第16話 救世主の覚悟。
オレがゆいを殺せば、オレの死が覆る?
あまりにも都合が良くないか?
「なんでそうなるんだよ」
世界はオレにオレの命とゆいの命を天秤にかけさせているのか。
世界はオレを『救世主』とか引き立てておいて、その実、自分が長生きするために無垢な一人の心優しい女の子を殺した外道じゃないか。
この世界は中身が外道な『見かけの救世主』を望んでいるのか?
一体、なにを考えているんだ。この世界は。
「可怪しいだろ! オレを殺さなきゃならないんだろ? なのにどうしてオレがゆいを殺すとそれが回避されるんだよ!」
「世界は決まった常住のルールの許に、全てを決定し、動いています。あなたが可怪しいと思ったことであっても、世界にとっては当然のことなのです。これは一方的で、不可逆で、絶対です」
「なんだよその腐ったルールは! そもそもオレもゆいも世界の一部なんだろ? ゆいがループさせてるなら、世界の一部のゆいがループさせないように世界が動けばいいじゃないか!」
「そうできていれば、ループしないでしょう?」
「……世界のルールに『ループ』することが『当然』としてあるのか?」
「それは解りません。世界はそのルールの内容は公開していません」
頭がおかしくなりそうな話だ。いや、この空間内だと多分オレに実体はないから、頭というのも変なのか。
「じゃあ、オレは世界の一部なんだから、世界がオレがゆいを殺す方向に動かせばいいじゃないか。あんな不自然なほどのトラップを張り巡らせられるんだから、そのくらい朝飯前だろ? どうしてしない」
子供を助けたら死んで、道を歩いていたらボールに穿たれて死んで、雨も降ってないからっからの道で高級車がスリップして轢かれて死んで……!
「それも知りません。世界に『理由』を訊ねることはできません。それがルールなのです」
「は! 随分便利な、都合がいいルールだな! ていうかあんたはどうなんだよ。世界が頼んであんたに、オレにこんな話させてんだろ? 実際、こうしてループしていることをオレに伝えられるように、ゆいを殺すくらいできんじゃねぇか? なんでそうしない」
「それも規則です。本来、世界のことに対しては全く干渉できない、本来ならば監視以外の権限は与えられていないのです。ですが、今回のような例外は存在するものです。その限界があなたに情報を与えること……」
「何が規則だよ。いま実際に世界もあんたもオレに『法律』『倫理』を犯させようとしているんだろ? オレにだけ『ルール』を破らせておいて、自分たちは、自分たちだけに都合がいい『ルール』の後ろで隠れていますだァ? ほーんと腐ってやがるな」
「それについては心配なさらないでください。ゆいさんの殺害は必ず完全犯罪……いいえ、殺した瞬間にゆいさんの存在も世界から抹消されますので、『殺害』した事自体、あなたからも世界からも消え去ります。つまり、いまの世界がゆいさんがいなかった世界だったものとして続くのです」
「ぁ……………………………?」
オレは唖然とした。この女神さんとは話せば話すほど、悪いことばっかり引き出される。もう邪神のたぐいだろこいつ。
オレはゆいを殺さなければ、何度でも死んで、何度でも同じ
もし、世界の言い分に従って、オレがゆいを殺せば、ループは終わり、オレは死なず、晴れて救世主となる。殺害と同時にゆいの存在が過去から現在から未来から消えて、オレは
ほーんと安心万全なアフターケア付きの素晴らしいサービスだと思うよ。保険会社に見習ってほしいくらいだね!
オレはずっとこのループの被害者側だと思っていた。だけど、真の被害者はゆいだ。自分が知らないところでループの中心にされて、世界からも女神からも存在を消されようとしていて。
世界も女神もオレにループした情報を与えたのは、ループを諦めさせるためじゃなくて、ゆいを殺させるため。
協力的に見せておいて、その実、オレがループに耐えられなくなった時を待って、『ゆいを殺せば楽になれる』と囁いて、誘惑して。
「本当に他に方法はないのか。このループを抜け出す方法は――!」
「ないでしょうね」
「それは世界が言ったのか?」
「世界は一つの方法として『ゆいさんの殺害』を提示してきましたが、それが全てかまでは存じ上げないところです」
「……つまり、絶対にないとは言い切れないんだな?」
「そうですね。世界のことに対して『絶対』と言うことは、世界のルールに則っている世界にしかできないことですからね」
「じゃあ、あんたは他に方法があると思うか?」
「……ないと思います。あったとしてもあなたが現実世界で、歩いて教室の壁をすり抜ける確率よりも低いと思います」
どんな確率だよ。ああ、でも、9と3/4番線でも走って突入するから、相当低い確率なのか? てか、それってゼロの言い換えなんじゃないのか?
「確率はどうだっていいんだよ。その方法の内容は?」
「それは答えられません。ご存知の通り、世界、そして世界の一部であるあなたに過度な干渉はできません」
だから、なんで世界も女神も変なところで協力を惜しむんだよ。依頼しているんだからもう少しこっちに寄り添ってくれてもいいだろ!
「意見を訊くだけだろ?」
「あなたが持った意見と同趣旨の意見ならば、あなたに伝えても影響がほぼ無視できるので構いませんが、あなたが持ち得ないような意見を伝えること、言い換えるならば、世界の外側の情報を内側に侵入させることは、世界に危険を齎し得るので、できません」
じゃあ、ゆいを殺せばいいって情報をオレに伝えるのはいいのかよ。
ほんとに適当なルールだな。
「……そうか。でも、オレはゆいのことは殺さないぞ」
「ですが……」「ああ。それでも、たとえ永遠にループを繰り返すことになっても、オレはゆいのことは殺さない。殺せない」
非合理なことなのかもしれない。実際には意味のないことなのかもしれない。
強情すぎるかもしれない。頑固かもしれない。愚鈍かもしれない。
でも、オレは他者に較べられるような、その程度の感情をゆいに抱いているわけじゃない。そこに恋愛感情が芽吹いていなかったとしても。
それが絶対で全てだ。
たとえ、死ねなくとも。たとえ、永遠に呑まれても。
「そうですか。それでもあなたに言えることは唯一つです」
オレは既に新しい十月一日の方に意識を向けていた。
「ゆいさんを殺しなさい」
++++++++++
「――なさい!」
「起きろぉぉぉお!!」
「んあ?」
また、ループした。
また、ループし続ける。
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