信じらんねえ


「はぁ、はぁ、信道丸、プレナは」


早朝、信道丸に叩き起こされたダインは文字通り働いていた。

川への水汲みから廊下の雑巾掛けはたまた庭の掃き掃除まで

朝食ないしここで食事を摂りたいのであれば働くしかないと言われ

信道丸に倣って一緒に雑用をこなしていたのだ。

信道丸はさておき、ダインも負けず嫌いだったようで

お互いに競い合い、寺はいつも以上に綺麗になったが

その分、二人は必要以上に頑張ったため、目に見えて疲労しており廊下で大の字になって転がっていた。


「はぁ、はぁ、なんだ、お前、シスコンか、やめといた方がいいぞ。」


「そんなんじゃっ、僕はただ妹の...」


言葉を言い切る前に、寝転がっている二人に声がかけられる。

ダインの探していた人物と寺の住職が二人を探してやってきたのだ。


「お兄様、信道丸様、朝食のご用意ができました」


「信道丸それにダイン様、朝から精が出ますね。

 いつもより綺麗になって助かります。

 プレナ様も朝食の準備を手伝っていただき非常に助かっております。」


「そんな、私は、少し、お手伝いしただけです。

 それに、お世話になったからには何かお役に立ちたくて。」


「プレナが朝食を作ってくれたんだねっ、絶対に美味しいじゃないかっ」


「あぁ、腹減ったなあ、俺はなんでもいいから早く朝飯食いてえ」


我慢の効かない信道丸はふらふらと立ち上がり

汗を拭いながら食堂へと向かおうとするが、人好から制止がかけられた。


「信道丸よ朝食の前にまずは汗を流してきなさい。

 そんななりで食事は摂らせませんよ。」


「はは、信道丸汗を流して来いってさ」


「お兄様もですよっ。汗を流してきてください」


「なっ、プレナ、そんなぁ」


「やめといた方がいいぞ、ダニー。」


「僕はそんなんじゃないっ」


「ふふ、お兄様楽しいそうです。」


「それはいいことですね、さあプレナ様、食堂でお二人を待つことにしましょう」


愉快な二人の後ろ姿を見送りプレナと人好もその場を後にした。


「わあ、これ全部プレナが作ったのかいっ」


朝から、労働し汗を流してきた二人を待っていたのは

決して豪華ではないが心のこもった温かい食事の数々だった。

対価としては充分以上の価値があった。

特に妹の手作りというのもあってかダインは人一倍嬉しそうにしている。


「そんな、全部というわけではありませんが

 お手伝いさせていただきました、拙くてご迷惑をたくさんおかけしてしまいました。」


「プレナ様の手際は非常に良く、とてもお上手でしたよ」


食事を共にしている僧侶の言葉に兄であるダインは誇らしげだった。


「うめえな」


「なっ、君は僕を差し置いて先に食べるなんて」


「ダニーやめとけって」


「だからそんなんじゃないっ」


少女は少年の何気ない一言が嬉しく

一人頬を染めていた、和気藹々と時間はすぎていく中それに気づくものはいなかった。

ただ一人、兄を除いて。

兄は嬉しいような、悔しいような複雑な表情を浮かべていたが。

今過ごしている時間が心の底から楽しいと思えるものであることに間違いはなかった。


楽しい食事が終わり食休みの後、ダインとプレナは人好に呼び出され

質素ながらも荘厳さを感じる一室で向かい合っていた。

ダインは王子として、プレナは王女として。二人は緊張感を持ってその場に臨んだ。


一方で信道丸は、同席を許されなかったためまた一人、山の森の中にいた。

信道丸行きつけの場所で、そこでよく木刀を作ったり素振りしたりと

寺での雑用を終えると決まってここで大体の時間を費やしていた。


「よし、できたっ。」


嬉しそうに掲げたそれはやはり木刀だった。

昨日の騒動で投げて使ってしまったため新しいものを作っていたのだ。

今回も自分の身の丈ほどある大振りのもを作っており、

両手でも振ることが難しそうなそれを信道丸は片手で軽々と振り回す


しばらく振り回すと満足したのか近くの丸太に腰掛けた。

ここに差す太陽の光はとても心地よく、懐かしささえ感じさせた。

信道丸はこうして自然に身を任せるのが好きだったが、

そんな心地よい時間も今回は長くは続かないようだ。


「なんだ、いい場所じゃねえか、あぁ。

 自分だけの秘密の場所ってか。」


「お前は、昨日の怪しいやつッ

 今度はなんだ、何しにきたっ」


「ケケッ、怪しいやつか。泣けてくるね。

 おめぇもどんどんあいつに似てきたもんだ、あぁ」


「なんの話してんだっ、とことん怪しいぞお前

 一体、誰なんだ、俺になんのようだっ」


「おめぇ、になりてぇんだって、あぁ」


「なんでお前がそんなこと知ってんだ」


気づけば目の前の怪しい人物は右手に剣とも刀とも棍棒とも言えない武器を持っており

そのたち姿は一見、なんてことはなさそうに見えるが、目線を引き付ける何かがあった

それが、威圧なのか隙なのか信道丸にはわからなかったが気付かぬうちに一歩後ずさる。


「背負ってる木刀で打ち込んでこいよ、あぁ。

 それともなんだ、びびってんのか、あぁ。」


