第3話 俺は一応先輩なんだが。

 突然の真里香まりかの双子の姉である真理沙まりさとのコンビ結成。

 正直、戸惑いは隠せないしその本意も想像できなかった。


 中田なかたキャップの話だと、真理沙まりさは新人研修では良い意味で目立つ存在だったらしい。

 記事を書かせても卓越しており着眼点はピカイチだった様だ。

 PCの入力も群を抜いて早かったらしい。

 そして何より記者に大事な好奇心が非常に強く、記者としての資質は新人の中でも群を抜いていたらしい。


 新人研修の際、良い意味で目立っていた彼女だったが、1つだけ逆の意味で目立っているものがあったそうだ。

 彼女はカメラが唯一苦手だったらしい。

 特にファインダーで撮影する時、撮影対象を見失ってしまう様だ。


 俺が所属する政治部には今年、カメラの得意な新人が入った様だ。

 俺ほどの撮影技術を持たなくとも十分戦力になる腕だそうだ。


 そこで、一応社歴がそこそこある俺が新人真理沙の世話を兼ねてコンビを組まされる事となった様だ。

 写真しか撮れない俺と、写真が撮れないがその他は何でもできる真理沙まりさ、ちょうど都合が良かったようだ。


 政治部のキャップには話は通っており、最初に話してもらいたかったものだが・・・。


 しかしやはり腑に落ちない・・・。


 正直、俺は記事が書けないと言い切っても良いくらい文章下手であるし、真理沙まりさが新人の中で群を抜いて優秀だとしても、やはり仕事に関しては経験が物を言う。

 この人事はやはり失敗だと行動する前から感じてしまうのは無理も無い事なのかもしれない。



 中田なかたキャップは俺達と話したパーテーションのブースから業務に戻っていた。

 キャップという立場は部下を持つベテラン記者だ、当然社に籠っておらず他の記者同様、社から出て業務を行う事も多い。


 取り残された俺と真理沙まりさは今後の事を話そうとで会話をする事になった。


真理沙まりさちゃん・・・写真取れないって、どういう事だ!?」


 カメラが本業の俺からすれば何が苦手なのかすら想像も出来ない。


「いやぁ・・・あたし昔からそういうの苦手で・・・そうそう、観光地とかによくある双眼鏡とかあるじゃん・・・。」

「あれでも見たい場所捉えられないの・・・。」


 うん、やはり俺からすれば理解不能だ・・・。


「たまたま撮影対象を捉えられても写った写真がいつも変なの・・・。」


「変って?」


「写していたものがっていたり、真っ黒だったり・・・逆に真っ白だったりするのよ・・・。」


「完全にシャッタースピードの選択ミスだな・・・。」


「あれが良く解んないのよね・・・。」


 遅いシャッタースピードでシャッターを切った時、手がぶれると撮影対象が風景が流れる様な写真となる。

 真っ黒なのは暗い場所でシャッタースピードが速いか、F値を絞りすぎ・・・真っ白なのはその逆である。

 ファインダー内には露出が表示されているはずなので、それを確認すれば問題ないはずなのだが・・・。

 俺から言わせればPC入力が速いと言った事を聞いているのだが、俺にとってはの方がよっぽど難しく思う・・・。


「まあいい・・・その為に俺がコンビ組まされたって訳だ・・・自慢じゃないが写真に関しては俺は絶対の自信がある、真理沙まりさちゃんはそう言った点は恵まれているな・・・。」


