第44話 忍び寄る乱入者

 ユーリが部屋で、小さな落とし物に気づいたころ……

 一方のセリカとティガは、なんとか女子寮に帰ってきたところだった。

 相部屋あいべやのドアを開けて、ティガがセリカを、ソファーに座らせる。


「ほら、セリィ、しっかりしなって」


 ペチペチと頬っぺたを数度叩くと、ようやくセリカの瞳に、光が戻ってきて。


「え、あ……私、何を……?」


「おお~、あの状態からもう回復っ! ユリっちがくれた軍用解毒ぐんようげどくポーション、やっぱ効き目抜群だわ……! しっかしセリィときたら、まったくもう、大変だったんだからぁ~……!」


 ティガがほっとした様子ながらも、ちょっぴり唇を尖らせて言うと、セリカは目をぱちくりさせた。

 

 ……それから数分後。


「え、えええ~ッ!!」

 

 一部始終いちぶしじゅうを知らされたセリカの頓狂とんきょうな声が、寮の相部屋あいべやに響き渡る。


「う、う、嘘、だよねッ……!? 私、そんなこと、絶対しないもんっ!」


「嘘もなにも、現にユリっちが、たまたま軍の知り合いから預かってたっつう魔装武器マギスギア? ……ウチの目の前で思い切り握って、ブンブン振り回してたっしょ! 


止めようとしたユリっちの髪が一筋ひとすじ切れちゃって、あわや血を見るトコだったじゃん! ……ホントに覚えてないん?」


 ティガが呆れたように言う。

 

「ええっ!?……ゴメン、なんか、全然記憶がない……うう……」


コレ・・だよ~! まったくもう! セリィってば、恐ろしい子だよっ……!」


 顔を手で覆いながら、ティガが呻く。


「ま、酔っ払いの扱いにゃ慣れてるウチの見立てじゃ、今日一日寝てれば治るってとこかな。ちょうど週末だったから明日もお休みだし、あさっての試験にゃ、影響ないっしょ」


「う、うん……あさっては、対標的戦闘試験だもんね」


 「対標的戦闘試験」とは、マギスメイアにおいて、中間考査の一環として行われるものだ。格付けとしては、月例試験の上、といったところで、それなりに重要なものだ。

 内容的には模擬訓練場において開催されるもので、各クラスの生徒が、属性ごとにグループに分かれて実施される。

 今回の試験メニューとしては、幻魔を模した魔導ゴーレムに魔術を撃ち込んで、その威力を測る、というものがメインになる予定だった。

  

「ま、ウチらはユリっちの訓練とレギオン・バトルを経て、確実にパワーアップしてるもんね! もう、矢でもゴーレムでも、どんとこいって感じぃ!? 


ま、セリィは今日明日、ゆっくり休んでなって。ま、明日の晩には体調、ばっちし戻ってると思うよ!」


 ティガがニカッと笑った途端。


「ん~……?」 


 彼女のポケットから、電像宝珠スマートオーブの呼び出し音が鳴る。


「あ、ケイトからだ!? わりぃ、ちょっと待っててね、セリィ……」


 ケイトというのは、ティガの遊び友達の、ケイト・レイソルズのことだろう。どうやら、何かのお誘いらしい。

 ティガは、二言、三言話すと、しばらくしてから通話を切ってセリカに視線を戻し。


「あのさ、ケイトがね、今日、今から出てこれないかって……」


「え、もう結構な時間だよ?」


「いや~、ウチがこないと、盛り上がらないんだってさぁ……今、駅前の『ウタフォラ』にいるんだって!」


 「ウタフォラ」というのは、“歌人かじんの広場”を意味するチェーン店名だ。早い話が、皇都で人気の最新電理VR・カラオケショップである。


「ふぅ、仕方ないわね……でも、寮の門限はどうするの?」


「そこはそれ! セリィ、お願い! 内緒にしててっ! さっきの打ち上げ、ちょっと消化不良になっちゃってて、ウチ、もう少しだけ息抜きしたいんよ~!」


「はぁ~、分かったわよ……今日はなんだか、ティガにイロイロお世話になっちゃったみたいだしね……」


「アリガト、恩に着るっ!」


 片手をちょいと上げてウインクするティガに対し、呆れつつ髪をかき上げたセリカは、首筋がちょっと汗ばんでいることに気づく。


(あ……や、やっぱり、お酒飲んで酔っぱらっちゃって、体温があがってたんだ、私……)

 

 そう改めて実感すると、ぼんやりと“ご乱行”の記憶が蘇ってくるような気がして。


(ひゃ~……! は、は、恥ずかしいっ! あ、あり得ないわ、私っ! ……うきゃあああああっ! あ、悪夢よ、記憶よ、消え去れっ……!!)


 セリカは思わず、ソファーに顔を埋めて悶絶する。続いて、ふとハッとしたように。


(そ、そうだ! 今もカラダからお酒の匂いとか、してないよね? さ、さすがに大丈夫だと思うけど……!)


