第62話 果ての光 ★★★

「うおおおおおっ!!!」


 サガは色を失って、ほとんど条件反射的に、両手を前に突き出し、我が身をかばった。たちまちその掌から現れる、闇色の防護障壁。


 だが、彼が全力で張ったはずの暗黒の障壁は、あまりに易々やすやすと……まるで紙の盾であるかのように、至極あっさりと破滅の牙・・・・に食い破られていく。


「ぐわあああああっ!!」


 絶叫とともにサガが倒れ、のたうつ。

 ユーリが発した灰色の光刃こうじんによって切り裂かれ、すでに片手はもげ落ちている。加えて肩から腹にかけて大きくえぐられた傷口からは、ゴポゴポと血があふれ出し、周囲に暗紅色あんこうしょく血海けっかいつくられていく。


 それだけではない、その傷口から周囲が、まるで伝染する異病に侵されたように、白い灰状の塵となって崩れ落ちていくのだ……


 もちろんサガの並外れた力の源であった魔装核も、銀色の胸甲とともに木っ端微塵こっぱみじんに打ち砕かれてしまっている。黒紫色のその断片は、いまや血の色にまみれて周囲に四散していた。


「ぐ、ぐうっ……」


 サガは倒れながらも必死で片腕と両脚を動かし、身体ごと後ずさりするようにして、ユーリから距離を取ろうとする。そして、まるで哀れな男の肉体自体が奇妙な絵筆と化したように、流れ出る血の跡が、広間の床に奇妙な模様を描いていった。

 続いてサガは、残った片手を身体に押し付けるや、その指先に灯した紫炎しえんで、己の傷口を焼き固めてせめてもの止血を試みる。


「ぐ、ぬ……!」


 血肉が焦げる独特の匂いが、紫光まじりの白煙とともに、大広間に満ちて……


「……ふん、さすがはギンヌン・ガンプス傑統衆けっとうしゅうの一人ってとこか。なかなか、しぶといみてえだな。けどな、どんだけ上手く止血ができてもよ、虚喰牙こくうが穿うがったその傷は、どんな治癒魔術でも治せねえ……いい加減、観念しなよ」


 ユーリは二本の魔剣を携えてゆっくりと歩を進めつつ……冷徹に呟いたそんな声だけが、静まり返った大広間に響く。


ユーリが放った異界の力……その源はマグスならざるマグス。便宜上、マグスとは言ってもその実態は、通常のマグスと比べるなら、いわゆる「物質と反物質」の関係に近い。


人がる属性としての枠に無理やりにカテゴライズするなら、滅消や虚無属性、ということにでもなろうか。


かつての訓練開始時、セリカとティガの二つの魔術弾を食らってみせたことなど、この力の圧倒的な異常さの前では、些末さまつ児戯じぎに等しい。


 もはや決定的な敗北者たるサガは、口角から血の泡を吹き出しつつ、途切れ途切れに、かすれた言葉を紡いだ。


「わ、分かった……待て! も、もはやここまでだ……! な、ならば、せめて最後に懺悔ざんげの時間をくれ……!」


「……ほう。悪党の後悔話こうかいばなしか? 残念ながら、俺は神様の使いでもなんでもねえがよ……ま、最後の慈悲って言葉もある。言ってみな?」


 サガは、せめてもの矜持きょうじを示すつもりか、ニヤリと不敵に笑いながら……


「か、感謝するぞ……。う、生まれて……最初の記憶は、自分が捨てられた、ゴミにまみれた裏路地の光景だ……。親を知らぬ賤民せんみんの子として行く先々で追われ……幻魔より人を恐れて逃げまどい、どうしようもなく腹が空いたときには、泥水をすすり、鼠の死体の骨をかじって生き延びてきた……」


「なるほどな、お前、流民の出身ってわけか……」


「そ、そうだ……生まれのハンデだけではない……! せ、精神支配の特質ギフト、この異形の力のせいで忌み嫌われた俺には、どうせ『蛇獄の裂け目戦線ギンヌン・ガンプス』に拾われるほかに、道はなかったのだ……


初めて犯した女は、う、飢え乾いた俺にパンと水を施して、くれた、異教の女司祭だ……初めて学んだ闇の魔術で焼いたのは、お、俺の師匠だった。あのクソジジィ、事あるごとに無能だ非才だと、俺をブン殴ってくれた、からな……!」


「ハッ、完全にグレちまったってか? なかなかクズらしい人生じゃねえか」


「ふっ、お、お前に、何が分かる……! その力……ど、どう見ても尋常のものではない! ならば貴様が歩むのも、血塗られた道だ……どうせいずれは、同じ地獄行きよ……!」


「何が分かるか、だと? 分かんねえさ、理解する気もねえ。そもそも俺は、天国も地獄も、神様も悪魔も信じちゃいねえからな。だがな、もし地獄の裁きってのがホントにあんなら、その裁き手はお前よりは俺に好意的だろうぜ……自分を憐れんで『だから俺は何をしてもいい、その権利がある』とか……半ば自棄やけになりながらも、そんな風に“思いあがった”んだろが?」


