アサヒ、夕暮れ時に告白される

 校則はとても窮屈です。


 許可されていなければ魔法の使用も許されていません。たとえ命を脅かされる状況であってもダメなものはダメという非常に頑固なルールです。




 そこでわたしは考えました。正当な理由を挙げて事前申請しておき、自己判断で使えるようにすればいいのだと。


 自分で使う事が許されなくても、身の危険を感じている事を表明することでわたしの安全が学園によって保障されますし、もし自分で解決してしまったときの言い訳にもなります。




 そういった許可を頂くための申請書はありませんでしたので、手書きで最低限必要だと思う項目を並べたものを一晩かけて作り、皆にも見てもらった後に先生へと提出しました。今のうちにはっきりと申し立てておかないと後で面倒なことになってしまうはずなのです。本で読みました。




「僕一人では決めれませんので、次の職員会議に上げる事になります。頼りない教師ですみません。」




 先生はとても申し訳なさそうにしていました。新任で発言力も無い先生に今の状況の責任を全て押し付けるつもりの訴えではありませんし、頼りないだなんて全く思っていません。受け取ってくれるだけでも心強いです。










 それは夏の始まりの、とても暑い日の夕方の事でした。


 宿舎への帰りの途中、わたしを呼び止めた人物がいました。名前は……覚えていません。今となってはあまりにおぞましく、覚えたくもありません。なにより、その後に続いた言葉が問題だったのです。




「公爵家嫡子が平民たる娘に寵愛を下賜する! 拝聴せよ!」


「頭が高い! 控えよ!」


「平伏できぬのなら直立にて傾注すべし! 若様に対して無礼である!」




 取り巻きの皆さんが色々と語っていましたがわたしは社交界のルールなんて知りませんし向こうに合わせる義理もありません。相手がどこの貴族だか王族だか知りませんが、学園の生徒である以上ヒトとして平等なのです。


 見かねたのか台本通りなのか、彼が窘めるかのように手を上げると取り巻き達は大人しくなりました。権威を示したつもりなのでしょうが、いまのところ良い印象はありません。


 その後、彼はモジモジと恥ずかしそうにして要件を言い出せませんでした。そして散々待たされてから彼が口にしたのはただ一言。




「オレの物になれ。」






 意味がわかりませんでした。




 言葉の意味はわかります。ちょっとだけ湾曲してますが愛の告白なんでしょう。


 突然の告白、いいでしょうわかります。わたしも先生にやりました。これから相手の事を知っていく発見の日々は楽しいです。




「家も魔法もない貴様にとってこれは名誉である! 泣いて喜び頭を垂れ主の愛を受け入れよ!」




 それは命令でした。俺が気に入ったからお前を自分のモノにする。あちらの感覚なら、平民であるわたしが貴族様に対して許される選択肢は「はい」の一言だけ。


 取り巻きの態度から尋ねる必要もありません。そういうことです。




 一歩踏み出してきたのでわたしも一歩後ろに下がって距離を取りました。大勢の中から動くなと叫ばれましたが貴方がたの命令に従う義務はわたしにはありません。




 仲間を大勢引き連れて、権力を振りかざすことで他人を従わせ、それが正しいと思っている。そういう文化の国で生まれ育った彼にとってはそれが普通なんでしょうけど、わたしは違います。お屋敷の外に出る事が無かったのでそんな世界とは縁のない人生でしたし、これからも関りたくないと思っていました。






 見知らぬ他人から始まった相手に自身の気持ちを押し付けているのはわたしもです。あまり強くは言えません。


 周囲が彼の気持ちを汲んで暴走した結果、この告白の場をセッティングしたという可能性もありました。ずっと喋らずにいたので、そうなのかもしれないと一瞬だけ思いました。




その瞬間までは。






「オレを、好きになれ。」




 これはただの追い打ちの台詞ではありませんでした。


 彼の一言を合図に、茂みに隠れていた彼の仲間が立ち上がり、一斉に呪文を唱え始めました。足下にはわたしを中心に円が描かれ、魔法陣が展開されていきます。完成はあっという間でした。


 わたしの返答など聞くまでもなく、この場所で、この状況は、最初から獲物を捕らえる為の罠だったのです。






 大人数でひとつの魔法を放つのはとても難しく、複数人による呪文の詠唱も、多層の魔法陣を全て思い通りに連動させるのも、全て均一にバランスを保っていなくては成しえない偉業だと本に書いてありました。




 仲間たちと協力するのは、服を選んだり、失敗しない為の告白を練習したり、人払いをして場を用意して成り行きを見守るのとよく似ています。


 皆で大魔法を発動させ、精神操作を用いて愛の告白を成立させようというのは卑怯です。






 わたしは大人数による大規模な術式を用いた精神操作の大魔法を直撃させられました。たぶん。




 魔法陣が七色に輝き、魔力は渦巻き風となって周囲の木々を揺らしました。


 でも、わたしは先生が好きなままでした。目の前の人物は得体の知れない怪物に見えます。




「やった……! 成功だッ!」




 大魔法を作れたことで歓声があがりました。が、わたしはずっと状況に置き去りです。相手の事を無視して全部自分達の都合のいいように話を進められるというのは凄いです。その強引さはとても感心いたします。




「では早速口づけを!」




 ごめんなさい。感心したのはなかった事にしてください。








 そこからは壮絶な逃走劇。


 とりあえず、抱き寄せようと差し出された手は叩いて払いました。呆けた顔の彼を睨みつけてから、背を向け走りました。




 呪文による身体の拘束がクモの巣のように貼りついていたので手で払いのけました。


 精神支配の魔法と思われる魔法陣は踏んだら壊れました。




「魔法が破られた! 効いていないのか!?」


「先生にチクられたらやばい! 逃がすな!」




 身体強化で素早く近寄ってきた人の足元を氷の張った水たまりに変えて転ばせます。ホウキに跨り先回りした人を風で押し飛ばして横を通り抜けます。


 足がもつれて何度も転びそうになりました。転びました。それでも地面に手を突いたり勢いのまま転がったりしながら、頑張って走りました。




 こんなとき小さい身体はとても便利です。隠れて追っ手を撒くのに時間はかかりませんでした。






 怖かった。


 あの魔法が成功していたら、わたしの先生への想いが踏みにじられてしまっていた。恋心の対象があんな下衆へと変わってしまうところだった。


 すぐに逃げ出せたのにずっと逃げられなかったのはわたしの落ち度です。すぐ逃げられるという温い判断で、一番大切なものを失うところでした。












 校則の違反者は現行犯でなければいけない。これも校則です。


 わたしがクラスメイトを精神支配した疑いをかけられた時も教師が警笛を吹き鳴らしながら入ってきました。




 今回わたしが襲われた事に関しては捜査すら行われません。それどころか「あの立派な貴族の子息がそんな卑劣な行為をするはずがない!」とわたしの体験を誇大妄想扱いされてしまい、学校内で魔法を使いながら走り回った事を逆に咎められ、先生にかけなくていい迷惑をかける事になってしまいました。






 卑怯者の罪を暴く為の記録と、相応の罰を与える為にも、わたしには緊急時の魔法の使用許可が必要です。


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