◆第五章 対標的戦闘試験/不穏なる影

第43話 酔乱の祝勝会

 レギオン・バトルが無事に終わった数日後、のどかな休日の午後。


「打・ち・上・げ・だ~っ★!」


 ティガの元気な声が、ユーリの部屋にこだまする。

 今、ごくシンプルだったリビングルーム風の一室は、なぜか飾りつけまでされて、実に華やかなムードになっていた。


 金銀の紙細工や、鮮やかな七色の糸で飾られた魔晶灯に窓、古代語で「祝・勝利!」と描かれた古めかしいタペストリーまで壁に掛けられているあたり、ずいぶんな手の込みようだ。

 いずれも、ティガが実家から持ち出してきたものらしい。

 そんな部屋の真ん中で、祝杯代わりのエーテルペッパーが入ったグラスを持たされて。


(どうしてこうなった……)


 ユーリは頬を引きつらせて、そう内心で呟いた。

 そもそも……先日のレギオン・バトルで、ティガ、セリカ、ユーリの3人による『カラフルブルーム』が勝利を収めた後、唐突とうとつにティガが言い出したのだ。


「ねっ、ねっ! ウチらで軽~く、ゴクローサン&祝勝会、やろうよぉっ!」


 そんな面倒なことは不要だ、と言ったユーリだったが、ティガがどうしてもゆずらない。

 「そもそも、彼女の実家である料理屋兼酒場まで行くのも面倒だ」とユーリが突っぱね続けたその結果が……これ・・である。


 それなら、とユーリの部屋が強引に会場に設定されたあげく、にぎやかなお祭りムードと、ティガが実家からケータリングしてきた皇都伝統料理が盛られた紙皿で、埋め尽くされてしまったのだ。


 しかも、彼女ティガ本人は、ユーリの不承不承といった感じの音頭おんど取りを待たず、さっそく勝手に黒色魔導こくしょくまどうポルト・ワインをグビリとやりつつ。


「よ~しっ、今夜は飲むぞ~っ!」


「おい、まだ乾杯の仕切りを終えてないだろが……そもそもお前ら、寮の休日門限までに帰るってハナシだったろ? 夜まで居座る気か?」


「え~、ユリっち、そんな細かいコト気にするタイプ~っ!? いいっていいって、とにかくココは、無礼講ぶれいこうで行こっ!」


「それは、部屋主へやぬしの俺が言うべき台詞せりふだろがよ……」


「あはは……ま、まあまあ、とにかく! おめでたいことに変わりはないわ! ほ、ほら、カンパーイっ……!」


 乾いた笑いを浮かべるセリカが、フォロー半分、ちょっぴり弱々しげに、オレンジジュースの入ったグラスをかかげてみせる。


「仕方ねえな……」


 ぶつぶつ言いながらも、それにならうユーリ。

 ティガは飛びつくようにして、セリカ、ユーリのグラスと自分のグラスをカチン、と合わせて、ニカっと笑い。

 

「よっしゃ~、乾杯終了ッ! さ、それが終わったら、食べて食べて! この料理、どれもきっとバツグンに美味しいよ! 母ちゃんはもちろん、ウチも、腕によりをかけて作ったんだからっ!」


「ま、見た目は確かに、そんな気もすっけどな……」


 ユーリは、紙の大皿からピッツァを1ピース、フォークですくい上げつつ言う。


 トロリととろけた黄金色のチーズに、真っ赤なトマト、香辛料の利いた薄紅うすべに色のサラミソーセージに加え、鮮やかな緑の輪切り野菜が乗った、いかにも食欲をそそる一品だ。


「む……確かに、美味い……! こりゃあイイな!」


 ユーリはひとまず、とそれを口に放り込んで、目を丸くする。


「ホントね! 前にもご馳走になったけど、同じくらいというか、それ以上に美味しいわ!」

 

 セリカも同じく、ピッツァを口にしながら、驚いた表情で続いた。


「へっへ~、焼き加減にコツがあんの! でもさ、それが美味しいのは当たり前っ! だってウチ、めっちゃユリっちに感謝してるんだから……! いわばティガさん特製の、感謝とその、あ、愛情……のこもった手料理……!? な、なんちって!」


「冗談めかしといてむなよ……なんかコッチが恥ずかしくなんだろが」


 ユーリの冷たい視線を受け、ティガは頭をかいて、恥ずかしそうにチロリと舌を出した。 


「それはそうとさ! ほら、この前もらったアレね! ウチ、マジで一生モンの宝物、人生の証にすっから……! この先、人生でもし辛いことがあったら、いつもアレを眺めて思い出すんだ……長い苦しみと特訓の日々の果て、掴んだ栄光をっ!」


