第49話 妙手

(まずは確実に、目の前のゴーレムこいつからだ。試験用に設定された自動停止装置も機能してないっつーのは……魔術の蓄積ダメージで止まんねえってことだからな。


ちっ、魔導教官どもは何やってんだ。さっさとバトルフィールド囲んでる障壁しょうへきを解除しねえとマズいだろが……)


 ちら、と教官たちが詰めている制御室を見上げるユーリ。

 観客用スペースの上方、少し張り出したその部屋からは、正面の巨大ガラス越しに、相変わらずただ驚きあわてているばかりの、間の抜けた教官たちの姿が丸見えだ。

 

 制御室では、相変わらず混乱が続いているらしい。もちろん、すでに訓練場の障壁自体を全面オフにする手続きは、試みられたのだろう。だが、教官らが制御盤を必死に操作しているにも関わらず、まったく効果がないようだ。


(ゴーレムの挙動きょどう自身も、いくつかは訓練場のシステムと連動してるっちゅー話だったからな。あの妙なマグス波が引き起こした現象で、両方の機能が狂っちまってんのか……外部からの入力に、非常ロックみたいなものがかかってる可能性もあんな)


 状況を見て取って、ユーリはふん、と小さく鼻を鳴らした。


(じゃあ俺と試験に参加してる生徒全員が、暴れゴーレムどもとご一緒に閉じ込められたってことか……さて、面倒なことになってきた)


 それからユーリは、黙って目の前のゴーレムを見据えた。さして小回りの利かないゴーレム如き、ユーリにとっては、たいした敵ではない。


いや、幻魔と違って芸のないぶんだけ、むしろやりやすい相手だ。ただ、ここのゴーレムは特別製……一体一体が訓練場のバリアシステムと連動した防御結界で守られているだけでなく“魔銅マギスクロム製”というのが多少ネックになる。


 実は、ハイレベルの魔術工廠まじゅつこうしょうでのみ錬成可能なこの魔導金属は、ひどく重い代わりに、少し特殊な魔術耐性を持っている。

 具体的には「魔術的塑性変形そせいへんけい」の工程が生む特性と「魔術エネルギー閾値いきち」の概念が、絶妙にからみ合ってつくり出されている金属なのだ。


 つまるところ、これを分かりやすくいえば――弱い威力のものにはひどく頑丈がんじょうだが、一定以上の魔術エネルギーを擁する一撃にはもろい、という特性を持つ、ということだ。

 一定の威力を超えない学生レベルの魔術ならば、防御結界などなくてもほぼ受け流せる代わり、ユーリがさっき見せたように、【零距離式・炎神言弾(アグニール・スピット・ゼロ)】といった高等魔術なら通じるのだ。


  かといって、一生徒たる身で、さっきのような超高等魔術の類を乱用しては、さすがに実力を誤魔化しきれないはず。


(けど、あの魔銅まどうの身体に格闘術の類が通じるか、っちゅうとな。戦闘自体は単純明快。馬鹿力にモノ言わせるばかりなんだが……お、待てよ、”力”、か?)

 

ユーリはふと何かを思いついたように、うなりをあげるゴーレムの巨体を見上げた。


(試してみっか。けど、その前に……)


 ユーリの眼は、バトルフィールドの端にえ付けられている、とある装置に止まっていた。奇妙なパーツがゴチャゴチャと取り付けられた、数メルテルくらいの黒い柱。


 それはこのバトルフィールドを細かく仕切る小障壁をつかさどっているサブシステムのかなめである。それはちょうど、ユーリに割り当てられたエリアの片隅に、据え付けられていたのだ。それなりに重要なものだけに、魔術やマグスの影響をそうそう受けないよう、厳重に保護されているが……


 またも振り下ろされる、ゴーレムの剛腕。ユーリは素早く身体を躱しざま、流れるようなステップで、数メルテル移動する。そこはちょうど、例の黒い柱の根本だ。


「こいよ、デカブツ野郎……! 思い切り殴りかかってみろって!」


 ユーリはまるで挑発するように、ゴーレムへと笑いかけた。


※ ※ ※


 一方、セリカは、ユーリの隣のバトルグラウンド内で勇ましくゴーレムに抵抗していたが、次第に追い詰められていた。ユーリの予想通り、疲労が次第に彼女の動きを鈍くさせていたのだ。


 隙を見て反撃を試みるものの、半端な魔術は通じることなく、跳ね返されるばかりである。それでもセリカが推測するに、防御結界バリアゲージは十分に削れているはずなのだが、目の前のゴーレムは、なぜか一向に停止する気配がない。むしろその腕を振るう速度は、増してきているようにすら思える。


 今も、セリカは得意の【紅蓮槍(フレイムスピア)】を撃ち放ったところだが、ゴーレムは衝撃で一瞬よろめいただけで、再び体勢を立て直し、襲い掛かってくる。


「くっ……!」


 お返しとでもいう風に、ゴーレムの巨腕がセリカに迫る。なんとかかいくぐったものの、その一発が伴ってきた強烈な風圧で、姿勢が崩れてしまった。


 そこへ、高々と差し上げられたゴーレムの逆の腕が、猛然と振り下ろされる。


(あっ……!!)


