第4話 そして男と女は番いとなった。

 偶然の出会い。

 大都市における人の縁とは希薄な物がある。

 そう言った中で偶然に出会った男女は、運命的な何かを感じ取っても仕方のない事なのかもしれない。


 まさにその状況下になっている男女が居た。


 職業新聞社のカメラマンと、進学の為上京してきた学生。


 そう敏也としや真里香まりかは2度目の再会を翌日に果たしていた。

 決してスマートではない行為だったが、真里香まりかの涙を拭う為に手渡したハンドタオルを真里香まりかが洗濯して敏也としやに返しに来ていたのだ。

 穏やかな笑顔で敏也としやの部屋を訪ねる真里香まりか

 笑顔ながらも複雑な心境で真里香を出迎える敏也としや


 敏也としやは前日、真里香まりかと連絡先を交換して別れた後、思い悩む時間を過ごしていた。




 年齢の差は9つ・・・。


 敏也としやはこの9歳差という歳の差について引っかかるものがあった。


 被写体としての興味か異性としての興味か、今だ明確な自分の気持ちに整理がついていなかった。


 被写体としての興味だけならそれほど問題ではない。

 相手がそれを了承してくれたら何の問題も無い。


 だが敏也としやには真里香まりかに対して「自分の元に留めておきたい」という感情がある事を気付いていた。


 これは明確な独占欲である。


 プロならば普通、クライアントから依頼がありそれを受ける事によって仕事が成立する。

 自分からモデルを指定する事なんて、例外を除いては殆ど無い。

 敏也としやもプロの端くれだ、そんな事は百も承知だ。

 だから、被写体としての真里香まりかへの独占欲では無い事は明らかだった。


 ならば、この独占欲の正体は何なのか?


 明確な答えは出ていた。

 だが、あえてそれを考えないようにしていた。


 9歳も年下の学生に対して、ほんの数時間会話を交わしたに過ぎないのに大の大人が、思春期の少年の様な感情となっている。

 20代後半で30といった年齢が近づいている敏也としやには否定したい感情だった。


 そんな感情とは裏腹に真里香まりかとの関係が深くなる想像もしてしまう。


 真里香まりかは女としての魅力は十分すぎる程の容姿をしていた。

 一つ残念なのは本来持っている美しさを表現していないのか、しきれていない事であった。

 容姿に不釣り合いな渕眼鏡をかけており、つばの広い帽子で顔を隠しているような印象を受けた。

 肌の保湿はしている様だったが、ファンデーションやルージュすら引いていない。

 まるで自分の美しさを隠すかのように・・・。

 だが、表情の変化は感情によって次々に切り替わり、とても魅力的に見えた。


 会話をした印象は、昔と変わらず大人しい性格の様だった。

 俺の主観だが、女というのはとにかくよくしゃべる・・・。

 多分男の3倍くらいは喋っているだろう。

 聞き上手な男ならこういった女は理想かもしれない。

 だが俺は聞き上手ではない、むしろ黙ってほしい時には会話もしたくはない。

 その点でも真里香まりかは理想的かもしれない。

 言葉のキャッチボールは出来るが、1つの話題から話が広がって行かない。

 ましてや話が脱線などしない。

 俺にとって性格的にも好ましい・・・。


 容姿、性格が十分すぎる程、理想的だったが歳の差だけはどうにもならなかった。

 歳の差を埋めるには、年長者が命を落として年齢を重ねるのを止めるしかない。

 まったくもって、バカバカしい思考だ。


 真里香まりかの事を考えると、今まで付き合って遊んできた女達とは明らかに別の感情が感じられる。

 とても愛おしいく思う穏やかな感情と、他の男のものになどさせてなるものかといった激しい感情。

 そして不意に俺は気付かされていた。

 真里香まりかの事を考えているのではない事を。


 真里香まりかの事を考えているのではない・・・不意に考えてしまっている事を。


 かつて、俺が自分の能力に気付いて無かった頃、初めて意識した特定の異性。

 その感情に類似していた。


 30前のいい大人が何を思い悩んでいるのか・・・。

 異性を思いやるといった感情が希薄となっていた俺はこの感情がとても幼稚に思えた。

 だが・・・。


 ふと気づくと、真里香まりかの事を考えていた。

 何かに集中している時以外は、すべてと言っていい程・・・。


 歳をある程度とったが為に認めたくはない感情であった。


 人のがファインダーから見えない存在に出会う事・・・。


 それは、感情を変化させる程の出来事事件だったのか?


 出来事大事件だったのだ!


 もう素直に認めてしまおう・・・。

 自分の感情を感情を否定するなんて、疲れるばかりだ・・・。


 だが俺には彼女真里香に対しての想いが別の物であるかもしれないという疑いの感情もあった。


 カメラマンとして彼女真里香を撮影したい欲求・・・。


 単にを感じない事で、今まで撮影できなかった、新たな被写体を求めているのにすぎないのでは・・・。


 俺は思い悩んでいた・・・。

 一人の女に出会った事でこれ程思い悩むなんて・・・。


 だがその時間は意外な程早く俺の中で結論が出た。


 もし付き合ったとして、彼女まりかが撮影対象になる事を拒んでもいいじゃないか!

