第3話 思い出語り。

 公園は黄昏かがっていた。

 目の前の芝生には大きな時計が、そしてその後方には噴水が確認できるベンチに男女のペアが居た。

 一見するとカップルに見えるかもしれない。

 だが、男女の年の差はあきらかで、表現的には相応しくないのだが男の方が薹が立っており、女の方は若々しかった。

 親子程の年齢差も無い、年の離れた兄弟にも見える。

 もっとも、周辺を行き交う人々には、男女の関係など興味の対象にもなっては居ないが・・・。

 その男女のペアは物静かに、だが楽しそうに会話をしていた。


「そっか・・・真理沙まりさちゃんは子供の頃と性格的に変化ないんだな・・・。」


 敏也としや真里香まりか敏也としやが故郷の広島から上京した後の会話に話が弾んでいた。


「ええ・・・でも、真理沙まりさは中学に入ってからは、男の子達からのが良くて、ものすごくてたんです。」


 おかしなことを言う、容姿なら真里香まりかだって劣っては居ないだろう、物言いから真里香まりか真理沙まりさとは違うとでも言いたいのだろうか?


真里香まりかちゃんだって、たでしょ? さっき偶然に出会った時、すごく綺麗な女性ひとだと、俺素直に思ったよ?」


 真里香まりかはうつむき加減になり両掌を使って鼻と口を覆い隠していた。


「・・・本当・・・ですか?」


 先程より声量の小さな声で真里香まりかは質問してきた。


「うん、化粧っけもないし、眼鏡だって決してスタイリッシュではないけど、レンズ越しに見た君の姿はとても綺麗だったよ?」


 俺は先程、ファインダーを通して感じた真里香まりかの感想を素直に述べた。


「カメラを通してるからそう見えただけですよ・・・私は真理沙まりさと違って性格も明るくもないし、綺麗でもありません・・・。」


 どうやら真里香まりか真理沙まりさに対して劣等感を持っている様だ。

 幼い頃の二人は比べようもない程どちらもかわいらしかった、どちらかを選べと選択を迫られたとしても選びようがない程に・・・そして二人はとても仲が良くといった様な関係に見えていた。

 俺が上京後何かあったのだろうか?


真里香まりかちゃん・・・俺ね実はプロのカメラマンなんだよ。」

「カメラってさ人の目の性能には到底かなわない、だけどねその瞬間を切り取って1枚の写真になるでしょ、その写真には写した人物の毛穴すら写りこむほどに細やかな表現力があるんだ。」

「カメラより性能の良い人の目は写真になんてできないでしょ?」

「つまり、カメラには切り取った瞬間の止まった世界しか表現できないけど、その瞬間は人の目よりも多くの情報量を残しているんだ。」

「人の目で見た物なんて記憶の中にしか存在してないでしょ?」

「つまり記憶の曖昧さによって良くも悪くもなる、だが写真は違う、写真に写った人物は切り取られた時間の真実の姿なんだよ?」

「そして偶然ファインダー越しに見た君の姿を見て、俺はシャッターを切ってしまった。」

「撮影許可も取っていない人物を思わず撮影してしまったんだよ?」

「プロカメラマンの俺が撮影せずにいられなかった、君の姿は間違いなく魅力にあふれていたって事だよ。」


 理屈っぽく長々と説明してしまったが、一応プロの俺が言うのだから納得してくれればいいのだが、まあ話した内容の半分は普通に現像した場合に限られるものであり、いくらかの修正はきく、だがまったくの嘘は言ってはいない。


敏也としや兄ちゃんがそう思ってくれるなら、私はそれだけで十分です・・・。」


 そう言った真里香まりかは俯き加減となり、言葉を発しなくなっていた。


 場が持たない・・・。

 何か別の話題を振らなければ・・・。


「あっ、そういや君達に初めて会った時の事を思い出しちゃったな・・・。」


 真里香まりかは興味ありげに顔を上げていた。


「近所に双子が生まれたって聞いてね、俺双子って見た事なかったから興味本位で見に行ったんだよね・・・。」

「そしたら、君たちのお母さんが家の庭に居てね、その時君達を見せてくれたんだ。」

「君達のお母さんは一人を抱いていて、もう一人はベビーカーに乗せていたんだよね。」

「二人共そっくりで、かわいくて、抱かれている子に指差しだしたら興味も示されなくて・・・。」

「ベビーカーの子に指差しだしたら、指掴んできてね・・・中々放してくれないんだよね・・・。」

「あの頃はどちらが姉か妹か解んなかったから、今思えばベビーカーの子ってどっちだったんだろ?」


 興味深く聞いていた真里香まりかは、敏也としやの質問に反応してくれた。


「小さい頃の真理沙まりさは母に抱かれていないとすぐ泣く子だったそうです、逆に私はほっておいてもあまりグズらなかったそうなのでベビーカーに乗る事が多かったそうです。 指放さなかったのは・・・ごめんなさい・・・多分・・・私かも・・・。」


