第58話 神雷到達 ★★★

 ユーリは仮面の男へと伸びた氷の鎖は維持したまま、気を失っているマルクディオの尻を無造作に蹴り飛ばす。


「ぐがっ……!」


 衝撃に彼は、一瞬大きく目を見開いたようだったが、眼までは醒めなかったようだ。続いてユーリがそのままマグスをまとった左足で、再度こつんと彼の尻を蹴飛ばすと、凄まじい風圧があたりに巻き起こった。


 あろうことか、マルクディオの身体はサッカーボールのように弾けると、そのまま天井にできた大穴を飛び出し、野外へと消えていった。


「ええっ!?」


 目を丸くするセリカに、ユーリはこともなげに言い捨てる。


「ちょいと手荒だが、やむを得ねえ緊急避難手段きんきゅうかいひしゅだんってやつだ。ムカつく阿呆アホだが、さっきちょいと根性は見せてくれたんでな、あれでも手加減はしてあんぜ」


続いてユーリは、素早く左腕をティガと傍らの姉妹に向けて伸ばすと。


「!?」


 セリカの目の前で彼女らの身体がふわり、と浮き上がる。見えない巨腕に優しく掴み上げられたように、マルクディオの後を追うように移送されていく三人。


「このマグスが乱れまくった場所で三人同時はちょいキツいが……ま、しばらく手近な森の中あんぜんちたいで、眠っててもらうぜ……っと!」


 そのとき……パキィン、と澄んだ音が室内に響いた。


「やれやれ、もう・・か。わりぃがセリカ、お前の搬送はちょっと遅れそうだぜ……」


 ユーリの声にハッとしてセリカが振り向くと、床の上に砕け散った氷の鎖が目に入る。

 それらがマグスへと還って消えていくと同時、その拘束から自由になった仮面の男が、確かめるように右腕を回している様子が見て取れた。


「……小僧。その年齢で、そこまで巧みに【マグネシス】を操るとはな。今の氷魔術の束縛強度そくばくきょうどといい、あなどれん奴だ……」


「ふん、所詮しょせん、時間の問題ってことは分かってたがな……ぶっちゃけ今、俺はすげー気分が荒れてんだよ。てめーが“誰かさん”をたっぷりなぶってくれたからな。こりゃもう、腕の一本や二本じゃ済まねーぜ……?」


 ユーリはそう言い捨てると、まっすぐに仮面の男に向き直る。


「フッ、俺が感動の再会に水を差さなかったことに、礼ぐらい述べたらどうだ……と言いたいところだが、実際こいつを砕くのは、闇の力をもってしても多少手間だったぞ。その姿は、軍の下層騎士でもないな……貴様、いったい何者だ?」


 仮面の男がそう応じ、じろりとユーリの顔へと視線を飛ばす。


「へっ、俺はただの“マギスメイアの学生さん”だよ。だいたい『何者だ』はこっちの台詞だっつうの……ごたいそうな仮面を付けやがって。顔を隠さなきゃまずいってのが、そもそもスネに傷がある証拠だろがよ」


「ふん、つまらぬ御託ごたくを……あえて火中に飛び込む羽虫はむしかと思ったが、少々厄介そうだ。もういい、貴様は消えろ……!」


 言いながら、仮面の男が、ゆらりと片手をかざす。


「おっと、まだ俺からの“挨拶”が済んでねえんだが」


 先手を取るように、ユーリが片手を空中にかざすと、その掌の上から、たちまち空気が凍り付いていく。あっという間に巨大な氷槌ひょうついが、空中に出現して……


「【冷槌撃(アイシィ・スレッジ)】」


「ほう」


 ごうっと凄まじい勢いで襲いくる氷塊を、仮面の男はとっさに掲げた手で受け止める。同時、男の掌から闇色のマグスが放たれてその氷塊を覆うと、あっという間に闇の炎が、それを溶解させていく。

