ポートレイトが撮影せない。
杉田浩治
序章 女狐からの依頼は危険な香りのスクープ。
第1話 それは人生最大の命の危機。
二人の男女が壁際を低い姿勢で走っている。
無造作に置かれたパレットや大小ある木箱を意識しながら隠れる様に移動している。
巨大な壁の上部には均等に大きなダクトがあり、そこに設置されている巨大な送風機が大きなうねりを上げている。
内部は複雑でベルトコンベアやローラーが設置され複雑な地形となっていた。
どうやらここは巨大な倉庫か工場の様である。
送風機やベルトコンベア等は稼働しており内部はかなりの騒音がする。
だが不思議な事に、ここには従業員らしき人々は見当たらない。
二人の男女は物陰に隠れる様に移動しており、何かから逃げている様な雰囲気だった。
男の方は上半身にベストの様なものを着ているがそのベストには数多くのファスナーが付いていた。
そのファスナーの部分は不自然に柱形のふくらみがあった。
背中にはリックを背負っており、拳には太いストラップが巻かれていた。
そのストラップをたどっていくと巨大なカメラを手にしていた。
女の方は男ほど荷物を持って居ないがスーツ姿だった。
靴はローヒールを履いている為機敏な動きも出来ている様だ。
手にはスマホとスーツの胸ポケットにコンパクトカメラを入れられており、荷物は肩にかけるボストンだけだった。
チュイーン!
甲高い音を立て、すぐさま二人の近くにある木箱の角が吹き飛んだ。
木箱が吹き飛ぶ際鈍い音がした。
「また、奴ら撃ってきやがった!」
「場所知られたかな?」
二人は大きな声で話している。
「いや、大丈夫だろ・・・最初の音は跳弾だ・・・金属に跳ね返って偶然俺達の近くの木箱に命中しただけだ。」
「さすが元戦場カメラマン、武器の知識は完璧ですか?」
女は緊張感なく笑っている。
「その話はやめてくれ・・・あれは半年でリタイヤしちまった・・・。」
「あっ、一人居た!」
男はカメラを構え連射モードにて何かを撮影している様だった。
カメラがものすごい速さで静かに稼働している。
「まったくあなたのそのカメラが、何だっけ?・・・狙撃銃?・・ならあいつらみんな倒しているのにね・・・。」
「ああっ・・・銃を持った男6人全員撮影済みだ・・・。」
「だけど銃を撃つ技術は俺には無いから、撃っても当たらないだろうな・・・。」
銃は引き金を引けば当たる物ではない、照星と照門と狙いたい対象を一線に描き、引き金を引くのだが撃針が滑り込む様に決して引き金を引いた反動を与えてはならない。
カメラもある意味似た様なものではあるが、ファインダーで見えた物が撮影したものとなる為、一点の対象のみを狙うものではない。
「頼もしいお言葉、ありがとう・・・、とっても勇ましいわ・・・。」
女は呆れ顔をしていた。
「ところで例の先生は撮影できているのかな?」
「当然だ! 奴らのボスっぽい人間とのツーショットもばっちりだ!」
「ナイス! 生きて帰れたら、貴方に抱かれてあげるわ!」
「勘弁しろ、不倫なんてまっぴらだ!」
「旦那とは絶賛離別中、何の問題も無いわ・・・それに貴方、
「
女は意地の悪そうな表情をしていた。
だが、急に真面目な顔つきとなり男に質問を投げかけた。
「ところで、真面目な話・・・逃げられそう?」
「逃げなきゃ、殺られるだけだ・・・。」
「武器を持って居るのは6人もいる・・・。」
「拳銃に
「一様知識として聞いておけ、拳銃の射程は25mmから50mmと聞いた。」
「拳銃はライフルと違い振動で目標がずれる確率が高い、おまけに
「距離を取っていれば当たる確率は低くなる・・・。」
「でも数撃ちゃ当たるって言葉あるじゃん!?」
「いや、幸い俺達はまだ完全に捕捉されていない、やたら撃っても当たらないはずだ。」
「なら少しは安心って事?」
「・・・たぶん・・・。」
「はいはい、頼もしいお言葉ありがとう・・・。」
女は更に呆れ顔になっていた。
「とにかく、見つかる前にここから出ないとな・・・。」
「出られたら逃げられるように手は打っておいた。」
「絶対に死ねない! このネタ絶対に世間に公開してやるわ!」
「全く・・・命あってのものだというのに・・・。」
「なによ、貴方だってジャーナリストの端くれでしょ? こんなネタワクワクしない!?」
「しないね、俺は元々
「その割に昔から、
「俺は無機質な物専門なんだ!」
とある議員のスキャンダル、いや売国行為のスクープを掴んだ。
信頼できる雑誌社にこのネタを売ることが出来たら相当なスクープとなるだろう。
だがスクープを追って、決定的な瞬間を撮影したこの場所で相手に感づかれてしまった。
まさか黒服を着た取り巻き達が銃をもっているとは想像もしていなかった。
この建物は作業員は居ないが稼働している。
おそらくここでの密会をごまかす為の事だろう。
そして奴らにとって不届きな侵入者を始末する為にも都合が良かったのだろう。
しかし状況は最悪だ。
潜入した入り口くらいしか出入り口は解らない。
おそらくそこは待ち伏せされているであろう。
警察に連絡は入れている、それまで何とか持たせなければ・・・。。
だが警察をあてにして待っていてもそれまで持つだろうか?
