学園七不思議・魔力食いの魔女
わたしの申し立ては残念ながら通りませんでした。
例え学園都市がひっくり返ろうと例外は認められない。だそうです。
しかし事件を認知させることには成功しました。あんな犯罪みたいな横暴を無視するような教師ばかりの学園ではないはずです。
わたしは自己防衛の為の手段が欲しいだけで、仕返しをしたいわけではありません。
卑怯者の行いは酷いものですが、それに対して何らかの報復をしようとは思っていないのです。
皆にはとても驚かれました。それでいいのかと。
あの夕方の事件を許すつもりはありませんが、お相手は権力者のご子息であり、学園内でも外でもそれなりに人心を掴んでいるので関わり合いになるのがとても面倒です。とにかくわたしという構成要素から先生を取り払おうとした存在を認識したくもない。
好きの反対は無関心、というやつです。
生徒間で魔法を使って従属させようとする輩が居て、そういう申し立てが行なわれた。
特に誰かに話したりはしていませんが、このことはわたしが先生との破局を噂された時のように瞬く間に学園中に広まりました。噂好きの口の軽さは本当に恐ろしい。プライバシーが簡単に侵されてしまいます。
そこから始まったのは犯人捜しです。申し立てを起こした人物と、魔法で心を操ろうとしたグループは誰なのかを血眼で探す人たちが現れました。
精神支配は正しい魔法使いならばやってはけいない魔法という事になっています。しかも不可侵の聖域である学園の敷地内で複数人で大規模な儀式を行ったというのは学園にとって汚点に他なりません。それを握りつぶしたという事実は伝統を頑なに守ろうとする一部の教師達を刺激することになりました。
先生の話では、全員を個人指導に切り替えるとか学園の要である魔法教育を禁止する案まで飛び出す等、職員会議が今まで見たことが無いくらい大荒れしてしまったそうです。
そんな伝統を守りたい教師数名と同じく正義感の強い生徒達の仲良しグループが出会い、自警団を自称する学園の治安を守らんとするサークル活動が始まりました。学業を疎かにしないのを条件に認められたようですが、授業時間中もフラフラ廊下歩いてるのでは本当に約束を守っているのか疑わしいです。
面白くないのはいままで自由にやってきた皆様です。
自警団に刃向かうと、学園内でやってはいけない事をしたグループのメンバーだと指さしで告発されてしまうので、逆らえません。
わたしも畑の傍でほどけた靴紐を直そうとしたら野菜泥棒の容疑者扱いされて酷い目に遭いました。強い言葉で罵り自白を迫るあれは聴取ではありません。言葉による拷問です。
自警団の大きすぎる権限を問題視する声は、目立った行動を起こせなくなった無法者や卑怯者達だけでなく、学園都市のほうからも上がりはじめました。
改定されずに放置されて形骸化していた下校中の買い物を禁止する校則や、休日でも生徒である事を意識した言動を求めるとても定義が曖昧な校則を持ち出して、買い物や外出を律そうとする自警団の団員によって「この店は学園都市に相応しくない」という形の営業妨害があったそうです。
そういった手柄を焦るあまり自らトラブルを巻き起こす者が現れたのが発端となり、秩序を守る理想と混沌を招いている現実の矛盾から、団員の指揮と統率は一気に崩れる事となります。
自警団が自滅とも言える空中分解を起こしたことで事態はクラスごと、仲良しグループごとの抗争に移り替わりました。
学園戦国時代の到来です。
他の教室との関わりがほとんどない特別学級が、この学級を設けた学園の思惑通り悪意からわたし達を守る防壁になりました。
そんな情勢でしたので、油断していました。なるべく一人で行動しないようにはしていたのですが、今日ぐらいは大丈夫だと思ってしまいました。
「公爵家嫡子が平民たる娘に寵愛を賜る! 拝聴せよ!」
一字一句同じ言葉で呼び止められるとは思ってもいませんでした。
自警団による廊下の監視の目はもうありません。やはり外では身分が違うという事で公爵の坊ちゃんの取り巻きに睨まれた生徒達は逃げていきます。
しかし二度目はありません。わたしは学びました。
睨まれて逃げる生徒に続いてわたしも立ち去ります。わたしはモブです。固有名を持たない名無しの生徒Aです。
「お前だお前! タダノ! 止まれ!」
止まるつもりはありません。ただでさえ問題児扱いなわたしに用事なんて絶対ロクなもんじゃない。
そういえば、実家の書庫で読んだ物語の中に、自分に向けられたものを全て反射するという恐ろしい力を持つ少年が自身の能力の応用で耳に入ってくる音を遮断して静かに眠るシーンがありました。アレをやってみましょう。音量調整のツマミを回すイメージで、耳に入ってくる音を消してみます。
「聞こえていないつもりか! 無礼だぞ!」
おや、耳じゃない所からも音が入ってくるんですね。人体は不思議です。先生が、音とは空気の振動であると授業中にちょっと言ってました。発声は大気中を漂う魔力に干渉していて、それで魔法が使えるのだと。
声が空気と魔力の振動で聞こえるのなら、わたしの身体にぶつかってくるものを全て寄せ付けないようにしましょう。服が弾け飛んで脱げるかもしれないので例外をいくつか設けておきました。後ろからの声は聞こえなくなり、快適です。
「まただ! アニキ、こいつ魔法効いてない!」
全く同じポジションに居た一人が茂みから飛び出してきて、わたしの前に立ち塞がりながら卑怯者に向けて叫びました。あれ、前はミュートできてなかった。指向性は持たせず、全方位からの音をハスの葉に落ちた雨のように弾きましょう。
「………!! …・……………………!!!」
「ごめんなさい。ちょっと通りますよっと。」
短く悲鳴を上げた手下の彼を横に押しのけたことで、わたしは彼らの包囲から抜け出す事に成功しました。
なぜか大げさに倒れてしまいましたが、全てのものを弾くわたしがなにかに触れようとすると吹っ飛んでしまうんですね。わたしに暴力を振るわれたと訴えられるかもしれません。そのときはそのときです。
他人の魔力を奪い去ってしまう生徒の噂が囁かれるのは、その翌日からでした。
どうしてそうなるんでしょう。不思議です。
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