第59話 暗闘

 「【戦群壁砕雷鞭(トール・ウォール・スプリッター)】……そこをどいていただきましょうっ!」

 

 雷のマグスを通され、唸りをあげるティエルトの神鞭しんべんが、敵集団の真ん中へと撃ち込まれる。

 たまらず、ユーリの行く手をふさいでいたローブの男たちが、二手に分かれた。


 続いて、ティエルトが操る鞭の追撃が、部屋の壁を強打。

 その恐るべき一撃は、さきほどサガが潜り抜けた隠し扉の周辺を、周囲の壁ごと打ち砕いて大穴を穿うがつ。

 

「さあ、この蛆虫うじむし以下のクズおとこどもの間を、入り口ごといておきました。どうぞお先へ、ユーリ殿」


 にっこりと笑ったティエルトが丁寧に腰を折り、一礼する。

 ユーリはそれに応じ、さっと走り出す。


「うぬ! させるかっ!」


 ユーリを阻むように飛び出そうとした男たちの一人が、たちまち大蛇のように横に走ったティエルトの鞭の一撃を受ける。

 男はたちまち、苦悶くもんの悲鳴だけを残すと、スパークする青白い電撃に全身を包まれて、その場に崩れ落ちていった。

 残りの男たちがひるんだ直後、ユーリはその身を壁にできた大穴へと躍らせ、石室いしむろの中から消えていく。


「さて、まずは一仕事と一人、終わらせましたね。そして……改めてそこのお嬢様、どうぞご安心ください。ユーリ殿に託されたという以上に、わたくし、全てのうるわしい女性の味方でございますので……」


 ユーリを見送った後、今度はセリカへと、優しい眼差しを向けてティエルトは言う。


「は、はい……よ、よろしくお願いします……!」


 その凛とした声と怜悧れいりな風貌に、セリカはなぜかドギマギしつつ、思わず少々間の抜けた返事を返してしまった。


「万事、うけたまわりました。汚らわしい凶賊どもなどには、あなたの身柄みがら、指一本たりとも触れさせはしません……!」


 やがて打って変わったティエルトの冷たい目が、残された賊たちを一瞥いちべつする。


「“宣言”のタイムリミットまで、残り十五分きっかり……女性を痛ぶるしか能がないクズ男の皆さま、どうぞお覚悟くださいましね? わたくし、仕事はきっちり完遂させていただく主義ですので……もちろん残業など、一分一秒ともするつもりはございません」


※ ※ ※


 そこは、ひときわ巨大な広間とも言える場所だった。

 この地下建築物の心臓部なのだろう。壁には不気味な神像が居並び、赤い塗料で描かれたおどろおどろしい大壁画なども見える。

 ユーリは、そんな異教の神殿の深奥しんおうで、ギンヌン・ガンプスの恐るべき男・サガの背中へと、皮肉げに言葉を投げた。


「しかし、凄え場所だな……よくもまあ、地下にこんなところを見つけたもんだよ。皇都の特別文化財にでも認定されりゃ、金一封ぐらいはもらえんだろ。お前ら、いっそ魔術考古学者にでも転身したらどうだ?」


 広間の中央部で、何やら詠唱をしていたらしいサガだったが……すぐにその作業を中断すると、彼はユーリへと向き直り、吐き捨てるように言う。


「ちっ、もうやってきたのか、小僧……。それを言うなら貴様こそ、だ。皇国の犬か言葉通りの学生かは知らんが、その力、ここで消し去るのは惜しいな。いっそ降伏して、我らが傘下に加わったらどうだ? 今なら、魔術宝珠アーティファクトとドルカ・ナイフ磨きから、始めさせてやるぞ?」


「願い下げだぜ、“ドルカの死神”、燃え立つ顔貌ムスペル・フェイトゥスのサガ……!」


 ユーリが、さっと右手の赤い長剣――紅蓮裂ぐれんさきのガルシャダスを振るう。


「【炎獄魔斬(メギドグレイブ)】!」


 刀身から放出された爆炎が、空中を荒れ狂いながらサガへと殺到する。


 サガの身体、銀色の胸甲にはめ込まれたひときわ大きな黒宝珠が、不気味に輝く。


「【暗惨たる吐炎(ヘルズ・ブレス)】……!」


 大きく開いたサガの右掌から、紫の炎がほとばしる。

 それはユーリの魔炎を受け止めるようにび広がる。

 闇の大広間を照らし出す、赤と紫の魔光……二つの炎が、空中でからまりあい、うねり合った。

 そのさまは、まるで互いの尾や頭を食い合おうとする、二匹の無限円蛇ウロボロスのよう……


「さすがに闇の炎の扱いには慣れてやがるな。皇国の城塞魔導都市ポリスを焼き、罪もねえ人々を数百人以上も殺した外道どものあたま……その仮面は、昔戦場で負った火傷やけどの痕を隠すため、だったよな……!?」


「ふん、ずいぶんと俺の経歴に詳しいようで、光栄だぞ。だが焼いたというなら、先にやったのは、貴様がくみする薄汚い皇国のほうだ……! 


奴らがドルカにしたことを、の地で散った無数の同胞どうほうの魂は、決して忘れんぞ! 