「……!」


「図星かい? その傲慢さとねじ曲がった性根で、他人の命を弄び、たくさんの人生をぶち壊して、全てを憎悪で燃やし尽くして歩いてきたんだろ。だから、その時点でお前はもう負け・・なのさ。最初は仕方なく、だったにしてもよ……結局は自分で選んで、踏み外したんだ……人としての在り方からな。


なあ、サガよ。自分だけが、世界の全部の苦しみをしょってるなんてツラぁ、するんじゃねえ。俺は、お前と同じ……流民の孤児出身だ」


「な、なにっ……!?」


 サガは意表を突かれたように、小さくうめいた。


「……それから、血のにじむような訓練を重ねて軍に入ってよ。一瞬だけ人並みの日常を手にしたと思ったら、次にはもう、クソ任務で死地に送り込まれてたのさ。

 果てには、生死を共にしてきた全ての仲間をうしない……三十八年間の、懲役じみた異界暮らしってオチだ。しかも、あのクソ忌々しい“第七魔領域”でな……!」


「だ、第七魔領域、だと? あ、あの時空が歪んだ異界で三十八年!? ならば、その姿は……そ、そうか、あの光景は、あの記憶は!


 幻覚で見せられたのは、あれでもまだ、所詮しょせん地獄の記憶のとば口までだったと……? お、お前もまた、闇の果てを見てきたということなのか……!」

 

 そう言い終えるとサガは、最後の力を使い果たそうとしているかのように、笑い始めた。


「は……ははっ……、ははははっ! この復讐劇の、さ、最後の場面で……き、貴様のようなヤツが現れるとはっ! 俺もよくよく、う、運がない……! だが忘れるな……俺は、お前の絶望の深さに敗れたのだ。闇の力にな。決して、ロムスの魔装騎士どもが唱える、正義の光などに敗れたわけではないぞ……!」

 

 言い終えるや、ごふっと血を吐いたサガに向け、ユーリは静かに頭を振って。


「敗れたのは、闇の力に、だと? そりゃあ違うな。いや、だとすればなおさら……お前の魂を最後に見送るのは、憎しみや恨みの闇であっちゃいけねえ……」


 それから彼は、そっとポケットの中を指で撫で探りながら、静かに言う。

 炎のマグスをまとったその指先では、その力を受けた緋石ひせきのペンダントが……セリカが母親から受け継ぎ、さっきユーリが拾い上げたそれが、ほのかな熱をもって、やわらかな薄桃うすもも色の光を放っている。

 ユーリはそこから、あの少女の髪の色に似た、慈愛と優しさの光熱こうねつを感じ取った。

 

 そしてユーリは、そのペンダントをそっと取り出すと、魔銀の鎖を静かに揺らしながら、サガの前にかざし。


「そいつが見せてんのは、暁光ぎょうこうの色だ。絶望の向こうにほの見える、夜と昼の境目さかいめ……一日の始まりにして全ての苦悩の救いたる、赤銀色の輝きだよ。あいにく俺には、光の魔術だけは使えねえ。最後はそいつを見ながら、せめて安らかにくんだな……」


 その言葉とともに、ユーリの髪色が、元の蒼黒色と一筋の灰銀色に戻っていく。

 そんな中、サガはユーリが最後に垣間かいま見せた朝焼け色の光に向けて、震える手を伸ばし……何を考えたか、それをさっと打ち払った。


「……!」


 床に転がっていくペンダントを、ユーリが無言で見やる。その横で、サガが顔を歪めて絶叫した。


「クク、な、なめるなよ、小僧! 押し付けられた救いなどっ! れ、憐憫れんびんなど、もとより不要! 


俺が真に欲したのは“時間”だ……! 俺は最後まで『蛇獄の裂け目戦線ギンヌン・ガンプス』の一人……! ならばせめて、世界の裂け目、地獄の入り口くらいはまねいていく……


お、お前は生き残れるかもだが、ひ弱なほかの者と、この忌々しい皇都の民どもは、どうかな……?」


 サガが、端から血を垂れ流した唇を曲げてニヤリと笑った。

 それから彼は、奥歯で何か――歯に仕込んでいたスイッチのようなものを――ぐっと噛み込んだ。


 カチリ……その乾いた音は、やけに大きく辺りに反響して聞こえた。


「俺なりにまともな人間のふりをして、つまらぬ懺悔とやらをしてみる間に、と、ときは満ちたぞ……! 


この場所! 俺が必死で這い、いざってきたこの場所! ど、どこだと思う? そして、流れ出た俺の血で密かに描かれたこの紋様は、何のためだと……? 


ククッ、最後にぬかったな、小僧! おかげで……全てが成る! さあ、終わりの始まりだ……!」


 そんなサガの言葉に対し、ユーリが眉をわずかにしかめた直後……大広間に異変の予兆が広がっていく。


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年末年始の間、当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ、毎日更新予定です。


※今日買ってきた初見のライトノベルシリーズの一冊が、なぜか「2巻」でした……いつから1巻だと錯覚していた……? たまにある絶望感。1巻から買い直すべきなのかコレ……?

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