第10話 こんにちはクソ女神さま。

 微睡む生暖かさがあって、冷たくて、諦めさせられる深さがある沼に沈んでいる、沈んでいくような感覚。

 そこに上下も左右も前後もなくて、ただ、空に浮いているようで、浮き上がるような感覚。


 たぶん、何もが一つになっていて、全てがここにあって、そして何一つない、皆無なんだ。



 これは――――思い。




 身体は現世に置いてきているし、思いって言ったって……?


 あれ? 身体がないなら思いもないんじゃないか?


 てか、なんでオレはこんな「考察」をしている?


「うお!」


 ないと思っていた身体がここにはあった。


「あれ? どうなってんの? またループですかァ? あんな感傷的にさせておいて!?」


 でも、いつものとは何かが、というか全部が違っている。


 まず、最初のゆいがオレを起こす声が聞こえない……というかオレ、ばっちり目が醒めてるし。


 あと、ここはどこだ?


 どう考えてもここはオレの部屋じゃない。床も見えないし、天井も見えないし、真っ暗……でもないし、かといって光もないよな。


「ここ来ちゃいけないどこかなんじゃないか? 世界のバグデータの中とか」 


「そんなことありませんよ」


「「うおおおいい!?」」


 突如としてオレの眼前に現れる……女性?


 ベールみたいなもののせいで顔は見えないけど、声はどこか安らぐような女性の声。なんとなく白い服を着ているような気がする。


「もしかして、あれか? 女神様ですか? 親が仏教だからてっきり腕がたくさん生えた人がやってくると思ってたけどね!」


 ついつい声のトーンに抑えきれない苛々が乗ってしまったが……。でも、こいつがオレのことを殺したかったのなら文句くらい言ってもいいでしょ。



「で、オレをどうするのさ。いまさら異世界の剣と魔法の世界GO!! とか言わないよな? もういいよ? ループだけでオレはお腹いっぱいなんだ」


「面白いことを言いますね。そんなことはしませんよ」


 ああ、意外と感想を言ったりするのね。


「じゃ、なんだよ。いまさらさ。何度も何度も何度も何度も何度も何度もオレを殺して、ループさせて、悩ませて、絶望させて、踏み躙って、抉って、圧し潰して! 


 楽しかったか? オレが無力に無様に苦しむさまを見てさ。一つのトラップを乗り越えさせて、ぬか喜びしているざま見てさ。そしてあっけなくまた死んでさ。


 たまらんだろうね。命を張った一世一代のコントをリピートして見られるんだから。こういうのなんて呼んでんだよ。シンガーとかけて『死ンダー』とかか?



 でも、最後のはセンスがないよな。まさかトラップが全部回避されるとは思わなかったんだろ? 慌てて適当に殺しやがって!


 お前ら……何人いんのか知らんがな、人にとって、生き物にとって、命ってものは何よりも尊くて、かけがえのないもので、こんなループさせるからって奪っていいもんじゃねェんだよ!

 


 『死』だってそうだ!



 ネガティヴなものかもしれんが、無下に……していいものじゃない。涙が流れても、無くなってはいけない。死は不公平なく、忘れることなく、漏らすことなく、いつかは全ての命の扉をノックしなきゃならない。


 仕方ないかもしれない。受け入れられるかもしれない。憤らせるかもしれない。乞われるかもしれない。罵られるかもしれない。でも、竟わりにしなくちゃならない――」



 自分で言っていて虚しくなってくんだ。


 オレはループした。ループした先でもオレは生きた。すぐには死ななかった。絶対勝手に訪れる死を待った。


 もし、死が一度だけと言い張るなら、オレはすぐに、ループしたらすぐに死ぬべきだったんじゃ?

 

――これは『いま』だから言えるだけか。



 最初の頃は喜んだんじゃないか? 


『やり直せる――って』


『願ったって――――』


 途中からは少し楽しんでもいなかったか?


『よっしゃクリア――』 


『これこそリアルなサバイバルゲーム』


 詰まってから――。


『くそったれ!』


『オレは死んでねぇだろが! ルール違反だ!』


『どうすりゃいいんだよ。なんなんだよ!』



 都合が良かったから、喜んだ。

 都合が悪くなったから、怒った。

 未来が見えなくなったから、泣いた。

 未来を見たくなくなったから、死んだ。




「オレも大概だな」


 命に縛られて、自分勝手に楽しんで、苦しんで、悲しんで、そしてバカみてぇに死んだのはオレじゃないか。


「あなたは悪くありませんよ」


「はっ! なんだいきなり。慰めているつもりなのか? いいよ。いっそ清々しくさ、もう、罵ってくれよ。『生に執着すんな死人め』ってさ」


「そのようなことはしませんよ。だって、あなたはまだ

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