お前が俺を助けに来い
「それじゃあ、行ってくるぜっ」
食堂での会話の後、一同はそれぞれ体を休めた。
それからすぐに日は登り信道丸と茜の出発するときが来た。
茜は門のそばで壁に寄りかかりながら信道丸を黙して待ち
信道丸は友人とのしばしの別れを惜しんでいた。
「信道丸よ、あまり羽目をはずさないように。」
「信道丸様、お気をつけて、私はここで信道丸様のこと、待ってます。」
「わかってるよ人好、
プレナ、またお前の飯食わせてくれよなっ」
二人と少ない言葉を交わした後
信道丸はダインに視線を向けるが
ダインはまだ納得がいかないのか俯き口を噤んでいる。
その様子は必死に言葉を探しているようにも見えた。
「ダニー、俺は行くぜ。
お前がどうしてここに来たのかは知らねえけど、きっと何か目的があったんだろ、
俺はお前とプレナを助けたことに後悔はしてねえし助けられて良かったと思ってる。
これから、お前がどうするかもわからねえけど、今度はきっとお前が俺を助けに来いよな」
「...ッ」
ダインは顔を上げ信道丸に目を向けるが声が出ないのか口を開いては閉じを繰り返し
また俯く、少し間を置いた後、ダインは小さなこえで呟くように言葉を口にした。
「情けは人のためならず...」
それを聞いた信道丸は嬉しそうに口角を上げる。
「そういうこった、それじゃあなダニー」
その言葉を最後に信道丸は寺に背をむけ門でまつ茜の方へと歩き出す。
茜と合流し門の外へ歩き出そうとする信道丸、その背中に向かってダインは気持ちいっぱいに叫ぶ。
「信道丸っ、君に助けられたあの夜の、僕の言葉に嘘偽りはないっ
絶対に、絶対に君から受けた恩はいつか必ず返すっ、
そしたら、また僕を助けてくれっ、だから絶対に死ぬなっ」
立ち止まり、最後まで背中で言葉を受けた信道丸は、
振り返ることも返事をすることもなくまた歩き出した。
隣で信道丸の様子を見た茜は振り返り彼のいまの様子を揶揄うように身振りでダイン達に伝える。
それに気づいた信道丸は余計なことをするなと軽い蹴りを入れるが、
それは呆気なくかわされ頭を小突かれていた。
その様子を見ていた二人はすこし寂しさが紛れた気がした。
茜と信道丸の進む道は、とこどころ日陰があるものの登っていく朝日がしっかりと照らしていた。
朝、一番に寺を後にした二人を見送ってからどれくらい経ったかはわからないが
ダインは縁側に座り二人が去ったところをぼーっと眺めていた。
「怒っていますか」
後ろから声をかけられたダインは少し沈んだ声色で振り返ることなく答える
「いえ、怒ってなんかいません、あなたと僕の利害は一致しています。
目的は違いますが、進む方向は同じです。
なので、人好さんの言う"象徴"になることにも承知しておりますが、ただ...」
「自分が相応しいのか、迷ってらっしゃるのですか」
「...はい」
「諸行無常。」
「...」
聞きなれない言葉にダインは沈黙をしつつも
耳を傾ける、それを知ってか知らずか人好は言葉をつづけた
「この世に存在するすべてのものは常に変化していきます、
あなたの心の奥に仄かに光る憎悪も。
それは信道丸と出会ったあなたが一番わかっているはずです。
それを忘れて生きろだなんて私には言えません、
現に今、私はあなたを利用しようとしているのですから。
ただ、飲み込まれそうになった時、希望や優しさを思い出してください
それがきっと、あなたを、あなたにかかわるものを救ってくれるはずです」
人好の言葉を黙って聞いていたダインの体は、
心なしか小刻みに揺れているように見える。
太腿にで握りしめている両手には零れ落ちてきた雫が流れていた。
人好に悟られないようゆっくりと言葉を紡いだ
「人好さん、僕、強くなりたいです。」
