第2章 男女は魅かれ合う様に互いを求めた。
第1話 彼女との出会いは偶然だった。
写真記者と言っても、記事は書かない。
以前、
だが写真撮影技術は秀でており、今まで一度も編集部の期待を裏切った事はない。
そう、新聞編集部の期待だけは・・・。
その為、記者と同行して写真撮影のみを行うのが業務となっている。
一応、現在は「政治部」所属なのだが、「社会部」や「経済部」などといった、他部署の記者に同行して写真撮影を行う事もある。
つまり、社内ではどこの部署とも関りがありそれなりに顔は広い。
新聞社に勤務しているのに記事が書けない、普通なら無能扱いだが、秀でた写真技術のおかげで会社での待遇もそれ程悪くはない。
待遇は悪くないといっても、人間関係は別問題である。
新聞社というのは新聞発行のみで成り立っている訳では無い。
他にも雑誌発行や不動産、旅行のツアーなど様々な業務を取り扱っている。
無論、それらは子会社であったり、勤務先が別の個所にある。
だが、腕の良いカメラマンが居るのを聞きつけて、グループの雑誌社から撮影依頼が来ることもあった。
名の通ったフリーのカメラマンに撮影依頼をすればそれなりの報酬が発生する。
だが
一社員に給与以外の報酬など不要だ。
経費削減の為か同グループ会社からの撮影依頼もあった。
無論、社命ならそれを断ったりはしない。
だが彼は、グラビア撮影などの
「人物を撮るのは専門外」と言うのが彼の言い訳だった。
だが、彼は
風景はもちろん、スナップ写真等に、たまたま写りこんだ人物などは問題なく撮影できる。
だが、撮影される事を前提とした人物が被写体だと彼は撮影を拒否した。
その為、グループの雑誌編集者からは彼は嫌われていた。
「プロなら被写体を選ばず撮影しろ!」
もっともな意見である。
組織に所属して、仕事を選ぶなど普通は許されない。
だが、新聞社所属のカメラマンが同グループとはいえ他社の業務を行うという、普通はあり得ない状況が、彼の立場を堅持していた。
だが一方、プロカメラマンとしての彼の気概は本物だった。
丁度この年はノストラダムスの予言の年である。
1999年の7の月に人類滅亡という例の予言である。
「人類が滅ぶ瞬間も、俺は写真を撮影する!」
「たとえそれが、新聞、雑誌に掲載されなくとも!」
死の間際までもフィルムに状況を焼き付ける、彼のプロとしての気質は本物だろう。
ただし、その言葉が本音ならば・・・。
業務が終わり帰宅の途につく。
社から徒歩で行ける皇居周辺に
人工的に作られた自然とはいえ、木々がある風景というのは良いものがある。
元々は風景専門の
だが現実はそう甘くはない。
実績も名前も売れていない
有名な写真家の先生に弟子入りをする事も考えた。
だが、そのツテがない。
食う為に夢を諦め現在に至る。
だがまだ
写真を学んでも、その道にすら行けない人達は多々居た。
写真家は無理だったとはいえ、写真に携わる仕事に就けた事は幸せな事かもしれない。
皇居周辺を気ままに、好きなタイミングで良いと思った風景を撮っていく。
24枚のフィルムを撮影しきったら終了という、特に目的も無い自由な撮影である。
趣味としての撮影は、本当に心地よい。
気が付くと日比谷公園に来ていた。
都会の真ん中にある緑あふれる公園。
何度も来ているが非常に気に入っている場所だ。
日は傾き夕日となった公園の風景。
表情を変化させていく風景。
やはり風景写真は良い。
何も雑音が感じない。
ファインダー越しに風景を眺めていると、一人の人物がファインダー内に入ってきた。
(人は撮りたくない・・・。)
その人物を外すようにカメラの角度を変えようとしたのだが、何だか普段と違う。
その人物からは悪意を全く感じないのだ。
ファインダー越しに人物を捉えると何故か悪意を感じてしまうのだ。
事件の容疑者、記者会見での先生方、モデル、そして偶々ファインダーに飛び込んだ人物達の悪意が、俺には感じられる。
特に撮影されることを前提とした人物なんて、悪意の内容まで読み取れてしまう。
だから俺は
人の心の醜さをファインダーを通して感じてしまう。
事件の容疑者などの撮影はまだいい。
クロかシロかがはっきりとわかる。
クロだと感じると記者に徹底的に叩くようにアドバイスをする。
おかげで同行する記者達からは、割と評判は良い。
もっとも、この中途半端な能力の事は誰一人告げた事はない。
周りからはカンの良いカメラマンだと思われている。
だが、モデルやアイドルなど一見姿こそ美しい者達の、心の醜さには反吐が出る。
だから、風景写真が好きなんだ・・・。
だが偶然ファインダーに入り込んだこの人物からは悪意が感じられないのだ。
気付くと自然にその人物をファインダー越しに追っていた。
性別は女・・・白いワンピース姿の少し季節的には早いか大きな麦わら帽子をかぶっており、体形はスリムでスタイルの良さそうな女性だ。
年齢はまだ若そうだな・・・二十歳くらい? いや十代か!?
