第52話 照らし出された闇 ★★★

 マギスメイアの生徒とギンヌン・ガンプスをつなぐ裏糸の存在を知り、驚くシド学長。だが、ユーリは、すでに“裏”を取っていた。


「そのまさかですよ、学長。現在、停学中になっている金獅子組のマルクディオ・ラハンとその取り巻き……さっき、ちょっと下調べしてきたところでしてね」


「えっ!」


「奴らのレギオン『マルドゥーク』の溜まり場になってる、東街の廃工場をご存知ですか? 肝心のマルクディオはいませんでしたが、さっきそこにいって、妙なクスリでラリってた、下っ端のデブを締め上げてみたんです……そしたら、至極しごく簡単にゲロしましたよ。


要は奴ら、先日の停学処分のことを根に持っていたってことです。成り行きで自首・・したものの、心底から納得していたわけでなし……処分が重すぎる、とでも考えたんでしょう。


だからセリカたちをからかってやろうと、停学中のうっぷん晴らしで、ちょっと悪戯を仕掛けたつもりでいたらしい」


「な、なるほど。言われてみれば、どこか不貞腐ふてくされたような態度も目立ちましたね。でも、あの高度な魔導装置は……?」  


「そこについちゃ、さらに問い詰めた結果、分かったんですが……どうも奴らが出入りしていた暗黒街の闇市場で、妙な商人からあの装置を買い付けたらしいんですよ。奴らがラリってたクスリも一緒にね。しかも、最初はあちらから接触してきたとか……」


「ろ、露骨に怪しいじゃないですか……」


「はい。とはいえマルクディオたちは、せいぜいゴーレムが多少ハメを外す程度の、コントロールジャミング装置だと思ってたらしい。まさか訓練場のシステムに干渉して障壁を制御できなくした上で、ゴーレムのパワーリミッターを全て外して複数体を暴走させるとはね」


「ふ~む。学長の私がこういっちゃなんですが、彼らは素行そこうもおつむのほうも、あまり……想像力に欠けていて短絡的たんらくてきなところがありましたからね。思うに、その闇商人とやらが、恐らくは……」


「ええ、間違いないでしょう。ギンヌン・ガンプスのメンバーの偽装か、その息がかかった人間だったんでしょう」


「何か証拠となる特徴でもあれば、決定的ですな。たしか……ギンヌン・ガンプスのメンバーは、入隊の証に、赤い蛇と髑髏どくろ刺青いれずみをするしきたりがあるとか?」


「はい、その通りです。その魔紋の刺青は、本人がマグスを通すか、一定波長の光を浴びると浮かび上がる仕組みらしい。それからついでに、こんな話も聞けましたよ。最近、マルクディオ本人もどうも様子がおかしかった、とか。クスリの悪影響なのか、たまに目が虚ろになって、夢遊病患者むゆうびょうかんじゃみたいに、フラフラとどこかにさ迷い出ちまうことがあった、とね。ま、どう考えたって、この状況自体は、不穏そのものでしょう」


「ふぅむ……」


 シド学長はここで、何やら意味深いみしんうなった。どうも暴走したゴーレムのこと以外に、何かあるらしい。

 それに気づいたユーリが視線で問いかけると、実は、と前置きして、彼は話し出す。


「あの事件で、訓練場の機能が一時的に麻痺まひさせられたでしょう? 実は、このマギスメイア以外でも、魔導発電所と電理防衛網でんりぼうえいもう管理センター……複数個所で、同じような機器の暴走事故が起きてるらしいんですよ」


「……!」


「ちなみに当校の訓練場でも、現在も事故の影響が、尾を引いてまして」


「……と、言うと?」


「訓練場の魔導障壁が、完全には機能回復していないんです。さらに、そもそもあのシステムは、皇都の一区域の電理魔導障壁と繋がっていまして……影響の逆流とでも言いますか、皇都の電理魔導管理アルカディアシステムの出力が、一部不安定になっています」


「まさか、皇都の外殻障壁が機能しないんですか? そこに幻魔どもが大挙して押し寄せでもしたら、面倒なことになりますが」


「いや、そこはさすがに別のシステムの管理区域になっているから、大丈夫なのですが……区内の一部、ベル・カナル地区の区画障壁が、事件の余波で実質的には機能してない状態です」


「ベル・カナル……ちょうど話に出た暗黒街……闇市場があるところですね」


 ユーリが呟く。


「まあ、一番要の皇都外殻の障壁さえしっかりしていれば、予備の内部魔導障壁が多少もろくなったぐらいじゃ、問題はありません。もちろん魔導発電所や電理防衛網管理センターの復旧が優先されるでしょうから、元に戻るには数日かかるでしょうが…… ただまあ、一連の事故で死者が出ていないのは不幸中の幸いといったところでしょうか」


