あたしゃあ好きだよそういうの


「何してんだ、ダニー、こんなとこで一人で座って。」


「し、信道丸、遅かったね。君は何してたんだい」


腹の虫をおさめるために信道丸は食堂に向かった、

どうやら先客がいたらしくそこには一人座っているダインがいた。

すこし落ち着かない様子で信道丸が声をかけるが返事もどこかよそよそしいものだった。

信道丸はさして気にする様子もなくダインの向かいの席に座った。


「あら、信道丸様もいらしてたのですね。

 ちょうど、ご飯ができたところなんです」


「やったぜッ、すげー腹減ってたんだよ、

 やっぱプレナの飯はうめーな」


食事を持ってきたプレナに渡されてすぐに口に運ぶ信道丸は感想を述べると

がつがつと渡された食事を腹の中に流し込んでいく、

すると目の前から「あぁ、...」と残念そうな声が漏れた。

信道丸が目の前を見ると眉を八の字に下げ情けない表情をしたダインがいた。

今度こそプレナの手料理を一番目に口にするという意気込みで

ダインは一人、食堂で料理が来るのを待っていたようだ。


「やめといたほうがいいぞ、ダニー。」


「僕はそんなんじゃッ、

 だいたい信道丸、君は少しは辛抱したらどうなんだッ

 人好さんだってまだ来てないのに」


「そうだね、信道丸は少し辛抱というものを覚えた方が良いかもしれない。」


「カッカッカッ、元気なことはいいことじゃねえか、あぁ。」


「人好に、怪しい女じゃねえか、

 はは、なんだおまえも飯食いに来たのか、イテッ」


「師匠って呼べって言ってんだろう、ガキ、あぁ」


食堂について、そうそうに生意気な口をきいてきた信道丸を

自称師匠を名乗る女はその小さな頭を軽く頭を小突いた。

二人のやり取りを不思議そうに眺めるダイン、

プレナは人好と謎の女性が来たことで配膳をしなければと少し慌て気味に奥へと引っ込んだ。

ダインと目が合った自称師匠は感心したようにうなずき、微笑んだ。

それを見たダインは顔を赤くして目をそらした。


「いろいろ聞きたいこともあるだろうけど、まずは食事にしよう。」


「あ、プレナ、俺おかわりくれっ」


人好と見知らぬ女性の食事を配膳した後、信道丸におかわりを頼まれたプレナは

嬉しそうに食器を受け取り奥へと引っ込むとすぐに戻ってきて食事を信道丸の前に差し出す。

みんなはすでに座っているようだったのでプレナは慌ててダインの隣の席に座った。


「みんな揃ったようだね、では食事にしよう」


「「「いただきます」」」


食堂を食器の音が流れる。

しばらくすると食器の奏でる音は減っていく、

そして、食器の重なる音がなった後、空間は静寂に包まれた。

片付けが済、人好はみんながせきに座ったことを確認すると。

軽い口調で言葉を放った。


「さて、それじゃあ今後の話をしようか。」


宮殿の外廊下を一人の男が歩いていた。

すぐそこには美しい自然が広がっており、みたものは思わず息を呑むほどだ

見慣れているのか、興味がないのか、それとも怒りに支配されているのか

男はそんなものには目もくれず廊下を早足で進んでいく。


「負けっぱなしでいいのかぁ、へっぽこ」


大股で歩いていた男は、後ろから投げかけられた先ほども聞いた蔑称で立ち止まる

皇帝の前でもへっぽこ呼ばわりされたこの男の怒りは限界にまで達していたが、

なんとか冷静さを保ち自分を呼ぶ男に返事をする。

怒りのせいか相手に目も合わせず声も少しうわずっていた。


「ドランカード卿、揶揄からかうのはよしてもらいたい」


「いやぁ、からかってなんかねえよ、ちょっとした好奇心だ

 負けて逃げ帰ったやつってのはどんな気持ちなんだろうってな」


銃声が鳴り響き、木々に止まる鳥たちは一斉に飛び立って行く


「おぉ、いいじゃねえか、怒ってんのか」


相手の挑発に返事をすることなくへっぽこと呼ばれた男は

二発、三発と続けて銃撃を繰り出しながら近づいていく。

しかし放った銃弾は見えない壁に阻まれたかのように相手の目の前で止まっていた。

それでも銃撃を止めることなく撃ち続けている。

銃弾を装填する素振りは見えないが銃撃が止むことはなく永遠に続くかと思われたが

相手の一言でそれは止んだ。


「足りねえなあ、怒りってのはこう出すもんだ」


挑発したゲドー・ドランカードが言い放った瞬間、ディズマルの銃撃の雨が止む

ゲドーが何かをした素振りはないが、ディズマルは目の前の相手から感じる威圧感と

突然きた頭痛、めまい、吐き気などで立つことすらままならなくなっていた。

それでもディズマルは倒れることなく、ふらふらになりながらも目の前の男を精一杯睨みつける。


「ほう、倒れねえか。へっぽこのくせに気合だけは一丁前だな

 いいじゃねえか、なあおまえ、ちょっとつらぁかせよ。」


その言葉を最後にディズマルは意識を手放す。

混濁していく意識の中、鼻に刺さるような強い酒の香りを感じていた。


「俺が、旅に...」


「そうだ、あんたはあたしと陽元国ひのもとの国を巡る旅に出る。」


