第60話 卑劣なる術中
サガが魔術で作り出した黒い
「唇
ユーリが二本の
やがてその腕の先に、集まり始めたのは……
(な、なんだ!? この
そんなサガの内心の動揺を見てとって、ユーリは不敵に笑う。
「ビビるのも分かんぜ、てめえほどの腕前なら
「な……マグスならざるマグス⁉︎ そ、そんなものがあり得るのか!?」
「おいおい、そりゃあ、魔術者として
そういうと、ユーリは、灰色の鈍い光に覆われた右手を、一振り。
ただそれだけで……マグスの
「馬鹿な……あり得ん! その枠柵は一本一本が独自の魔術式と強固な
「そのあり得ねーことが目の前で起きてるんだ、納得しろよ」
続いてユーリは、床に突き立てておいた二本の
「ッ! 特製の
サガの焼けただれていない半分の顔に、驚愕の色が走った。
「ククッ、その驚きぶり……ようやく人並みの
「う……うぬっ!」
ここに至り、ようやくサガは、理解し始めていた。目の前の少年、ユーリの底知れぬ力を。
だが、サガとてそれなりの強者である。そんな想定外の事態を目の当たりにしつつも、彼の頭脳は、冷静に計算を始めていた。ここはベル・カナル地区のはずれとはいえ、あくまで皇都内だ。
そのうち、鉄衛師団や増援が駆け付けてこないとも限らない。いや、そもそも最初の
そこまで思案を巡らした後、一瞬の動揺はすぐさま抑え込んで、サガはあえて、己を落ち着かせるかのように、内心でニヤリと笑って見せる。
(こうなったら仕方ない、
サガはローブの懐に手を入れると、秘密の内ポケットから、そっと小さなロッドを取り出す。先端に
ローブ下の胸甲にはめ込んである
(我が
掌に包み込めるほど小さいそれを握り込み、サガはすぐさま、はぁっ、と大きく息を漏らす。すっと合わせた彼の両掌を、再び闇のマグスが包み込んだ。
一瞬、ユーリが眉をひそめ、彼の動きへと対応する体勢を取るのが見える。
サガはそんな彼を内心であざ笑いつつ、身体のアストラル
それらをゆっくりと二つの
同時、サガの瞳にゆらりと
それから一秒も立たぬ間。
ガシャリ、と何か重い物が床に落ちる音が響いた。
(かかった……!
その音を確かに己の耳で
彼の眼前には、ユーリが……両手の魔剣を石床の上に取り落とし、呆けたような表情を浮かべて、ぼうっと突っ立っている。
あろうことか、まるで
【精神掌握】……サガが使用したのは、彼自身のマグスの特質に闇属性の高等魔術を組み合わせた、独自の秘術である。それは相手から意志の力を奪い、果ては自在にコントロールするものだ。
だが、その手順はかなり困難で複雑なものだ。
まずは対象者の心の内面を守る精神外殻を打ちくだくか、特殊な薬物などで無力化した上で、闇のマグスで造った
だからこそ、サガたちが皇宮で起こした魔装騎士や侍女たちの虐殺事件も、“あの程度”で留めなければならなかったのだ。
衛士の詰め所や食堂の飲食物に仕込んだ薬物を利用し、サガ自らが操魔針を撃ち込んだのだが、場所が場所だけに長居はできず、深いところまで精神を支配することは不可能であった。
そのためサガは、哀れな犠牲者たちに"他者を害させる”のではなく、比較的対象者が従いやすい"己を害する”という命令に留め、陽動に使うのが最適解だと判断したのだ。その程度のコントロールであれば、己の秘術の力を込めた小さな黒宝珠をキーアイテムとして、部下達でも行うことができるのだから。
だが、ユーリを前にして、そんな余裕はもはやなかった。だからこそ、セオリーと手順を無視して行ったのが、さっきの死力を尽くした"最大発動”だったのである。
強大すぎる闇のマグスを強引に通したせいで胸甲にはめ込まれた
ぴくりとも動かなくなったユーリの身体を眺めつつ、サガはニヤリと笑う。
「やれやれ、こんなところで切り札を使うことになるとはな……」
必勝を確信した笑みを顔に浮かべ、サガは呟いた。
「見上げた小僧だったが、ここまでだ。後は、さらにその心を
まずはさっきの小娘と己の心臓を、その手で
そう
精神世界同士にマグスの
そこは、一面の赤い砂漠。そして、この上なく奇妙な色を
それなりの猛者であるサガは、すぐに気付く――これは異界だ、と。
この少年の精神の中、ひときわ深く記憶階層に刻まれていたのは、あろうことか「魔領域」の光景だった……
