第57話 闇に対峙する者 ★★★

 床に倒れたセリカを見下ろし、仮面の男は言い放つ。


「ふん。まさか俺が敗北することはないまでも……ずいぶん手間を取らせてくれたものだな。だが、くだらん足掻あがきもここで終わりだ。この娘、ここで始末するか儀式のにえに加えるか……いや、その前に……」


 仮面の下で、その恐るべき男――ギンヌン・ガンプス傑統衆けっとうしゅうの一人、燃え立つ顔貌ムスペル・フェイトゥスのサガは、独りちる。


「おい、貴様とそこの金髪の娘……お前らを、ここに差し向けたのは誰だ? やはり軍の手の者か……? 今頃、役にも立たん皇宮と司令部の警備で、大慌おおあわてなはずだと踏んでいたのだがな。この陽動作戦ようどうさくせんを察した、予想外に切れる奴がいたということか……?」


 仮面越しに響く、冷たい声が足音とともに近づいてくる。


「言え。素直に白状すれば、俺の葬送の炎で、楽に死なせてやらんでもないぞ……?」


 セリカの耳に、男が発するそんな声が届く。

 その語尾にはわずかに愉悦ゆえつの色が混ざっている。圧倒的強者が弱者をなぶり、嗜虐いたぶる時の嘲笑ちょうしょうめいた響き。

 少し遅れて……セリカの太腿に、激痛が走った。


「ああっ! ぐああぁぁぁ……っ!」


 底に鉄鋲てつびょうを打った男の革靴ブーツが、ちょうどさっき受けたももの傷の上を、ぎりぎりと踏みつけたのだ。

 たちまちメリメリと骨が軋み、関節が悲鳴を上げる。


 腿から脊髄せきずいを伝わり、全身を駆け抜ける凄まじい痛みにセリカの唇がわななき、顔の筋肉が痙攣けいれんする。

 激痛に思わず呼吸が止まり、必死で息を吸い込もうとする白い喉が、ひゅうひゅうと鳴った。


「さあ、吐け……! さもなくばお前の四肢を一つずつ、砕いていくことになるが……?」


 仮面の男が冷徹に言う。瞬間、セリカの足を踏みつける力が、少しだけゆるむ。

 セリカは顔を歪めつつ、なんとか言葉を絞り出す。


「わ、私たちは、誰の、使いでもないわ……そ、そこの彼、マギスメイアの同級生の姿を、追ってきただけ……」


「……本当か? だが使えない三下ザコばかりとはいえ、俺の部下を子供扱いにした上、さっきの手並みだ。とても、ただの学生には思えんがな……?」


 男が再び嘲笑ちょうしょうめいた声を漏らし。


「仕方ない、本気で手足の一つでも折り取ってみるか? いや、この闇の炎で関節を焼き、ねじ切ってみるのも良いかもしれんな……」


「……!」


 思わず歯を食いしばったセリカの眼前、仮面の男が、掌に黒紫のマグスをまとわせたその時。


「うおおおおっ……!!」


 雄たけびとともに部屋の片隅から、そんな仮面の男へ向け、赤い火球を撃ち出した者がいる。


(ティガッ!? いえ……この炎のマグスは【炎飛矢(フレイムアロー)】……!?)