「ダイン様、あなたは力に何を求めますか」
「わかりません、僕は守りたい、妹を。平穏を。
信道丸が助けが必要なときに助けられるように。
彼が、僕と妹にそうしてくれたように。」
「よろしいでしょう、私に考えがあります。」
優しくダインの願いを聞き入れた人好は、後ろの様子を窺う
視界には映らないが壁越しに人の気配がうかがえた。
聞き耳を立てていたようだが、大方検討のつく人好は放っておいた。
止まっていた流れが動き出し、これから忙しくなりそうだと晴天の夏空を見上げる人好は思う。
「なあ、俺たちなんでこんな格好してんだ、暑苦しいぞ」
線が細い軽衫を履き、半着を着てその上に体形を隠すように羽織を
頭にはすこし大きめの笠をかぶっていた。
普段、甚平を着ていた信道丸が苦言を吐くのも仕方がない。
それにたいして茜はしかたないといったようすで説明する。
「おめえなあ、旅に出るって言ったってこれは遊びじゃねえんだ、あぁ
どこに帝国兵がいるかもわからねえんだ
あたしたちはなるべく素性を隠さねえといけねえんだ
それに暑いってのは思い込みってやつだ、あぁ」
「思い込みって、そんなわけ...あれ、ほんとだ
こんなに来てんのに暑くねえっ、なんでだっ」
「それがハイテクってやつだ、あぁ」
「そういえば帝国兵ってなんなんだ、そんなに強えのか」
「おまえそんなことも知らねえのか、あぁ
人好は何を教えてたんだ」
「いや、帝国兵ってのはわりぃ連中なんだろ
それなら片っ端から倒してけばいいじゃねえか
俺たちは囮なんだから目立てって人好も言ってたじゃねえか」
「おまえは心底あほだな、あぁ
相手は国だぞ、わんさかいるんだ一人、二人で相手にしてたらあっという間にお陀仏だ、あぁ
それにだ、やみくもに目立っても仕方がねえんだ、何事にも頃合いってもんがあんだよ。」
「童子なら大群も相手にできるって聞いたぜ、茜は童子でもねえから無理なんだろうけどよ、イテッ」
「師匠と呼べと言ってるだろうが、帝国はおまえの大好きな童子達が負けた相手だ、あぁ
どんな相手でもなめてかかるな、特にお前はまだ弱いんだ。」
少し様子が変わった自称師匠にそれ以上返すことができなかった信道丸は黙って隣を歩いていた。
しずかな旅がしばらく続くと建物がちらほらと姿を現し目的地の街が見えてきた
ビルや、マンションといった背の高い建物があり、遠目でも栄えてることがわかる
今まで見たことないような建物の姿に信道丸は胸を躍らせるが、
街の入口までくるとそこには帝国兵が構えており、検問を行っていた。
「帝国兵だぞ、どうすんだっ」
「あぁ、黙ってみてろ」
茜は動じることなく帝国兵のいる街の入口に向かっていく
どうするのかわからない信道丸は少しあたふたした様子で後をついていった。
「何者だ、この街には何をしに来た」
「見ての通り、あたしたちはただの旅人だ、あぁ
この街へは浮動列車に乗りに来たんだ」
「今時、旅人だと。怪しい連中だな
最近、帝国への反逆者も現れたらしい
ついてきて詳しい話を聞かせてもらおうか」
「いいや、大丈夫だ、あぁ
あたしたちはただの旅人で怪しいものでも、ましてや反逆者でもない
だからあたしたちを通してくれないか、あぁ。」
茜がそう言って帝国兵に向かって手をかざすと
さっきほどまでとは打って変わり帝国兵は機械のように
茜の言葉を繰り返した後、通って問題ないと二人を街の中へと通した。
街の中に入った茜と信道丸、安心したのか信道丸はさっきの出来事を興奮気味に茜に問いかけた
「なあ、今のどうやったんだっ、
帝国兵が急に物分かりがよくなったぞ」
「あたしは何もしちゃあいねえさ、あぁ
ただ少しあたしたちに協力してくれるように
どうだ、あぁ、お前も少しは師匠を敬う気になったか、あぁ」
