第2話 かつての仲間達は語り合う。

 物凄い勢いで疾走する一台の単車があった。

 スタイリッシュなフォルムをしており、その単車を乗りこなせたら正に人馬一体といった具合でとても絵になるだろう。

 だが、その単車は誰もが見ても歪な状態で走り抜けて行った。

 通常、乗車定員2名の単車に何故か3人乗っている、そして後ろの二人はノーヘルである。

 単車というのは、一人で乗る事が前提で設計されており、二人乗りタンデムはあくまで補助的な物である。

 二人乗りタンデムをして運転をした経験がある者なら理解できるだろうが、単車の場合、同乗者の命を預かる責任が四輪と比べてはるかに重く感じるものだ。

 だがこの3人乗りの単車は3人乗っているのも物ともせず街中を駆け抜けて行った。


 3人乗りの最後尾に乗っている職業カメラマンの男はやたらと気を使っていた。

 自分のすぐ前には、フリージャーナリストの真理沙まりさが乗っている。

 真理沙まりさが吹き飛ばされない様に、かつ女性である真理沙まりさの体に触れるのは最低限に土留める事に。

 そして先頭の運転手である牧田まきたの運転の邪魔にならない様にと・・・。

 タンデム二人乗りシートに乗る際、運転手の負担になる事は危険を意味する。

 単車は傾斜して進行方向を調整する乗り物である。

 後ろの人間が車体が傾いたからといって反対に体を逸らしたり、逆に運転者と同じ様に傾斜を付ける為の運動を行う事でコントロールを取り辛くなる。

 負担を掛けないようにするには、荷物と化すのが一番である。

 タンデム二人乗りシートにロープなどで固定された箱の様なイメージでだ。

 もっとも、運転手の牧田まきたにかかれば多少の障害など難なく処理してしまうだろう。


 牧田まきた豪志ごうし、新聞社に勤務していた頃の先輩であった。

 センパイと言っても業種はまるで異なる。

 真理沙まりさは記者、牧田まきたはプレスライダーである。

 単車のフロントフォークに社旗をなびかせ街中を疾走する姿に単車乗りなら憧れる者も多かっただろう。

 記者とカメラマンが取材を行いその記事とフィルムを社に持ち帰るのが業務である。

 だがFAXやインターネットのインフラが整った事により、今や時代遅れの、例えるなら「伝書鳩」のような存在となっている。




 3人を乗せた単車は、途中何度もパトカーに赤色灯を焚かれ追走されたが全てふりきり、とあるマンションの前で停止した。


「着いたぞ、稲瀬いなせ!」


 牧田まきたが目的達成を成就した口調である。


牧田まきたさん・・・。」


 俺は、困惑していた。


「どうした?」


「ここ俺ん家じゃないか!」


 牧田まきたに連れてこられたのはカメラマンのマンションだった。


「へーっ! ここが敏也としや真里香まりかの愛の巣なの!?」


 真理沙まりさは興味津々の様だ。


 この二人は完全に上がり込む気満々の様だった。


 ついでだが、二人が述べた名前、稲瀬いなせ敏也としやがカメラマン事、俺の本名である。




 3人はマンションのエレベーターの中に居た。

 乗ってきた牧田まきたの単車はマンションの駐輪場に止めて置いた。

 オートロックのある駐輪場だ警察には見つからないだろう。

 しかも牧田まきたはナンバープレートにダンボールで養生までしていた。

 街中の防犯カメラの存在が気にかかるが、牧田まきたの事だ、足が付く様なコースは走っていないだろう。


まきさん、ありがとねっ!」


 真理沙まりさ牧田まきたに軽くウィンクをして礼を言っていた。


「いやいや、例には及ばんよ。」

「俺も矢戸部やとべ・・・いや三島みしまの巨大な二つの感触を背中で堪能させてもらったからな!」


 牧田まきたは下品に笑っていた。


「あーっ、相変わらずだわ、このおっさん・・・引くわーっ・・・。」


 真理沙まりさは半目で牧田まきたの姿を見ていた。


 ちなみに、矢戸部やとべとは三島みしま真理沙まりさの旧姓である。


 目的の階にエレベーターが停まり、扉が開いた。


 3人は途端に無口になった。

 共用スペースである廊下では人がいるかもしれない、情報を他人に盗られない為の癖である。


 3人は黙ったまま敏也としやの部屋に入った。




 敏也としやは部屋に入ると、今回仕入れたスクープについての会話になるものだと思っていた。

 当然である。

 ある先生の闇の部分を暴いた大変なネタである。

 だがこの二人の関心は大事なネタより他のものに向けられていた。


「おっほーっ! 懐かしいな! F3じゃないか!」

「昔の写真記者はこればっか持って居たな!」


 Nikon F3

 銀塩フィルム時代のかつての名機フラッグシップである。

 工業デザイナー、ジウジアーロによってデザインされた洗礼されたデザイン、特にグリップの赤い縦ラインが特徴でこの機種以降、フラッグシップモデルにはグリップに赤いラインが何らかの形で残されている。