 致命的なミスに一瞬で血の気が引き、思わずセリカが歯を食いしばったその時。

 セリカの身体が、グイ、と強引に引き寄せられる。

 気づくと彼女は、この窮地にさっと飛び込んできた誰かに、身体ごと横抱きにされて数メルテル離れた場所まで運ばれていた。


「ユ、ユーリ君……!?」


 セリカがハッとしたように、その救い主の横顔を見上げる。


「ちっと遅れた! すまねえ」


 今の自分の体勢……ユーリにいわゆる「お姫様抱っこ」をされていることに気づき、思わずカッと頬が赤くなる。


「だ、大丈夫! ご、ゴメン……ちょっと下ろして……」


「ん? ああ……」

 

 そっとかがんで地面に下りたセリカは、 今はそれどころではない、と頭を振って内心の動揺を打ち消しつつ、ユーリに尋ねる。


「で、でもどうやって……? ここの仕切りは?」


「フィールド内を仕切ってる障壁なら、さっき消えたとこだ。ゴーレムやつの馬鹿力を逆利用して、制御装置にパンチを食らわせてやったからな。見ろよ、ひしゃげて木っ端みじんだぜ」


 ユーリは、クイと顎をしゃくって、サブ制御装置である黒い柱を示して見せた。

 彼はさっき、わざとその黒い柱を背にした状態でゴーレムを引き寄せ、剛拳を綺麗に回避してみせたのである。結果、ゴーレムの拳は、力任せにそのまま背後の装置自体を破壊することになったのだ。


 これでひとまず、メインシステムがつかさどっているバトルフィールド全体を囲む障壁には干渉できないまでも、場内を仕切る障壁を取り除くことには成功したわけだ。


 もちろんユーリ自身も、ゴーレムの拳が装置に衝突して内部が剥き出しになるや、脇から炎の強力な魔術を撃ち込んで、装置を機能停止させる一助としているのだが、それはわざわざ明かさなくても良いことだ。


(ま、こうやっときゃ何かあっても、「暴走ゴーレムが起こした事故」で済ませられっしな。あとで学長あたりに装置をぶっ壊したと小言でも言われちゃ、割に合わなさすぎるってもんだ……)


 さて、とユーリは一つ肩を回してから、魔術を発した。


「【熱風波(ヒート・ウェイブ)】」


 一瞬見失ったセリカを再び探し当てて、攻撃しようとしていたゴーレムと、ユーリを追ってきた一体。そこに強烈な炎の嵐が襲い、合計二体の動きが一瞬止まる。しょせん体勢を崩しただけで、ダメージを与えるには程遠いが、多少は時間が稼げたはずだ。

 その間に。


「おい、セリカ。優等生のお姫さんの仕事だ!」


「えっ……!?」


「呼び集めんだよ、パニックに陥ってる生徒どもオトモダチを、一か所にな! そうだな……場所は今、お前がいるこのエリアでいい!」


「あ……うんっ!」


 ユーリの意を察したセリカはハッとしたように、大きく頷く。

 そんな彼女に、ユーリはニヤリと笑いかけて。


「そうだ。外にはまだ出られねえが、少なくとも内側の仕切りは消えたかんな。今から学生どもを集めて円陣を組んで、ゴーレムに対処すんだよ。一人より二人、二人よりいっぱい、だ。連携は魔装騎士の基本、だろ?」


「その案、乗った~~っ! セリィ、ユリっち! 大丈夫だったっ!?」


「ティ、ティガ……!」


 そこに走り込んできたのは、別のエリアで暴走ゴーレムを相手に奮闘していた、金髪の女生徒……ティガ・レイスハートだった。天の助けか、炎属性と雷属性の試験実施場であった両エリアの仕切りが消えたことで、親友の元へ駆け寄ることができたのだ。


「さすがに雷属性は素早いな、ちょうどいいタイミングだぜ。おい、セリカ! 今だ!」


 ユーリの声に、セリカは再び大きくうなずいた。

 それから彼女は、学園からの借り物である魔装武器マギスギアの長剣を高々と掲げると、凛とした声で呼びかける。


「みんな……っ! 早くここに集まってっ!!  困難には団結して対処するのよ!!」

 

 次いで、訓練場に轟く凄まじい轟音。

 セリカが掲げた剣から、巨大な炎の玉が打ち上げられたのだ。同時、ティガが親友の意を察して、自らもまた新たな雷弾らいだんを上空に放つ。それはセリカの炎弾えんだんにぶつかり、空中で同時に花火のように弾ける。

 

