飯が食いてえなら働くしかねえ


森の中を幼さの残る子供の影が駆け抜けていく。

その足取りに迷いはなく、整理などされてない山道を躓くことなく進んでいく

"俺の森"と豪語できるくらいに信道丸はこの森を知り尽くしていた。


「この紳士を愚弄するのもいい加減にしてくれないかぁぁぁあッッ」


少し甲高く掠れた声の怒号が聞こえ信道丸は目的地がすくそこであることがわかり足取りを緩める。

ゆっくりと歩をすすめ、相手が視認できる場所までくると木陰に身を隠し様子を窺う。

怒号を放ったであろう人物は拳銃を持っており、それを自分と同じくらいの年齢の少年と少女に向けていた。


「あれは、銃ってやつか。あのうるせえ音はあれのせいだったのか。

 それにしても、なんてもんをガキに向けてんだよ」


信道丸がしばらく様子を窺っていると少女がゆっくりと男の方へと歩き出した。

少女のそばに居た少年は拳を握りしめ俯いている、

表情こそ見えないものの自分の無力さを嘆いているように見えた。

とうとう男の目の前まで少女がたどり着く。すると男は少女を拘束し再び少年に銃を向ける。

このままだと男は少年に無慈悲の銃弾を浴びせるだろう。

直感的にそう感じた信道丸の体は自然と動き出していた。

静かに、それでいた素早く駆け出した信道丸は背負っているお手製の木刀を男に向かって力いっぱい投げる。

狙い通りかそれともただ運がよかったのか、それは男の手に当たり拳銃を手放す結果となる。

緊張の糸が切れ、混乱している場に第三者が来たことを知らせるように

信道丸は銃を手放した隙だらけの男に向かって体当たりをした。

男を突き飛ばした信道丸は解放された少女の手を取り少年に向かって走り出す。

そしてそのまま少年の横を通り過ぎた、少年がついてくるかと思ったが、

少年は状況についていけないのか棒立ちしていたので信道丸はついてくるように少年に向かって叫ぶ。

信道丸の声に我に返った少年はすぐさま信道丸と少女の後を追い走り出した。


「クソガキどもがぁぁぁぁぁぁあああッッッ」


少年少女の背に男の怒号が届くが3人は振り返ることなく日が沈みかけの暗い森の中を走っていった。


しばらく森を走り、寺からほど近い場所で信道丸は足を止め、抱えていた少女をゆっくり下した。

森を走る最中、少女の体力が限界に達したため信道丸が無言で抱えはしっていたのだ。

後ろを追走する少年からとやかく言う声が聞こえたがそんなものは右から左へと流れていたようだ。

少年も今はそれどころじゃないことを理解していたのだろう、しばらくすると少年からの文句も止んでおり

暗くなったそこは森の住民の息遣いと少年二人の疲労が見える息遣いに走る足音が響いていた。


「ここまでくれば大丈夫だろ、もう少し歩けば俺の住んでる寺につく。」


そういって信道丸は歩き出す

少年と少女はお互いを見合った後、信道丸の背に向かってお礼を言い、後をついていった。


「信道丸よ、もう日はとっくに暮れているぞ。

 それに、その子たちはいったいどうしたんだい。」


寺の前についた信道丸たちは裏に回り、きっと怒っているだろう僧侶に見つからぬようにゆっくりと

信道丸の部屋へと向かっていたところに声がかけられた。

優しい声色だが怒っていることがはっきりとわかるその口調は、

信道丸のみならず追従する少年少女までもが驚きと怯えで体をビクつかせた。

仕方がないと開き直ったのか信道丸は怒れる僧侶に向き直った。


「拾った。」


「はぁ、そんな小動物ではないのだから。」


僧侶は信道丸の後ろにいる少年少女をみると普段、

糸目の優しい印象を与えている彼の目がわずかに開かるが、

僧侶の目の前の三人がそれに気づくことはなく、

少年と少女はゆっくりとまえに歩み出て僧侶に向かって名前を告げた。


「ぼ、僕はダイン、です。」


「...私はプレナ...です。」


「これは丁寧に、私は人好と申します。

 この寺の住職をしております

 気軽に人好とお呼びください。」


「なんだよ人好、変なしゃべり方だな」


「はぁ、信道丸には見習ってもらいたいものだね」


「何をだよッ」


「今日はもう遅い、湯浴みをして休みなさい。

 お二人もそうなさってください。

 話は明日お伺いいたしますので、今日はお休みください。」


「「わかりました。」」


「信道丸よ、案内してさしあげなさい」


