第六章 憎悪に燃える皇都/復讐鬼

第53話 暗黒街にて

 べル・カナル……暗黒街と呼ばれる一帯が、皇都には存在する。

 元は貧民街だった場所だが、そこにやくざ者や娼婦しょうふ、酒や賭博とばくで身を持ち崩した平民崩れ、没落した小貴族の末裔まつえいなどが集まって、一種のスラムを形成しているのだ。


 皇都のゴミ溜めとも呼ばれ、皇国内でも悪名高いそんな地区の入り口近く。

 まるで清浄せいじょう汚濁おだくを分ける境界でもあるかのように、大道路を挟んで、二本の石柱せきちゅうそびえ立つ。


 この季節は一面、青く晴れ渡っているのが普通な皇国の空までが、ここでは心無しかどんよりと曇っているかのようで、石柱はちょうど石づくりの塔のように、そんな空に向けて真っすぐに伸びている。

 

 その二本の塔は、元は皇都の外殻障壁の一部だった電理ブロックが、雑に積み重ねられた無骨ぶこつなシンボルマーク……それはここを通り過ぎる者に、“この先に踏み込むこと”の危険を告げる、警告板のような役割を果たしていた。


そんな暗黒街入り口近くの路地に、今、二人の少女の姿があった。


「それにしても……ティガの家が、救貧院きゅうひんいんに食事を作って届けてるなんて、初耳だったわ」


 薄い銀苺色ベリーブロンドの髪をした、上品そうな少女が、隣を行く相方に、感心したように言う。


「ま、あんまし吹聴ふいちょうするようなことでもないしね~。せいぜい月に二回くらいだし」


 ソバカスの浮いた顔に照れ笑いを浮かべながら、浅黒い肌の少女が答えた。


 ちょっと午後のひと仕事でも終えたような顔で、仲良く歩いているこの二人は、マギスメイア電理魔術学院の一年生……セリカとティガである。

 今日は休日なので、制服は着ていない。


「ううん、それでも、尊敬に値することよ。私も、見習いたいくらい」


「えへへ、セリィにそんなこと言われちゃうとな~。実は、この街区の地神ちじん様を信奉してる老神官様に、昔、母ちゃんが世話になったらしくてね。細々とだけど、恩返ししてるってわけよっ!」


「ふぅん……でもティガって、子供達に人気あるんだね。救貧院の子みんなに『ゴハンのお姉ちゃん』って慕われてたじゃない?」


 にこにこしながら、セリカが言う。

 どうやら今はちょうど、紙皿に盛った料理をたずさえて救貧院を訪ね、子供たちに食事を送り届けた帰りであるらしい。


「あはは、やめてよぉ! あんなガキんちょどもにモテたって、しょーがないじゃん。まあでも、子供は嫌いじゃないけどね。ウチは弟に妹が多いからさ~。でもセリィも、ありがとね? せっかくのお休みを潰して手伝ってくれて、さ?」


「ううん、ちょうど試験があんなことになった直後だもん。昨日は、二人して休んでるのも何だかな……って思って、ユーリ君のところへ行ったら、留守なんだもんね」


「そうそう、ついでにいつもの訓練、付けてもらおうと思ったのにさっ! レギオン・バトルからこっち、なんだか身体がうずいて、仕方ないんよね~。再試験もそのうちあるはずだし!」


「あはは……ティガ、気合が入ってるのは良いことだけどさ、ユーリ君にも彼なりの都合があるでしょう? 訓練の指導っていったって、無理強いはできないわよ?」


「もちろんだよ! ウチの手作りの料理を差し入れたりして、お礼がてらに、少しずつ教えてもらおうと思ってんの!」


「あ、そうなんだ? ふぅん……」


「何よ何よ、その間は……!? ウチが訓練にかこつけてアプローチしてんじゃないかって、ちょっと気になんの? ウリウリッ!」


「ち、違うわよ……彼のことは尊敬してるけど、そんなんじゃ……!」


「大丈夫だっつの、ウチは何せ、そのヘンは友情第一だもん! オトコは縁が切れたらそこまでだけど、オンナの友情は一生モンだって母ちゃんが言ってたし!」 


「そのヘンってどのヘンよ……! いえ、その……ちょっとね、ユーリ君ってどんな料理が好きなのかな? って思っただけ! まあ、お菓子は、かなりの甘党ぽいけど……」


「あ~、ユリっちっていつも、砂糖菓子とかばっか食べてるもんね。よくあの痩せマッチョ体型保ってられんよね……ある意味でうらやまましいっつ~の!?」 


「ああ、それは確かに、ちょっと思っちゃうわね……食堂でもよく、メガ・シュガーボム・ドーナツを、パクついてるのを見るし。どういう体質なのかしら?」


「うんうん、よっぽどカロリー消費が激しいんかな? で、飲み物の好みは、なんつってもアレ・・一択……ショージキ、味覚どんだけぶっ飛んでんだよって思うけど、ねえ?」


「あ~、エーテルペッパー……レギオン・バトルの後もクーデリアさんに、以前のお昼ご飯の時にダメになったぶんは、しっかり弁償してもらったみたいだしね……」


「あれはもう、中毒だよ中毒! どんだけ愛してんだってハナシだよね! ショージキ、女の子より、あっちのほうが好きなんじゃね!?」


「えっ!? いやいや、さすがにそれはないと思いたい……けど……」


「セリィも、ユリっちのオトコ心の前に、エーテルペッパーの分厚ぶあつい壁を攻略しないとね。まあでもユリっちあの調子だし、恋の二択迫っても、きょとんとして迷わずエーテルペッパーのほうを取っちゃいそうだけどさ! あははっ!」