 炎雷の炸裂は、まるで戦場における合図の銅鑼どらのようにバトルフィールドに響き渡り、眩しい輝きと炎の色は、まるで信号弾のような役割を果たす。


 混乱の只中ただなかにいた生徒たちは、皆、ハッとするように轟音と閃光の出元を注視して、動き出す。

 そして中でも、最速でこの合図に応じ、いち早く滑り込むようにして、セリカらの元に駆け寄ってきたのは……


「ク、クーデリアさん……!?」


「それに、従者君・・・じゃんっ!」


 セリカとティガが、口をそろえて叫ぶ。

 やがてユーリたちの下に合流したクーデリアは、息を切らしつつ、美しい銀髪を揺らしながら言った。


「セリカさん、これは緊急事態ですわ! 私たちも手を貸します! ここは力を合わせるべき時……!」


「ああ、クーデリア様の氷術ひょうじゅつと、俺のタランテラ風牙流の刃があれば、百人力だからな!」


 傍に控えていたエルトシャルも腕組みをしながら言うが、そこにティガが突っ込んで。


「やれやれ、あんた、偉そうなのは相変わらずだね……あたしに一発KOされたへっぽこ君のくせにさっ!」


「ぐっ……ティ、ティガ・レイスハート! お前もいたのかっ……! ……ふ、ふん! この前のは、たまたまだ! 俺が油断せずストーム・ギガースさえ高速召還していれば、お前ごときに後れを取ることなど、万が一にも……!」


「へん、せいぜい言ってなっ! カカシ一本倒せない、そよ風使いのクセにっ!」


「なんだとっ!」


 この土壇場でいさかいを始めた二人を、セリカが冷や汗をかきつつなだめて。


「ちょっと! 今は、そんな場合じゃないんだから……押さえて押さえて! そういえば今日、チェルシーさんは!?」


 この質問には、クーデリアが苦笑気味に答える。


「彼女は低血圧で、今日はたまたま欠席してますの。B日程で試験を受けるつもりだ、とかで……。で、ひとまずわたくし、『シルバーアンジェラ』のみなをここに集めますわ!」

 

 クーデリアはそう言うと、セリカと同じく、よく通る声を張り上げる。


「『シルバーアンジェラ』の方々! ここに集まってくださいましっ! 同時にほかの生徒も、一緒に誘導するんですのよっ!」


 クーデリア・エルトシャル組に続いて合流しようとしていた『シルバーアンジェラ』の所属女生徒たちが、そんなレギオン・マスターの声に応じて、一斉に頷く。


 続いて彼女らはあちこちの生徒らに駆け寄り、負傷者には手を貸して、退避行動を開始する。その動きに、パニック状態だった監督生らも状況を悟り、手助けを始めた。


 これで完全に場の動きが整い、バラバラだった生徒たちは三々五々さんさんごご、ユーリたちがいるエリアに、集まり始める。ゴーレムたちも、動く相手を優先的に狙う思考ルーチンなのか、鈍重な動きながらも、そんな生徒たちを追い始めた。


 それを見ていたユーリは、内心でほくそ笑みつつ。


(ふん、いい流れだ。これで戦場に"指揮系統”が出来たな……! セリカとクーデリア、なかなかいい“司令塔コンビ”じゃねえか。さて、お次はと……)

 

 ユーリはタイミングを計りつつ、場の空気を誘導するような大声を発する。


「よしっ、今度は反撃だっ! 俺たち一人だけじゃ無理でも、この数ならなんとかなるかもしれねえ。ほら、そろそろ奴らが、さっきの衝撃から立ち直るころだぜ……!」


 この声にうながされ、場の全員が、はっとしたようにゴーレムたちに向き治る。

 ユーリの言葉通り、さっきの二体を先頭にしたゴーレムたちはすでに体勢を立て直し、こちらに向かってこようとしていた。


魔装武器マギスギアを構えろ! ……焦んなよ、じっくりマグスを練って、良く狙え……よし、だっ!」


 ユーリが叫ぶと同時、恐るべき魔導人形どもに向けたセリカたちの魔装武器マギスギアから、いっせいにマグスの輝き……色とりどりの魔光が放たれる。


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★★★【読者の皆様に、よろしければ……のお願い】★★★

今日はクリスマスですね! クランベリーケーキを食べた後、「ポーの一族」の続きと「壊れた仏像直しマス」なる漫画を読みます(なぜか図書館から借りてきた)


皆様の応援のおかげで無事、本作、PV14000、フォロワー180人を突破しました! 直近だと、異世界ファンタジー部門で【403位】を確認しております(もう変化しているかもですが)


ちなみにこそっと観測してみたところ、★一つで順位が30位とか変わることもあるようです。★三つで100位近く…! つまり皆さまの★一票は、小さいように見えて、文字通り作品の運命や著者のやる気に、巨大な影響を与えうる一票なのです! 


ですので、よろしければ目次下の★にて評価いただければ、更新と誤字修正その他、もっと気合入れて頑張れますので、なにとぞっ! 


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新予定です。引き続き応援のほど、よろしくお願いします。


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