 彼女と付き合う事と撮影対象モデルどちらか一方しか願いが叶わないとしたら、俺は前者を取ろうと。


 敏也としやの気持ちは固まって居た。




 部屋に真里香まりかを招き入れた。

 正直、この部屋に女性を招いたことはなかった。

 遊んでいた女達には知られる訳には行かなかった。

 居座られても困る。

 プライベートの時間だけは確保はしておきたい。

 唯一時間を共有していいと考えられる異性は目の前にいる。


 部屋に招き入れ落ち付く間もなく、俺は真里香まりかに自分の気持ちを伝える事にした。

 普通なら慎重になり時間をかけて関係を深める事こそが安全策だろう。

 だが俺には、そういった時間すらも惜しいものに感じられ、そして湧き上がる感情は抑えきれないものとなっていた。


真里香まりかちゃん・・・。」

「いや、真里香!」

「落ち着いて聞いてほしい。」


 押さえきれない感情は湧き上がっていたとしても、相手の気持ちを無視する訳には行かない。

 何か重要な事を話す事を示唆する物言いをする。


「これから真里香まりさに話す事は、9年ぶりに再会して、その翌日に何を言っているんだと思われるだろう。」

「これを言う事で、俺は君に軽蔑されるかもしれない。」

「だが、この抑えきれない感情は、俺自身もどうすることも出来ない。」

「だから、どう思われようと今から、君に打ち明ける・・・。」


 敏也としやが言葉を発した際、真里香まりかは目開いて驚きの表情をしていた。

 だが、敏也としやが言葉を続けている内に徐々に落ち着き、今は次の敏也としやの言葉を待っている様な穏やかな表情で、敏也としやの瞳を見つめている。


「俺と君は9年ぶりの再会をした、その間の事は何も知らないし解らない・・・。」


 だまって聞いていた真里香まりかが小さな声で発言をした。


「なら今から、9年の溝を埋める為、よく話し理解して行きましょう。」


 そして、俺は次の発言をした。


「そして俺と君は9歳もの歳の差がある・・・。」


 真里香は微笑んで答えてくれた。


「9歳・・・9年ですか・・・貴方敏也が人生で9年長く生きてくれたら、釣り合いが取れますね。」


 真里香まりかの返答に俺は発言が滑らかになる感触を覚えた。


「9年の年齢の差の男女って恋人や夫婦として世間に受け入れられるかな?」


 真里香まりかは瞳を閉じて考え事をしていた。

 そして瞳が開かれた瞬間、発言を行った。


「歳の差として壁は大きいでしょうね・・・でも男と女の関係って理屈だけではないはずです。」


 俺は真里香まりかの言葉を聞き、更に質問をした。


「理屈だけではない? なら他に何があると思う?」


 真里香まりかは即答えた。


です。」


 俺は、真里香まりかの答えに納得していた。


「なら、を抑えきれない相手が居たとすればどうすればいい?」


 更に、真里香まりかに質問をする。


「その相手にをぶつけるべきだと思います・・・。」


 この一言で俺は決意を更に高めた。


「なら、真里香まりか!」

「俺はこのを君にぶつけよう!」


 真里香まりかは微笑んだ状態で、俺の発言を待っているかのようだった。


真里香まりか! 俺は君を愛してしまった!」

「離れて居た時間も、年齢の差も、世間からの風当たりも関係ない!」

「俺は君が言ったを優先する!」

「俺と付き合ってほしい!」


 最後の言葉と同時に俺は両腕を開いて、真里香まりかを受け入れる体勢を取った。

 真里香まりかが俺に男として好感を持ってくれていたら、開いた腕の中に飛び込んでくれるだった。


 だが、開かれた腕の中に真里香まりかは居ない・・・。

 唐突すぎたか・・・。

 やはり時間をかけるべきだったか・・・。


 真里香まりかの表情を窺うと、立ち竦んだようにだが相変わらず微笑んでいた。


 これは・・・フラれるパターンだろうか?

「友達で居ましょう」なんて言われたら、ただで際人間不信の俺は、さらにひどくなってしまいそうだ・・・。


敏也としや兄ちゃん・・・。」

「兄ちゃんは一日で私に、感情を抱いたの?」


 ああっ・・・完全な失敗だ・・・。


「私は違うよ?」

敏也としや兄ちゃんが東京に行った後も・・・ううん、もっと前から・・・小さな頃から、私は敏也としや兄ちゃんの事が大好きだった・・・。」

「上京して・・・昨日偶然出会って・・・自分の想いが本物だったと確認できて・・・翌日に長く想っていた相手から告白って・・・。」

「10年以上想い続けた気持ちが、一気に帰って来たのかな?」

「私こんなに幸せな気持ちになるなんて、いいのかな?」


 開かれたままの俺の両腕に入ってこない、真里香まりかを抱き寄せ更に強く抱きしめた。


 そして男と女はつがいとなった・・・。

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