第51話 学長室の密談

 対標的戦闘試験が予期せぬトラブルで中止となり、日を改めた翌日。

 午後のマギスメイア学長室にて。


「これはこれはユーリス殿。わざわざそちらからお出ましいただけるとは、珍しい」


「こんにちは、シド学長。試験参加者全員に、大事を取って数日休むように連絡が出されたばかりのところ、恐縮ですが……今日はちょっと、改まってお話しておきたいことがありまして」


奇遇きぐうですね、こちらもです。具体的にはその、先日のゴーレム暴走事故の一件なのですが……」


「ああ、なるほど。では、お先にどうぞ」


「はい。被害について結論からいうと、生徒の中に骨折程度の怪我人が何名か出たのみで、奇跡的に死者は一人も出ませんでした。ただ何があったのか、訓練用のマギスクロム・ゴーレムが全て、使い物にならなくなってしまいましたが……」


「へえ、それは大変でしたね」


「……また訓練場のシステムについては、ゴーレムの暴走でサブシステムが破壊されたほか、メインシステムも完全停止させての、全面チェックと適宜修繕が必要な状況です」


「なるほど、被害は甚大だ」


「その通りです……実に困ったもので……」


 その後、ちらりと向けられるシド学長の意味深な視線に、空とぼけた様子で返すユーリ。そんな彼に向かって、シド学長が顎髭あごひげを撫でながら渋い顔で切り出す。


「それで、ですね……? 実はその、あのマギスクロム製ゴーレムがどうやって破壊されたのか、調べてみたところ、やはり一年生たちの魔術攻撃が直接の原因ではない、という結論に至りまして」


「はあ……で、それが?」


「……つまり、その、ユーリス殿が何かしら、関与しているのでは、と。そうなると、全部とは言いませんが、修理費用の一部くらいは……なんとか」


 ユーリはもちろん、ぴしゃりと機先を制した。


知りませんね・・・・・・。だいたい俺は、軍に法外な懲罰金ちょうばつきんを科せられた挙句、口座も凍結されてて、今はしがない貧乏学生ですよ? 


あえて請求書を出すっていうなら……そうだな、軍のヘカーテ司令宛でどうです? 一応、俺をここへ送り込んだ一件については、彼女が責任者でもあるわけですし」


「え、そんな無茶な! 下手を打ってあの方を怒らせでもしたら、今度は私の立場が危ういですよ……? 考えるだけでも、ぞっとします! な、なのでここはひとつ、やはりユーリス殿に……」


「へえ~。じゃあ聞きますが、そもそもあの時、生徒の危機に真っ先に対応すべきマギスメイアの魔導教官たちは、何をしてたんですか?」


「そ、それは……! いやしかし、そもそも訓練場の魔導障壁が解除できなくなるなど、想定外の事態で……」


「しかしも何もねーでしょうが。だいたいここは、魔装騎士を育成する実践教育の場ですよね? 常に進化・変化する幻魔や小ズルい列強を相手にする戦場で、『想定外の事態』などという言い草が通じますか? 言い訳もはなはだしい。あなたもかつては戦場に出ていたのだから、お分かりでしょ?」


「う……しかし、それとこれとは……」


 シド学長は、たじたじとなる。


「違いませんよ。そもそも、俺がああしなければ、どうなったと思います? 


さっき学長は、『奇跡的に死人が出なかった』とおっしゃいましたよね。まさに、その通りですよ……。怪我人も若い学生ばかりだ、そもそも回復力がある上、ここの治癒ちゆ魔術処置があれば、骨折程度はいずれ完全に治ります。


ならばこの一件で出た全被害は、実質的には物的被害のみ……そう、マギスクロム・ゴーレムとシステム装置だけで済んだわけだ。そう思えば、安いもんじゃないですか」


ここぞとばかりに、ユーリは一気にまくし立てた。


「う~ん、ですが……貴重なゴーレムが、全損というのは……」


「学長は、皇国の未来を支える将来性にあふれた生徒の命とたかが学園の備品、どっちが大事だと?」

 

「ま、まあ、それは、確かに……」


「なら、それでいいでしょう……! 教育者たるもの、そんなに悲観的になっちゃいけない。生徒たちの思考にネガティブな悪影響が出ます。つまりはなんでも良いように考えることですよ、シド学長!」


「そ、そうです、かね……」


「間違いありませんよ、ポジティブシンキング、これが大事です。未来の可能性というものに、もっと目を向けましょう!」


 学長の眉が情けなく落ち、彼がしょげかけてきたタイミングで、ユーリはすかさずその話題を切り上げるよう暗にうながした。


 実はユーリとて、先日、構内で「不審者」の影を見つけておきながら、特に報告もしなかったので、微妙に落ち度がないこともないのである。


「それよりも、です。ついでだから報告しておきますが……俺がちょっと調べたところ、暴れ出した最初のゴーレムには、こんなものが取り付けられていました」


 ユーリは、ポケットからそっと、例の奇妙な装置の残骸を取り出し、学長に見せる。


「これは……?」


「皇都では、あまり見ない怪しげな装置でしょう? ですが、とんでもない代物でしたよ」


「と、いうと?」


「知り合いの“何でも屋”のところに持ち込んでみたんですが、こいつは凶悪な効果を発する、魔導ジャミング装置でした。


訓練場とゴーレムの内部機構を乱して、障壁管理装置やあらゆるストッパー機能を外し、内部から暴走させる……強力かつ特殊な魔導石がはめ込まれていて、その闇の波動によるものです」


