おじちゃん、おばちゃんごめんねっ


「ったく、こりゃあいったいどういうことだぁ、あぁ」


席を立った茜は帝国兵が駆けつけてきた場合すぐに撤収できるよう外で見張っていたが

店内が騒がしくなってきたため様子が気になり中に入ると

難癖をつけた大男は地面にめり込み倒れこんでる。

その傍らには直立不動の信道丸とその横には状況についていけてない女性給士、

どういうわけか店内客は、信道丸に向かって罵声を浴びせるどころか物を投げつける者までいた。


「...信道丸の奴、呪われてやがったのか、あぁ

 どおりでガキにしちゃあ力が強ええと思ったんだ、

 でもそれならあいつも、呪われたんだな

 いや、あいつの場合呪ったんだろうな」


今の信道丸の様子を見て、何か納得したような様子の茜は

嘆いているのか笠で影のある横顔は弱弱しく見えた。


魂が抜けたように飛来物もよけずただ立ち尽くす信道丸。

状況に整理がついたのか女性給士が動き出した。


「もうあんたッ、なにぼーっと突っ立ってんのよッ」


そういって信道丸の手を取り「おじちゃん、おばちゃんごめんねっ」と

厨房に向かって叫ぶと走り出した、信道丸はされるがまま引っ張られていく

店の裏口に連れていかれていく信道丸を見て茜は思案したのち入ってきた表ぐちから再度外に出た。


「おーい、聞いてんのー、ねぇ、ちょっと。あんたほんとに大丈夫」


目の前でかけられた、自分を心配する声で我に返った信道丸。

気づけばすぐ目の前に少女の顔があり少したじろいでしまう。


「えっなんだ、ここは」


「なに、あんた鬼だとか呼ばれたのがそんなショックだったの」


おかしいとばかりに小さく笑う少女の言葉に額に手を当てて

先ほどの出来事を頭の中に浮かべる信道丸、指先には堅いざらついた感触がひっかかる。


「面白いねそれ、どうなってんのさっきよりも縮んでる」


笑顔をうかべながら額に触れようとする少女。

信道丸はそれを躱し少し距離を取った、躱された少女は膨れっ面になった。


「おまえ、怖くないのか」


「こわいって、なんで」


「いや、だって」


「あんたはあたしを庇ってくれたんじゃん、

 難癖付けて殴りかかってくるようなやつの方がよっぽど怖いでしょ」


「...」


少女の言葉に救われる思いの信道丸は言葉をつづけることができず

絞り出すように「ありがとう」とお礼をいった。

信道丸の言葉で呆気にとられた少女はすぐに笑顔に変わり

「こちらこそありがとうだよ」と優しく返したあと不安を口にした。


「また迷惑かけちゃったな」


「すまん、俺がややこしくしちまった」


「いや、そういうわけじゃなくて。

 もとはといえばあたしが余計なこと言うから始まったことだし」


「この店が好きなんだな」


「え、」


「誰だって好きなもん、けなされたら怒るさ」


「なあにい、会話聞いてたのー、もしかしてあたしのストーカー」


「なっ」


「ヘヘっ、ジョーダン。

 うん、あたしはこの店が好き。

 おじちゃんとおばちゃんが作るご飯が好き。

 だからあいつに言いがかりつけられた時、我慢できなくって

 恩返ししたいのにこれじゃあ迷惑かけてばっかだ」


「俺には詳しいことはわかんねえけど

 きっと、じいさんとばあさんは迷惑なんて思ってないだろうよ

 お前が感謝しているように二人もお前に感謝してるはずだ」


「そうかな、そうだといいな」


しばらくのあいだ沈黙が二人をつつむ、すると何やらあたりが騒がしくなってきた。

店の方から「鬼が出た」「裏口だ」などと聞こえてくる。

どうやら帝国兵が通報をうけて店に駆けつけてきたようだ。

慌てる少女と信道丸、どうするべきかとあたりを見回すと

道角から細いうでがひょいと出てきて二人に向かって手招きをしている。

訝しむ少女と違い信道丸は心当たりがあるのか、駆け足で向かう


「ねぇ、ちょっと大丈夫なの」


「大丈夫だ、匿ってくれてありがとうな」


少女は走りゆく信道丸の背を見送った後、何食わぬ顔で裏口から店に入る。

店内に戻ると何人かの帝国兵が店内を捜査しており店主の老人と老婆が質問を受けているところだった。

店に戻った少女に気づいた老夫婦は安堵の表情を浮かべ少女に近づき身を案じる言葉を投げかける。


「おぉ、大丈夫だったかい、心配したんだよ」


「あたしは大丈夫だよ、迷惑かけてごめんね」


「そんなことはいいんだよ、無事でよかった。」


老夫婦が無事を喜んでいると帝国兵が割って入り少女に質問をした。


「この店に鬼が出たそうだが間違いないか」


「鬼ですか、鬼ってあの人を食ったりするっていうあの鬼ですか」


「この国の御伽噺は知らないが、君が鬼と呼ばれた少年と裏口に出たと証言が出てる」


「鬼っていうか角の生えた少年なら具合が悪そうだったので裏口に連れ出しましたけど...

