第48話 叫喚激震 ★★★
バトルフィールド内のどこかで……
一瞬、見えない悪意が膨れ上がったかのような、妙なマグスの波が感じ取れたような気がする。それからまるで、時計がカチカチと何かの刻を刻むかのような、数度の波長の増減があったような……
だが、そのわずかな感覚は、やがて周囲のざわめきの中に、呑み込まれるように消えて行ってしまった。
小さく眉を寄せたユーリだったが、気のせいか、とひとまずはそのまま、足を進める。
やがて場内に一斉に合図のブザー音が鳴り響き、障壁で分割された各エリアでは、監督生の注視の下、試験が始まった。
試験に臨む者はもちろん、待機スペースで待つ者たちも皆、一様に緊張で顔をこわばらせている中……ユーリはまず、つかつかとゴーレムに歩み寄った。
途端、ユーリを認識した魔導機関の駆動音が響き、その分厚いバケツヘルムを被ったような顔の奥、暗い
やがてギギギ、と音を立て、ゴーレムの全身が動き始めた。
続いて繰り出された力任せの腕の一撃を、ユーリは軽くステップを踏んで回避。
(へえ、この学園独自に改造されてるようだが、所詮はゴーレム。馬鹿力はありそうだが、動きはあくびが出ちまうくらいだな。幻魔でいうなら【
そんなことを考えている間にも、ちらりと半透明の魔導障壁越しに見ると、セリカなどは、先手必勝とばかりすでに数発、炎魔術を食らわせているようだ。
だが、ゴーレムはやはりかなりタフで、その程度ではひるみこそすれ、動きを停止させることはできないようだった。たちまち反撃の拳が振り下ろされるが、セリカもまた、難なくそれを回避している。ティガはもちろん、他の一年生たちも、なかなか善戦しているようだ。
(さて、俺は……平凡な学生を装うなら、どれくらいの威力の魔術を
対人戦ならともかく、防御結界つきのゴーレム相手では、手加減することがかえって困難である。
ユーリはひとまず、手ごろな炎魔術を当てて、ゴーレムの強度を測ってみることにした。
「【炎飛矢(フレイムアロー)】」
ユーリの右手から放たれた炎弾を、ゴーレムは金属製の腕で、雑に振り払った。
(ほ~ん? 鼻息程度のマグスは込めたつもりだったが……ちったあ骨があるってとこか。じゃあ、次はもう少し強めに行くか)
ユーリが小さく笑ったその時。
突然、空気を切り裂くようにバトルフィールドに走る、妙なマグスの波動が感じられた。
(なんだ!? さっきの妙な感覚より、こりゃ数十倍も強い……?
途端、目の前のゴーレムの動きがぴたりと止まり……。
次の瞬間、不気味な唸り声にも似た耳障りな音が、周囲の大気を震わせて響き渡る。
ゴーレムの内部に備わっている魔導機関が、妙な不協和音を奏でているのだ。
それから……ゴーレムの一つ目が、静まった水面のような青から不気味な
続いて、ゴーレムは突如、雄たけびのような音を立てたかと思うと、まるで
次に振り下ろされた一撃は、先程とは似ても似つかぬ、恐ろしい速度だった。拳が勢いあまって地面にめり込み、振動とともに
(こりゃ……さっきとはケタ違いじゃねえか! なんだ、この威力……!)
地面に開いた大穴に異常事態を察し、ユーリはやや真剣な表情になり。
(これじゃ、一発もらっただけでバリアゲージ、根こそぎぶち抜かれんぞ!? 俺はともかく、学生レベルじゃマズいぜ……!)
続いて、またも飛んできた凄まじい風圧を伴う拳を
(レッドゾーンだ……! 力加減が、ぶっ飛んでやがる……!)
