第56話 反攻激炎

 

 不意に輝き始めたペンダントを、セリカが思わず握り締めたその時。

 その強い想いに反応したように、薄い赤銀せきぎん色だったペンダントの光が、カッと赤くなる。生き残ろう、生き延びようとする強い感情の色に、染め上げられていくように。


 その精神の内側に渦巻く強力なマグスに導かれるように、セリカの目が大きく見開かれた。だがその瞳からはどこか、焦点や意志の光めいたものが失われている。


 今、セリカをき動かしているもの。それは、有無を言わせない衝動・・であった。思考や決意というものですらない、原始の本能に近い激情。

 

 今、まるで生きた一個の疾風しっぷうであるかのように、セリカは動いた。

 無謀であろうと、無茶であろうと一切関係はない。全ての事由まよい凌駕りょうがする、明け星の光のような神速で。

 だからこそ、余裕をもって構えていた仮面の男も、隙をつかれたと言える。


っ!」


 短く吐き出された息とともに、真っすぐ人体の急所に向かって突き出された右拳。それに続く第二射の左拳。

 それらが男の掌に受け止められ弾かれたかと思いきや、銀苺色ベリーブロンドの髪をひるがえしつつ、セリカの身体が大きく沈みこむ。


 大木をも刈り取るような鋭い足払いが放たれ、続くは破城槌はじょうついのようにみぞおちを突き込む、胸尖きょうせん蹴り。


 セリカの死にもの狂いの猛攻は、さしもの仮面の男の防御反応をもしのいだ。 

 男の体勢を崩した上で、セリカが胸に放った勢いある蹴撃しゅうげきは、男の身体を吹き飛ばし、石壁に叩きつけたのである。


 古びた石壁が少し崩れる、派手な物音が響いた途端……瞳に光を取り戻したセリカはハッとする。


(効いた!?)


 自分の攻撃が仮面の男を吹き飛ばした、その事実を理解すると同時……いくぶんか冷静さを取り戻した頭に、本来聡明な彼女らしい、論理的な思考が入り込んできた。


 壁面に身体を打ちつけられた男は、崩れ落ちこそしなかったものの、一瞬だけ気圧けおされている……ように、見えた。


(絶好のチャンス……! でもダメだ、こんな力任せじゃ……! 思い出すんだ、今こそ! ユーリ君に受けた訓練を……!)


 セリカの脳裏に電流のようにそんな思考が走り、彼女は大きく息を吸った。身体を楽にして、必死に練り上げる。

 マグスを。祈りを。願いを。目の前の邪悪を、打ち倒すだけの力を。


「はあっ! 【紅蓮槍(フレイムスピア)】ッ‼︎」


 突き出した両腕から飛び出した炎の猛撃もうげきは、再び仮面の男の身体をとらえ、紅い魔力光とともに炸裂する。

 衝撃に空気が震え、仮面の男が、ついに地面に手をついた。

 その隙に、セリカが凄まじい集中力で、一気に練り上げたのは……


「【炎護円環(ブレイズスフィア・サークレット)】!」


 たちまち彼女の周囲に五つの紅蓮の火球が浮き上がる。それらは赤く輝きながら、セリカの周囲に展開。


(でも、この魔術の真髄しんずいは……防御だけじゃない!)


 続いてセリカは、炎の輝きの中で踊るように、掌を仮面の男に向けて突き出した。

 同時に火球の一つがひときわ赤く燃え上がると、数倍にも拡大する。

 もはや大人の頭ほどともなったそれが、カタパルトで弾き出された火弾でもあるかのように、勢いよく撃ち出される。


 だが、姿勢を崩していたはずの男は、なんとか腰を浮かせつつ、それを闇のマグスをまとわせた掌で打ち払う。


 すかさずセリカが放った続く次弾は、もう片方の掌で防がれる。だがセリカは躊躇ちゅうちょせず第三撃を放ち、男にまたしても防がれ……そんな目にもとまらぬ攻防が、ついには五回まで、重ねられた。

 そしてついに、セリカの周囲に漂う火球が、全て失われた時……仮面の男が、不敵にわらった。


「ふん、どうにもわずらわしい火の粉だったが……弾切れのようだな。哀れな結末が、数分は延びたというところか」


 そんな余裕めかした声とともに、男が一歩踏み出したその時。


「いいえ、十分に間に合ったわ……【約定の天炎(ヘブンズ・プロミス・プロミネンス)】ッ!」


 もちろん、レギオン・バトルであのチェルシーを仕留めた時のように、奥の手である【マグスチャージ】は、初手の【紅蓮槍】の時点で、仕込み済み。


 試合後もセリカは着実にユーリの指導の下で研鑽けんさんを重ねており、今やその威力は、優に通常の数倍を上回る。

 凄まじい熱気と光とともに、仮面の男の足元から、炎の嵐が噴き上がる。


「……むっ!」


 仮面の男が、身体に闇のマグスの鎧を纏わせながらも、小さく吠えた。

 セリカの願いの火は石室いしむろの天井を焼き貫き、噴き上がる火山の炎のように天を目指す。

 マグスと機会を、練りに練って放たれた攻撃。

 その光と焦熱しょうねつは、発現地点のあらゆるものを焼き尽くし、消し炭と化そうとするかのように荒れ狂う。加えて……!


(これで、ホントのとどめよ! 【チャージ】を加えた二本目の【約定の天炎】っ……!!)


