第2話 久久の再会で男の感情は大きく動いた。
「当たり・・・妹の
そう言った、目の前の女は涙を流している。
普通この様な状況なら、狼狽えてしまう事だろう。
だが俺は不届きにも、泣いている女を目の当りにしてとても冷静な感情をしていた。
俺には
「
「私、とても嬉しいの・・・。」
彼女の発言から、彼女のこの表情は嬉し泣きのはずだ。
嬉し涙を流した表情が美しく感じたのか?
悲しい涙では無いからそう感じたのだろうか?
いや・・・ファインダーを通して感じてしまう悪意がこの
俺にとってこの能力は余計な物だった。
俺が最初にこの能力に気付いたのは中学3年の頃、富士フイルムから販売された、画期的なレンズ付きフィルム「写ルンです」で写真の楽しさに気付かされた頃である。
ファインダーに撮影対象を捉え、ただシャッターを押すだけのこのヒット商品の存在で、俺は撮影する事が時間を切り取り永遠のものにするという満足感を得ることが出来ていた。
だが撮影対象が人物の場合は別だった。
ファインダーから覗き、撮影対象の友人達の悪意が感じられた。
それは撮影対象が近い程、より詳しい感情となり、
最初は気のせいかと思っていた。
しかし、何度ファインダーを覗いてもそれが解ってしまう・・・自分の頭がおかしくなったのかと思った。
人の考えが読み取れるなんて、便利そうで最悪な能力だった。
クラスでも人望のあるリーダー格の友人・・・。
ファインダーを覗けば、ただの偽善者だった・・・。
美人で誰にでも優しい校内のマドンナ・・・。
ファインダーを覗けば、他人を見下す最低な女だった・・・。
生徒から人気の美人教師・・・。
ファインダーを覗けば、男の理想が高すぎる、逆玉狙いのロクでもない女だった・・・。
そして俺は人間不信になった・・・。
結果、人を撮りたくなくなった。
写真の魅力には取りつかれていた為、人との付き合いは最低限にとどめ、風景写真に夢中になった。
無論、この能力の事は今だ誰一人相談した事はない。
だれも信じないだろうし、信じたとしたら付き合いは無くなるだろう。
悪意のみを読み取れる能力なんて、そんな友人とは友人関係は保てないと俺自身も思う。
高校に入ってアルバイトをしてカメラを購入しようと思っていた。
憧れの機種は、プロ御用達のニコンF3・・・。
高校生の頃の俺のアルバイトでは到底買えるものでは無かった。
そもそもカメラという存在そのものが精密機器の様なものだ。
様々な種類のレンズを付け替えることが出来、対応している物に関しては不都合なく使用できる。
そして本体はシャッタースピードをダイヤルにて指定、それを機械的に処理している。
シャッターを切ればミラーが上がり、フィルムへと光が届き、フィルムに焼き付けられ写真となる。
それだけではない、その後はフィルムを送り次の撮影ができる様に準備をしてくれる。
ほとんどが機械的な動作でだ。
工芸品の様な緻密な造りをしているのにも関わらず、落下や衝撃にも強く作られている。
ガメラが高額なのは納得のいく話である。
だが俺は運が良かった。
伯父が5年前にF3を購入しており、俺がカメラが欲しい事を聞きつけると安く売ってくれることになった。
伯父の提示した価格は5万円。
当時の俺にとっては大金だった。
必死でアルバイトをして、「写ルンです」も月に1つしか買わなかった。
それでも2年に上がった夏休み明けに、現金5万円を貯めることが出来た。
伯父に購入したい事を告げ、現金を持ってカメラを引き取りに行ったのだが、伯父は現金を確認すると、それを受け取らずカメラを俺にくれた。
伯父は俺がどれだけ本気でカメラを手に入れたいのかを試していたのだった。
伯父はF3の性能に持て余していた様だったし、タダであげてしまうのは簡単だが、ロクな扱いをしない人間に対してタダでやるのは惜しい気がしていたらしい。
俺はF3本体とレンズは単焦点の
あこがれの
俺は運の良い事にこのカメラで写真の基本を学べた。
それは伯父が受け取らなかった現金を使いフィルムを買い続けることが出来た。
さまざまな物を撮影した。
最高のカメラで最高の被写体を追い求めた。
だが最高のカメラでも俺を落胆させる被写体があった。
その被写体とは、そう人物である。
このカメラのファインダーを通しても人の悪意が見える。
人間というものは誰しも負の感情が存在する。
ファインダーを通せば、それが見えてしまう・・・。
程度はそれぞれだが、誰一人として悪意が感じられない人間は居なかった。
そう・・・目の前にいる、
俺は時間を切り取りたいと感じているはずの
(俺は、
これを一目惚れだというのか?