 セリカがハッと見ると、ふらふらと立ち上がった一人の少年が、男に向けて両手を構えている。

 その赤毛の姿は……さっきまで正気を失っていたはずの、マルクディオ・ラハンであった。

 恐らく精神操作術のリミットが切れたことで意識を取り戻し、状況を悟るや、一矢報いようとしたのだろうが……


うるさいぞ……赤毛のゴミクズが……」


 ちらりとそれを一瞥いちべつした仮面の男は、掌だけで軽々とその魔術弾を打ち払う。

 しかしその拍子に、わずかに男の身体の重心が移動した隙を、セリカは見逃さなかった。

 必死で力を振り絞り、男の足下から太腿を引き抜くや、身体ごと転がるようにして、壁際に移動する。


「ちっ……」


 男はそれを横目に、小さく舌打ちしながら、人差し指を立てて揺らす。

 たちまち巻き起こった闇の疾風がマルクディオを襲うと、その身体を軽々と吹き飛ばし、壁に打ちつける。

 崩れ落ちたマルクディオは、そのまま白目をいて、再び動かなくなってしまった。


「つくづく下らん……どうせなら、示し合わせて一斉反撃いっせいはんげきでも試みたほうが、まだ万に一つ、逆転の目があったろうに」


 そんな風に、吐き捨てるような言葉が男の仮面の下から漏れた、その直後。


「いいや、“目”なら生まれたぜ……たった今な」


 室内に響いた少年の声。

 同時、天井の一部が音を立てて崩れ落ち、ぽっかりと地上へ通じる穴が開いた。

 その向こうには、煌々こうこうと輝く月と満天の星。

 夜空を丸く切り取った窓のようなそこから、音もなく飛び降りてきた人影は……


 セリカはよろめく身体をなんとか壁にもたれかけさせると、ふらふらと立ち上がり、小さくその名・・・を口にした。


「ユ、ユーリ、君……!?」


 そう、そこに立っていたのは、まぎれもなく、セリカが脳裏に思い描いたあの少年。


 差し込む月の光の中、涼しげで不敵な表情を浮かべたユーリス・ロベルティン……マギスメイアの謎めいた劣等生である。ただしその服装は、いつもの学園制服姿ではない。皇国魔装騎士としての完全な軍装……戦闘服姿・・・・だ。


「よう、なんとか元気じゃねえか、“お姫様”……とりあえずこれ、応急処置で使っとけや……!」

 

 ひとまず、というように床に転がっていたセリカのペンダントを拾い上げつつ、ユーリが後ろ手に、小さめの圧縮宝珠ハンド・トランクオーブを投げ渡す。


 セリカの足元で圧縮が解除され、淡い魔術光とともに出現したのは、電理魔術治癒薬バイオ・ポーションと自動止血バンド……即効性の高い、軍用の外傷治療セットである。


「ティガのほうは……ああ、衝撃を何とか雷光の鎧ブリッツ・ガンドで軽減したのか、失神程度で済んでるな。セリカ、安心しろ。この血は額がちょっと切れてるだけだ、見た目より傷は浅いぜ」


(そ、そうなんだ……! 良かった、無事で……!)


 その言葉に、セリカがほっと安堵した表情を浮かべる。


「それはともかくだ、あのクソ野郎にだいぶやられたみてーだが、大丈夫か?」


「う、うん、心配しないで……! そ、それよりも……」

 

 そんなセリカの言葉を、ユーリは強引にさえぎって。


「自分より、仲間を、か? チッ、優等生の公女おひめさんよ、お前はいっつもそれ・・だな。その傷で、ふらつく足で……マグスはスッカラカンで顔から血の気引いてんのに、気丈な嘘ついてんじゃねーよ。馬鹿野郎、さっさと手当して休んでろ。俺がこいつをぶち倒す間、な……!」

 

 そんなユーリの最後の言葉は、心なしかぶっきらぼうな口調に比して柔らかいもので、セリカは思わず、こくんと頷き……一気に心がくじけて、その場にぺたりと座り込んでしまった。


「おい、まだ気を抜くのははええ……って、お説教は後回しだな。このクソ仮面野郎、お前にゃちょっと“覚悟”してもらうぜ……!」


 言うが早いか、ユーリは仮面の男に向け、右掌みぎてのひらから、青いマグスを放つ。

 彼の腕から伸びたのは、氷のマグスでつくられた鎖……それは仮面の男の右手首に巻き付いたかと思うと、たちまち大蛇のように伸びて、その腕全体をギリギリと締めあげていく。


「ぬ……! この氷魔術ひょうまじゅつは……?」


 小さく唸る仮面の男。一方、ユーリは不敵に笑い。


「そう、マグスの流れを凍らせて阻害する……氷属性のからめ手、【白輝の氷鎖(グレイプニル・ブリズ)】さ」


(え!? じゃあ、クーデリアさんと同じ氷属性の……!?)