「へーい、よし、ついてこいよ」


得意げな信道丸は子分でも引き連れたように胸を張って裏口から寺に入る。

縁側を歩いていると後ろをついて歩いていたプレナが躓き転ぶ。

地面に倒れそうになってたところを兄であるダインが支えた、突然のことに妹を案じた様子だが

プレナから安らかな寝息がに聞こえ安堵の息を吐いた。


「相当つかれてたみたいだな。

 湯浴みは明日でもいいだろ、寝かせてやるか」


進路を変え歩き出した信道丸の背に声がかけられた。

後ろを振り返るとプレナを抱えたままのダインがこちらも見つめている


「さっきは助けてくれてありがとう。

 君は、どうして僕らを助けてくれたんだい

 君にも彼が手に持っていた銃が目に見えていたはずだ、怖く、なかったのか。」


男に襲われていた状況を思い出したのか、少し震えている

ダインの言葉をすべて聞き終わり三拍ほど置いた後。

信道丸は縁側と自分たちを照らす月を見る。


「"情けは人の為ならず"って言葉、知ってるか」


「...親切は人のためにならないって」


「最近はみんなそういう風にとらえてるみてえだけど、ほんとはちげえんだ。

 "情けは人の為ならず"、人にやさしくしておけばいつか自分に返ってくる。

 ようは自分のためだ」


「それで、自分の命を落とすかもしれなかったんだぞ」


「おまえだって、妹のために命を落とすところだったじゃねえか」


「それとこれとは話が...」


「打算でも、みんなが優しさをもって人に接することができれば

 少なくとも嫌な思いをする奴は減るんじゃねえか

 空虚でもなんでも本気でそう思って行動してればそれは本物になると俺は思ってる。

 俺はそんな"日常"を生きてえ。たちの教訓だ。

 まあ、俺もよくわかってねえんだけどよ。」


見惚れるような笑顔で到底叶いそうにないことを言う少年にダインは信じられない気持ちだったが、

少なくとも、自分たちはこの少年に命を助けられている。

そして自分もこの少年の言う"日常"に惹かれていた。

自分と妹のプレナが過ごしてきた"日常"を鑑みれば

この少年のいう夢物語のような"日常"は非常に魅力的に映ったのだ。

ダインは口からは自然と笑みが溢れていた。

この少年とは出会ったばかりだがどこか自分と似ている気がする

命の恩人であることもそうだがそれ以上に少年と純粋な気持ちで友達になりたいとダインは思っていた。

自分がそしてお互いがこの少年のいう"日常"の証明になれるように


「ダイン、親しい人にはダニーって呼ばれてる」


「私はプレナ、プレナって呼んでください」


「プレナ、起きてたのか」


「なんだお前ら急に自己紹介なんてして、さっき聞いたぞ。」


「僕は、君と、友達になりたいんだ。

 君の言う日常を僕も過ごしたい。」


「私も。素敵なお話です。」


「なんだよ、藪から棒に...俺は信道丸だ」


月の淡い光に照らされながらダインと信道丸は拳を突き合わせプレナはそこに手を添える。

そしてそれはここで三人の友情が結ばれたことを表していた。


三人の少年少女が月夜に見守られ友情を結んでいた時、近く別の場所で

上等であったであろうぼろぼろなスーツを身に纏った男が山を下り身を潜めていた。


「はぁ、はぁ、なんてことだ、この私が逃げることで精一杯だなんて

 それに、奴の、あれは間違いなく過去のと同様のものだ。

 陛下に、陛下にお知らせせねば。」


謎の人物に行方を阻まれたディズマルは自分では太刀打ちできないと

逃げることに徹した。名誉をかけて戦って死ぬより不名誉を被ってでも

謎の人物の力やその危険性について自身の主に報告すべきと判断したのだ。

ディズマルは月の淡い光から生まれた陰に潜み、主のもとへと向かう。


「おら、起きろダニー朝だぞ。」


「信道丸、少し疲れてるから、もう少しだけ寝かせて欲しいんだけど」


「バァカ言ってんじゃねえ起きろ、そして働け。」


「なんだっていうんだよいったい。

 それに働けってどういうことだい」


「いいかダニー、今後お前がどうするかは知らねえけど

 ここで飯が食いてえなら働くしかねえッ」


月は沈み、朝日が登り、また新しい一日が始まる。

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