第4話 双子の想い。

 真理沙まりさが偶然にも同じ社に入社してきて、しかもコンビを組まされてしまった。

 思えば今一緒に暮らしている、真理沙まりさの妹である真里香まりかとも偶然の再会だった。


 真里香まりかとの出会いは俺に多くの影響を与えた。

 人間不信だった俺に対して、唯一心から信頼できる存在となった真里香まりか

 欲を満たす為女癖の悪かった俺が、裏切る事女遊びを絶つ切っ掛けとなった真里香まりか

 そして唯一いつも共に在りたいと本心で思う存在である真里香まりか



 俺はそんなものは信じてはいないが、もし神や運命というものが存在するならば、真里香まりかが与えてくれた大切な贈り物かもしれない。

 そう思えば、俺がカメラを職業としている事、そしてカメラのファインダーを通して人のを感じる中途半端な能力も、真里香まりかと出会う為に必要なだったのかもしれない。


 まあ、起こった結果を後からまとめれば、いくらでも都合の良い解釈をする事は出来る。

 だが、真里香まりかとの偶然の出会いは、俺にとっては何事にも代えがたい貴重な存在真里香を手に入れる大きな大きな出来事であった。


 真里香まりかの双子の姉である真理沙まりさも偶然の再会だった。

 真理沙まりさは俺にどの様な影響を与えるというのだろうか?

 あるいは何も与えないのだろうか?




 業務を終え、俺はいつもの様に真っすぐ帰宅する。

 もともと人間不信の俺は人付き合いを避けて来た。

 唯一、プレスライダーの牧田まきたとは、他の人間と比べればわずかであるが、まともに近い付き合いはある。

 だが、バイクバカの牧田まきたはあまり酒を飲まない。

 よって業務終了後に酒を飲みかわす事はない。

 人付き合いもしない俺は、当然真っすぐ帰宅するのが日課となっている。

 昔は帰り際に風景写真を撮影するのを個人的な趣味としていた。

 だが今は自宅には真里香まりかが居る。

 唯一、俺が信頼して・・・いや愛しているといっても間違いのない存在だ。

 真里香まりかとは既に4年程同棲生活をしている。

 4年も一緒だというのに、全くと言い切って良い程、彼女真里香に飽きる事はない。

 むしろ、様々な情が深くなっているように感じる。

 彼女真里香と出会う前の俺の事を考えると、俺は明らかに変わってしまった。

 無論、良い方向に・・・。




 帰宅後、俺は真里香まりかへ姉の真理沙まりさが、俺の勤務先へ入社した旨を正直に話した。

 驚きを隠せない表情を俺に見せる真里香まりか

 真理沙とは違い、口数は少ないものの表情はこんなにも豊かである。


「そっか・・・真理沙まりさが・・・。」


「ああ、本当驚いたよ、こんな偶然もあるなんてね。」


「本当に偶然なのかしら・・・。」


 真里香まりかもおかしなことを言う、真理沙まりさと再会した際お互い気付いていなかった事を話したはずなのだが・・・。


「何言ってんだよ、偶然だろ真理沙まりさが狙って俺の会社に入る訳ないじゃないか?」


 真里香まりかは少し不安そうな表情をして、何かを考えている様だった。

 こういった表情で考え事をする真里香まりかは、俺に気を使い話をするかどうか悩んでいる行動だという事を俺は理解している。


真里香まりか・・・話せよ。」

「俺は何言われても、気にはしない、今までだってそうだったろ?」


 俺は真里香まりかとは隠し事をする関係でいたくはない。

 そして気を使っても欲しくない。

 ただでさえ、我儘を言う事の無い女だ、何でも話して問題があるなら二人で相談して解決して行けばいい。


「・・・うん・・・、そうだね敏也としやを信じて全部話すよ。」


 俺を信じて全部話す?

 俺が知ったらまずい事なのだろうか?


 真里香まりかは少し間を開けて、ゆっくりと話し始めた。


「昔・・・うん私達が小さかった頃・・・私達が喧嘩をしたの覚えている?」


「ああっ。」


 真里香まりか真理沙まりさがどちらが、俺のお嫁さんになるって事で喧嘩していた事だろう・・・幼い頃によくある話だ・・・。


「前、話したよね?」

「私はその頃からずっとずっと、敏也としやの事が好きで、敏也としやが上京しても気持ちは変わらなかったって・・・。」


「うん、よく覚えてるよ・・・俺は本気で嬉しかったしな・・・。」


 真里香まりかが10歳の時、俺は大学進学の為、故郷を離れ上京した。

 真里香まりかはその後もずっと俺の事を想っていたらしく、幼い頃からの真里香まりかの気持ちは本物だったと理解した。

 ファインダーを通して人のを感じる俺が、真里香まりかだけはを感じない。

 それだけでも十分なのに、幼い頃から俺の事をずっと思っていてくれた。

 無下に出来る訳ないし、俺も真里香まりかに堕ちて当然だ。


「ありがと・・・。」


 真里香まりかは少し嬉しそうな表情で、呟くように礼を述べた。


 暫くの間があり、真里香まりかは意を決したかのように話し始めた。


「中学生になった私達は、すごくモテたの。」

真理沙まりさは当然なんだけど、この私でさえ・・・。」

「そしてね、高校生になったら、真理沙まりさはどんどん綺麗になって行った。」

「お化粧とかもして、まるで双子一卵性双生児ではないみたいに・・・。」


 姉の真理沙まりさに対する真里香まりかの劣等感はこれも一つの原因なのであろうか?