 真里香まりかは申し訳なさそうにしている。


「いやいや、別にいいんだよ。」

「ただ印象的だったから、今だ思い返せば忘れていた記憶が思い起こせると思っただけで・・・。」

「でも、あんなに小さな赤ちゃんが、俺の指を離さなくて痛くはないんだけど、赤ちゃんて結構力あるんだととても不思議に思ったよ。」


 真里香まりかの表情は何かを思い出した様に笑っていた。


「ん?・・・どうしたの?」


「ごめんなさい、兄ちゃんの話聞いていたら思い出し笑いしちゃった。」

「小学校に入学した頃だったかな・・・。」

「兄ちゃん覚えているかな・・・私、真理沙まりさと兄ちゃんの前で大喧嘩した事があったんです。」


 真里香まりかの話を聞いて、俺はその記憶を思い出していた。

 それはたわいない幼い頃に抱く感情の一つだった。


「ああ、あったねよく覚えているよ・・・。」


「私と真理沙まりさがどちらが敏也としやお兄ちゃんのお嫁さんになるのかって大喧嘩になって、私も真理沙まりさも譲らなくて・・・。」


「うんうん、俺確か、中学か高校の時だったな、君達の喧嘩って初めて見たから驚いたよ。」


敏也としや兄ちゃんのの話聞いていたら、敏也としや兄ちゃんに最初にを付けてたのは私だったんだと思っちゃって、おかしくなっちゃって・・・。」


 俺はこの双子の姉妹の成長をずっと見て来た。

 俺には双子の姉妹と同世代の妹が居り両親の愛情も妹に注がれていた時期でもあった。

 年の離れた兄弟という事もあり両親の愛情が実の妹に対して向けられている事には然程思うところはなかった。

 両親の過度な妹への愛情から俺は妹に対して少し遠慮がちになっていた。

 実の妹へ向けるべき愛情を、近所に住むこの双子の姉妹に向けてしまっていたのである。

 結果、この双子の姉妹は俺にとても懐いており、俺もこの双子の姉妹をとてもかわいがっていた。

 向けられる愛情に対して愛情を返すのは当然だ。

 かといって、実の妹が可愛くないと言ったら噓になる。

 血の繋がった兄弟であり歳が離れているのだから、歳の近い兄弟よりも俺には余裕があり妹を優先させてきたつもりだった。

 それが災いしてか結果妹は俺に対して我儘になってしまった。

 我儘な妹と、素直な近所の姉妹、つい構ってしまうのは後者となってしまった。


をつけるって・・・。」


 俺は思わず吹き出してしまった。

 真里香まりかはそんな俺をきょとんとした表情で見ている。


「いや、ごめんごめん・・・俺の事二人で取り合ってたのかなと想像したら、なんだか可笑しくなっちゃって・・・。」


 真里香まりかの表情は膨れっ面となっており少し機嫌が悪そうな雰囲気だった。


「でも、あの頃は子供とはいえ真剣だったんですよ。」

真理沙まりさ敏也としや兄ちゃんを取られるって本気で悩んだんですよ?」

真理沙まりさだって同じ気持ちだったと思いますよ?」


 幼い頃の話とはいえ、当時の気持ちとしては真剣だったのかもしれない。

 俺の今の行為はそれを笑い飛ばす行為に過ぎなかった。


「悪かった・・・だからって、当時の君達の好意を笑い飛ばすのは失礼だったね。」

「ごめん、俺が悪かった。」


 謝罪をする俺に対して、真里香まりかの表情はまた変化していた。

 目は笑っており口元も微笑みの表情をしていた。

 最高の微笑みを前に、俺はまたベストショットを取り損ねた気分となっていた。


ですしね・・・もういいです・・・。」

敏也としや兄ちゃんは、相変わらずにはやさしいのですね・・・だから私は今でも・・・。」


 真里香まりかの言葉は徐々に声量が下がって行った。

 徐々に聞こえ辛くなる彼女の声の最後に聞き取れた言葉が俺は頭から離れなくなっていた。


「だから私は今でも・・・。」


 どういった意味なのだろう、意味合いとしてはいくらでも想像が付く。

 俺が望んでいる意味なのだろうか?

 言葉の意味は二人の関係が急接近した頃に判明した。

 それが判明するのにそれ程の日数を要さなかった。

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