(こいつ……この年で、魔領域帰りか……! そうなると皇国の魔装騎士でも相当の上位者、道理で
サガはそんなことを考えつつ、さらに深く、ユーリの意識の深層領域へと「足を踏み入れて」いく。
その道中に流れ込んできたのは、巨大な感情の迸り……それは、恐怖と絶望、そして凄まじい怒りだった。
次いで、サガが覗き込んだその光景は、異様なものだった。
異界の奥深くだろう、どこか古代の神殿めいた朽ち果てた廃墟で、少年が対峙しているのは……巨大な影。
その身体はちょっとした巨人を思わせるほど大きく、たっぷり10メルテルはあるだろうか。肌は石膏のように白く、半裸の上半身には両の乳房が
だが、その下半身は、まさに異形。
加えて、さらに異様なのはその頭部だった。まるで能面のようにのっぺりした顔面には眼らしき器官はなく、ただ女の細く高い
頭部の
それらがうねうねとあざけるように動き回りながら、眼前の小さな獲物を、油断なく
(こ、これは……
サガの顔に驚愕の色が浮かぶ。それこそは、冷気と氷のマグスを自在に操る、強大な人類の敵対者。並みの魔装騎士など、息のひと吹きか、ほんの微力な魔術の一撃のみで、生きたまま氷漬けの柱とされてしまうだろう。
その過去の
「セレス……大丈夫?」
「……ええ、なんとか。寒い……」
血の気を失った女の唇がかすかに動き、まだ幼さが残るユーリの呼び声に応える。
ユーリ……かつての彼は、彼女を後ろ手にかばうようにして、その巨大な幻魔に相対している様子だった。
だが、守るべき相手なのだろうセレスと呼ばれた女の半身は、もはや軍服とともに霜に覆われており、まさに氷の柱と化そうとしていた。恐るべき幻魔の魔術か、マグスによる特殊攻撃を受けたのであろう。おそらくこのままでは、彼女は古代の呪いじみた氷の棺の中に、永遠に閉じ込められることになるはずだった。
そんな息詰まる光景の中、ユーリの瞳は、あろうことか絶望の涙にぬれている……だが、それは悲しみと同時に残酷な敵対者への怒りにも彩られ、まさに赤々と燃えているかのようだ。だが、そんな姿をあざ笑うかのように、不気味な
その氷風が届くか届かないかの、その瞬間。ユ―リが身構えると同時、ユーリが掲げた軍の支給武装である小剣から、カッと光が満ち溢れ……
そこでサガの視界は、まるで鏡のように砕け散る。
続いて、無数に散ったガラスの破片に映し出されるかのように、次々と現れる幻像の群れ。そこに映し出されていくのは、ひたすらに、ただひたすらに続く無数の戦闘光景。
異空間の中で、少年は
そこに、高揚感などは
やがて、
そんな風に心の血を流しつつ、淡々と積み重ねられていく空虚な無数の勝利……
その果てに……いつしかユーリの身体は、そのあらゆる戦闘能力は、恐るべき高みに到達していた。そう、人ならざる領域に、手が届くまでに。
今、サガが覗き込む最後の幻視……そこには、地獄の魔王を思わせる、巨大な敵に対峙するユーリの姿がある。だがその顔には、もはやかつて涙を流していた少年の面影はない。ただ、唇に皮肉な笑みを浮かべ、小さく
その表情に、底知れぬ何かを感じ取り、サガの背中にぞくり、と悪寒が走った瞬間。
そこで、幻視は完全に途切れた。
……現実の色を持った視界が、ようやくサガの元に戻ってきた。
ユーリがその内側に抱える壮絶な記憶の前に立ち尽くし、一瞬呆然としていたサガは、改めて目前の少年を見つめ直す。
その姿は、相変わらず、物言わぬ人形のようになったまま……だが今、彼の過去を
(
そう、首を
冷酷にして熟練の傭兵たるサガは、そうと決めれば、もはや
彼は直ちに行動し、身動き一つしないユーリに向けて、魔杖をすらりと振りかざす。途端、その先側が
次の瞬間、仕込まれていたその刃が、空中に閃く。
同時、鮮血とともにユーリの首が
断ち切られた血管から
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年末年始の間、当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ、毎日更新予定です。
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