人好の"今後の話"が終わると聞いたものの反応は三者三様であった。

一人は呆然と、一人は唖然と、そしてもう一人は淋しそうに

少しの沈黙の後、唖然としていた者が口を開いた。


「た、旅に出るってそんなっ、

 この国はもう帝国の支配下にあるんですよ

 そこら中に帝国兵がいます、そんなの危険ですよっ」


興奮したのか、勢いよく立ち上がるダインに

引き止めるチャンスだと思ったのか、プレナは横で激しく頷いている。


「人好ぃ、なんだか納得いってねえみてえだぞ、あぁ」


「だ、だいたい、あなたは一体誰なんですかっ」


「そうだね、まずは君の自己紹介からしたほうがいいんじゃないかい」


飄々とした態度で流す人好に少しの苛立ちを感じたが、

筋が通っていないのは自分であることを自覚しているのか

ダインに問い詰められた女はため息を吐きながらも自分の仮の呼び名を口にする。


「はぁ、めんどくせえなぁ、あぁ

 とりあえずあたしのことは茜とでも呼んでくれ」


「いいのかい、茨姫じゃなくて」


「あぁ、てめぇは一旦黙ってろ」


(茜さんっていうのか、綺麗な茜色の髪の毛からとってるのかな、茜さんにピッタリ名前だ)

などと一瞬、思考がずれたが人好の言った"茨姫"という名称にどこか聞き覚えがあり

ダインは思案するが、どうにも思い出せず人好に聞こうと目線を向けると相手と目が合った。

相手はそれを確認するとダインの質問を制するように言葉を発する。


「ダイン様、あなたは探し人とすでにお会いになられております。」


その言葉にダインは確信した。

であるならば自分の目的は達成しているため自分も旅に同行する。

そう言いかけた時またもや邪魔が入った。


「ようやくっ、ようやくこのおんぼろから抜け出せんのかっ

 なあ、茜っ俺たちはいつ出発すんだっ、イテェッ」


「お前は師匠だ。」


信道丸は叩かれた頭をさすりながら不服そうな様子で続けた。


「それで、いつ出発なんだよ。」


「明日の明朝さ。」


「いいねぇ、思い立ったが吉日ってやつだなっ

 早えに越したことはねえっ」


せっかちな信道丸は出発が明日の朝だと知り

居ても立っても居られないと食堂を後にする

信道丸が去った後、ダインは明朝の出発に待ったをかけた。


「明日の朝出発だなんて早すぎますっ

 信道丸とも知り合ったばかりなのにもうお別れだなんて

 もう少し準備とかしてからじゃダメなんですか」


「ダイン様、一刻を争います。

 あなたの追っ手が来るのも時間の問題なのです」


「王子さんよ、帝国がすげえってのはあんたが一番分かってんだろ、あぁ」


「茜さんと、信道丸は囮...ですか。」


囮をするには相手が大きすぎる。

無謀な行動を言葉として表に出すとそれがおもしとなって場の空気を落とした。


「それなら、それなら僕も連れていってください。」


「それはなりません、ダイン様。

 あなたと、プレナ様はここに残っていただきます」


「なぜですかっ、囮なら僕の方が効果があるはずです」


「なんだぁ、自殺志願者か、あぁ」


「違います、僕はただッ」


「なら、お前に何ができるんだ、あぁ

 せいぜいあたしの足を引っ張って死んで、そんであたしまで死にかねない」


「茜、言い過ぎですよ」


「それは信道丸だって同じなはずですッ

 彼だって僕と同じ子供だッ、信道丸は死んでもいいんですかッ

 プレナ、君からも言ってやってくれ」


「...私は、ここで待ちます。」


「なッ、プレナどうしてッ」


「はっ、妹の方が利口じゃねえか、あぁ」


「私、たった、一日だけでしたけど、ここで過ごして

 とても楽しかったんです。人好さん、他の僧侶の方も優しくしてくださって

 信道丸様は助けてくれて、希望をくれた。

 彼は当たり前のことしただけだっていうかもしれませんけど。」


穏やかな表情で話すプレナ節々で笑みが溢れていた。

目を閉じて一拍置いたあと彼女は言葉を続ける


「私とお兄様がついていっても、茜さんの言う通り足手まといになってしまうだけ、

 信道丸さんはきっとこの場所が好きなんだと思う。

 だから信道丸さんが帰ってきた時、誰かが迎えてあげられるように、私はしたいです。」


「ひゅ〜、熱いねえ、あぁ

 あたしゃあ好きだよそういうの

 妹にここまで言わせてまだ、駄々をこねるのかい王子さん」


「僕は...」


一気に捲し立てた後、茜に茶化され我に返ると

自分の言ったことを改めて思い出し、プレナは顔を赤く染めて俯いた。

ダインはまだ納得がいかないのか俯きながら言葉を探していた。


「茜、茶化すようなことじゃないよ。

 ダイン様、申し訳ありませんが、あなた方を行かせることはできません

 それに、信道丸が囮という役割があるように、あなたにもやっていただくことがございます」


「僕が、やること...」


「はい、ダイン様、あなたには象徴になっていただきます。」

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