その女性の姿がどんどん大きくなっていく。
黒髪のロングボムの女性だった。
前髪は切りそろえられており、どこぞのお嬢様かとも感じた。
格好に不釣り合いな渕の太いフレーム眼鏡をかけては居たが、カメラのレンズをズームすると瞳は大きく鼻筋も通っていて非常に美しい顔立ちをしていた。
何より
悪意が全く感じられない、そして何より美しい。
一瞬、大きな風が吹き彼女の髪を
髪を庇う様に右手の掌で頭に添える彼女の行動。
その流れで左手にて眼鏡を外す動作をしていた。
俺は躊躇する事無く、シャッターを切っていた。
撮影対象となった彼女が益々大きくなっていった。
どうやらこちらに向かって来ている様だ・・・。
外された渕眼鏡は既に元の様にかけられていた。
俺は無断で撮影した言い訳を必死に考えていた・・・。
だが、この女性からは意外な一言を告げられた。
「
驚いた事にこの女性から自分の名前を呼ばれた。
だが俺はこの女性の事など知らない。
知って居たら、お近づきになる為必死になっているだろう。
ファインダーを覗き込むのをやめ、その女性を直視した。
思ったより近くに彼女は居た。
昔、ナンパした女だろうか?
それとも知り合いで化粧に気合を入れたらこんな美女になりましたってパターンか?
いや・・。だが、この女性は化粧はしてる様には見えない・・・。
乳液で保湿しているのは解ったが肌の色があまりにも自然で、
俺は自分の正体を素直に認める事にした。
「ええ・・・
女性はため息をついていた。
「やっぱり覚えていないのですね・・・。」
こんな美女一度見たら忘れるはずはない・・・。
だが、彼女が言った「
ここに彼女の正体を知る手掛かりがあった。
俺には妹が居る。
だがこの女性の様に名前を付けて呼ぶ事などない。
「お兄ちゃん」この一言で呼ばれる。
時折、「バカ兄貴」になる事もあるが、今はその話は別問題だ。
そして何より妹の顔を忘れる訳はない。
俺を「
上京する前に故郷の近所に住んでいた双子の姉妹だ。
俺はその姉妹には随分と懐かれていた。
俺が上京したのは大学入学の際、双子の姉妹は小学校中学年位だったと思う。
あれから随分時が経っている、美しく成長してもおかしいな話ではない。
「もしかして「
限りなく可能性の高い回答を返してみたのだが、その女性の表情はみるみる明るくなっていった。
「そうです・・・覚えていてくれたのですね!」
「とても嬉しいです・・・。」
明るくなった表情から徐々にはにかむ表情に変化して行った。
一連の表情の変化がとてもずるく感じた。
名字が判明して安堵していたのだが、この女性は次にまた唐突な質問をしてきた。
「
困った質問である・・・。
姉が
双子だから当然だが、二人はとても良く似た姉妹だった・・・。
だが、性格は一致はしていなかった。
姉の
先ほど控えめに喜んでくれた彼女の事を見ていると、どうしても妹の
無論10年近く昔の事だ、性格など変化しているかもしれないが・・・。
「
彼女達が昔の記憶のままであれば、当たっているだろう。
昔の記憶のままであれば・・・。
目の前の女性は俺を見つめながら、また表情に変化があった。
嬉しそうな笑顔の表情をしているが、瞳の涙点には涙がたまっていた。
流れた一筋の涙が夕日に照らされ、とても印象的だった。
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