その真っ赤に染まった目が示す通り……ゴーレムの出力リミッターが、完全に外れている。
ユーリならともかく、この場にいるのは、本格的な戦闘については
もしこの全力の一撃を受ければ、大怪我だけでは済まないだろう。下手をすると……
(最悪、死人が出かねんぜ! いったいどういうわけだ、こりゃ……)
その時、ユーリに付いている監督生が、ようやく異常に気づいて慌てだした。
場内のシステム管理室にいる教官たちに異常を告げるべく、マグスレットを通じて手動で半透明の障壁を解除しようとするが……
「ひ、開かないっ⁉︎ なんでだ、故障かッ⁉︎ だ、誰かっ……!」
彼は障壁に駆け寄り、ドンドンとそれを拳で叩き始める。
ユーリはそんな監督生の背中をチラッと見てから、ゴーレムに向き直る。
(しゃーねえ、脇で見てる
ユーリは、そっと指先にマグスを込める。
続いて、猛然と殴りかかってきたゴーレムの拳に、それを向け……
――ぴたり。
ほとんどユーリの頭ほどもある、
同時、ごうっと衝撃の余波だけが空気を揺らし抜けて、ユーリの髪を
ユーリの指先は、いまや赤い炎の輝きをまとっている。
それは、ティガに教えた
ゴーレムの巨体に比して、針先ほどでありながら鉄壁にも等しいその防御は、大人の数十倍もある暴走ゴーレムのパワーを、いとも簡単に抑え込んだのである。
それだけではない。
同時、ユーリは指先から、ゴーレムの
(バリアゲージの耐久力設定は……なるほど、こんくらい、か。だが……面倒だな。いっそ……)
彼の指先に灯った
「【零距離式・炎神言弾(アグニール・スピット・ゼロ)】」
その時、ドクン、と……生命を持たぬはずのゴーレムの全身が、まるで心臓を貫かれたように痙攣した、ように見えた。
ユーリの爪の面積程度、ほんの小さな輝き。
そこから火点を引き絞ったレーザー照射のように発せられたのは、マグスを超圧縮して放たれた
まるで細長い
(派手な爆発でもさせちゃ、目立っちまうからな……)
ドォン……と地響きとともに倒れ伏したゴーレム。
その一撃はユーリの計算通り、防御結界の存在を丸ごと無視して、訓練場とシステム連動したゴーレム内部のバリア発生装置を、直接破壊したはずだ。
文字通り飛び道具的な手段であるが、これは試験に
試験用の設定どおりなら、もちろんゴーレムは完全停止する……はず、だったが。
(ふぅん、マジかよ。まさに常識無視の暴走……“試験用の設定”自体も、ぶっちぎっちまってるってわけだ)
ユーリが皮肉に唇を歪めた先で、倒れたはずのゴーレムは、体内に異音を響かせながら、再びむくりと身体を起こす。その一つ目は、真っ赤に燃えているどころか、もはや深い
(魔術式上の停止プログラムが無効なら、本腰入れて“解体”するしかねーか、こりゃ……)
ゴーレムの全身にいくつか散らばる、駆動装置全てを破壊する。できるだけ派手な
(……まあいい、妙な手加減やらを考えてるより、いっそ分かりやすいかもな。ちょいと手間が増えたってだけだ。さて、どうやったもんか)
ユーリが舌打ちしながら、右肩をコキリと回したその直後。
「きゃあ!」「うわあ!」とバトルフィールドのあちこちから、同時に生徒たちの
(……ッ!)
ユーリが、ちらりと油断なく視線を走らせると。
あろうことか、あちこちで同じような騒ぎが起きているようだ。どうやらユーリの相手をしていたゴーレムの暴走から遅れること数分、複数体のゴーレムが、一斉に暴走を始めたらしい。
(ちっ、俺のだけじゃなかったか! もしかすっと、あの妙な波動一つで複数が連鎖的に……?)
バトルフィールド内は、電理魔導障壁で区切られたどのエリアも関係なく、今や大混乱の
試験A日程に参加している
しかも、なぜか場内を仕切り、待機スペースをも囲い込んでいる魔導障壁が、一枚たりとも解除されていない。いわば生徒たちは対戦者も待機者も関係なく、皆が暴れ狂うゴーレムと一緒に、それぞれ仕切りの中に閉じ込められたような状態なのだ。
訓練場の外壁から張り出した、VIPルームを兼ねたガラス張りのコントロール室内には、ひたすらに慌てふためく魔導教官たちの姿が見える。
(おいおい……まさか
鋭く周囲を見渡したユーリの視線は、混乱の中で、ガラスのように
ユーリと同じく暴走ゴーレムを相手にしているセリカとティガ。その姿は、まさに一流のダンサーが、ステージ上を華麗に舞い踊るかのようだった。
レギオン・バトルに備えてユーリが与えた鍛錬の結果が、
ビジョン・クエスターで培った空間
ただ……ゴーレムは魔導人形だけに、とにかくタフで疲れを知らない。
半面、
しかも、ユーリが相手どる一体と同じ状況であれば、暴れまわる
つまり、本来停止するはずの量の魔術的ダメージを与えても、その動きは、いっさい止まらない可能性が高い……
(こりゃもう、誰かの
そんな風に眉をひそめつつ、ユーリは目の前に再び
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★★★【読者の皆様に、よろしければ……のお願い】★★★
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当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。よろしくお願いします。
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