第3章 新人記者は真実を求め続けた。

第1話 特別な女の写真は撮れるんだ。

 スクープネタを手に入れた後、3名は敏也としやの自宅にてスクープそっちのけで雑談の場と化していた。


「しかし、稲瀬いなせが人物写真を撮影しているなんて意外だったな・・・。」


 牧田まきたは初めて見た敏也としやの別れた恋人真里香ポートレイト肖像写真をマジマジとみている。


 俺はその言葉を無視するかのように、先程スクープを激写したカメラ《相棒》にブラシで埃を落としていた。


「うん・・・俺は写真に関しては素人だが、これはいい写真だと思うぞ!」

「何てったって、写っている人物が美人だ!」


 確かに、牧田まきたは写真に関しては素人の様だ・・・写真の評価より写っている人物の評価をはじめやがった・・・。


「そりゃー、あたしの双子の妹だからね!」

「美人なのは当然でしょ!」


 真理沙まりさの発言で、牧田まきたの発言に一瞬間が開いた。

 俺はその間カメラ本体とレンズを分解し、レンズにブロアで埃を飛ばしていた。


「ああ・・・そうだな・・・三島みしまは美人だよな・・・。」


「なにさ! さっきこの写真を見てあたしと間違えた癖に!」


「悪い悪い! 冗談だって、三島みしまは美人だよ!」

「ただな、おまえの妹が写っているこの写真、よく見れば見る程、お前とは雰囲気が違うなと感じちまってな・・・。」


「まあ、見た目は同じでも性格は真逆だからね・・・カメラで飯食べてる敏也としやにはが表現出来ているんじゃないのかしら?」


 悪いがそれは買いかぶりすぎである。

 この写真は真里香まりかと偶然出会った時、思わずシャッターを切ってしまった時の写真である。

 構図も何も考えず、良いと思ったからシャッターを切った・・・それだけの写真である。

 時には意図しない写真が、自分にとっての傑作となる事もある。

 この写真は、俺の一番のお気に入りの写真だった。


「しかし、稲瀬いなせは実は人物写真も撮れるんだな・・・しかもこんないい写真が・・・。」

「撮らないのは、稲瀬いなせの矜持か何かか?」


 俺はこの時、カメラ本体をミラーアップさせ、自分で加工した竹箸に巻き付けたシルボン紙でイメージセンサーを手入れしようとしていた。


「うるせーぞ! いま商売道具の心臓部の手入れ中だ! 集中させろ!」


 俺の商売道具はニコンD3。

 ニコンのフラッグシップモデルだ。

 新しいモデルもあるのだが、あまり性能が変化無いようだったので今回は買い控えた。

 昔と違い今のカメラはバカ高い。

 昔と物価が違うので小売価格の参考にはならないだろうが、俺が初めて憧れ手に入れたF3は単焦点レンズ付きで20万しなかった。

 だがこいつD3は60万位した。

 しかも本体だけで・・・。

 よく写真はカメラの良し悪しではないと言われる。

 確かにその意見には俺も大賛成だ。

 いくら良いカメラで撮影しても、出来上がった作品が良くなる訳では無い。

 要は腕とセンスが物を言う。

 だが、俺はフラッグシップモデルを使っていく。

 と言っていたのに矛盾するだろうが、それには理由がある。

 俺のかつての商売が新聞社に勤めていた事が理由だ。

 フラッグシップモデルはプロユースのカメラだ。

 つまり写真のプロが求める性能を詰め込んでいる。

 例を挙げると、写真を記憶する記憶媒体は、この機種はCFカードなんだが、このカードが2枚差せる。

 カードというものは使用する際、破損の可能性がある。

 折角撮った写真のデータが飛ぶといった事故である。

 それを防ぐ為に2枚のカードを差し込みそれぞれに写真データを記憶させることが出来る。

 予備があるだけで安心という訳だ。

 そして、昔では考えられない様な高速なオートフォーカスの追尾性を持ち、連射撮影なんてマシンガンの様だ・・・。

 そう、絶対取り漏らしが無いよう、工夫されたメーカーの最高の技術の結晶の塊がこのフラッグシップモデルである。


 このD3が販売するまで、ニコン派の俺は肩身が狭かった。

 ニコンのライバルであるキヤノンがプロ用カメラの勢力図を大きく塗り替えてしまっていたのだ。

 かつては真逆だったのだが・・・。

 イメージセンサーのフルサイズ化がキヤノンに出遅れてしまった為のようである。

 おかげで会社の備品のカメラも全てキヤノン製となっていた。


 4年に1度の祭典がある。