「ふむ。まあ、いずれにせよ調査は必要な気がしますね。で、ちょうど今日、明日は試験中止のあおりで、休日だ……」


「そ、そうですね、ユーリス殿も、対物標的試験の参加者ですから……」


「なら、ギンヌン・ガンプスのことを、俺もちょっと調べてみますよ。度重なる事故のこと、闇市場のこと……個人的に気になる部分がいくつかありますしね」


「そ、それはありがたい! ユーリス殿が動いてくれるなら心強いですしね!」


 揉み手せんばかりにして、シド学長がそう言う。そこで、ユーリはしれっと。


「手柄は全部、学長殿に差し上げます。そうだな、ヘカーテ司令と交渉するカードにでも使えばいい。その代わり、例のクロム・ゴーレムが全損した件……もちろん俺は何の関係もない・・・・・・・・・・・・・ですが、そこについては、今後一切追及無用に願います。当然、被害金額の請求書についてもですよ?」


「そ、そういうことなら、ユーリス殿のおっしゃる通りに。上手く軍上層部や皇宮筋にもお話して、ここ数年度ぶんの予算を、前借り式に回して補填しておきますので……」


「学長のありがたいお心づかいに、感謝しますよ」


 ユーリはニヤッと微笑んで、小さく軍隊式の敬礼をしてから、学長室を出ることにしたのだった。


※ ※ ※


一方、皇都のなかほどに広がる、巨大な皇宮の中庭では……


「きゃああああああっ……!!」


 色とりどりの花が咲き乱れ、蝶や小鳥が舞う春景色はるげしきの中で、そんなのどかな光景には到底とうてい似つかわしくない、若い女の悲鳴がこだまする。


 服装からすると、どうやら彼女は、皇宮で働く侍女たちの一人らしい。

 地面にへたり込んだ拍子にめくれあがったプリーツスカートの脇で、恐怖に震える女の白い指が、庭土にわつち芝生しばふを同時にぎゅっと握り締めている。

 

 大きく見開かれた、女の視線の先には……この庭で一番大きな巨木の枝から垂れ下がった、奇妙な果実が揺れていた。


 いずれもシーツを裂いて作られたロープを首に巻かれ、木の梢に結びつけられた三つの身体……。


 その全員が若い女性で、いずれもが、庭で腰を抜かしているこの侍女の同僚たちである。それもつい先日まで、一緒に厨房や部屋の掃除の合間に、にぎやかに談笑していた彼女の仲間なのだ……。


 だが、そんな少女らの今の姿は、無残そのもの。舌が飛び出し、目元に涙の痕が残る目は、眼球が突きださんばかりに大きく見開かれて、表情は苦悶と絶望に歪んでいる。


 背中に突き立った奇妙な銀色のナイフとともに、3枚の血染めの告知文が発見されたのは、それからしばらく後のことであった。その赤い文字が示していたのは、先の近衛士たち10人が殺された事件と、寸分違わぬ内容……つまり、同一犯の犯行をを思わせるものだ。


 皇宮には激震が走り、侍女らはもちろん、皇帝・皇后や高官たちの顔色をも青ざめさせた。ただ、何よりも不気味かつ人々を恐れさせたのは、警戒厳重けいかいげんじゅうなこの皇宮にいったい何者が入り込んだのか、その気配が全くなかったことである。


 この報告はたちまち軍部にも届き、直ちに鉄衛師団による状況調査が行われた。しかしその結果は、犯人の手がかりを見つけるどころか……むしろその真逆まぎゃく

 つまり、調査の結果はまたも、「侍女たちが自分でロープを作り、自分で首にそれをかけ、自らの意志で互いの背にナイフを突き立てた後、樹上からぶら下がった」ことを示すものばかりだったのである。


 その報告を聞いたギシュター総統は顔色を失い、すぐにヘカーテ司令を通じ、内密に命令を下した。

 その後、皇宮の護衛を倍増することに加え、総統室が存在する軍司令部の守りを徹底的に固めるよう、指示が出され……司令部はたちまち、人員の再配置と武装状態の確認といった、非常事態対応に追われることになったのだった。


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★★★【読者の皆様に、よろしければ……のお願い】★★★

皆様の応援のおかげで本作、PV15000、フォロワー190人を突破しました! 直近だと、異世界ファンタジー部門で【403位】を確認しております(もうとっくに変化しているかもですが)


ちなみにこそっと観測してみたところ、★一つで順位が30位とか変わることもあるようです。★三つで100位近く…! つまり皆さまの★一票は、小さいように見えて、文字通り作品の運命や著者のやる気に、巨大な影響を与えうる一票なのです! 


ですので、よろしければ目次下の★にて評価いただければ、更新と誤字修正その他、もっと気合入れて頑張れますので、なにとぞっ! 


年末年始の間、当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ、毎日更新予定です。応援よろしくお願いいたします。※今日は、「雨あがる」という映画を見ました……!

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