「ど、どういう意味っ!? もう!」


「はぁ~っ、さてさてどんなイミでしょうね~、にひひひっ!」


 そんな、賑やかな帰り道の途中。

 ふと、セリカは足を止め……つかつかと道路の片隅に歩み寄った。

 そこには、薄汚れた年寄りの男性が座りこんでいる。どうやら、皇都の片隅にはよくいる、物乞いの類らしい。


「……」

 

 ティガが黙って見つめる中、セリカはそっとかがみこむと、ポケットからおもむろにウォレット・カードを取り出す。

 続いてそれを、物乞いの老人が震える手で差し出した、薄汚れた電理カードにかざした。

 ほんの数百ソルが電理処理されてカードからカードへと移動し、老人は深々と頭を下げ、しわがれた声で言う。


「ありがとうよ、親切なお嬢さん……あんたに、光神ローディスの幸いがあらんことを……」


 そのやりとりを見ていたティガが、苦笑して。


「しょうがないなあ、セリィは……気持ちは分かるけどさ、ああいう物乞いはこの地域に無数にいるんだ……全員におカネをあげて回るつもり? キリがないよ?」


「う、うん……分かってるわよ。でも、ね……?」


 セリカは少し慌てたように身体を起こすと、立ち上がってから、ティガに小声でささやくく。


「確かに、偽善かもしれないけれど、やらないよりはましだと思ってるのよ……小さい頃から、“休日に街へ外た時、最初に見かけたには”って決めてるの」


「やれやれ、お情けぶかい公女様だね……! しゃあねえ、ウチも付き合うかっ! 来世の徳を積むと思ってね! ジイちゃん、これでお菓子でも買いなよ?」


「おお、おお……! こんな老人に、お二人とも、なんてありがたい……!」


 拝むようにひれ伏す老人を苦笑しながら立たせてから、歩き出すセリカとティガ。


「ごめんね、ティガ。合わせてくれたみたいで」


「いやいや、よく考えたらさ、救貧院に差し入れするのも、似たよーなもんだって思ってね!」


 そんな時……。

 ティガがふと、はっとしたように動きを止めた。


「どうしたの?」


「し~っ! セリィ、あれ……見てみ?」


「?」


 セリカは思わず釣られたように、ティガが指し示した、通路の先をうかがう。


 そこは、ちょうどメインストリートにつながっている小路の出口近くだ。

 本格的な暗黒街の深部に繋がっている、ちょうど境界線のようなエリア……。


 小路の先に開けた大通り、その街頭の下に、二つの人影がある。

 片方は、フードで顔を隠した怪しげな痩せぎすの長身男。そして、男に比べるとやや小柄な、もう一人は……


「あ! あれ……もしかして、金獅子組のマルクディオ・ラハン?」


「そうそう、今は停学中で、謹慎きんしんしてるはずなのに……こんなところで、何やってんだろ?」


 ティガが、眉をひそめつつ言う。 

 セリカも、改めてその人影を、確認するようにじっと見つめた。


 やっぱり、間違いない。

 制服姿ではなくそれっぽい外套を着込んでいるが、ちらりと見えた顔と、フード越しにも目立つあの赤髪は見間違えようもなかった。ましてや少し前にはなるが、彼とはひと悶着もんちゃくあった二人なのだから。


「相手は誰だろ……大人、だよね」


「あっちはあっちで、露骨に怪しいわ~」


 セリカとティガは、そんな風に囁きあいつつ、なおも観察を続ける。

 その視線の先で、痩せぎすの男とマルクディオは、何か小さく言い争っているようだった。漏れ聞こえてくる言葉からすると、彼が男から購入した何かについて、トラブルが起きたらしい。


 押し問答がしばらく続き……そうこうするうち、何らかの話が付いたのか、痩せぎすの男とマルクディオは、和解したように小競り合いを止め、互いにうなずき合うと、そのまま連れ立って歩いていく。


 セリカとティガは顔を見合わせあうと、どちらからともなく、二人の後を付け始めた。


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★★★【読者の皆様に、よろしければ……のお願い】★★★

皆様の応援のおかげで本作、PV16500、フォロワー190人を突破しました! 直近だと、異世界ファンタジー部門で【403位】を確認しております(もうとっくに変化しているかもですが)


ですので、よろしければ目次下の★にて評価いただければ、更新と誤字修正その他、もっと気合入れて頑張れますので、なにとぞっ! 


年末年始の間、当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ、毎日更新予定です。


※今日は、人生初の『スラムダンク』をガシガシ読み進めています! 最近『俺だけレベルアップな件』もちょっと興味があります…!

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