第23話 貸し切り電車。

 また、九日か。


 オレはまた最後の日を過ごし始める。


「行ってきます」


 早めに出て、まず子供のボールが転がってくるのを歩道で待つ。


 一体、オレは何回あの子の命を救ったんだろう。将来あの子が社長とかになったら、ワンナップきのこ枠とかで採用してもらおう。



 やっぱりこの日は晴れが似合うんだ。白の暖かな光が街を優しく包んでいる。

 前回が曇りだったから……いや、前回だけが曇りだったんだけど……。


「……あれ? 今日は遅いな」


――可怪しいな。いつもなら五分くらい前にはボールが転がってくるんだけど……。


「寝坊かな?」


 ループは全く同じ事が必ず同じ場所で毎回繰り返されるわけじゃない。多少の違いは出てくる。


 ループする間に調べたんだが、この世界はどうやら未来というものは確率でしか判断できなくて、絶対起こるとか、決定論とかは科学的に間違ってるらしい。


 その科学が正しいのかはオレに判断できないけど、オレは確率で決まっている世界を信じたいと思う。現にループしても全く同じ世界が繰り返されてはいないし、それにもし、決定論が間違っているなら、『ゆいを殺さない限りループが終わらない』も正しくないから。


 オレは初めて科学者に感謝したね。いつも頭がおかしいことばっか考えてんじゃねぇって思ってたけど、こればかりには感謝。まじで正しくあってくれ。


 いや、まあ、未来は確率的ってのも大概だけども。



 しかし、こないな……それに、さっきから車が一台も走っていないし。


「ま、今日はお休みなんだろうな」


 オレは最初のトラップは不発だろうということで、待ち合わせ場所を目指した。



「……あれ?」


 次のトラップ。危険球が飛んでこない。それに空き缶もないぞ?

 なにもないのにしゃがんだのが何か恥ずかしくて、ラジオ体操でもおっ始めようかとも思ったけど、それはそれで待ち合わせ時間に遅れる……。


「なんだなんだ? トラップがストでもおこしたか?」


 オレが何度も何度もループするせいで、トラップたちも嫌気が差してきたんだろうな。そうか、こういう攻略方法もあったのか。


 この後もひとつもトラップはなく、待ち合わせ場所が見えてきた。



「……すっごい順調。これ行けるんじゃない? とうとう成功するじゃ……」



 そして一級フラグ建築士のオレはループする………………ことなく、待ち合わせ場所についてしまった。


「…………え」


 まさか着くとは。ああ、いやここでトラップがないとは言い切れないんだけども。

 というか、どうせループすると思ってたから、心の準備とか、告白の言葉とか、その他諸々とかできてない……でも、小さくオレはガッツポーズした。


 どうだ! 女神。方法はあったじゃないか! 

 

「いやー、こうなるってオレ、解ってたんだよね」


 オレははらりと前髪を払った。


「きゅうちゃーん!」


 少し遠くから聞こえてくるゆいの声。オレは待ち合わせの20分くらい前に着いていたんだけど、ゆいも大概早いな。


「きゅうちゃん、早いね」


「いや、オレもついさっき来たとこなんだよ」


 どことなく、ゆいの私服も気合いが入っている気がするのはオレの勘違い?


「――スゥッ、ゆ、ゆい……」「それじゃ、どこに行こっか?」


 ッぶね〜。告白しかけた……。ほんと準備ができてなかったから、ついつい先走りそうになっちゃう。


「ん? あ、そうだな……。あ、う、海にでも行くか?」


「えぇ〜! もう十月だよ?」


 それはオレも同感っす。これはオレが行き場所を五十音から順に探したせいなのですよ。


「じゃ、山……?」


「あはは。夏休みじゃないんだから、山と海って」


「す、すまん。何か下調べしとけばよかったな」


 ていうか、急に誘っておいて下調べしてないって、我ながら色々やばくないか? 


「うーん。じゃあ、海にしよっか」


「え? でも寒いぜ?」


「きゅうちゃんが言ったんじゃん!」


「いや、まぁ、そうなんだけど」


「よし。じゃ、ほら、行こう?」


 オレは手を掴まれて、無邪気に引っ張られて改札の方へ。

 

 いまさら、手を掴まれたくらいで脈が強く打つなんてな。


 前までは、手繋いでるカップルなんて「カバディの練習ですか?」としか思っていなかったのに。


 オレと君の距離は近いのですか? 遠いのですか?



 気がつけば、駅のホームで電車を待っていた。


「まるで、わたしたち二人しかいないみたいだね」


「え?」


 オレは周りを見渡した。


「ね?」


 ゆいは無邪気に微笑んだ。


 その幸せそうな笑顔にオレの顔は紅潮したような気がした。


 でも、ちょうど夕日が差していたからバレていないと思う。


「そ、そうだな」


 ああ、いいな。この時間がもう少し続いてほしい。


 ゆいとは長い時間を同じ空間で過ごしてきたけども、それは幼馴染としてで、こうして「好きな人」としてではない。


 「幼馴染」っていう柔らかい安心に、「初めて」っていう熱すぎる恋心。



 小さな車輪が自分より何倍も大きい車両をガタンゴトンと背負ってやってきた。



 始まろうとしている。近づこうとしている。そして終わろうとしている。



 オレは今日、オレとゆいの関係を破壊する。

 破壊されたあと、どうなるかは解らない。



 オレが抱くゆいに対する感情は完全に「好きな人」だ。友達としてとかじゃない。


 異性として。恋愛対象として。何よりも独占したいものとして。そしてオレの全てが支配されていたいものとして。



 ずっと、ずっとゆいといたわけだから、オレはついこの間までこの感情を知らなかった。


 幸せで、それでいて辛く、苦しい。


 

 オレは恋愛感情に懐疑的だった。



 袖振り合うも多生の縁だとか。


 男子なんて、ちょっと異性に触れられたからとか。向こうから話しかけてきたからとか。

 そんなどうしようもなく取るに足らないことで恋に堕ちていくと聞いた。


 そんなんで堕ちてたら、オレは毎日大変だ。



 実際、いまでも懐疑的だ。


 まだ、恋愛感情が何なのか、自分の中で整理がうまく行っていない。

 

 だいたい、男子全員がゆいを好きにならないってことは、なにかオレがゆいに夢を見ているからに違いない。

 そしたら、その夢ってオレが創り上げた、創造物じゃないか。


 じゃあ、オレはオレが作り出した創作品に、いま、こんなにどうしようもなく恋い焦がれているのか?


 まるでナルシストみたいだ。



 電車がホームに到着し、明るく扉が開いた。

 ゆいがウキウキで電車に乗り込む。



 このひとつひとつの全てが、オレの心を蝕んでいく。熱くしていく。

 それは幻想なのかもしれない。若気の至りかもしれない。


 恋は盲目というのは、オレみたいな人間が作った言葉なのかもしれない。



 だとしても、オレは「を好きになった」と言う。


 まぁ、君に説明を求められても、やっぱり出来ないと思うけど。



――全ての矛盾と宿命を抱擁して、君をも抱擁したい。

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