 そういえばここでのびてた大男はどこいったんですか、そいつを捕まえてくださいよっ

 店のそばをまずいって言って粗末にした挙句あたしに手を挙げようとしたんですよっ」


「彼はこちらで身柄を引き受け意識が戻り次第厳重注意をする。

 そんなことよりも、鬼はまだ裏口にいるのか」


「そんなことよりって、あたしは危うく怪我するとこだったんですよ

 それにこの店が嫌がらせを受けてるのもあいつが関わってるに決まってるっ」


納得のいかない少女は帝国兵に抗議するが帝国兵は聞く耳を持たない

あまつさえ彼がもつ銃を少女に向ける。


「これ以上問答を続けるつもりはない、鬼はまだ裏口にいるのか」


銃口を向けられ少女は体がすくむが納得がいないと、

まだ帝国兵に向かって抗議を口にしようとするがそれは老婆によって止められた。


「よしなさい、聞かれたことを答えればいいのよ」


少女の体を庇うその両腕は小さく震えていた。

これ以上迷惑をかけてはならないと感じた少女は帝国兵の質問に答える。


「裏口に連れてって、すぐに戻ってきたのでわかりません...」


帝国兵はじっと少女を見た後、他の兵に指示を出した。


「何か、わかれば我々に伝えろ。」


言葉の後、店の裏口に向かおうとした帝国兵だったが何かを思い出したように

少女と老夫婦の元へと戻り質問をした。


「鬼は他に行動を共にしていた人物などはいたか」


少し考えたが少女と老夫婦には心当たりがなく

「いえ、わかりません」と少女が答えた。


「そうか、この場所は店を開くにはあまり良くないだろう、退去することを進める

 退去するならここに連絡するといい、帝国認可している企業だ信頼できる。」


そう言って帝国兵は勧めの企業の名刺を少女に渡すと今度こそ店を後にした。

残された三人のうち老夫婦は気が沈んでいるようだったが

少女は拳を強く握りしめており、もらった名刺はくしゃくしゃに丸まっていた。


「いってぇ、んなぼこぼこ殴んなよ」


手招きに答え道角まできた信道丸は細腕に路地裏に引き込まれた後

頭に拳骨をもらい不満そうに目の前の相手を見上げた。


「お前は本当に面倒なやつだな、あぁ

 あたしはこの街に入る前なんつったよ」


「...やみくもに目立ってもしかない」


「あぁ、それと」


「...何事にも頃合いってもんがある」


「なんだ、あぁ、話は聞いてたみてえだなぁ

 それで、あの食事処は頃合いだったか」


「...ちげぇと思う。」


「わかってんじゃねぇか、あぁ

 あたしは腹が減って仕方ないよそば食いたかったなぁ、あぁ」


「...悪かったよ」


煽る茜だが、反省した様子の信道丸を見ると

少し息を吐き信道丸にたいし問答を続けた


「だが、やっちまったもんは仕方ねぇ、あぁ

 あたしたちの目的にはそれた行動だったかも知れねえが

 "人"としてお前は何も間違っちゃいねぇ。」


「え...」


「お前は失敗した後はどうするべきだと思う、あぁ、考えてみろ」


「えーっと、次失敗しねえように何がダメだったか考える。」


「ほう、大体正解だあたしの弟子は存外優秀なようだな、あぁ

 後はそうだな、臨機応変に対応するってやつだ。

 あたしたちの目的と行動は長期的なもんだ、

 お前がいうようにトライ&エラーっつうもんも大事だが、

 作戦や行動が続いてるときに反省なんてしてたら隙だらけだ、命に関わる。

 特にさっきのおめえみてえにぼーっと突っ立ってたら命がいくらあっても足んねえぞ、あぁ」


「あれはっ、何でもねえ」


何かを言いかけた信道丸だったが、言葉を続けることはなかった

その様子に深掘りするべきか茜は考えるがその時ではないと思考を切り替える。


「お前にも何か事情はあるんだろうが、

 他人はそんなこと知ったこっちゃねえからな。あぁ。

 まずはその場を切り抜けることを考えろ

 失敗と反省は人間の特権だ、次に活かせ」


「...わかった。」


「どうだ、少しはあたしを師匠と敬う気になったか、あぁ」


「少しは」


「けっ、ったく可愛げのねえガキだ、あぁ」


そこから少し思案する茜、隣でその様子を信道丸は黙って見ていた。

表通りは街中に出た怪物が出たという話が広がり騒がしさを増している

そんな喧騒の中、茜はしばらくすると何か思いついたのか

悪戯な笑みを浮かべ信道丸を見やる、嫌な予感がするのかあとずさる信道丸。

怖気付く弟子にさらに圧をかけるようにゆっくりと近づく茜は

信道丸のすぐ目の前まで来ると笑みを崩さずに問いかける。


「では我が弟子よ、お前は私がこの後何をすると思う」

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酒呑む鬼は星を観る 比渡人 @sean0000

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