綺麗な花には棘がある


あふれる自然のなか細かな彫刻、煌びやかな装飾、

自然と人工物が調和した人類の技術の粋を結集した宮殿。

その中心部、自然光が差し込むよう設計された美しい空間、

世界の7割を支配した者の玉座がそこにあった。

そこには老境に差しかかる男と隣には妙齢の女性が座っている。


「童子がいきていたと。」


玉座に座る男は目の前で跪いている男の報告をうわごとのように繰り返した。

その様子をみて報告に来た男ディズマル・リシステントはつづけた。


「はい、陛下。

 統治下の陽元国ひのもとのくにで行方知らずとなった

 ダイン王子ならびにプレナ王女捜索中、謎の人物の妨害に遭いました。

 その者の使用した力が先の大戦で童子が使っていたものと酷似しておりました。」


「それで、その者の仔細は」


「小柄で細身でした、容姿は頭巾や羽織などで判別が難しかったですが、男かと思われます。

 武器は刀とも剣とも言えない鈍器を所持しておりました。

 そして、茨を具現化し操っており、高度な力の持ち主かと思われます。」


「それほどであれば貴様が敗走するのも無理はない、名持ちの童子は力の格が違う。

 むしろ生きて戻ってこれただけでも誉めるに値する。」


「任務を遂行できなかった私にはもったいないお言葉です。」


「しかし、茨か...」


退屈そうに報告を聞いていた皇帝は、

茨を具現化し操ったといわれる人物に心当たりがあるのか思案している。


「そいつぁ、女だぜヘラルド。」


世界を掌握した男の名を軽々しく口にした男のくぐもった声がどこからか聞こえてきた。

それを聞いたディズマルは激昂する。


「何者だッ、陛下のご尊名を呼び捨てるとはなんと無礼なッ

 私の手で処罰を下してやるッッ」


玉座の間の日陰となっている柱から声の主は現れた。

ゆっくりとした歩調で皇帝とディズマルに近づくその様子はどこかたどたどしく千鳥足にも見える。

激昂状態のディズマルは近づく男に向かって銃を構え、今にも発砲しそうである。

それに皇帝の制止の声がかかった。


「よい、下げろディズマル」


「なッ、陛下この者は...」


「ディズマル、この私に二度同じことを言わせるつもりか。」


皇帝の目に力が入り怯んだディズマルは不承不承ながら銃を下げた。

「よそ者め...」納得のいかないディズマルは自分以外には聞こえないくらいの声で悪態をつく。

銃が下げられたことを確認した皇帝は、目を閉じゆっくりと一息ついた後、不遜な男に目を向けた。


「ドランカード卿、女とはどういう意味だ」


「意味も何もねえよヘラルド、このへっぽこを襲ったやつは女だっていってんだ。」


「私が女に負けたというのかッッ」


「おめえが勝てねえような強えぇ女はこの国にもいるだろう、

 来る時の備えガーディンだっけか、にもいたよな女が」


「チッ...」


「ドランカード卿よ、根拠はあるのか」


「綺麗な花には棘があるっていうだろう」


そう言って皇帝に背を向け不遜な男、ゲドー・ドランカードはその場を後にした。


「ふむ。」


「陛下ッ、あの者を行かせてよいのですかッ

 何よりあの者の不遜な態度、我慢なりませんッ」


「好きにさせればよい、あれはもとより私の制御できる奴ではない

 ディズマル、貴様もいっていいぞ」


「陛下ッ」


ディズマルは皇帝に呼びかけるがこれ以上話すことはないという意思表示か

目も合わせることなく問いに答えることはなかった。


「...失礼しますッ」


悔しさを隠し切れないディズマルは早足に玉座の間を後にした。


「お兄様、具合が悪いのですか」


「ああ、プレナ僕は平気さ、ただ...」


「人好様のおっしゃったことが気になるのですね。」


「うん、少しね」


ダイン達の探し人を人好に告げると、人好はしばらく思案した後、

笑顔で「大丈夫、彼女は流れに導かれ、そのうち姿を現すよ」そう言って、その場はお開きとなった。

「それまではここで過ごすといい、帝国でもここは早々に見つからないはずだから」と

ここにとどまる許可までもらったものだからダインは人好にそれ以上追求することができなかった。


「きっと、大丈夫ですよお兄様。

 それとも、お兄様から見て、人好様は嘘ついてるように見えたのですか」


「それが、わからないんだ。

 人好さんは何というか見えないんだ」


「お兄様にもわからないことがあるんですね」


プレナは笑う、その笑顔みるとダインの感じた違和感は些細な事に感じ。

それ以上考えることを止めた、少なくとも今こうして

プレナが安全を享受できることにダインは感謝していた。


「信道丸っていったか、あぁ、弟子にしてやってもいいぞ」


「誰が女の弟子になんかなるかッ

 恥ずかしくて木刀も振れなくなっちまう」


「木刀も砕かれちまうしな、あぁ」


「あれはッ、油断しただけだッ」


「甘ったれてんなぁ、あぁ

 おまえの大好きな童子とやらもそんなこと言うのか」


「童子を馬鹿にすんじゃねえッ」