やはり別の出入り口を見つけるべきか?
しかし、下手に動いてはリスクが大きくなる・・・。
「ねぇ・・・あの先生、完全にクロよね?」
「ああっ・・・クロもクロ、真っ黒だ。」
「貴方がそう言うなら、間違いないわね・・・。」
女はこのネタに自信満々な表情となった。
「さあ、絶対生きて帰るわよ!」
「真実は絶対に揺るがないのだから!」
この女の名は『
記者時代からスクープの為には危険を顧みない危なっかしい女だ。
今回、俺はこの女狐にまんまと利用されたという訳だ・・・。
ある理由で半年前まで海外にて戦場を駆け巡る戦場カメラマンとして戦地に居た俺だったが、半年が経った頃怪我の為挫折してしまった。
あの頃の俺は正直まともではなかった。
10年近く同棲していた女と別れ自暴自棄となっていた。
会社を辞め俺は次の人生を歩もうと思っていたのだが、俺には写真しか特技が無かった。
撮影技術は自信ある。
だがフリーのカメラマンをやるとなるとまともに食える自信はなかった。
会社で形成された人間関係のおかげで芸能事務所のカメラマンとしての仕事を紹介してくれていたのだが、俺はその仕事をどうしても受けることが出来なかったのだ。
俺はプロカメラマンとして致命的な弱点があった。
それは・・・。
つまり撮影されることを前提とした人物写真が撮影できなかったのである。
スナップ写真の人物は特に問題なく撮影できる。
だがポートレイトだけは撮影できなかった。
当然その仕事はお断りを入れた。
そして女と別れたショックもあり、片言の英語を頼りに中東へ・・・。
向こうについて冷静になった頃、何度も何度も後悔した。
何でこんな所に居るのかと!?
以前は新聞社に勤務はしていたが、俺らはジャーナリストとしての気迫などなかった。
ただ写真が好きなだけだった。
そして怪我をしたことで、日本へ帰国、怪我の治療を兼ねて静養し、久しぶりに請け負った仕事がこれだ・・・。
そう、俺は
ふと壁際を見る。
10m程離れた場所の壁が何か変だ。
目を凝らしてよく見てみるとそれは大型のシャッターだった。
「おい、伏せたまま移動するぞ。」
「どうしたのよ?」
「シャッターがある、電源生きていたらあそこから脱出しよう。」
俺と
シャッター前にもコンベアが並べられ、出入り口として利用されている様には見えなかった。
「この使われ方では電源来てないかもな・・・。」
「どーすんのよ?」
「取り合えずそのままの体勢で居ろ、もしシャッターが開いたら転がる様に外へ出ろ、シャッターボックスは俺が操作する・・・。」
恐る恐るゆっくりと体を起こしシャッターボックスを確認すると、当然の様に施錠されていた。
(くそっ! やっぱりか・・・リスクはあるがやってみるか・・・。)
リュックの横に設置してある一脚を取り出した。
そしてシャッターボックスの蓋を思いっきり強打した。
蓋は吹っ飛び、中から3つのボタンがある。
迷わず上のボタンを押した。
巨大なシャッターが金属をこすれ合わせる様な音をたてゆっくりと開いていく。
「しめた!」
体を伏せ開いた僅かな隙間から脱出した。
「走るぞ! もう奴らには気づかれているはずだ!」
「とにかく国道方面に向かって走れ!」
「さっき連絡を取って『
二人が国道方面に向かって走っていると、銃声が聞こえた。
確実に俺達を仕留める気だ。
「ジクザクに・・・いや真っすぐ走れ!」
「一体どっちなのよ!?」
「いいから走れ!」
二人が走っていると倉庫の角からエンジン音が聞こえた。
二人の前に荒々しい運転で一台の単車が前をふさいだ。
その運転手が叫んだ。
「おまえら早く乗れ!」
運転手のすぐ後ろに
「それじゃー、行くぜ!」
3人を乗せた単車は後輪を滑らしながら急加速した、フロントも僅かに浮いていた。
「うぉっほー! このじゃじゃ馬め!」
「いいかおまえら、振り落とされんなよ!」
3人を乗せた単車は数秒で3桁の速度となり追っ手を振り切って走り去った。
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