 セリカは少し頬を赤らめると、バッと顔をあげて、慌ててティガに言った。


「それはそうと! ティガ、私、これからちょっとシャワー浴びるから!」


「え!?」


 目をぱちくりさせたティガの返事を待たず、セリカは急いで立ち上がると、共有のシャワールームの脱衣所に駆け込んでいった……


※ ※ ※


「ちょっと、セリィ!? 何なんよ、急に……まったく、しょうがねーなあ、あ、タオル、そこに置いといてあげるかんね?」


 脱衣所のドア越しに、ティガの声が聞こえてくる。ありがとう、と少し大きめな声で返すセリカ。


「OKOK! じゃあ、アリーが待ってるし、ウチもそろそろ行くね~!? もち、そんな遅くならないようにすっから!」


「うん……! でもティガ、あまり目立たないようにしてね? 寮母さんを誤魔化ごまかすのも、大変なんだから……」


「ほいほ~い……そうだ、せっかくだからこの前買った香水付けてかないと! しまったの、どこだっけ~?」


 生返事なまへんじとともに、独り言のようなティガの声が続いて聞こえてくる。


「もう、あんまり散らかさないでよ~?」


 セリカが返したそんな声も、聞こえているのかいないのか。


「あ、ソバカス隠すコンシーラーも~……」


 脱ぎ終えた服を棚に入れ、セリカがシャワーノズルに手を伸ばした頃にもまだ、薄い壁の向こうではガサガサ、とあちこちを探し回っているらしいティガの気配が続いている。


 やがて「あった~!」と、安堵あんどしたような小さな声とともに、ようやく支度を整えたらしいティガは、慌ただしく部屋を出ていった。


(まったく、騒がしいったら……)


 部屋のドアが閉まる音を聞き終えてから、セリカは溜め息まじりに、シャワーを操作する。たちまちノズルから温かいお湯があふれ出し、我知らず、ほうっと小さく息が漏れた。


 慣れないアルコールによってかいてしまった全身の汗とともに、忌々いまいましい記憶までもが、洗い流されていくような気がする。


 だが、次の瞬間。

 ふと壁に備え付けられた窓に目を向けた直後、セリカの全身が、予想外の恐怖に強張こわばり、まるで石になったように硬直していく。


 同時、その白い喉から、思わずきぬを裂くような悲鳴がほとばしった……


※ ※ ※ 


 ユーリが女子寮にやってきたのは、その少し前、ティガが急ぎ足で寮を飛び出していったのと、ちょうど入れ替わるようなタイミングだった。


 部屋に残されていたティガの落とし物……マグスレットと電像宝珠スマートオーブ兼用の、予備魔導よびまどうバッテリーを、届けに来たのである。


 電像宝珠スマートオーブは別としても、マグスレットは大量の動力を食うため、これがなければ、休日である今日明日はともかく、あさっての出欠確認の時に困るだろう、と配慮してのことだ。


 セリカの“ご乱行”騒動があったばかりという面倒くささも手伝って、寮母に代理でそれを渡し、さっさと退散しようと思っていたのだが……その時に限って、寮母は留守だった。


 何か所用しょようでもあるのかと、ユーリは少し待ってみたが、一向に戻ってくる気配がない。


(まったく……間がわりいな。そもそも、あいつらの部屋、どこだっけか。直接訪ねてもいいが、部屋番号が分かんねえことにはな……)


 そんな時。


「き、きゃあっ~~~……!」


 周囲の空気を切り裂くような、少女の悲鳴が聞こえてきたのである。

 ユーリははっとして、耳をそばだてる。


「こ、来ないで……! だ、誰か……!」


 声は一階の廊下の奥から聞こえてくるようだ。そしてユーリは、その声に聞き覚えがあった。それは間違いなく……セリカ・コルベットのもの。


(……!?)


 一瞬躊躇ちゅうちょしたユーリだったが、再び上がった小さな悲鳴が、そんな彼の迷いを振り切らせた。察するに、不審者の侵入だろうか。いずれにせよ、ただ事ではなさそうだ。


(ちっ……仕方ねえ。万が一があってからじゃ遅いしな……!)


 別に人助けが趣味というわけでもないが、セリカの危機では仕方がない。何よりも、軍人として、自分は荒事には慣れている。そう、確実にこの寮にいる誰よりも、だ。

 ユーリは意を決すると、身体にマグスを駆け巡らせる。


「な、何事……?」


 ふとドアが開き、悲鳴に気づいた別部屋の女生徒が、恐る恐る顔をのぞかせる。その横を、つむじ風のように何かが――疾駆しっくするユーリの姿が、通り過ぎていった。


「ひゃっ!?」


 脚にマグスを込め、まさに常人には捉えきれない速度で、ユーリは声がした場所、セリカたちの部屋へ急行した。さっとドアのノブに手をかけたところで、ふと気づく。


(カギ……開いてんじゃねえか!?)


 不用心にもほどがあるが、どうも嫌な予感がする。すかさずドアを開け放つと中に踏み込み……ユーリはそこに広がっていた光景に、思わず息を呑んだ。


「……ッ!?」


 ショルダーバックに片方のブーツ、色とりどりのハンカチ、アクセサリー類に小物……部屋の床には、大量の物品が散らかっていた。次いで奥に視線をやると、開きっぱなしのクローゼットが目に入る。


 ユーリの顔からスッと表情が消え、その眼が、緊急事態の予感に鋭く細められた……


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今日は、自家製の卵入りお好み焼きを食べて、腹いっぱいです…! 


★★★【読者の皆様に、よろしければ……のお願い】★★★

皆様の応援のおかげで無事、本作、10000PV突破しました! 

よろしければ目次下の★にて評価いただければ、更新と誤字修正その他、もっと気合入れて頑張れますので、なにとぞなにとぞっ! (クレクレしまくりですみません…!)


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。


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