第63話 獄門開闢器(パンデモス・コーザー)
やがて、不気味な振動が、広間の床下から伝わってくる。
大広間の暗がりの中に一瞬、激しい魔光が駆け抜け……サガの這ってきた道筋に生まれた血の跡――いや、いつの間にか描き出されていた異形の魔方陣の最後のパーツに、輝きが生まれる。
続いて石造りのはずの床が、どくん、と一度、奇妙に“波打った”。
いや、それは正確には“波打った”のではない。その表面に一度のみ走った、不気味なマグス波動が原因である。いつしか周囲の空気までが、得体の知れない熱を帯び始めていた。ユーリは眉をひそめて、それを透かして床下をうかがうように、その魔方陣を見つめる。
「……」
そんな視線に応えるように、サガが唇を歪めつつ言う。
「パ、【
どうやらこの広間の床下に
同時、熱された空気の中で、どんどん強まっていく歪んだ瘴気の気配。何が起ころうとしているのか……それにいち早く気づいたユーリが呟く。
「こいつは……魔領域の出現予兆か……!? なるほどな、例の一連の事件で、ベル・カナル地区の内部障壁だけは機能停止してる、とシド学長が言ってたが……!」
ここは暗黒街とはいえ、魔導障壁に守られた皇都の中。そこに魔領域が口を開くなど、本来はあり得ないことだが……今だけは、状況が異なる。
そう、疑いもなく、災いの幻魔どもがあふれ出す地獄の門が、ここに開かれようとしているのだ……!
サガが狂気に駆られたように叫ぶ。
「ギンヌン・ガンプスの魔導技師どもの極みの技術に、憎き皇都の魔装騎士どもの心臓の血で完成された、古代暗黒儀式の
そして……ロムスよ、これが滅びのための、究極の
彼が最後にそう叫んだ途端、彼の残された片腕に黒炎の刃が生まれ出て、自らの心臓を刺し貫く。
「“
どんな仕掛けをしていたのか、彼の心臓を中心にして、巨大な闇の波動が、大広間に弾けるようにほとばしった。
異形のマグスの炸裂、まばゆい閃光、魔領域の向こう側からやってきた
それらが一緒くたになった得体のしれない
ほとんど火山噴火のごときエネルギーによって、地下の大広間は床ごと、一気に破壊されてしまったようだった。異教の地下神殿だった遺跡はもはや、床どころかその上部までもが崩れ落ちて、ちょうど地下室の天井がくり抜かれたように、天には輝く月と夜空が見えている。
狂ったように舞い踊る赤い光と落ちかかる瓦礫、立ち昇る亜瘴気……そんな地獄のような光景の中に、防護障壁を張ったユーリの影は、
(チッ! この分じゃ、
ユーリは無言で前方を見つめ、そして……その光景に、対峙する。
さっきまで、異形の魔方陣が描かれた石床だったはずの
そこから今、何かが……巨大な影が、現れ出ようとしていた。
まずは大人の腕の太さほどもある黒い指、それが
次いで、何ともまがまがしい形の、角の先端が姿を現す。
それから続くのは、不気味な鱗と
やがて、ついにのっそりと全身を異界から引き出してきたのは、真っ黒な龍を思わせる異形の存在だった。
首はムチのように長く、顔の上部には、奇妙にねじくれた角がそびえる。眼は三つが横に並び、いずれもぎらついた光を放っている。
剣のような牙が生えそろった口は、体長に比しても異様に大きく、開けば小塔ぐらいは一飲みにできそうだった。首の根本からは、奇妙な襟飾りを思わせる触手めいたものが何本も伸び、その先端に開く細かな牙の生えた口とともに、暗がりにゆらめいていた。
(伝説級の幻魔にして龍種、
そう、ユーリの目前の異形は、幻魔の中でも相当な上位に位置する「龍種」の一つであった。
ユーリはその三つの瞳を睨みつける。
それから彼がおもむろに構えなおすのは、二振りの
ユーリの強大なマグスを受け、それらはたちまち刃に赤と青の二色の光を帯びて、闇の中に照り輝いた。
※ ※ ※
一方……ユーリが察した通り、皇国第七魔将、“神雷”ティエルトは、”その光景”を、忌まわしき地下神殿から少し離れた、森の中で見守っていた。
サガの手下たちの最後の一人を倒した直後……ユーリが消えた大広間で起きた異変の予兆を察したティエルトの反応は、実に素早かった。
彼女はいち早くセリカを抱きかかえると、崩れ落ちようとする神殿の中を駆け抜け、文字通り雷光のように脱していたのである。
今、夜気に冷えた森の中にたたずむティエルトの
さらにその隣には、ユーリが【マグネシス】によって
ティエルトは、愛用の
「あの赤光と亜瘴気……! ギンヌン・ガンプスの狙いは、こともあろうに、皇都に魔領域を招き寄せることでしたか……! しかも、これほど巨大なスケールとなると、開いた門は
その“
「こ、これは……! まさか!」
ティエルトの整った眉が、そっとひそめられ……不穏な予感をまとう、その言葉を発する。
「最初に出現したのが、
ティエルトは、さっそく片眼鏡に仕込んだ通信装置を起動しようとするが……
「くっ、通信機能が……ド畜生が、さっきのトラブルの
ティエルトはそう呟きつつ、改めて、不気味な
(ユーリ殿、よもやとは思いますが、どうぞご無事で……!)
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