 やがて、まるで闇に飲まれるように、氷塊は丸ごと消え失せてしまった。


「ふぅん、闇属性なら攻防自在か。なかなかの使い手っぽいね、あんた。ま、俺も今のは、軽い会釈えしゃく程度だが……」


 続いてユーリがひらりと腕を振る。


「【炎神言弾(アグニール・スピット)】」


 その指先に宿るは、全てを焼き尽くす魔の炎弾。それを見た男が、今度は小さくうめいた。


「……! 氷属性と炎属性の魔術を、それぞれこうも簡単に……貴様、【同時魔変回路】持ちか……?」



(【同時魔変回路】ですって!? まさか、氷と炎の魔術をまったくタイムラグなしに、使い分けられるってこと? でもそんなの、軍でも相当高位の魔装騎士……そう、十二魔将の人たちぐらいしか……!)


 セリカが驚いている間にも、ユーリは涼しい顔で。


「……悪党に教えてやる義理はねえな」


 ユーリの伸ばした右手に、さらにマグスが込められる。

 続いて撃ち出された高速の炎弾を、仮面の男は身体を捻って、なんとか回避したかに見えた。


 だが同時、どっと熱風が吹き寄せ……ビシリ、と何かが弾けるような音が響き渡る。ユーリの放った炎弾が表面を掠めた、ただそれだけで……男の顔を覆っていた仮面にヒビが走り、バラバラに砕け散っていく。


「……っ!!」


 セリカの目が、驚きに大きく見開かれた。

 仮面の下から現れた男の顔……その右半分が酷く焼けただれ、まぶたを失った眼球が、ぽっかり眼窩がんかごと剥き出しになっていたからだ。


銀髪が揺らめく貴公子めいたもう半面との落差は、むしろ凄惨せいさんとさえいえる有様ありさまだ。


「その凶悪犯罪者ヅラ……やっぱりてめえは、『蛇獄の裂け目戦線ギンヌン・ガンプス』のサガ・ベルナッツォか。闇使いのクソ野郎が……!」


 ユーリの吐き捨てるような声が、石室の中に響く。


「ほう……小僧、その名を知っていたか。だがな、この一連のつまらぬおしゃべりの間に“勝ちの目”を拾ったのは、どうやら貴様だけではないようだぞ……?」


 仮面の男――いや、燃え立つ顔貌ムスペル・フェイトゥスのサガ・ベルナッツォは、不敵にわらう。

 同時、彼の後ろの暗闇から、複数の低い声がした。


「サガ様……ただいま、戻りましてございます」

「ロムス皇宮と軍本部には、忌々いまいましい魔装騎士どもを確かに釘付けにしておきました。これにて儀式の準備は万事ばんじかりなく……む?」

「はて、何事でありましょうや? こやつ、いったい何者で……?」


 黒いローブの男たちが数人、サガの後ろの暗闇の中から、ゆらりと現れ……ユーリへと、一斉いっせいに冷たい視線を向けてきた。


「良いタイミングだ。お前たち、ここは任せたぞ……! 俺は一足先に“儀式の間”へ……」


 サガはそう言い捨てると、素早くマグスを込めたてのひらで、怪しげな壁画の表面、異教の神のほこらが描かれている一面を押した。

 それだけで、どんでん返しのように壁の一部が回転し、ぽっかりと隣の空間へと続く、新たな入り口が現れる。


「……! 待ちやがれ!」

 

 ユーリが、サガに向けて再び【白輝の氷鎖(グレイプニル・ブリズ)】を放とうとした時、ローブの男たちがさっと動いて、その行く手に立ちふさがる。

 サガの配下だろう彼らが、気合の声と同時にマグスを放つと、いくつもの闇色の魔術弾が空中を飛び、【白輝の氷鎖】を叩き落してしまった。


「さすがだな、居残り組の無能どもとは段違いの手並み。貴様らこそ、真の手練てだれよ……」


「はっ、サガ様は、どうぞお先に……儀式陣の完成をお急ぎください」

「そう、にえはのちほど、こやつとあの娘の心臓で……」


 男たちは口々に感情を押えた声で答える。

 それに応じたサガは、ニヤリと不敵な笑みだけを残すと、滑るようにマントをひるがえし、壁の向こうに消えてしまった。


「ちっ……邪魔しやがって」


 ユーリの舌打ちと同時、圧縮宝珠ハンド・トランクオーブの魔光が弾けると、ユーリの手元に不気味な姿の赤い長剣と、蒼く濡れた刃の短剣が現れる。


(あ、あれは……ユーリ君の部屋で見かけたっ……! じゃあアレって、預かり物じゃなくて……ユーリ君の魔装武器マギスギア!?)


