第2話 ループしたんだが。


――死んだのだろう。



 呆気なかった。 

 

 浮かれて外に出て。


 調子に乗って、子供の一人でも助けてヒーローにでもなろうとしたのか。



 ゆいに会う前に死んじまっては本末顛倒も甚だしくて、我ながら可笑しくなってしまう。

 


 嗚呼……。


 笑える身体がねぇんだ……な。



 微睡む意識で、たぶん天国ってものがあって、オレは魂となって、いま向かっているんだろう。



 オレはそういうスピリチュアル系は信じちゃいないが、実際こうなってみると信じる他ないんだなって。ま、これが現実というのか、死後だから現実じゃないのか――――


 

――――どうだっていい。



 どうしてだ?


 どうしてオレは死ななきゃならない!!


 たかがトラック一台くらい……でさ。


 

 オレは! オレは……。


 まだ、死にたくなかった。

 死にたくはなかった。


 生きたかった。

 生きていたかった。



 オレは―――――!!!!



 やっと、初めてなんだよ!


 初めてオレは生きる目的をはっきり見つけられたんだ。

 それまでは確かに適当に日常を貪り尽くしてたけど……。


 でも、でもさ。



 まだ……。



 握る拳もなくて、流す涙もなくて、叫ぶ声もなくて。

 何もかもがなくて。



 なぁ。いるならさ――オレを殺した神よ、少し待ってくれないか。

 オレはまだやり遺したことがあるんだよ。妹の結婚式とかじゃないから、三日もかからないって。

 


 もう一回やり直させてくれないか。

 この一日だけでいいからさ。最初から。


 オレはまだ死にたくなかったんだよ。伝えたい思いがあったんだよ。



 そ、それか遺書でもいい。直接じゃなくてもいい。いまから書くからそれを現世のオレの部屋に届けちゃくれねぇか?


 そうでもないと、灰になってもこの感情は永遠に成仏できやしないって。



 なぁ……………。なぁ!!




「――――なさい」


「―――なさい!」


「起きろぉぉぉ!!」


「んあ?」


 オレは強くゆすられ目を覚ました。


「ほーんと。死んだように眠っちゃって! 遅れるよ!」


「……ああ、なんだ。ゆいか」


 彼女の制服姿は見飽きたほど見てきた。


「なんだじゃないよ! 何時だと思ってんの!」


「は?」


 オレは枕元の目覚まし時計を見遣った。


「うおおおおおおい! 遅刻する! なんでもっと早く起こしてくんないの!」


「起こしたよ! てかわたし、きゅうちゃんの目覚まし時計じゃないんだけど!?」


 言われてみればそうですね。


「とりあえず着替えるから部屋から出てけ」


「別にいいじゃん。きゅうちゃんの裸なんていまさら……目が腐るほどみたことあるよ」


「子供の頃の話だろッ!」


「いまも子供じゃない!」


「屁理屈はいいから!」


 ゆいを部屋から追い出す。

 

 別に下着までは変えないから、見られてもギリギリ猥褻とかには当たらないと思うけど、オレが見られるとなにか気恥ずかしんだ。


 熟練の早着替えで速攻で準備完了させ、部屋を飛び出す。


「ほら、あーん」


 ゆいはトーストをオレに差し出してきた。


「さんきゅふ」


 トーストを咥え、家を飛び出す。

 こうして忙しなくもまた一日が始まった。




 十月一日。



「きゅー太。今日ギリギリだったな」


「ん? ああ、ゆいが朝起こしてくんなかったからな」


「……あんだ? それは自慢ですかコノヤロー!」


 肩に腕を回してきたかと思うと、そのまま首を締めにかかってきやがった。


「あんなぁ。世の中には朝、同級生の女子に起こしてもらうなんてとっても稀有なことなんだぞ? しかも美少女の幼馴染ときた!」


 なにか諭すように言うが、まぁまぁ首を締める力が強いので頭に入ってこない。


「ちょっ、痛い痛い。ギブギブ」


「なんなのお前達。付き合ってんの? 同棲してんの? 籍入れてんの? もしかして挿れるもん挿れ……」


 オレはよくないナニかを察知して、幼稚で思春期なこいつの頭を思い切りぶっ叩いた。


「バカヤロー。ンなわけねぇだろーが! お前も幼馴染を作れば解る。こんなもんだ」


「幼馴染は作りたくて作れるもんじゃねぇだろがい! でも付き合ってはいるんだろ?」


「だからチゲーって。付き合ってな……」


――付き合って。


「じゃ、もう結婚してるとか……?」


――――あれ?


「どした?」


 オレは今更気がついた。このやり取りに覚えがある。

 デジャヴュ……というやつか?


「オレまだ十六だァ……。おい、今日って何月何日だ」


「何日って十月一日だろーよ。そういや東京の学校は今日は休みらしいな。いいよなー」


 十月一日……だと? それって先週……だが、黒板の日付を見ても、ケータイの日付も十月一日だ。



 いや、オレもたしかに今日は十月一日の感覚なんだけど


 で、でも、だって、オレは九日に……。



 そうだ。オレは九日に死んだ。確かに死んだはずだ。


 馬鹿してトラックにぶっ飛ばされて。


 それに二日から八日までの記憶もある。夢にしてはよく覚えているし、でも、現実としては実感が薄い……。



 オレはすぐに覚った。これは神の仕業だと。


 オレが願ったから。少し待ってくれと。やり直させてくれと。


 だからこうして時間を巻き戻して、生き返らせたんだ。


 そうだよな。未練たらたらなやつを天国なんかに迎えたくなんかねぇよな。


「らしいな」


 しかし、やってみるもんだな。


 昔からある極楽浄土、輪廻転生りんねてんしょうとか、ここ最近なら都合がいい異世界転生とか、それこそ同じ日をひたすらループするとか、前世(……というのか?)では全くもって信じちゃいなかったが、いや、あるもんなんだな!


 ならばこの九日間はある意味チート状態だ。このやり取りが繰り返されてように、たぶん全く同じ日が繰り返されるはず。


 だから、この九日間に何が起こるかは全部解ってるし……くっそ。宝くじの当たり番号を死ぬ前に見ておくべきだった!



「どうした?」


 オレが悔しそうにしているのを訝しく思ったんだろう。


「いいや。素敵な一週間が始まるぞ! ってな」


「お前。とうとう頭おかしくなったか?」


 は! その心、笑ってるね。悪いけどね。オレはお前よりよっぽど長く生きているんだよ!


「いーや。見てろ。この週はオレ、絶好調だから」



 こうしてオレは知っている九日間を再び過ごして………………死んだ。

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