ロムスの魔装騎士どもに刻まれたこの火傷の痛みとともに、日々冥府からの声がささやくのだ……復讐を決して忘れるな、とな! 今こそ、新たな恨みの火をくべてやる……!」


 サガが左手を突き出すと同時、胸の魔術宝珠アーティファクトが反応。


「【暗黒灰塵焼却(ダーク・インシネレイト)】……! 闇の煉獄れんごくでのたうちわめけ!」


 闇のマグスがユーリの周囲に凝縮されると、紫に輝く発火点となって、その身体を押し包もうとする。

 ユーリは今度は、腰の青い短剣――てつくファルファッラ――を抜き放ち、それらに向けて振るう。


 たちまち周囲に氷のつぶてとともに大極風だいきょくふうが吹き荒れ、紫の火を、いとも容易たやすく吹き消してしまった。

 

「ったく、お寒いねぇ……てめえがグダグダ言ってんのは、『蛇獄の裂け目戦線ギンヌン・ガンプス』の本拠地ねじろ壊滅作戦のことか? 戦いを生業なりわいにし、金儲けの道具にしたお前たちの自業自得だろうが。


 十歳にも満たねえ子どもまで戦士に仕立てて戦闘に巻き込んだあげく、指揮官の一人だったお前は雲隠れ、ときたもんだ……


 ドルカがかつて、先々代皇帝の圧政で苦しんだ末に、一部を魔領域まりょういきに飲まれて悲惨な運命をたどったことは知ってっけどな。物事にゃ、ほどってもんがあんだろが?」



「何をしゃあしゃあと……! 苦労知らずのガキが!」


 サガの声に、激情の色が混じった。しかしユーリは動じることもなく、淡々と続ける。


「苦労知らず、だと? お前の勝手な物差しで、他人ひとを測るなよ? そもそもラーゼリアの梟雄きょうゆう・僭称帝アリグラに戦争屋として雇われて、その力をガチで使った以上、それが故郷に戦火を招き寄せることになるってのには気づかなかったのかよ? 


 そう、殺したのは、お前らも同じ……しかもそれをうらんで、罪もないロムスの民を虐殺したところで、何になる? それでドルカの民の魂が安らぐとでも?」


「知った風な口をくな! 真の絶望を体験した俺たちの思いが、貴様に分かるかっ……!」


「ちっ、自分の苦労話ばっか、ギャアギャアわめきたてんなよ……! お前のその顔……元はそこそこ美男子イケメンだったんだろうが、ずいぶん歪んで見えるぜ?」


「おのれっ……!」


 有無を言わさず、サガの放った新たな紫炎が、地獄のような熱気とともに憎悪の奔流ほんりゅうとなってユーリを襲った。 


「ふん……キレてみせたわりには、つまんねえ攻撃だな。焼き直しは通じねえぞ?」


 そう言うが早いか、ユーリはさっと姿勢を下げ、青い短剣を、地面に勢いよく突き立てる。


「【氷護円環(フリーズピラー・サークレット)】!」


 たちまち地面からせり出してくる、五角錐かくすい氷柱ひょうちゅう。クリスタルガラスのようにきらめきつつ、横に回転するそれが浮き上がり、互いの頂点を結び合うように蒼いマグス波が放出され、氷の結界が生まれる。


 その冴えざえとした青の防御陣は、サガの紫炎を全て防ぎ、冷徹に受け流した。

 そのままサガの放った闇の炎は、激流が強固な岩に切り裂かれるかのように、左右に吹き流されて消えていく……


「半端な攻撃は無駄だ、と言いたいのだろう……だが!」


 ニヤリと唇を歪めたサガは、何かを招くように片手を差し出し、クイ、と指を掌の上側へと曲げる。

 途端、ユーリの足元から、紫の魔術光がほとばしった。


「……“本命”はこちらだ!」


 その光はユーリを中心に、巨大な円形を描き、複雑な模様をそのサークルの中に描き出していく。


「さっき、俺の力を縛ってくれた返礼をさせてもらおう。【霊鎖暗黒捕縛陣(グラクニル・フニス)】……もはや、逃れられんぞ」


 その魔術陣めいた模様の中心から、一気に黒い奔流がほとぼしり、ユーリの周囲に何かが出現する。

 見るとそれは、マグスで構成された黒い枠柵わくさくだった。

 回避する暇もなく、それは縦に伸びた漆黒の檻となってユーリの身体を閉じ込めてしまう。


「……ふ~ん」


 この奇襲めいたからめ手を受け、ユーリは小さく呟く。そこに、サガが高々とわらって。


「俺が操れるのは、魔炎だけではないと知れ……! ククッ、気分はどうだ、小僧?」


「ああ、実に不愉快だねぇ。……これじゃなかなか、身動きもとれそうにないぜ」


「ふん、減らず口を叩けるのもここまでだ……」


 サガが懐から取り出した何かの魔器具を素早く投げると、それは空中で八つの触手を伸ばすように広がり、ユーリを閉じ込めたマグスのおりを、上からさらに覆う。見た目は、まるで伏せた銀色の鳥籠のようでもある。


「……!? マグス封じの仕掛けか、こいつは?」


「もう一つの切り札、特注の魔鋼製拘束器カースド・ウィッカーマン……もはや、手も足もマグスも出せまい!」


 サガがそう言いつつ手をかざすや、ユーリを囲む魔柵まさくが、怪しい紫の光ととともに反応。たちまち檻の内側に向けて、無数の黒く鋭いとげが出現する。


「マグスの源、心臓だけを残して、全身の血をしぼり取ってやる……この【吸血黒牢(サンゲス・カルケル)】でな……! 」


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★★★【読者の皆様に、よろしければ……のお願い】★★★

皆様の応援のおかげで本作、PV20000、フォロワー240人を突破しました! 直近だと、異世界ファンタジー部門で【403位】を確認しております(もうとっくに変化しているかもですが)


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年末年始の間、当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ、毎日更新予定です。

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