの声が聞こえた。


 俺はすぐさま、途中まで撮影していたカメラのフィルムを抜き取る作業をした。


 フィルムを抜き取ると3本のフィルムの一本にマジックで印を付け牧田まきたに手渡した。

 それと同時に肩に抱えていた、レンズケースとごくごく小さなレンズケースをタンクバックから取り出し、俺に手渡してくれた。

 レンズケースの中は単焦点レンズのAi Nikkor ED 600mm F5.6S 俺の持って居る中で一番高額なレンズだ。

 そして小さなレンズケースの中身はテレコンバーター、カメラとレンズの間に装着する事により、暗くはなるが倍率が上がる道具だ。


 更に牧田まきたはタンクバックの中から半キャップのヘルメットを取り出した。


真理沙まりさ、それをかぶって、牧田まきたさんの後ろに乗れ!」


 真理沙まりさはヘルメットをかぶり牧田まきたの単車の後ろタンデムシートに乗った。


 その瞬間・・・。


 急発進する牧田まきた


「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 大きな真理沙まりさの叫び声が聞こえた。


 そしてはあっという間に聞こえなくなった。

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