「それなら、あぁ

 言葉に気を付けるこった。おまえ、わかってんだろ、あぁ

 今のお前じゃあ、あたしにゃあ、逆立ちしても勝てねえってことくらいよ


「もっとちゃんとした武器があれば俺だって、イテェッ」


「言葉に気をつけろって言ったろ、あぁ」


「なんだよ、もう師匠気取りかよ。いつか吠え面かかせてやるッ」


「カカカッ、いいじゃねえか、あぁ

 その意気だ、そろそろ行くか。」


「行くって、どこにだよ。

 それに結局あんたは誰なんだよ」


「そうだな、あぁ

 とりあえず師匠って呼べ」


そういって師匠を名乗る女は行き先も告げずに歩いていく

信道丸はしぶしぶ後をついていくことにした。

しばらくついていくと見慣れた建物の目の前にたどり着く、

そこには見慣れた顔の男が待ち構えていた。


「よぉ、人好やせたな、飯食ってんのか、あぁ」


「元気そうで何よりだよ、君は少し食べすぎたのかい」


「あぁッ」


「冗談じゃないか、怒らないでおくれ」


師匠を名乗る怪しい女と親しげに話す人好に面食らった信道丸は

すかさず二人の会話に割って入った。


「人好こいつのこと知ってんのかッ、イテッ」


「師匠と呼べと言ったろ、あぁ」


「はは、気に入られたじゃないか信道丸よ」


「そんなんじゃねえよ人好、

 それより知り合いなのかよ」


「知り合いというよりはそうだね、腐れ縁といった方が良いかもしれない」


腐れ縁という言葉に対した意味はないはずなのに

どうしてかその言葉をいった人好が寂しそうに見えた信道丸。

かといってそこに踏み込める気もせず黙っていると

こんな空気耐えられないとばかりに女は鼻を鳴らし言葉をつづけた。


「人好、あぁ

 話がある、ちょっとこっちこい」


「はいはい、せっかちなのも相変わらずだね」


「あぁッ」


「ははは」


おいていかれた信道丸は何を考えているのか、

しばらくその場に呆然と立ち尽くしていた。

腹の虫がなり我に返った信道丸はこれ以上は仕方ないと考えることをやめ

おぼつかない足取りで寺の中へ入り食堂へと向かった。


「帝国の連中が、ガキを追ってこんなとこまで来やがったぞ、あぁ」


「だから君は信道丸を弟子にすると決めたんだろう。」


「そういうことを言ってんじゃねえ、あぁ

 どうせ、お前のことだ、ガキ二人をここで匿うつもりなんだろ、あぁ

 帝国の足は早えのは知ってんだろ、すぐにでも見つかっちまうぞ」


「まじないをかけてるとは言えそれは、困ったことになったね。」


「何を余裕かましてんだ、あぁ」


「これでも焦ってる方さ」


苛立ちを隠せない腐れ縁の女を横目に人好は言葉の通り焦っていた。

帝国の浮動機であれば昨日の今日で、帝国に戻り皇帝に報告しているころだろう。

明日には大軍を率いてここに戻ってきてもおかしくない、どうするべきか。

思考をめぐらすうちに閃いたのか人好に余裕の笑みが戻る


「可愛い子には旅をさせよ」


「あぁ、どういうことだ人好」


「言葉の通りさ、君は信道丸と一緒に国を旅してくれ、なるべく、目立つようにね。

 そして同志を募るのさ、少し急だがこれも導きかもしれないね。」


「同志って人好おまえ、あぁ、戦争でもおっぱじめる気か」


黙って悪戯な笑みを浮かべる人好に腐れ縁の女は懐かしそうに

「そういえば、こういうやつだったな」とため息を吐きながらも嬉しそうにしている。


「それで、あぁ、あたしとガキはいつ出発すればいいんだ。」


「今すぐさ」


「今すぐだぁッ、あぁ」


「善は急げというじゃないか。」


「それにしたって急すぎるだろうが、あぁ」


「それにあたしだって腹が減ってるんだ」と尻すぼみになってく

しっかりと聞いていた人好は、その悪戯な笑みを崩さず「冗談だよ」と一言。

今にも飛んできそうな拳を警戒してかいつの間にか人好は距離を取っていた。


「それに、少し面白い噂話を聞いたんだ。」


殴りかかろうとしていたところで言葉をつづけた人好に

振り上げた拳を止めた女は、これから続く言葉次第では振り下ろす気でいるのか

その状態を維持したまま聞き返す。


「あぁ、噂だぁッ」


、状況を察して君を殿に散り散りに逃げた僕たちは

 この寺で集まることを誓ったけど、結局ここへ来たのは僕と、君だけだった。」


「それがどうしたってんだ、あぁ

 それのどこが面白い話だってんだ、あぁ」


「ほんとに君はせっかちだね」


「もったいぶってねえでとっとと言え、あぁ、人好ッ、」


嫌な過去を思い出させる目の前の人好に感情が高ぶった女は、胸倉をつかみ怒鳴る。

人好は女の目をまっすぐ見ながら落ち着かせるように言った。


「生きてるかもしれないんだよ」


生きてるかもしれないという言葉になにかを察したのか女の目が大きく開かれる。


「生きて囚われてるかもしれないんだ、僕たちの悪友が」

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