 そうオリンピックだ。

 実はこのオリンピックを競っているのは選手だけではない、カメラメーカーも密かに戦っていたりする。

 カメラ好きには有名な戦いである。

 キヤノンというニコンのライバル会社は、高級なレンズは白い色をしている。

 普通はレンズの色は黒が主流なのだが、色を白にする事によってレンズの熱の吸収率を下げる効果がある為であるらしい。

 カメラメーカーが戦っている場所は、報道ブースである。

 そこに多数いるカメラマン達。

 そのカメラマンが使用しているレンズの色で勝敗が決まる。

 黒が多いとニコン、白が多いとキヤノンの勝ちといった戦いだ。

 もうずっと、そのブースは白いレンズ優勢であった。

 性能がキヤノンに追いついたこのD3からニコンの逆襲が始まると期待している・・・。


 言っておくが、俺はニコンが好きなだけで、キヤノンが嫌いという訳では無い。

 キヤノンは良いカメラを作るし技術も素晴らしい。

 何より俺の好きなニコンのライバル会社である。

 会社も人間同様ライバルがいてこそ、相手に負けまいと努力すると俺は考えている。

 この2社が競い合う事で、より良いカメラをユーザーが利用できると考えているからだ。

 まあ、価格の方は何とかしてもらいたいものだが・・・。


 俺はイメージセンサーの清掃を終え、本体にレンズをセットしてクリーニングクロスで愛機D3を磨き始めた。


 それを見た牧田まきたは話を再開した。


「稲瀬よ・・・お前、プライベートでは人物撮れるんだな?」


牧田まきたさん、俺はプライベートでも人物写真は嫌いだよ?」


 牧田まきたは複雑な顔をしている。

 敏也としやの言葉の意味が解らないといった雰囲気だ。


「だったらなんだこの写真は!?」

「どう見ても、人物写真なんだが!?」


 どうやら牧田まきたは人物写真を嫌う敏也としやが、この写真を何故撮ったのかという理由を知りたいらしい。

 敏也としやはため息をつき、牧田まきたの質問に対する答えを話し出した。


「・・・この女性ひとは特別だったからだよ・・・。」


 撮影する際を感じないというのが真の理由である。

 だが、その理由までは述べるつもりはない。


 3人の間に暫くの沈黙が続いた。




「オホン!」


 牧田まきたが咳を切った。

 わざとらしい咳だ・・・。


「まあ・・・何だ・・・。」

「またお前が撮影できる女が見つかればいいな!」


 牧田まきたなりの気遣いだろうか?

 正直余計なお世話である。


「その言葉、そっくり返しますよ。」


 牧田まきたは一瞬固まったが即座に言葉を返した。


「違いない! 参った参った!」


 二人のやり取りを聞いていた真理沙まりさ牧田まきたに質問を投げかけた。


「もしかしてまきさんって、離婚歴ある?」


 こういう時の女はやたら鋭い・・・確かに牧田まきたは離婚をしていた。

 真理沙まりさが新聞社に入社する数年前の話だ。


「なんだぁ? 三島みしま、旦那と別居してるからって俺を狙っているのか!?」


 真理沙まりさ牧田まきたの話を無視していた。


「スルーかよっ! 冷めてぇ女だな!」


「ごめんなさい・・・あまりにもつまんない冗談だったもので・・・。」


 牧田まきたは言葉を失った。


「そっかーっ、敏也としや程の腕を持ちながら、何でポートレイト肖像写真を取りたがらないかと思っていたのだけど、だったのね・・・。」


 どうやら真理沙まりさも何か思い違いをしている様だ。

 だが、めんどくさいので聞いてないフリをした。


「ここに別の女の写真があったら、敏也としやに恋人が出来たって事になるのね。」

あんた敏也って意外と単純?」


 話が長くなりそうだ・・・俺は話題を切り替える事にした。


「あのさ・・・の写真だけど、写真データ例のサーバーへ送ったから・・・。」


 真理沙まりさは自分のボストンバックからノートPCを取り出した。


「相変わらず仕事早いわね!」

「何よーっ、そういう事はもっと早く言ってよね!」


 起動の終ったノートPCで写真のチェックを始めている。

 目を輝かせながら・・・。


 まったくこいつ真理沙は昔から記事のネタをチラつかせると集中しておとなしくなる。


 昔から変わらない様だ・・・昔から・・・。

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