「あー、すげえけど、なにしたかよくわかんねえし。
地味だし、俺もっと派手なのが好みだな」
「おまえは、まったく可愛げのねえガキだな」
茜の話など聞いておらず、すでに信道丸の関心は街の中に向いており
見上げるほどの建物の行列に目を輝かせていた。
茜が気づいたころには少し先の方に信道丸は進んでおり、仕方なく茜は信道丸の後を追う。
賑わう街道で佇む信道丸に追いついた茜はその視線に気づき、
視線の先を追うと、ビルの間に潰されそうな様子のその時代には珍しい古風な作りの建物があった
もの淋しいその建物の前には蕎麦、うどん屋と書かれた看板があり、茜は中へと入っていく。
それをみた信道丸は茜の後を追い店の中へと入った。
店の中は表の様子と同じように寂れており客もまばらだった。
茜をみつけると茜の座る席に信道丸も座った
「俺はうどんくれっ」
「あたしはそば」
「うどんとそばですねっ、かしこまりました」
信道丸と茜は他愛もない会話をしながら料理を待っている。
すると静かな店内から器の割れる嫌な音の後に、
男の荒らげる声が聞こえてきた
「おいおい、まじいなこの店はこんなクソみたいなもんを客に出すのか」
食事が気に入らなかったようで坊主の大男が言いがかりをつけていた。
少し気分の悪くなる信道丸は茜の様子を窺うと我関せずとばかりに茶をすすっていた。
やみくもに目立つべきではないと茜に言われたため我慢するつもりだった信道丸だが
大男が女性の給仕に手を上げそうになっているのをみて体が動き出していた。
罰を受けるようにその場に目を閉じて立っていた給仕は
いつまでも痛みを感じないため不思議に思い恐る恐る目を開けると、
目の前で笠をかぶった小柄な少年が自分よりも倍以上あるであろう巨漢の男の拳を片腕で受け止めていた。
「なんだこいつっ」
「手上げることねえだろ、許してやれよ。」
男は自分よりも小柄な少年に加減しているとは言え拳を軽く受け止められたことに
驚き一歩下がるが、それを隠すように声を張り上げる。
それを見ていた茜は前途多難だとため息を吐き、席を立った。
「(...あいつ、頃合いがあるって言ったばっかなのに、あぁ、仕方のねえやつだ。)」
「こいつはなあ、不味い飯を出すどころか、文句があるなら帰れって言ってきやがった
女のくせに生意気だからな、ちょっとばかしものを教えてやろうと思っただけだ
てめぇも俺に文句があるなら、ついでに口の聞き方を教えてやるぜ」
男の言葉など意に介していない信道丸は、
「もったいねぇことしやがって」と言いながら散らかった場を片付けようとしていた。
あしらわれた男は怒りに身を震わせ拳を振り上げ力を込めると信道丸めがけて思い切り振り下ろした。
「そんなに惜しいなら、床のそばでも食ってなぁッ」
「てめぇも片付けるの手伝いやがれッ」
一瞬の出来事に場の雰囲気は凍り付いていた。
小柄な少年に振り下ろされた大砲のように大きな拳が
今にも男を叩き潰しそうなところで気がつけば振り下ろしていた方の大柄の男が
木製の机と、さらにその下の木製の床を砕き地面に横たわっていたのだ。
言いがかりをつけていた男はあまり好かれていなかったのか
信道丸に賞賛の声が上がりかけたが今度は別の意味で場の空気が凍り付く。
何かを察した信道丸はあたりを見回すと他の客が自分に対して恐怖の目を向けていることに気が付いた。
なにがなんだかわからない信道丸に突然、瓶が投げつけられる。
「鬼だッ鬼が出たぞッ」
「本物の鬼だッ」
「で、出てけッこの鬼めっ」
刃物のように鋭く自分を射抜く言葉に信道丸はどうすることもできず
ただただ茫然と、立ち尽くすことしかできなかった。
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