 それを聞いたセリカが、驚いた表情を浮かべたのも無理はない。これまでユーリは学園では表向き、己の使用する魔術属性を“炎属性”だといつわってきたのだから。


 たまに授業その他で披露するのも、あえて初歩レベルのものばかり。というか……セリカの前はおろか、ユーリは学園内では、そもそも「本気で魔術を使ったこと」自体がほとんどない。


 その理由として、常に対立が起こり得る列強という仮想敵・・・がいる手前、皇国軍の魔装騎士は、己の手札はそうそう見せないのが基本になっていることがあるのだが……それは、まだ学園の一年生に過ぎないセリカたちには、想像が及ばない領域ではある。


 なにはともあれ、そんなセリカと氷の鎖に拘束された仮面の男を後目しりめに、ユーリはちらりと再び、気を失っているティガ、怪しげな術の反動で崩れ落ちたままの流民るみんの姉妹に視線を走らせた。


 さらに己の足元、無様に伸びているマルクディオの様子を見て取り、呆れ交じりの調子で言う。


「休日つぶしての暗黒街での人探しが、やっぱり大当たりビンゴかよ……この赤毛野郎、どう見ても疫病神やくびょうがみだな。


それと……慈悲深い公女様にも、ある意味感謝、か? セリカ……お前、暗黒街の物乞ものごいどもを仕切る長老ジジィに、何か恩を売っただろ?」


「え……!?」

 

 セリカの脳裏に浮かんだのは、ここに拉致らちされる前……ティガと一緒に暗黒街でほどこしをした、あのみすぼらしい老人の姿である。


「も、もしかして、あのおじいさんが……!?」


「ああ、まさに“情けは人の為ならず”ってな。あのジジィ、実はこの一帯の物乞いたちの“アタマ”だったっつーわけだ。


そうとくりゃ、暗黒街の物乞いネットワークは伊達じゃねえ。お前らの身体がちょうど入るくらいの革袋が二つ、怪しげな辻馬車に運び込まれるのを見たってヤツがいてな。その後はいもづる式の目撃情報をたどって、ってわけさ」


「チッ……だがそれでも、ここは人目も少ない暗黒街の外れ。この地下アジトの場所が知れたというのはどういう訳だ……?」


 仮面の男がそう言ってから、ふと部屋の天井を見上げ、思い当たったようにうめく。


「………むっ、まさか!?」


 同時、ユーリはニヤリと笑って、そこに空いている大穴を指差し。


「そのまさか、さ……さっきここから、そこの天井をぶち抜かんばかりの、どでかいセリカの炎の“狼煙マグス”がぶち上がったんでな。緊急事態だろうってわけで、少々マナー違反だが、“入り口とは別んとこ”から失礼したぜ」


「ふん、なるほどな……そこで、さっきの派手な登場ぶりという訳か。だが歴史を紐解ひもとけば、華々しく舞台に降り立った英雄が、闇に潜む者の刃に倒れた例はいくらもあるのだ。女の前だとて、あまり恰好かっこうを付けすぎるなよ、小僧……!」


 氷の鎖に右腕を拘束されながらも、妙に落ち着き払った態度で、仮面の男はそんな台詞を吐く。


「ハッ、それ言うならよ、闇に染まり切った邪悪の根源が、若い英雄に派手にぶっ倒されんのも神話劇の定番だろうぜ、仮面の悪役さんよ」


 ユーリは、続いてちらりとセリカに視線をやり。


「しっかし、大馬鹿野郎が……! 暗黒街でもこの辺りは特に、お前らお嬢ちゃん風情ふぜいが、気安く踏み込んでいい場所じゃねえ。まあ、おおかたは察したが……多分、そこのクソ坊ちゃんのせいだな?」


 じろりと己の足元……白目をいて転がっているマルクディオに目を向けながら、ユーリは吐き捨てる。


「まったく世話が焼ける……」


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★★★【読者の皆様に、よろしければ……のお願い】★★★

皆様の応援のおかげで本作、PV20000、フォロワー200人を突破しました! 直近だと、異世界ファンタジー部門で【403位】を確認しております(もうとっくに変化しているかもですが)


ですのでよろしければ、「スマホなら目次&広告下、PCなら画面右サイド側」に表示される★にて評価いただければ、更新と誤字修正その他、もっと気合入れて頑張れますので、なにとぞっ! 


第一部完結までの間、当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ、毎日更新予定です。

※今日は地元のコメダ珈琲で、「ジェリコ元祖」なるものを食べました…! ですがミルクの入れ忘れで、なんだか苦かった。いずれ再チャレンジします!

  

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