その言葉に後ずさっていることを自覚した信道丸は認めまいと首を振り

四股を踏むように一歩引いてしまった方の足を大きく振り上げ地面を踏みつけ、

できたばかりの木刀を手に持ち目の前の相手を見据え構えた。


「誰がビビってるってんだッ」


信道丸は相手に向かって大きくとび、両手で振りかぶった木刀を思いっきり振り下ろす。

身の丈ほどある木刀を片手で回せるほど力に自信のある信道丸が力の限り振り下ろした一撃。

容赦無く脳天をかち割ると思われたそれは相手の武器によって阻まれる。それも、片手で。

人形のような細腕のどこにそんな力があるのか、どんなカラクリがあるのか、

何もかも理解が追いつかず混乱する信道丸だったが。

戦闘中に思考を逸らす事は命取りになる、それを教えるかのように相手の足が信道丸を吹き飛ばした。

なんとか咄嗟に木刀を挟むことで衝撃を軽減させたが、

そんなものはほとんど意味をなさず、木刀も砕けてしまった。


「ってぇ、なんなんだ一体。木刀も砕きやがって。」


「まぁ、及第点ってとこだな、あぁ」


怪しい人物は後ろ蹴りを放った余韻から足を上げていた

その姿勢に一切のぶれは無く熟練のそれを感じさせる。

蹴りを放った足をゆっくりと下ろしていく。

後ろ蹴りを放った拍子に全貌を隠していた頭巾が外れており

信道丸はその容姿の全容を初めて目にした。


「...お、お前......」


「あぁ」


「信じらんねぇ...お前、女だったのかッッ」


信道丸の絶叫が森の中をこだましていった。



「粗茶でございます。」


寺に従事する僧侶が人好、ダイン、プレナにお茶を出して退室する。

出された茶をゆっくりと飲んだ後、一息ついて人好が口を開く


「そんなに、緊張なさらないでください、お話を伺いたいだけです。

 お茶を飲むと多少は緊張もほぐれますよ」


二人は恐る恐ると言った風に出された茶を口にする

舌先から徐々に広がっていく茶の熱、喉を通すことで口の中から

いっぱいに広がって行きふんわりとした香りが鼻を通り抜けて行く。

熱はそのまま体の中へと広がっていき全身をほぐしていく。


「「...美味しい。」」


「気に入っていただけたようで何よりです。

 では、質問してもよろしいでしょうか」


人好の言葉にダイン王子は簡潔に返事をする。


「幼いお二人がなぜこんな辺境の山奥に」


「それは...詳しくは言えませんが、逃げてきたんです。」


「帝国から、ですか。」


「...やはり、知っていたのですね。

 そうです、私と妹のプレナは帝国から、父から逃げてきたのです。

 母は早くに亡くなり父とはまともに会話をしたことがありません

 あのまま、あそこにいれば私たちは、私たちの意思に関係なく殺されていたでしょう。

 母も、事故死と言われましたが本当は...」


殺されたのだ、興奮したダインがその言葉を言いかけた時、右腕が自分の意思とは関係なく

震えてることに気がついた。母のことを思い出して悔しくて震えてるのかと思ったが、

自分の右腕を弱々しく掴む妹の手が震えていたことに気づき自分の失態に気づいた。

静かに震える左手に自分の左手を添えて少年と少女はお互いの温もりを実感する。

震えも感じなくなりダイン王子は再度口を開いた。


「私達は逃げてきました、帝国から、父から。

 そして帝国の支配から世界を解放するためにある人物を探しているのです」


「人物ですか、それは、どのような」


「噂話を聞いたのです。この国の遠くない過去の話です。

 外からこの国を守り、平安の世を支えたと呼ばれる者達がいると、

 所詮は噂話、過去の話、でっちあげた話と吐いて捨てる方達が大半でした。

 その中でも先の大戦に参加し、彼らの勇姿をその目で見たという方もいらっしゃいました。」


「興味深い噂話ですね。」


「その方のお話では、童子と呼ばれる者たちは"流導"と呼ばれる力を用い

 一騎当千を越えるほどの活躍をなされたそうです。」


「その方の戯言かもしれませんよ。」


「村の方々の大半は人好さんと同じことをおっしゃっておりましたが

 僕には、その方が嘘をついているようには思えませんでした。」


「...なにか、根拠があるのですか」


「いえ、根拠があるわけではありません。ただ...」


これから発する言葉に自信がなく、口ごもるダインに

人好がやさしく続けるよう促す。

ダインは深呼吸をしてそれでも自信なさげに言葉をつづけた。


「ただ、そう、感じたんです。」


「感じたと、そう、ですか。わかりました。

 それで、ダイン様はその童子たちをお探しなのですか」


「はい、先の大戦で、たくさんの武将や童子がなくなったと聞きましたが

 ある一人の童子だけは消息が不明となっております。

 帝国では死んだものと思われておりますが、

 私は...僕はまだ、生きていると確信しています。」


「感じるのですね。」


「はい、僕は陽元国ひのもとのくに最後の童子。茨木童子を探しております。」

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