 ティガは、そんな冗談めかした言葉を、本当に嬉しそうに口に出す。

 そんな彼女の笑顔は、まるで太陽のように輝いていた。


 ちなみにアレ、というのは、ユーリがヘカーテにこっそり交渉して再配布してもらった例の「皇国特別勲章」のことである。

 ティガはそれを、大事そうに持って帰った結果、家族会議で相談して、家の食堂の壁に飾ることにしたらしい。


「お前の栄光の証じゃなくて、親父さんのだからな? ソコ忘れんなよ?」

 

 ユーリの冷静なツッコミも物ともせず、ティガは続ける。


「あ、ちなみにね、母ちゃんも家族のみんなも、モチロン大喜びでさぁ? ヘカーテ軍司令に、慣れねーお礼の手紙を書いたんだって! すっげー世話になったユリっちにもって、ちゃんともう一通の手紙、母ちゃんから預かってきたん! あとで渡すねっ!」


「いや、別にいいっつの……あの勲章はもともと、お前の親父さんに手に渡るはずだったモンだろ? 俺はそれを、いわば“正当な持ち主”に返したってだけなんだからな……」


「へっへ~、ユリっち、もしかして照れてんの? ツンデレなの!?」


「うっせえよ。お前はホント、肝心なところで口が減らねえな……しかし、この料理、マジでうめえな。お前、手料理得意で陽キャなんだし、ニコニコしながら黙ってりゃ、本気で口説いてくるオトコもいるだろうによ。馬鹿なことばっか言って、ヘラヘラしてっとこが玉にキズってヤツだなぁ」


 さきほどのピッツァに続き、ソースを絡めた肉ダンゴのような料理を口に放り込みながら、呆れたように言うユーリ。


「あははっ、そうかな? でもね、ウチ……なんか、当面は恋愛そっち方面はいいかなって……」


「へえ? なんだ、心境の変化ってヤツか? ま、どーでもいいけどよ……」


 そう言いながら、ユーリはさらに小皿に取ったパスタを一塊ひとかたまり、フォークで丸めつつ口にかっこむ。


「う、う~ん、そうだね。実はさ、ウチ、少し魔術の勉強と訓練に、本腰入れてみようかなって……。ほら、ユリっちもこの前、言ってくれたっしょ? 今のうちに頑張って成績上げとくのが、将来軍に入る上での近道だってさ……!」


「ああ、そうだったな。まず間違いねえぞ、ソレは」


 ユーリはティガにフォークを向けながら、ビシリという。


 政治的状況上、特殊な扱いとはいえ、一応は皇国軍人であるユーリなので、まさに確信をもって言えることだ。


とはいえ別に、ヘカーテや軍への口利きまではするつもりはないが……。そんな態度をどう取ったのか、ティガが変にもじもじしながら、こう切り出す。

 

「あ、あのね、それからさ……もしユリっちが、ウチの料理気に入ってくれたんなら、さ? い、いつでもアタシん家に、ご飯食べに来ていいよ……? 母ちゃんも弟・妹たちも、モチロン大歓迎だしっ……!」


「あ? いや、人んちに押しかけてまでタダ飯食うのは、俺の流儀じゃねえからな。別にそこまでしてくれんでも……」


「う、ううん! 別にタダ飯ってコトじゃないよ! えっとね、いわば……そう、コーチ代だって!」


 そう言われてしまえば、万年金欠気味な貧乏学生であるユーリとしては、若干心が揺らがなくもない。


 何しろ、軍務を手伝うたびにヘカーテ司令からもらうボーナスは、個人的な書籍・魔術や電理学の研究書の購入費用のほか、現状は誰にも秘密の「とある口座」へと、次から次へと消えて行ってしまうのだから。


「ふぅん……確かにこのクオリティなら、金がキツいときには助かんな。腹が減ったら、世話になってもいいかもな……」


 呟いたユーリの横で、ティガがガッツポーズをしつつ、満面の笑みを浮かべる。


「よっしゃあっ~! ど~もアリガトね、ユリっち!」


「ん……? ありがたいのはこっちの方じゃねえか?」


「だから、“お礼をさせてくれて”ってコトだってばぁ~! ウチ、ホントに嬉しいんよ! だからもう、今日はドンドン飲んじゃう~っ!」


 そんなティガの横で、少しだけ頬を引きつらせたセリカが、彼女の裾を引っ張るようにして。


「ティガ、寮の休日門限までには帰るからね……? もう、すっかりハメ外す気、満々なんだから!」


 ユーリに向けて「ごめんね?」という風に目配せしつつ、そんな風にささやくセリカ。


 そんな彼女の声が聞こえてるのかいないのか……ティガは大きくもう一度「カンパーイッ!」と叫び、黒色魔導ポルト・ワインがなみなみと入ったグラスを、グイと一気に傾けた。