 今の時代の様にオートフォーカスなんてものは無く、マニュアル操作でピント合わせを行うが、ファインダー視界は良好で撮影はまさにプロが求める物だった。

 堅牢かつ今のフラッグシップモデルの様な巨大さも無く、コンパクトにまとめられている。

 俺はこのカメラを中古で手に入れたのだが、最初の状態も良かったせいか故障知らずで実に堅実な造りに惚れ込んでいる。


「まったく稲瀬いなせは昔からニコンばっかだったよな?」

「キヤノンが全盛期の時もニコンを使ってたし。」


「俺はニコン意外に興味ないので・・・。」

「それにレンズ最初から買い揃えると考えるとゾッとする・・・。」


 一眼レフカメラはレンズ交換式のカメラである。

 装着したレンズによって様々な変化のある写真を撮影することが出来る。

 つまりカメラ本体を購入した後の方が問題である。

 様々な種類のレンズを欲する様になり、俗にいう「レンズ沼」に放ってしまうのだ。

 俺も例にもれずその口だ・・・。


 ちなみにカメラメーカー事にレンズの互換性は一部を除いて無いといって良い。

 本体を別メーカーにしたらレンズも全て買い替えだ。


牧田まきたさんだって人の事言えないでしょ!?」


 俺は言われっぱなしでは何か腑に落ちなかったので、牧田まきたに対して同類だと主張する事にした。


「ん? どうしてだ?」


 牧田まきたは、惚けているのか、本当に解っていないか、質問を返してきた。


牧田まきたさん、バイクってカワサキしか乗らないでしょ!」

「バイク乗るのが仕事のプロなら、普通信頼性のあるホンダかヤマハ乗るでしょ!」


 決してカワサキというメーカーをディスっている訳では無い。

 ホンダやヤマハが異常な程、信頼性が高すぎるだけだ。

 海外メーカーと比べたらカワサキだって信頼性は高い。


「違いない・・・だが・・・カワサキには男のロマンがある・・・。」

「さっき乗ったH2単車だって凄かったろ!?」

「あんな異常な物、カワサキかスズキくらいしか出さねぇからな!」

「だから俺は他社の単車は買わねぇ・・・。」


 牧田まきたの考えには非常に共感を得ることが出来る。

 部屋の中の男二人は頷きあっていた。


「はいはい、男共の熱い語らいはまだ続くのかな?」

「いーかげん、あたしは聴き飽きちゃったんだけど?」


 真理沙まりさは男二人の会話に呆れていた。


「悪い悪い! つい熱くなっちまった!」

「本題だな!」


 牧田まきた敏也としやに真剣な眼差しで質問をした。


「で・・・今回の件・・・例の先生はクロが?」


 真理沙まりさと同じ様な質問をしてくる。


「うん・・・クロです。」


 俺は答えた。


「お前が言うなら間違いないな!」


 牧田まきたは納得している。


「ところで・・・。」


 牧田まきたは更に真剣な顔つきとなった。


「おまえら・・・昔付き合ってたのか!?」


 唐突に牧田まきたはおかしなことを言い始めた。


「なんでだ!?」

「なんでよっ!?」


 俺と真理沙まりさは同時に反論した。


「だったらなんだ・・・あれ?」


 牧田まきたは指を指している。

 指先から視線を対象に向けると、一枚の写真があった。


「あっ!」


 真理沙まりさは一瞬目開いてその写真を見ていたが、すぐにニヤけた表情となった。


「なによ、まだ未練タラタラって訳!?」

「口ではって言っときながら。」


 俺は居心地が悪かった。


「あの写真は近々処分するつもりだったんだ・・・。」


 これは本音である。


「やっぱりな! 矢戸部やとべ、いや三島みしまの写真があるって事は・・・。」


 牧田まきたは二人に対して誤解している様だ。


 写真の人物は確かに真理沙まりさに見える。

 今のこの状況の様に真理沙まりさがそこに居て、その写真があると十人が十人、真理沙まりさの写真だと思うだろう。

 だが、それは真実ではない。


「あーっ、これね・・・敏也としやが以前付き合ってた、あたしの真里香まりかよ。」


 矢戸部やとべ真里香まりか

 俺が10年近く付き合っていた、真理沙まりさの双子の妹である。

 ひどい別れ方をしてしまった・・・。

 今だ後悔している・・・。


真里香まりか・・・君は今何をしているんだろう・・・?)


 俺は真里香まりかと過ごした日々を思い起こしていた。

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