「なっ……!?」


「大丈夫、証拠隠滅しょうこいんめつ用の自壊じかい装置と一緒に、全部まとめて機能解除してあります。で、この魔導石の欠片かけら組成そせいと独自のマグス波長ですが……おそらく『蛇獄の裂け目戦線ギンヌン・ガンプス』の、腕の立つ魔導技師のものかと」


「何ですと!」


 それまで眉をひそめているだけだったシド学長が、不意に前のめりになると、ガタリと椅子を揺らして立ち上がった。


「『蛇獄の裂け目戦線』……ギンヌン・ガンプスといえば、大魔術テロ組織だ! ドルカの暗殺傭兵の末裔まつえいたちで、列強と組んで皇国に仇為あだなす、国家レベルの危険集団ではありませんか!」


「皇国も、奴らと派手にやりあったことがありますからね。列強の一つ、ラーゼリア僭帝国せんていこくが影で糸を引いてため事の折に、雇われていたのが奴らだったかと」


「ええ、外戦師団と武力衝突して、かなり激戦になったとか」


「……実は、俺も参加していたんですよ」


「なんと、ユーリ殿はてっきり、征魔せいま師団の所属かと思っていましたが」


 シド学長が驚くのも無理はない。列強およびその支配下にある組織との小競り合いは外戦師団が担う分野であり、幻魔との戦いを主とする征魔師団は、基本的にノータッチなはずだからだ。そもそも対人戦闘と対幻魔戦闘では、セオリーからしてまったく異なるのだから。


 そのため、ロムス皇国の軍人は通常なら、外戦師団と征魔師団のどちらか一つにしか所属しないことがほとんどなのである。だが、話を聞く限り、どうもユーリは違ったらしい。


「……あそこにいたのは、助っ人として、です。俺は厳密には皇国の四大師団のうち、どれにも所属していませんでしたから。もちろん、所属部隊はありましたが」


 ユーリは事も無げにそう言った。


「えっ、するとまさか……!?」


 シド学長は驚きとともに、一つの名前を口にする。


「もしやあの、【幻神将隊アーリア・グラディエス】ですか!? まさか、実在していたとは……」


 幻魔戦争の終結直後に結成が噂されていた、秘密部隊……だがその実態となると、外野の者の間で推測まじりに、ああだこうだとまことしやかにささやかれるだけで、組織編成や人員構成などは、全て不明のまま。今となっては、実在すらを怪しむ者も多いくらいだったのだが……。


「一応、その通りってことになりますかね。ただ、名前だけは立派ですが、実態はいわゆる独立愚連隊ぐれんたいです。


今日は幻魔を討伐したかと思えば、明日は顔を隠して外戦師団のフォローをし、お次は鉄衛師団をサポートしての魔術犯罪者の捕縛、といった具合でね。


とにかくやたらに忙しいし、面子めんつも元犯罪者上がりなんかの曲者くせもの落伍者らくごしゃ、やらかした懲罰対象者ちょうばつたいしょうしゃなどなど、よく言えば“個性派ぞろい”で、ろくなもんじゃなかったですが」


「……」


 ユーリス・ロベルティン……この少年は、確か書類上はまだ16歳だったはずだ。どれほどの実力があれば、歴戦のベテランも顔負けの、こんな軍務キャリアを築けるというのか。

 その輝かしい前歴は知っていたものの、シド学長は、思わず口をあんぐり開けて、あくまで涼やかな表情を浮かべるこの恐るべき少年の顔を、二度見してしまった。

 そんなシド学長の態度を気にかけることもなく、ユーリは続ける。


「さて、話を戻しますが……そもそも、今回の一件にギンヌン・ガンプスが噛んでるとすれば、俺には、思い当たる節がなくもないんですよ」


 そしてユーリは、学長に改めて“そのこと”を話した。


「ちょっと街で妙な噂を仕入れましてね。闇市場とこのマギスメイアの生徒の、妙なかかわりについて」


 もちろんそれは、例の店の、マキシモ親父に聞いた話のことだ。一部の不良生徒が、闇市場に出入りしているらしいという噂。


 加えてユーリ自身が見た、とある光景。そう、金貸しのドラ息子にして赤毛の不良生徒・マルクディオたちに絡まれたティガとセリカを助けた時、マルクディオが持っていたドルカ・ナイフである。


あれは、ドルカの暗殺傭兵たち……ひいてはそこから発展したギンヌン・ガンプスの構成員たちがよく用いている武器なのだ。


「そのいわくつきの凶器たるドルカ・ナイフを、誰が不良どもに渡したか? そう考えると、見えてくる線があるでしょう? そう、ギンヌン・ガンプスはその性質上、闇市場ともかかわりが深いはずですからね……」


 そんなユーリの話を聞いて、たちまち学長の顔色が再び変わる。


「と、当校の生徒が、あのギンヌン・ガンプスと接触を!? まさかっ……!!」


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★★★【読者の皆様に、よろしければ……のお願い】★★★

今日は、「スラムダンク」を借りてきました! 名作という話は聞いていながら、読んだことがなかったので……!


それはそうと、皆様の応援のおかげで本作、PV15000、フォロワー190人を突破しました! 直近だと、異世界ファンタジー部門で【403位】を確認しております(もう変化しているかもですが)


ちなみにこそっと観測してみたところ、★一つで順位が30位とか変わることもあるようです。★三つで100位近く…! つまり皆さまの★一票は、小さいように見えて、文字通り作品の運命や著者のやる気に、巨大な影響を与えうる一票なのです! 


ですので、よろしければ目次下の★にて評価いただければ、更新と誤字修正その他、もっと気合入れて頑張れますので、なにとぞっ! 


年末年始の間、当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ、毎日更新予定です。応援よろしくお願いいたします。

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