もう一つの切り札を炸裂させるべく、セリカの腕にマグスがこもる。さらなるダメ押し、必殺の威力を持つ大魔術の“重ねがけ”である。


 しかし、ついにそれを放とうとした直後……セリカはハッとして、部屋の入り口へと視線を走らせた。


「ぐっ……!!」


 次の瞬間、強い衝撃と痛みが彼女の太腿に走った。

 流れ出る血が、セリカの白い足を濡らして、床に染みを作っていく。

 

 目を落とせば、銀色の二本のナイフが不気味に輝いている。

 さきほど仮面の男が自ら始末した部下二人……彼らがのこしていったドルカ・ナイフだ。そして、正気しょうきを失ったような虚ろな瞳で、それらを握り締めているのは……

 

 その二つの影は、ボロ切れのような粗末な衣服を着ていた。


彼女らは入り口から唐突に走り込んでくるや、床のナイフを拾うと、矢のようにセリカへと向かい、両の太腿を斬りつけてきたのだ。


 それに気づいたセリカは、密かに【チャージ】していた二つ目の魔術を、代わってこの二人の乱入者に向けて放とうとしたのだが……その正体を悟るや、戸惑いが生じて反応が遅れたのである。


(子供……! 女の子が二人!?)


 飛び込んできた人影……それは紛れもない、まだ年端もいかぬ貧相な二人の少女であった。

 

「くっ…… あなたたちは、いったい……なぜ、……?」

 

 この男を守るような真似を、と言い切れず、セリカの身体が揺らぐと同時、魔術の天炎てんえんはその勢いを急激に弱める。

 同時、仮面の男が無造作に広げた両腕で、足元を叩きつけるようにして闇色やみいろの魔法円を張った。


 「【深闇の防御円環(アビス・サーキュラム)】……! 全てを飲み込め、闇のふちよ……」


 闇属性としては、相当の防御用高位魔術ぼうぎょようこういまじゅつであろう。男の呟きとともに、黒い魔法円が生き物のように揺らぐと、炎のマグスを全て食らい込んで、いずことも知れぬ闇の中へと消えていった。


 結果、邪悪な敵を最後まで焼き滅ぼすことなく……セリカの希望の天炎てんえんは、完全に消し止められてしまったのである。


「ううっ……」


 流れ出る鮮血とともに、足から力が抜け……我知らず、セリカは片膝を突いて、かろうじて崩れ落ちそうな身体を支えた。その横で、銀色のナイフを取り落とした二人の少女が、ハッとしたように意識を取り戻し……


「わ、私たち、何を……?」

「お、お姉ちゃん……っ!」


 互いに抱き合い恐怖に震えつつ、顔面蒼白になってセリカを見つめる姉妹。その目が続いて仮面の男に向けられた時、二つの細い喉から、恐怖の悲鳴が上がった。


「ひぃっ……」

「あ、ああ……」


 そんな姉妹に向け、仮面の男は淡々と。


「やれやれ……あの流民るみんの村からお前たちを拾っておいて、二重の意味で助かったというものだ。しかしそろそろ、我が秘術の効果も切れてきたか。操れる間隔が短くなってきたな……」


 仮面の男の、わずかに焦げ落ちたローブの胸元……銀の胸甲にはめ込まれた黒紫の宝珠が輝くと同時、腕先から、怪しい紫光しこうがほとばしる。


「お前たち、もういいぞ。眠るがいい、全てを忘れて……」


 やせ細った流民の姉妹の身体が、糸が切れたように床に倒れ伏すのを見て、仮面の男は、ククッと満足そうな笑い声をあげた。


 一方のセリカは……マグスを練り上げようにも、もはや身体はまるで動かない。あの大技で、完全にマグスが尽きてしまったのだろう。さらに太腿の傷口から流れ出る血は、その体力と生命力を、刻一刻と奪いつつある。


 そんなセリカを冷たく一瞥いちべつして、仮面の向こうで、男が再びわらった。


「フン……魔装武器まそうぶきもなしでこれとは、多少は驚かされたがな。所詮しょせんは本物の地獄を知らぬ小娘の技だ。お前には、真の絶望と憎悪が足りない。それから、戦士に必要な非情さもな……こんな流民の小娘二人など、ついでに焼き滅ぼしてしまえばよかったのだ……!」


 続いて、仮面の男は静かに片手を上げ……人指し指を小さく揺らした。


 たったそれだけで、打撃鈍器ハンマーメイスのような重さを持った闇の疾風が巻き起こる。


 それは片足を突いて身体を支えているセリカの肩を強打し、凄まじい衝撃を加えてきた。


「ぐっ!!」


 セリカは思わず、歯を食いしばった。 

 だが、抵抗虚しく……そのほんのひとぎで、まるで枯れ木が嵐に折りひしがれるかのように、セリカは床に倒れ伏す。


 その拍子に、彼女の胸からあのペンダントがちぎれ飛び、石の床に転がった。

 そのまま、赤い貴石に灯っていた光は静かに消えていき……再び周囲には、蝋燭ろうそくの光だけが揺れる真の闇が舞い戻った。


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★★★【読者の皆様に、よろしければ……のお願い】★★★

皆様の応援のおかげで本作、★100、PV18500、フォロワー200人を突破しました! 

コンテスト一次でなんとか足切りを回避したい思いもあり、まだまだ上を目指したい今日この頃です。


なので、よろしければ、「スマホなら目次&広告下、PCなら画面右サイド側」に表示される★にて評価いただければ、更新と誤字修正その他、もっと気合入れて頑張れますので、なにとぞっ! 


年末年始の間、当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ、毎日更新予定です。

※あけましておめでとうございます! 昨日は年越しのおそばを食べて、腹いっぱいです。本年もよろしくお願い申し上げます。


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