※ ※ ※


「くふふふふふっ、あんだぁ~!? ユーリ君っ! い、いつの間に、二人になったんだぉ? ぶ、分裂したのぉ? 魔術なのぉ?」


 かなり呂律ろれつが怪しくなっている少女の声が、室内に響き渡る。


「ちょ、ちょっとセリィ……」


 ティガが焦ったように言う。

 同じく頬を赤くしているものの、そこは酒場の娘。セリカよりはずいぶんマトモな状態の彼女が、セリカのすそを引っ張るが……


「いいじゃないのぉ……今日は、ぶ、無礼講、無礼講らしっ! だってだって、わらし、本当に嬉しんだよぉ~!? みんなで、ガッツリ特訓した甲斐かいがあったんだからねぇっ!?」


 さっきまでは大人しく、料理をそこそこつまみながら、ちびちびオレンジジュースなど飲んでいたセリカだったが……


 「せっかくなんだし、セリィも、ちょっとハジけてみよっ!」などと言い出したティガによって、強引にワインをたっぷり、飲まされてしまったのだ。


 その結果……あっという間に、すっかり“出来上がってしまった”のが、優等生公女様の、今のこの有様ありさまである。


「ティ、ティガ~ッ! 訓練、頑張って、頑張って、ホント良かったよねぇっ……わらし、感動したおっ~!!」


 いまいち回りの怪しい舌で言い終えるが早いか、飛び込むようにティガに抱きついて、グイグイ頬ずりしてくるセリカ。それをくすぐったそうに、ティガが慌てて手で押し戻そうとするが、セリカの暴走は止まらない。

 

「一戦目はティガがさぁ、ドーンってしてスカッとしてぇ……? しかもユーリ君が、なんだかよく分かんないけど……キッチリ最後の勝負、ビシッと勝ってシメてくれたんだもぉんっ?  ……わらし、ホントにホントに、ホッとしたんだよ~!? あっはははは~……!」

 

 日頃の優等生ぶりもどこへやら、空っぽになったグラスを振り回すようにして、大笑いしたかと思うと。


「でも……わ、私は……ダメダメだったけどね……? お父様譲りのぉ……優雅炎剣フレインベルジュも、壊しちゃった……しぃ……」


 一転して急激にテンションを下げ、どんよりムードでうつむいたまま、うつろな声で言い出すセリカ。


「あ~、あの、セ、セリィ……?」


「はぁ~、ホンットダメだ、マジでダメだわ私……使えないオンナだわ~……。得意のハズの炎魔術は、“蛇口ガバガバ”で役に立たないし……恋愛レベルもミジンコだし……もう、マギスメイアにいる資格なんて……。そうだ、明日、帰ろ……ぜ~んぶなんもかも投げ捨てて、ラベルナに帰ろ……」


 青白い闇の炎を背負いそうな勢いで、がっくりと項垂うなだれ、テーブルに突っ伏してしまう。

 その拍子に押し出され、テーブルの端から落ちそうになった皿やフォーク、スプーンをさっと受け止めながら、ユーリはティガに。


「おい、ティガ。セリカこいつ、どうにかしろよ……!」


「ウ、ウチも知らんかったんよ……! セリィが、あんま“飲ませちゃダメなタイプ”だったなんてさ……」


 こそこそと話す二人の横で、再び唐突に元気になったセリカは、顔を赤くしながら叫ぶ。


「タイプぅ!? タイプだってぇ~!? そういえばさ、ラベルナで武術師範しはんのメイ先生から、聞いたことがあるよぉっ……!」

 

 いで、ちらりとジト目で、リビング隣の部屋に視線をやると……。


「そう、ベッドっ! 男子はそのぉ、ベッドの下……秘密の場所に、なんか“お宝本”なんかを隠しちゃったり、ヒック……してるモン、なんれしょお~!? 