 セリカが目を丸くする。紅蓮裂ぐれんさきのガルシャダスとてつくファルファッラ……ユーリは愛用のそれらを、そっと両手に構えなおすと、男たちに向き直る。


「悪いが、先を急ぐんでな。ここは押し通らせてもらうぜ……!」


 そう言いながら、ユーリの目がちらりと背後のセリカに飛ぶ。男たちは、恐らく、それなりの猛者ばかり。手負いのセリカを彼らから守りつつ、サガも追うとなると……。

 その時。


「ユーリ殿、凶賊きょうぞくどもに少々お困りのご様子ですね……ならばわたくしが、この雷神打鞭トール・ウィップとともに、裁きの手をお貸しいたしましょう」


 上から声が降ってきたと思うと、天井の大穴から、するすると何かが伸び、それに片手で捕まった若い女性が、音もなく滑り降りてくる。


 鮮やかに石の床に着地すると、軍装の彼女は、黄金色の片眼鏡をクイ、と指で整える仕草を見せた。同時、彼女がロープのように使ったもの――グリップのついた長い打戦鞭だせんべんが、しゅるしゅると縮まりながら丸まって、その掌中しゅちゅうに収まっていく。


「その真面目くさった声……誰かと思えば、ティエルトか。“神雷じんらい”の二つ名のわりに、遅かったじゃねえか」


 ユーリが振り向かずに、その名を口にする。


(ティエルトって……“神雷”ティエルト女将じょしょう!? この人が……皇国第七魔将のっ!?)


 驚くセリカを他所よそに、いかにも生真面目そうに、きっちり軍帽をかぶり直したその女は、少々固い調子で言った。


「この魔導片眼鏡マグスモノクルによれば、遅れはきっかり五分と三十秒……ナメクジにも劣る遅参ちさんにて、大変失礼いたしました。


 実は皇都にいる魔将は、全て皇宮と軍司令部を堅守けんしゅして動くなとの、ギシュター総統の厳命でして……。


 わたくし、ここに参りましたのは、実はヘカーテ軍司令の独断に基づくものであります。ちなみに表向きは、魔導発電所の事故後復旧状況を調査するため、という体裁ていさいでありまして」


「ハッ、あの姉ちゃん……さっさとギンヌン・ガンプスの本命ねらい、暗黒街の異変にも目を配ってたってわけか? で、それとなく俺を手伝えって?


 相変わらず、恐ろしいほどアタマが切れやがんな……こっそりシド学長に手柄をやろうと思ったのが、無駄になっちまったか」


 ユーリは愚痴めいた言葉をこぼしつつも、ニヤッと笑い。


「だが……今は正直、助かったぜ。わりぃが、ここはあんたに任せていいか?」


 その声に、ティエルトと呼ばれた女は、片眼鏡をクイ、と指の腹で撫でながら答える。


「もちろんですとも。わたくし、確約いたします。そうですね……敵戦力は総勢五名、一瞬でケリをつけられるほどの雑魚ではなさそうですが……そう、長くとも十五分と二十秒以内には、片付くかと」


 言い終えるや、ティエルトの手から閃光のように魔装武器マギスギアの鞭が伸びる。一度、弾ける雷光とともに石の床を打ち鳴らすと、それはまるで、雷龍のあぎとのように、黒いローブの男たちに襲い掛かった。


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★★★【読者の皆様に、よろしければ……のお願い】★★★

皆様の応援のおかげで本作、PV20000、フォロワー240人を突破しました! 直近だと、異世界ファンタジー部門で【403位】を確認しております(もうとっくに変化しているかもですが)


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年末年始の間、当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ、毎日更新予定です。

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