第62話 果ての光 ★★★
「うおおおおおっ!!!」
サガは色を失って、ほとんど条件反射的に、両手を前に突き出し、我が身をかばった。たちまちその掌から現れる、闇色の防護障壁。
だが、彼が全力で張ったはずの暗黒の障壁は、あまりに
「ぐわあああああっ!!」
絶叫とともにサガが倒れ、のたうつ。
ユーリが発した灰色の
それだけではない、その傷口から周囲が、まるで伝染する異病に侵されたように、白い灰状の塵となって崩れ落ちていくのだ……
もちろんサガの並外れた力の源であった魔装核も、銀色の胸甲とともに
「ぐ、ぐうっ……」
サガは倒れながらも必死で片腕と両脚を動かし、身体ごと後ずさりするようにして、ユーリから距離を取ろうとする。そして、まるで哀れな男の肉体自体が奇妙な絵筆と化したように、流れ出る血の跡が、広間の床に奇妙な模様を描いていった。
続いてサガは、残った片手を身体に押し付けるや、その指先に灯した
「ぐ、ぬ……!」
血肉が焦げる独特の匂いが、紫光まじりの白煙とともに、大広間に満ちて……
「……ふん、さすがはギンヌン・ガンプス
ユーリは二本の魔剣を携えてゆっくりと歩を進めつつ……冷徹に呟いたそんな声だけが、静まり返った大広間に響く。
ユーリが放った異界の力……その源はマグスならざるマグス。便宜上、マグスとは言ってもその実態は、通常のマグスと比べるなら、いわゆる「物質と反物質」の関係に近い。
人が
かつての訓練開始時、セリカとティガの二つの魔術弾を食らってみせたことなど、この力の圧倒的な異常さの前では、
もはや決定的な敗北者たるサガは、口角から血の泡を吹き出しつつ、途切れ途切れに、
「わ、分かった……待て! も、もはやここまでだ……! な、ならば、せめて最後に
「……ほう。悪党の
サガは、せめてもの
「か、感謝するぞ……。う、生まれて……最初の記憶は、自分が捨てられた、ゴミにまみれた裏路地の光景だ……。親を知らぬ
「なるほどな、お前、流民の出身ってわけか……」
「そ、そうだ……生まれのハンデだけではない……! せ、精神支配の
初めて犯した女は、う、飢え乾いた俺にパンと水を施して、くれた、異教の女司祭だ……初めて学んだ闇の魔術で焼いたのは、お、俺の師匠だった。あのクソジジィ、事あるごとに無能だ非才だと、俺をブン殴ってくれた、からな……!」
「ハッ、完全にグレちまったってか? なかなかクズらしい人生じゃねえか」
「ふっ、お、お前に、何が分かる……! その力……ど、どう見ても尋常のものではない! ならば貴様が歩むのも、血塗られた道だ……どうせいずれは、同じ地獄行きよ……!」
「何が分かるか、だと? 分かんねえさ、理解する気もねえ。そもそも俺は、天国も地獄も、神様も悪魔も信じちゃいねえからな。だがな、もし地獄の裁きってのがホントにあんなら、その裁き手はお前よりは俺に好意的だろうぜ……自分を憐れんで『だから俺は何をしてもいい、その権利がある』とか……半ば
「……!」
「図星かい? その傲慢さとねじ曲がった性根で、他人の命を弄び、たくさんの人生をぶち壊して、全てを憎悪で燃やし尽くして歩いてきたんだろ。だから、その時点でお前はもう
なあ、サガよ。自分だけが、世界の全部の苦しみをしょってるなんて
「な、なにっ……!?」
サガは意表を突かれたように、小さく
「……それから、血のにじむような訓練を重ねて軍に入ってよ。一瞬だけ人並みの日常を手にしたと思ったら、次にはもう、クソ任務で死地に送り込まれてたのさ。
果てには、生死を共にしてきた全ての仲間を
「だ、第七魔領域、だと? あ、あの時空が歪んだ異界で三十八年!? ならば、その姿は……そ、そうか、あの光景は、あの記憶は!
幻覚で見せられたのは、あれでもまだ、
そう言い終えるとサガは、最後の力を使い果たそうとしているかのように、笑い始めた。
「は……ははっ……、ははははっ! この復讐劇の、さ、最後の場面で……き、貴様のようなヤツが現れるとはっ! 俺もよくよく、う、運がない……! だが忘れるな……俺は、お前の絶望の深さに敗れたのだ。闇の力にな。決して、ロムスの魔装騎士どもが唱える、正義の光などに敗れたわけではないぞ……!」
言い終えるや、ごふっと血を吐いたサガに向け、ユーリは静かに頭を振って。
「敗れたのは、闇の力に、だと? そりゃあ違うな。いや、だとすればなおさら……お前の魂を最後に見送るのは、憎しみや恨みの闇であっちゃいけねえ……」
それから彼は、そっとポケットの中を指で撫で探りながら、静かに言う。
炎のマグスをまとったその指先では、その力を受けた
ユーリはそこから、あの少女の髪の色に似た、慈愛と優しさの
そしてユーリは、そのペンダントをそっと取り出すと、魔銀の鎖を静かに揺らしながら、サガの前にかざし。
「そいつが見せてんのは、
その言葉とともに、ユーリの髪色が、元の蒼黒色と一筋の灰銀色に戻っていく。
そんな中、サガはユーリが最後に
「……!」
床に転がっていくペンダントを、ユーリが無言で見やる。その横で、サガが顔を歪めて絶叫した。
「クク、な、なめるなよ、小僧! 押し付けられた救いなどっ! れ、
俺が真に欲したのは“時間”だ……! 俺は最後まで『
お、お前は生き残れるかもだが、ひ弱な
サガが、端から血を垂れ流した唇を曲げてニヤリと笑った。
それから彼は、奥歯で何か――歯に仕込んでいたスイッチのようなものを――ぐっと噛み込んだ。
カチリ……その乾いた音は、やけに大きく辺りに反響して聞こえた。
「俺なりにまともな人間のふりをして、つまらぬ懺悔とやらをしてみる間に、と、
この場所! 俺が必死で這い、いざってきたこの場所! ど、どこだと思う? そして、流れ出た俺の血で密かに描かれたこの紋様は、何のためだと……?
ククッ、最後にぬかったな、小僧! おかげで……全てが成る! さあ、終わりの始まりだ……!」
そんなサガの言葉に対し、ユーリが眉をわずかにしかめた直後……大広間に異変の予兆が広がっていく。
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※今日買ってきた初見のライトノベルシリーズの一冊が、なぜか「2巻」でした……いつから1巻だと錯覚していた……? たまにある絶望感。1巻から買い直すべきなのかコレ……?
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