「あのさ・・・出会った時も言ったけど、君は女性としての魅力は十分にあるんだよ?」

「君はそれを生かしてないだけなんだよ。」


 俺は別にを責めている訳では無い。

 むしろ化粧をして更に綺麗になった真里香まりかを他の男共に見せたくないといった、嫉妬心と独占欲を安心させる1つの材料でもあった。


「私はね、あなた敏也以外のに興味なんてなかった。」

あなた敏也以外のから声をかけられるのも嫌だった・・・。」

「私は真理沙まりさと違って、はっきりと物事を言えない性格だから。」

「・・・だから私は、化粧もしないし地味な見た目になる様に生活してきたの・・・。」


 女の魅力を表現しきれていない真里香まりか

 その理由は、おとなしいといって良い彼女真里香の俺に対する一途な想いから、他の男を寄せ付けない為の精一杯の行動だった様だ。


「まったく・・・そこまでしてくれていたなんて・・・真里香まりか・・・お前、本当にイイ女だな・・・。」


 正直、彼女真里香が化粧をして着飾った姿は俺も見てみたい。

 俺は彼女には聞かなかったが、彼女真里香も年頃にはコスメやファッションに興味はあったはずだ。

 だが、性格的な理由から彼女は年相応の興味を捨て、俺の為に我慢してくれている状態だったのだろうか?


「ありがと・・・。」

「そして、ここからが本題ね・・・。」


 俺は真里香まりかが俺に話があるのを悩んでいたのを、すっかり忘れていた。


「私とは違って、真理沙まりさは化粧をしておしゃれをしてとても素敵だった。」

「本当に男の子達から人気があったのよ。」

「何度も何度も告白されているって話を聞いた事があるけど、全部断っていたらしいの。」


 真里香まりかが打ち明けるのを躊躇っていた話にしては、ちょっと違和感がある。

 俺は何故この話がに繋がるのか理解できなかった。


真理沙まりさも私と一緒で、多分あなた敏也の事が好きなのよ・・・。」


 真里香まりかの発言を聞いて俺は吹き出してしまった。


「・・・ごめんごめん・・・言っとくけど真理沙まりさは、先輩である俺を先輩として敬う態度すら見せていない女だぞ?」

「まったく、そんな感じすら今思い返しても毛ほどにも感じなかったよ・・・。」


 真里香まりかは無表情で淡々と話を続けた。


真理沙まりさがお化粧をして、おしゃれして、どんどん綺麗になって行ったのはあなた敏也の為よ。」

あなた敏也の為に綺麗になって、うん・・・きっと私と違ってあなた敏也の為に女を磨いていたのね・・・。」


 そして、真里香の表情が不安そうな表情へと変化した。


真理沙まりさは私とあなた敏也の関係を知らないの。」

「きっとあなた敏也に気持ちをいつか伝えると思うわ・・・。」

「そうなると・・・きっと・・・。」


 真里香まりかは眉間にしわが出来る程、瞳を強く閉じていた。


「あんなに明るくて綺麗な真理沙まりさだもん・・・きっとあなた敏也真理沙まりさに気持ちが移ってしまう・・・。」


 これが真里香まりかの話し辛かった内容だった。

 正直、俺に対しては心配に及ばない。

 だが、本人にすれば話すのも躊躇する物だったのかもしれない。

 隠し事はしたくないと話していて実際本心からもそう思っている俺の要望に応える為、彼女真里香は話してくれた。

 こんな真里香を無下になんて出来るはずはない。


「大丈夫だよ、真里香まりか。」

「俺にそんな気はないし、真理沙まりさに興味はない。」


 少し照れ臭かったが、彼女の誠意と言葉に対するには、本心を言うしかない。


「俺は・・・真里香まりか以外の女なんて嫌だ・・・。」


 俺の呟く様な言葉を聞いた真里香まりかは自分の口元に指を当て、微笑む様に俺を見つめてくれていた。


 ファインダーを通してを感じない唯一の存在である、真里香まりか以外に俺が気持ちが傾くはずはない。

 真理沙まりさのあの性格だ、ファインダーを通せばの塊みたいな女なのは楽に想像できてしまう。


 どちらを取るなんて明白ではないか。

 立場を無視して言わせてもらえば、俺の中では真里香まりか以外の人間はスタートラインすら立って居ない存在に過ぎない。

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