 不本意だが社命なので従うしかない。


「あのさ、「真理沙まりさちゃん」って呼ぶのはやめてくんない?」

「この年で「ちゃん」付けは何か、こそばゆいわ・・・。」


「なら「矢戸部やとべ」さんでいいかい?」


「もう、敏也としや兄ちゃんったら、そんな他人行儀な、「真理沙まりさ」でいいわよ、呼び捨てで!」


「俺も、その「兄ちゃん」ってのもやめてほしいかな・・・。」


「なら「敏也としや」!」


 名字で呼ばれると思っていたら、名前を呼び捨てされていた・・・。


「おい、俺は一応先輩なんだが・・・。」


「あたしと敏也としやの仲じゃん!」

「固い事言いっこなしだよ!」


 幼い頃からやんちゃな少女だったがあの頃とは違う、社会人には社会人なりの礼儀というものがある・・・。

 とは、思ったが・・・今の俺も人の事をとやかく言える程、礼儀正しくはなかった・・・もう好きにしてくれ・・・。


「しかし、敏也としやがあたしの入社した会社にいるとは・・・これってただならぬ縁を感じるね!?」


 良くしゃべる女だ・・・真里香とはまるで逆だな・・・。

 真里香まりかは静かに感情が切り替わるタイプで、逆に真理沙まりさは騒がしいがどことなく感情が読めない印象を感じた。


「まあ、俺もびっくりしたけどな・・・。」


「だよね!・・・うん・・・きっとこれは、運命なんだよ・・・。」


 騒がしかった真理沙まりさがこの言葉を最後に何も喋らなくなった。


 この時の俺はで頭が痛かった・・・。


 真里香まりかの事だ。

 真理沙まりさ真里香まりかと付き合っている事を話すべきだろうか・・・。

 真理沙まりさからは真里香まりかの話は全く出ていない。

 おそらく、真理沙まりさは俺と真里香まりかの関係を知らないのであろう。

 必要であれば、真里香まりか真理沙まりさに話すと思う。

 俺から話すべき事ではないだろう。


 取り合えず、帰宅したら真里香まりかにはは話しておこう。

 真里香まりかには隠し事はしたくはない・・・。






 俺達は会社の資料室に居た。

 記者というものは基本出社してすぐに外回り、そう記事を取りに行く。

 取った記事を会社に報告、各部署のデスクが紙面に掲載するか判断して、掲載が決まればを煮詰めていく。

 掲載が決まらなければという事だ。

 正直、新人の真理沙まりさには情報提供者などの人脈、記者としての経験、その他ありとあらゆるものが足りてない。

 俺にしても写真には自信があるが、記事としてのを集める経験は無いといってもいい。

 正直、この結成はかなり不利だと思うが。

 そこで俺達は、過去の記事を参考に、をしようと考えた。

 終戦記念日が近づくと、当時の状況、例えば戦況や国民の生活などを過去の記事から引用し数日をかけて掲載するといっただ。

 当時の事を知っている人物を見つけ直接会い記事にする事も可能であるし、何より自社にある膨大な過去記事というもある。

 真理沙まりさとしては事件や国際情勢や政治の真実的なスクープ記事を望んでいる様ではあるが、そんなものはめったに取れるものではない。

 普通に生活していて大きな事件と遭遇する事なんて確立としてほとんどない。

 そして記者になってもそれは同様である。

 記者になったからネタが転がり込んでくるほど甘い世界ではない。

 大きなスクープなどは記者達による地道な努力の結果であり、偶然事件の現場に記者が居るなんて幸運な事は殆ど無い。

 ただやみくもに外出して、街をさまよっても記事など取れないのだ。


「ねえ、敏也としや・・・正直あたしは未だに何やりたいのか、ぶっちゃけ理解できてないのよね・・・。」

「記者って社を出て、自分の足で記事を探すってイメージだったのだけど、社内で過去記事をあさっているなんて・・・。」


 過去記事を確認しながら、真理沙まりさは不満を漏らしている。


「まあ、に足りないものは記者としての経験だからな。」


「ねぇ、敏也としや・・・今、って言わなかった?」


「ああ、言ったさ、真理沙まりさもだが、記者としては《俺》も全く経験なんて無いからな、俺には写真しかないし。」


 真理沙まりさは不満そうな表情をしていた。


「ひょっとして、あたしの教育係はハズレって事なの?」


「ああ、ハズレもハズレ、大ハズレだな。」


 真理沙まりさは頭を抱えている。


「せっかく、念願の記者になれてこれからだっていうのに・・・、先輩から教えを乞うことも出来ないなんて・・・。」


真理沙まりさ自身がこれからの方向性を全部決めていいって事だろ?」

「良いじゃないか、縛りが無くて。」


 真理沙まりさは半目で敏也としやを見ている。


「記事が取れなくて、会社に居られなくなる、未来が想像できるんですが・・・。」


「まあ、記者としての俺が役に立たないってのは社内でも周知の事実だからな。」

「先輩記者達にそれをダシにして、泣き付いても良いぞ?」


「それだけは、絶対いや!」


 即拒否した真理沙まりさ、余程プライドが高いのだろうか?


「何でだよ、先輩達にアドバイスを受けるってのは、何も恥ずかしい事じゃないぞ?」


「そんなのはあたしにも理解してる、そこじゃないのよ!」


 真理沙まりさは少し興奮気味かお怒りの様だ・・・。


「じゃあ、どこだよ?」


 何に怒っているのか、俺には理解できない。


あんた敏也をダシに泣き付けってとこよ!」


 おいおい、呼び捨てどころか「あんた」呼ばわりかよ・・・。


「別にいいじゃないか、利用できるものは利用する、俺が記事を書けないのは誰もが知っているし、それを利用して話が円滑に進むなら結構な事ではないか?」

「記者には記事の為ならそれくらいの事、平気でやっていけるくらいの図々しさが必要だぞ?」


「・・・それは理解できるけど・・・。」


 真理沙まりさは急にしおらしくなった。


「・・・あたしにあんた敏也の悪口を言いふらせる訳ないでしょ・・・。」


 一応先輩である俺に対して会って間もない内から、「敏也としや」と呼び捨て、挙句の果て「あんた」呼ばわりする、俺を敬う態度を見せない真理沙まりさの発言としては理解しがたいものがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る