以前から知っているとはいえ、会うのは久しぶりだ、余りにも軽すぎるのではないか?
この感情には決定的な要因がある。
ファインダーを覗いても彼女には負の感情を微塵も感じない事だ。
ポートレイト《肖像写真》を今まで撮れなかったカメラマンのポートレイト《肖像写真》を撮りたいという感情が爆発した。
(俺が唯一、不快感を得ずに撮影できる被写体だ・・・彼女を俺の元に留めておきたい・・・。)
それはプロカメラマンとしての欲求か、人間不信気味だった人間の唯一の救いになれる存在になるかもしれないという期待か、今の
「嬉しい?」
「どうしてだい?」
久しぶりの再会とそっくりだった双子の姉妹のどちらかを当てた事についてに決まっている。
だとしたら、
「だって、
確かに俺は幼い頃のこの双子の姉妹を、違うことなく接していた。
性格が真逆だった事で見分けをつけていると思っていたのだが、他人にはそうではなかったらしい。
「よく見分けがつくな・・・。」とよく言われていた気がする。
「うん・・・いや・・・正直に言うよ・・・。」
「最初は誰だか解らなかった・・・。」
「だって最後に会ったのは、君達はまだ子供だったからね・・・。」
「成長した姿を突然見せられても、正直解らないよ?」
「俺が正解できたのは、君達の昔の性格を思い出してね、
「さっきの君の物言いにそれを感じて、偶々正解しただけだよ・・・。」
俺は彼女を求める感情の為に話を合わせる事は出来なかった。
何も感じない他人になら、都合の様に解釈させる為、相手の望む回答を平気で使っていただろう。
今まではずっとそうだった・・・。
俺は、人間不信ではあったが、欲はあった。
正直、女性関係は不特定であり、限りない程の一夜限りの関係を結んだこともあった。
そういった関係を結ぶ為には、心にも思っていない台詞が効果的だった。
相手の望む台詞を発言し続け、嘘で塗り固められた軽薄男となっていた。
本気になれる女が居れば、それは防げたのかもしれない。
だが、厄介な俺の中途半端な能力の為、すべての人間を信じられなくなっていた。
俺には、本気になれる女は居ないと本気で信じていた。
何処かのフェミニスト共が聞いたら発狂する本音だろうが、女なんて遊びの対象だとしか思っていなかった。
だが、今目の前にいる
たったそれだけの理由で、俺は
「正直な方なんですね。」
俺は、カメラバックをまさぐっていた。
ハンカチを探していたのだ。
カメラベストにはハンカチはあるのだが、使用済みだった為カメラバックの中を探していた。
セーム皮、クリーニングクロス・・・必要なハンカチがなかなか見つからない・・・。
バックの底からハンドタオルが数枚出て来た。
今、綺麗な布はこれしかない。
完全に手渡すタイミングは遅くなってしまったが俺は、
「ごめん・・・ハンカチ使っているから・・・綺麗なのはタオルしかない・・・。」
微笑みに似つかわしくない涙を拭った
次々に変化する
(彼女がモデルなら、ベストショットを何枚も取り損ねた気分だ・・・。)
「
「ごめんね・・・本当だったらハンカチを差し出すとサマになったのだけど・・・タオル差し出すって・・・あっ、でもこれちゃんと洗っているから、綺麗だから!」
本来なら、涙を流したのに気付いた時に、差し出すべき涙を拭うハンカチ、彼女の表情の変化に見惚れてしまい、完全に出遅れたうえにタオルを差し出すという、不格好さからどうも気の利いた言葉が出てこない。
「大丈夫です。」
「
つまりもう一度、
「いや、大丈夫! それあげるからそのまま持ってて!」
反射的に、返してしまった言葉に、俺は後から後悔していた。
「いえ、洗って返したいんです・・・。」
彼女は真っすぐに真剣な面持ちでそう答えた。
だが
正直、俺は
もしかすると、
だとしたら・・・。
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