ならっ! ユ、ユーリ君は、果たしてどんな女子が“タイプ”なのかなぁ~!? わらし、とってもぉ、気になりますぅ~! そう、なんだかキョーミ、シンシンなんらよぉ~っ!?」


「おいっ……!」


 危機を察したユーリの両手を|潜り抜け、走り出したセリカは、さっと隣の部屋に駆け込み、ベッドの下を覗き込む。


「あはははっ、なんだか黒~い箱、見っけっ!」


「ちょ、待て! おっ、お前……!」


 珍しくあわて顔のユ―リが焦ったように言うが。


「待ちませ~ん! 気になる絵になる、春爛漫はるらんまんの興味シンシンッ! 火が付く乙女心ハートはノンストップ……なんですぅ~!」


 セリカが勢いよく軍用トランクめいた箱を引っ張り出し、有無を言わせずにその蓋を開けると……


  黒い台座めいた特殊なボックスに収納され、鎮座していたのは二本の剣だった。

  一本は、どことなく不気味な姿の、赤くぎらついた長剣。

  もう一本は青白く輝き、いかにも剣呑けんのんな気配を漂わせる鋭い短剣だ。

 それこそは、ユーリ愛用の魔装武器マギスギア、「紅蓮裂ぐれんさきのガルシャダス」と「てつくファルファッラ」である。


「な、何なん、コレ……ヤバ過ぎっしょ……」


 異界で1000万以上の幻魔をほふってきた、正真正銘の血塗られた軍用魔装武器……この二本だからこそ醸し出される、本物・・の凄み。

 ドン引きしたティガが、顔から血の気を引かせている横で、セリカはあっけらかんと。


「な~んじゃ、こりゃあッ!? コレが、ユーリ君のお気に入りのなのぉ!? でも、わらし……“気になる”どころか“気に入っちゃった”よぉっ!」


 セリカは一声叫ぶと、さらに大声で。


「よぉっし! 明日からわらしの、優雅炎剣フレインベルジュの代わりは、このコだっ! ……愛用の魔装武器マギスギアが壊れちゃったのは、悲しいけどぉっ! ラベルナの公女たるもの……常に輝く明日を目指して、またたねば、なのだぁっ……!」


 次いで彼女はガルシャダスを引っつかむと、ブンブン振り回し始める。


「おいっ、やめろ! セリカッ!」


「ちょ、セリィ、危ないよぉっ、マジでぇっ!」


 必死で二人が抑え込もうとすると、続いてセリカは、ガルシャダスをぽいと放り出し、ペタリと床に座り込む。


「うっううう……ティ、ティガは、素敵なクンショーもらったけど、わらしは! わらしはぁっ! 勲章どころか、優しい王子様のキスも、ホワイトデーのお返しすら、もらったことないんだぁ~! しかも、大事な炎剣が、折れちゃったんだぁ~っ!」


 まるで子供のように、わんわんと泣き始めるセリカ。


「おいティガ! もうコイツさっさ連れて帰れよ、マジで……!」


「セリィってホラ、生真面目だから、ああ見えていろいろ責任感とか、ストレス溜まってたんだね……」


「わ~ん、わ~んっ!」


「おいセリカ! これ以上、俺の部屋荒らしやがったら、電像宝珠スマートオーブで撮影すっからな!? 涙まみれのブス顔、撮られたくなかったら、今すぐ泣きやめっ!」


「ご、ごめんね、ユリっち! ……こりゃもう、さすがのウチも、テヘペロ★っすわ……!」


 げっそりしたユーリの横で、ティガは片目をつぶりつつ、両手を合わせて金髪の頭を下げた。


※ ※ ※


 結局、たまたまユーリが持っていた軍用解毒ポーション一瓶で、なんとか大人しくなったセリカは、その後も、ぼんやりしていて“使い物”にならず。

 手早く片付けを終えたティガに引っ張られるようにして、女子寮に帰っていった。


(しっかしまあ……セリカがあんな風になっちまうとはな。あいつに飲ませるのは、二度とやめたほうがいいな……)


 嵐の過ぎ去った後、ようやく静かになった部屋で、ユーリは頭をかきながら独りごちた。


 舌打ちしながら、ふと足元を見ると……床に、何かが落ちている。


(ん……? なんだ、コレ……あいつらのどっちかの忘れモンか?)


 ユーリは手を伸ばして、それを拾い上げた。


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今日は「スプリガン」を読んでみます…!


★★★【読者の皆様に、よろしければ……のお願い】★★★


皆様の応援のおかげで無事、本作は20万字、11000PV突破いたしました! 

で、ついでに無謀ながらも「やる気補助」システムとして、「カクヨムコンテスト」にも応募してみました! この賞は、どうもPVより★が大事っぽいです。


なので、よろしければ目次下の★にて評価いただければ、更新と誤字修正その他、もっと気合入れて頑張れますので、なにとぞなにとぞっ! 

目指せ年内25万字、20000PVっ! (クレクレしまくりですみません…!)


当分は毎日朝7:00か夜19:00ごろ更新の予定です。

また、応援、感想、レビューなどいただけますと、更新の励みになります! 






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